【研究科長エッセイ】

もう、前には戻らない(2011.03.30)◆

3月11日(金)午後に発生したM9.0の巨大地震「東北地方太平洋沖地震」は、地震動による直接的な被害や誘起された津波による被害、そして破壊された福島第1原子力発電所による被害をもたらした。
個々人、一人一人にとっては、不条理な出来事である。

「東日本大震災」あるいは「東北関東大震災」と呼ばれるこの状況をどう捉えるかについて、この間、識者がいろいろ論評し始めた。

3月23日(水)付けの毎日新聞文化欄に、仏文学者である鹿島茂さんの「東日本大震災/『嘔吐』から『ペスト』へ/究極の不条理とどう戦う?」(引用句時点−不朽版)と題するコラムが掲載された。
鹿島さんは、3月11日以前は、日本は「嘔吐」(サルトルの小説)の世界だったが、以降は「ペスト」(カミュの小説)の世界が出現したと論ずる。
ペストでは、社会はペストと戦うものの、連続する敗北が主題となる。

鹿島さんの論評の詳細は記事を読んでほしいが、ここにその最後の文章を引用しよう。
「貧困という不条理と戦ったことのない今の日本人の中から、地震・津波・原発事故といった究極の不条理と戦える指導者が現れるのだろうか?」

2001年9月11日、4機の民間航空機がテロリストにハイジャックされた。
そのうちの2機が、ニューヨークの世界貿易センタービルに激突、ビルは崩壊し、多くの犠牲者が出た。
いわゆる「同時多発テロ」あるいは「9・11テロ」と呼ばれる出来事である。
そして、世界はこの日を境に変わった、と見なされている。

同じように、巨大地震が起こった3月11日も、世界の変わり目の日であろう。
実際、地球温暖化防止策の有力手段と考えられていた原子力発電に対する考え方も、ドイツが即座に原子力発電所の延長使用の取りやめを決めたように、劇的に変わった。

世界が変わる中には、大学も含まれよう。
私たちは現在、復旧に向けて全力を挙げているが、次は復興への段階へ移る。
私たちは、地震以前とは違った‘斬新’な教育研究環境の創出を目指すべきであろう。
私たちは、「もう、前には戻らない」のである。


もう一つの戦友会(2011.03.28)◆

3月11日(金)に発生した「東北地方太平洋沖地震」(M9.0)による「東日本大震災」あるいは「東北関東大震災」と呼ばれるこの大惨事、人的、物的損失は過去に例を見ないほどの規模となった。
本部局の被害も甚大である。
この状態から立ち直るための努力は、私たち全員にとっての「戦い」であろう。

「戦い」と言えば、今から7年前の2004年3月に起こった出来事を思い出す。
本部局所属の卒業を前にした学部4年生や修士課程2年の学生計25名が、単位未収得により教職員免許状を取得できないという大事件が起こったのである。
なぜ、このようなことが起こってしまったのかはここでは記さないが、他大学のいくつかでも、本学の他部局でも起こった。

幸いなことは、25名の学生の中に、卒業後すぐに教職に就く人が一人もいなかったことである。
もし、いたとすれば、その人の一生を左右するような深刻なものであった。

当時、私は評議員をしており、その職指定として部局の教務委員会委員長を務めていた。
この問題の解決を最先頭に立って行わなければならない立場である。
この処理には、事務長補佐のYさんを初めとし、Aiさん、Omさん、Onさん、Abさん、Tさんなど、教務系の事務の方々が奔走してくれた。
結果的にこの大事件の後始末には、丸2年を要した。

その後私は、苦労をともにした上記の事務の皆さんと、定期的に「戦友会」と呼ぶ親睦会(飲み会)を開くこととなった。
最近は年に一度程度であるが、その当時のことを含め、各人の最近の状況などを肴に、楽しいひと時を過ごしている。

さて、皆さんもそう願っているように、私も現状からの一刻も早い復旧と復興を目指したい。
これは私にとって、もう一つの「戦い」である。
皆さん、この苦難を乗り越えましょう。
そして復興が実現できた折には、皆さんともう一つの「戦友会」を開きたいものです。


