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インタビュー

藤原助教授数学専攻の藤原耕二先生が,2005年度の日本数学会「幾何学賞」を受賞されました。
この賞は,幾何学の分野において顕著な業績をあげ,その発展に著しく貢献した数学者 に贈られる賞で,1987年の創設以来これまでに33人が受賞しています。(東北大学から は 1997年の板東重稔教授の受賞に続き2人目)
現在、ドイツのボンにあるマックスプランク研究所で研究中の先生に、 メールで、受賞につ いてお話を伺いました。また、先生が滞在なさってい る町の様子も、写真を送っていただきました。

―数学に興味を持つようになったのは、いつごろ、またどうしてですか?―

小学生の頃から算数は好きで、数を100まで数えるとか、九九を言うとかそんな単純なことが好きでした。
よい先生にも恵まれていたと思います。小学1,2年生のころ、先生が出した1から10まで足しなさいという問題が印象的でした。1と9,2と8,3と7,4と6をペアにして足して40、残りは10と5だから55と答えたところ、先生は気に入らなかったらしく、1と10,2と9,3と8,4と7,5と6をペアにして足して55と黒板に図を書いて説明してくれました。今では先生の方法がいいのは分かるのですが、当時はそう思えませんでした。 大学に入るときは工学、具体的には建築とか都市計画のような分野に進もうと思っていました。
結局、3年生にあがるとき専門を数学にしました。やっぱり好きだったのだと思いますが、卒業後の進路は不安でした。

―先生にとって研究とは何でしょうか? ―

子供のころ夏休みの昆虫採集が好きでした。虫取りのためには、暑くても毎日のように採集網を持って山に出かけていきます。それでもなかなか目当ての虫は見つかりません。だとしても根気よく続けることが大事です。経験をつむと、子供ながらも虫のいそうな場所がわかってきて確率は上がりますが、それでも最後は運です。昆虫がいるところにたまたま自分が行くかどうかで、1mずれていても気がつきません。そして、目当ての虫は突然、視界に現れます。
その瞬間の鋭い喜びは30年ちかくたった今でも、いくつか覚えているほどです。
数学の研究も、若いころは特に暗中模索だったので虫取りの感じによく似ていると感じました。結果にたどりつくまでは平坦な時間が続きますが、根気よく続けるのが肝心。そのうちに、成果は突然あたかも昔からずっとそこにあったかのように現れます。

―「幾何学賞」受賞の対象となった“幾何学的群論”を私たちのような専門外の人たちにもわかるように説明していただけますでしょうか?―

「群」とは、数学の概念のひとつで大学で系統的に習う事柄ですが、高校までにも例はあります。数に足し算を考えたり、行列に掛け算を考えたものが群の例です。
そういう、なにか集合に演算があるのが群で、その性質をいろいろ研究するのが群論で代数の一分野です。群論は200年くらいまえ、図形などの対称性を記述する道具としてガウスやガロアらによってはじめられ、今では数学だけでなく物理学などでも欠かせない概念です。100年くらい前、クラインやポアンカレが群論と幾何学の親密な関係に着目しました。
幾何学的群論とは、無限離散群を「幾何学的に」研究する分野で、最近20年くらい活発な研究があります。
グロモフ(2002年京都賞受賞)というロシア人数学者が幾何学的群論の創始者のように言われています。
私は幾何学が専門ですが、10年くらい前からこの方面の研究を始めました。外国ではアメリカやフランスで特に盛んです。

