東北大学 大学院理学研究科・理学部

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3次元集積化グラフェントランジスタの動作に成功 -従来比1000倍、軽量で省電力なデバイスに道-

概要


 東北大学大学院理学研究科・原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)の田邉洋一助教、谷垣勝己教授と陳明偉教授は、高橋隆教授、阿尻雅文教授、伊藤良一准教授、菅原克明助教、北條大介助教、越野幹人准教授、東京大学理学系研究科の青木秀夫教授※研究当時らと協力して3次元ナノ多孔質注1)グラフェンを用いたグラフェントランジスタの3次元集積化に成功しました。炭素原子一層からなる2次元シートであるグラフェンは優れたトランジスタ性能を示しますが、実用的な性能を得るには何千枚ものグラフェンを集積化し実用レベルまで性能を向上させる必要がありました。今回開発した厚みがあり多孔質を持つ3次元グラフェンをトランジスタに用いることで、集積してない2次元グラフェントランジスタの最大1000倍の電気容量を達成しました。
 近年、携帯情報端末の普及や小型化・高性能化に伴い、省電力で軽量かつ高性能なデバイスの開発が求められています。グラフェンは2次元のシート材料であり、安価で軽量かつその優れた電気特性から、トランジスタなどの半導体集積回路に必要不可欠なシリコンの代替材料として有力視されています。しかし、応用研究や商品化では、必ずしも2次元シート状であることが最適ではないことが近年分かってきました。
 今回本研究グループは、以前より研究を進めてきた3次元ナノ多孔質グラフェンを用いて電気2重層トランジスタ注2)を作製しました。そしてこのトランジスタが従来の平面構造のグラフェントランジスタと比較して100倍高い伝導度の応答と1000倍高い電気容量を示すことが分かりました(図1)。3次元ナノ多孔質グラフェンはシリコン基板に比べて表面積あたりの重さが1万倍程度軽く、高い易動度から消費電力の低減が見込まれていることから、省電力かつ軽量・高性能なデバイス開発に寄与することが期待されます。
 本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST「エネルギー高効率利用のための相界面科学」研究領域(研究総括:花村克悟)、文部科学省の新学術領域研究「原子層科学」、および世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の支援を受けて行われたもので、ドイツの科学雑誌「Advanced Materials」に2016年10月11日(ドイツ時間)オンライン掲載されました。

※現・東京大学名誉教授


□ 東北大学プレスリリース本文


研究の背景


 グラフェンは、2010年のノーベル物理学賞が与えられたことは記憶に新しく、よく電気を通す2次元シート材料であり、安価で軽量、高い触媒特性を持ち、化学耐性、耐熱性、機械耐性が強いため、シリコン代替品として有望視されています。このため、2次元グラフェンシートを用いた研究は物理、化学のみならず生物学や医学においても様々な角度から今も精力的に研究が行われています。しかしながら、応用研究や商品化に向けて性質を調べようとするとき2次元グラフェンシートが必ずしも最適ではなく、むしろ、優れた性能が十分に発揮されていないことが近年分かってきました。例えば、グラフェンの表面に電荷を注入するとき、2次元シートよりも表面積が大きい3次元構造を有したグラフェンがより多くの電荷の出し入れが可能になり応答性において格段に有利となります。東北大学の研究グループはその3次元構造に注目し応用研究を進めてきました。今回用いた3次元ナノ多孔質グラフェンは、2次元グラフェンしか持たないとされていたディラック電子注3)を保持し、かつ、高結晶性が試料の端から端まで一繋がりで連続した構造体を持つグラフェンシートからなる3次元グラフェンナノ構造体(図2(a))です。本研究では、単一グラフェンシートの表面積を飛躍的に増大させた3次元ナノ多孔質グラフェンとイオン液体を利用した電気2重層トランジスタを組み合わせることによって、高密度に集積化されたグラフェンシート全体の電子状態制御を目指しました。



研究の内容


 本研究では、3次元ナノ多孔質グラフェンの表面積を最大限に活用するために、ナノ多孔質構造を破壊しないように超臨界CO2乾燥注4)させたナノ多孔質グラフェンを作製し、これをトランジスタの伝導経路(チャネル)と作用(ゲート)電極に用いました。さらに、室温で安定な陽イオンと陰イオンから構成される液体(イオン液体)を試料全体に浸透させることにより、図1に示すような作用電極とチャネル間に電場を印加することでチャネルの電子濃度を変化させる電気2重層トランジスタを作製しました。
 図2(c)の3次元ナノ多孔質グラフェントランジスタの振る舞いからは、ディラック電子を利用した電界効果トランジスタ注5)の特徴である電気伝導度の極小と伝導キャリアが電子型から正孔型に反転するという2次元グラフェンシート特有の現象が観測されました。(図2(b)) このことから3次元構造を持つグラフェントランジスタは2次元グラフェンの特性を良く保持していることが明らかになりました。図2(d)の静電容量の測定からは、これまでの2次元グラフェンシートを用いた平面構造のデバイスと比較して100-1000倍程度高い値を示すことが分かりました。これは、今回のデバイス構造を用いることで高度に集積化されたグラフェンシート全体の電子状態を制御することが可能であることを示します。さらに、3次元ナノ多孔質構造の特徴を考慮した理論を用いることで、異なる電子濃度状態で測定した磁気抵抗効果とホール抵抗が1つの曲線で表されることを観測しました(図3(a), (b))。これは、「曲面上に閉じ込められた伝導電子が外部からかけた磁場方向に対して様々な向きを持つ」という3次元ナノ多孔質グラフェンに特徴的な振る舞いです。特に、今回開発したトランジスタは電子の易動度が、必要とされる性能値200 cm2/Vsをはるかに上回る5000-7500 cm2/Vsであることが明らかになりました。本成果は、ゲート電圧に対して非常に直線的なデバイス動作と十分な電子数の制御幅を併せ持つ高密度集積型グラフェントランジスタの動作と輸送現象を世界で初めて実現・実証したものであり、グラフェンを用いたシリコンや貴金属への代替デバイス、例えば光応答デバイスや高集積された立体回路、さらには、光-電気変換デバイスの性能を飛躍的に向上させる可能性があります。