旅立つ皆さんへのメッセージ(2011.03.25)◆

本日、3月25日(金)は、本来ならば本学の学位記授与式が行われる日でした。
既に案内していますように、3月11日(金)の午後に発生した「東北地方太平洋沖地震」(M9.0)による震災のため、残念ながら本学は学位記授与式を中止せざるを得ませんでした。
皆さんは、晴れの厳粛でおごそかな学位記授与式を、ご家族も含めて楽しみにしていたことと思います。
そこで、この場をお借りして皆さんにメッセージをお送りすることにいたします。

皆さん、ご卒業、誠におめでとうございます。
理学部や理学研究科で学び、そして研究を進めてこられた皆さんが、晴れて門出の日を迎えられましたことを、喜びたいと思います。

さて、私たちをとりまく状況はめまぐるしく変わっています。
わが国では一昨年政権交代があり、それまでとは違った手法と考え方で、政治が進められています。
高等教育、科学や技術、そして学術政策もめまぐるしく変わっています。
経済情勢では、数年前に世界中を震撼させた未曽有の不況が、徐々に回復の兆しを見せてきました。
一方、昨年は新型インフルエンザや家畜の病気が世界中を席巻しました。また、異常気象や地球温暖化など、人類全体を脅かすような事態が起こっております。
そして、今回の大震災です。

このような中、日本は言うに及ばず世界が、若い皆さんの柔軟で果敢に困難に立ち向かう強い力を必要としています。
理学は、自然を律する法則を探求する学問です。
皆さんは、容易に正体を現さないこの法則を探求する技術と知識、そして知恵をこの本学で学んできました。
今こそ理学の力が発揮されるべき時代であり、いかなる困難も必ずや打開できるものと、私自身は確信しております。
本学で得たこれらの力を総合し、直面している難局を打開して、明るい21世紀とするよう皆さんが活躍されることを祈っております。

私の好きな言葉に、いや好きな言葉というより、戒めの言葉といった方がいいのかもしれませんが、「歳月不待」があります。
読んで字の如く、「年月は人の都合などお構いなしに、休まず速やかに経っていくものであるから、時間を大切にして、今、しなければいけないことは、今、努力して行うべきである」という意味です。
若い皆さんは、まだまだ時間があると思われるかもしれませんが、あっという間に過ぎ去ってしまうことも、また事実なのです。
皆さん、どうか今の一瞬一瞬を大切にし、新しい環境においても思う存分力を発揮してください。

以上、旅立つ皆さんへの、私からのメッセージといたします。


研究室を離れている皆さんへ(2011.03.24)


数百年の一度、あるいは千年に一度の巨大地震という今回の「東北地方太平洋沖地震」のマグニチュードは9.0、観測史上世界第4位の規模だという。
東北地方の太平洋岸には巨大な津波が押し寄せ、想像を絶する人的・物的被害が出た。内陸地域もライフラインがすべて止まるなど、被害は甚大である。
本学の建物にも大きな損傷が出た。理学研究科の建物も例外ではない。
このような状況のもと、本学では、皆さんに帰省するなど、仙台を離れ安全な地域に移動して欲しいと要請した。

この要請に多くの皆さんが応えてくれた。
皆さんは、仙台が、本学が、理学研究科がどうなっているのか、不安の中で過ごしていることだろうと思う。
多くの教職員は、毎日キャンパスに来て一刻も早い復旧をと、研究室の整理などの仕事を始めている。皆さんには、そんな教職員や、仙台に残っている学生の、復旧への努力を理解して欲しい。

さて、私も参加している国立大学法人理学部長会議では、本学が少なくとも4月いっぱいの帰省を学生へ要請したことを受け、図書館を開放できないか各大学の図書館長に要請した。
その結果、たちどころに多くの大学が支援への名乗りを挙げてくれた。
このような動きが奏功したのだろう、国立大学図書館協会がこの動き引き取り、図書館協会として支援の声を挙げてくれた。
また、公立大学協会も同じように支援の声を挙げている。今ではほとんどの大学図書館が、皆さんに門戸を開放していると言ってよい。とても有難いことである。
本学では、少なくとも4月いっぱいの帰省を勧めている。長期間であるので、皆さんには、この期間を大事に使って欲しいと願っている。

普段の本学での学習環境と大きく異なるだろうが、これもいい機会と捉え、帰省先で学習をしっかりして欲しい。
そして、利用する大学の学生との交流を深めてほしい。きっと皆さんの将来の財産となるはずである。
最後に一言。
皆さん、本学の学生であることをくれぐれも忘れずに、節度ある行動をすること。


© 2011 Graduate School of Science, Tohoku University