―受賞なさったときの思い出、また、研究について印象深かったことを教えてください―

受賞を聞いたときは嬉しかったです。幾何学賞は尊敬する先生方が運営されていて、あこがれではありましたが、受賞できると思っていませんでした。
受賞理由の一つは「群のJSJ分解」の仕事だと思います。ギリシャ人数学者との共同研究で1年間くらい完成に時間がかかりました。
これは当時、幾何学的群論の研究者が興味を持っている問題の一つだったのですが、証明の方法を思いついたとき、あまりに単純なので自分でも信じられませんでした。ただその単純なアイディアをきちんと数学の言葉で書き表すのに1年かかってしまい、論文も50ページ以上になりました。これは数学の論文としては長いほうです。
数学の論文も専門雑誌に投稿して掲載してもらうのですが、それにはレフリーという厳しい審査制度があります。
この論文も海外の有名な雑誌に投稿したのですが、4年後に掲載できないと言われました。そのあと、書き換えたりして、ようやく別の雑誌に掲載が決まり、近く出版されます。論文完成から結局10年かかり、いつも気になっていて精神的にはつらかったです。
数学は論文を1年に一本程度しかかかないので、一本一本の重みが大きいし、特に若いときは論文の数も少ないのでなおさらでした。
ただ、出版前の論文をインターネットで公開したり、講演をしたりして専門家の間には知られていて、 他の数学者が引用したり、より深く研究したりと、仲間内では認められてはいました。 そんな経緯があったので今回の受賞は嬉しかったです。

―影響を受けた人は?―

数学の研究上では、上に挙げたグロモフの仕事に大きな影響を受けています。実際に会った事は数回しかありませんが、彼の論文を読むのが好きです。
グロモフも幾何学者ですが、数々の単純、斬新、かつ強力なアイディアを提供して、数学の多くの分野に大きな影響を与えている人です。
歴史上の人ではアルキメデスが好きです。お風呂に入って浮力を発見した人として有名ですが、歴史に残る数学者であり、2000年以上経った現在でも、彼の仕事を読むと感動します。数学教室で夏にやっている「仙台数学セミナー」で高校生にアルキメデスの仕事を紹介したことがあるのですが、大きな反響がありました。2000年のときを経ても生々しい感動がある点で数学のパワーを再認識しました。「出前授業」で高校生に話をしたときも、教室の中に高校生たちの驚きと感動が満ちていくのを感じ、若い人の敏感な感受性に数学を通して触れるのは自分にとって有意義な経験でした。

左が藤原先生、右がマックスプランク数学研究所現所長のファルティングス先生
(1986年、フィールズメダル受賞。数学でノーベル賞にあたるもの)、
後ろの絵は初代所長のヒルツェブルフ先生。

―今後の予定を教えてください―

しばらく幾何学的群論の仕事を続けます。忙しいですが研究時間を見つけてがんばります。 幾何学的群論は日本では諸外国に比べ、まだ盛んではありません。この分野で活発な研究をする人が日本に増えたらと思っています。幾何学的群論は、トポロジー、リーマン幾何学、群論などが交錯する面白い分野で若い人に是非、興味を持ってもらいたいです。

クリスマスマーケットの模様 クリスマス

―今のドイツでの生活を少しお話していただけますか?―

ボンにある1982年に設立されたマックスプランク研究所に半年滞在しています。ボンはベートーベン生まれた町ですが、他のヨーロッパの都市のように、町の中心に教会のある広場があり、そこにベートーベンの像があります。研究所はその広場に面しています。普段は何もない広場ですが、今はクリスマスマーケットが開かれています。右奥が教会です。観覧車を含めすべて仮設のもので、クリスマス前のひと月はこんな様子です。ドイツには同じ名前の研究所がいくつもあり、ボンにあるのは数学研究所でボン大学の近くです。60人くらいの研究員が滞在しています。それぞれの研究課題は違いますが、数学の話をいろいろし、それが楽しいし自分の研究に役立ちます。数学の研究においてコミュニケーションは不可欠で、インターネットが発達した現在でも、たまに外国に行くのは大きな刺激になります。

―学生へのメッセージをお願いいたします―

好きなものを見つけ、それに時間と労力を向けてほしいと思います。もちろん流行や、他人の評価も大事ですが、結局は自分にとって大事なものを大切にするのが一番です。運不運もありますが、情熱を感じられる対象を見つけるのが重要だと思います。

【先生のプロフィール】

1964年東京生まれ。
1986年東京大理学部数学科卒。
1988年、同大学院修士課程終了。
1990年-98年、 慶応大学理工学部助手・講師。
98年−東北大助教授。
93年−博士(東大)。
米国数理科学研究所、パリ・ポアンカレ研究所、
ドイツ・マックスプランク研究所など研究員。
1993年キヤノンヨーロッパ財団研究員。
2005年、日本数学会幾何学賞。

 
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