今後の展開


 本研究で得られた3次元ナノ多孔質グラフェンを用いたトランジスタは、ナノ多孔質構造を利用することで高度に集積化された大面積の2次元原子層の電子密度を電場によって一斉に変化させることのできる画期的なデバイスです。グラフェンに代表される2次元原子層は原子の厚みしかなく多孔質構造を持たないため、これらを商品化使用とする際に集積化による性能値の向上が問題視されてきました。本成果から、高い体積性能値を持つ2次元原子層材料の電場による電子数の制御が可能であることが明らかになったことから、グラフェンさらには二硫化モリブデンなどを用いた原子層を利用した光応答デバイスや高集積された立体回路への実用化が進むことが期待されます。さらに、グラフェンやその他の原子層材料を用いた「3次元ナノ多孔質構造」における新しい材料創生への展開が併せて期待されます。



参考図


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図1. 3次元ナノ多孔質グラフェントランジスタの模型図。


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図2. (a)走査型電子顕微鏡で観察した3次元ナノ多孔質グラフェン像。
(b)ゲート電圧に対するグラフェンの電子状態変調の模式図。
(c),(d)ゲート電圧に対する電気伝導度、静電容量の依存性。


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図3. (a)(b)各ゲート電圧での規格化磁場に対する規格化磁気抵抗効果と規格化ホール抵抗の変化。(c)ゲート電圧に対する電子の易動度の変化。

用語解説


1. ナノ多孔質
物質の内部にナノサイズの細孔がランダムに繋がったスポンジ構造体のこと。例えば、図4の金の場合、ひも状の構造体が連続して繋がって穴が開いている状態である。ナノ多孔質を持つ物質では、この穴とひも状構造が数ナノメートルサイズの状態で維持されている。

39259e35621bdc2e1f625a4f4c2c5ba51eb7fb1c.jpg                図4. ナノポーラス金属の3次元立体図。

2. 電気2重層トランジスタ
ゲート電圧のよってチャネルの電子濃度を変調する電界効果トランジスタの一種。本研究では、ゲート絶縁体に陽イオンと陰イオンから成るイオン液体を使用することで、3次元ナノ多孔質グラフェン内に均一にキャリアを蓄積することに成功しました。

3. ディラック電子
相対論的な粒子の運動を表す波動方程式によって記述される伝導電子。グラフェンにおいては、この波動方程式における質量ゼロの場合と同様な、電子の運動量とエネルギーが線形の関係を持つ電子状態が観測される。

4. 超臨界CO2乾燥
超臨界状態とは臨界点以上の温度、圧力下における液体と気体の区別がつかない状態。そのため、超臨界CO2を初めとする超臨界流体は高い拡散性と溶解性を併せ持ち、また表面張力が働かないため、超臨界乾燥では、従来の乾燥方法において大きな収縮による構造破壊が免れない多孔質構造をもった材料でも、構造を保ったまま乾燥させることができる。

5. 電界効果トランジスタ
試料とゲート電極を隔てる様に絶縁体を配置し、ゲート電極に静電場を加えることで、試料のキャリア(電流を運ぶ担い手)の数を制御するデバイスの総称。電気2重層トランジスタは、この絶縁体部分を、イオン液体や電解質溶液で置き換えたデバイス。



論文情報


<著者>Yoichi Tanabe, Yoshikazu Ito, Katsuaki Sugawara, Daisuke Hojo, Mikito Koshino,Takeshi Fujita, Tsutomu Aida, Xiandong Xu, Khuong Kim Huynh, Hidekazu Shimotani, Tadafumi Adschiri, Takashi Takahashi, Katsumi Tanigaki, Hideo Aoki, and Mingwei Chen
<タイトル>"Electric Properties of Dirac Fermions Captured into 3D Nanoporous Graphene Networks"
(3次元ナノ多孔質グラフェンネットワークに捕われたディラックフェルミオンの電気特性)
<掲載誌>Advanced Materials, 2016 (in press)
<DOI> DOI: 10.1002/adma.201601067



お問い合わせ先


<研究に関すること>
陳 明偉(チンメンゥエイ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)教授
Tel:022-217-5992
E-mail:mwchen[at]wpi-aimr.tohoku.ac.jp

田邉 洋一(タナベ ヨウイチ)
東北大学大学院理学研究科物理学専攻 助教
Tel:022-217-6173
E-mail:ytanabe[at]m.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
皆川 麻利江
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)
広報・アウトリーチオフィス
Tel:022-217-6146
E-mail:aimr-outreach[at]grp.tohoku.ac.jp

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