東北大学 大学院理学研究科・理学部

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過去72万年間の気候の不安定性を南極ドームふじアイスコアの解析と気候シミュレーションにより解明

 国立極地研究所(所長:白石和行)の川村賢二准教授及び本山秀明教授、東京大学大気海洋研究所(所長:津田敦)の阿部彩子教授を中心とする31機関64名からなる研究グループは、南極ドームふじで掘削されたアイスコアを使った過去72万年分の気温とダストの解析から、氷期のうち中間的な気温を示す時期(以下、氷期の中間状態。注1)に、気候の不安定性(変動しやすさ)が高くなることを見いだしました。さらに、その一番の原因が温室効果の低下による全球の寒冷化であることを、大気海洋結合大循環モデルによる気候シミュレーションから解き明かしました。これまで、最終氷期(約10万年前~2万年前)における気候の不安定性ついては研究が進んでいましたが、複数の氷期を含む長期の傾向やメカニズムが明らかになったのは初めてのことです。また、現在まで1万年以上続いている間氷期(温暖期)が将来にわたって安定である保証はなく、現存するグリーンランド氷床の融解によって気候の不安定性がもたらされる可能性も示唆されました。この成果は「Science Advances」誌にオンライン掲載されます。
 なお、本研究で使用されたドームふじアイスコアは、南極地域観測事業で2001年~07年に実施された「第2期ドームふじ観測計画」により2003年~07年に掘削されました。気候モデルによる数値実験には、海洋研究開発機構の「地球シミュレータ」が利用されました。

 本研究の成果は、東北大学とNIMSの共同研究によって得られました。また、三菱財団自然科学研究助成「ナノスケールイメージング法の物性物理への応用」、文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究(A)「半導体ナノ構造のおける集団量子情報処理の実証」、丸文財団交流研究助成、東北大学国際高等研究教育機構研究教育院生制度などの補助によって得られました。

□ 東北大学プレスリリース本文

研究の背景


 気候変動の起こりやすさ(気候の不安定性)は、地球の自然環境や人間社会に大きな影響を与えます。そのため、不安定性が過去どのような時期に高まっていたのかを知り、その原因を解明して気候モデルで再現することは、今後、地球温暖化によって不安定性が増すのかどうかといった問題にも重要です。過去を見ると、南極とグリーンランドの多数のアイスコアの研究から、最終氷期(約10万年前~2万年前)には南極で数千年スケールの気温変動が25回以上も起きたことや、それらが北半球の急激な温暖化や寒冷化と関係していたことが分かっています(文献1)。そのような気候変動の原因は、何らかのきっかけで大西洋の深層循環が変化したことで、低緯度から南北に運ばれる熱の量が変わったことだと考えられています(文献2)。
 しかし、最終氷期より古い時代についてはデータが少ない上にアイスコアの時間分解能が低いため、気候の不安定性と平均状態の関係や、不安定性を誘発する原因についての理解が進んでいませんでした。


研究の内容


 本研究では、日本が2003年~07年に掘削した「第2期ドームふじアイスコア」(図1)を解析し、過去72万年間の南極の気温とダスト(大気に漂う固体微粒子)の変動を詳細に復元し(図2)、欧州が掘削した「ドームCアイスコア」(図1左に地図)のデータと合わせることで、信頼性の高い古気候データを得ることに成功しました。ドームふじアイスコアの大きな利点は、記録されている最も古い氷期(約60万年前)を含む氷の層がドームCアイスコアの2~3倍も厚く、そのために気温の復元がこれまでより遥かに詳細に行えたことです。また、2つのコアの掘削地点は遠く(約2000 km)離れているため、両者に共通する気温とダストの変動から、南極から中低緯度までの広範囲に及ぶ気候変動をこれまでになく正確に推定することができました。



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図1:(左)東南極の主な掘削地点。(右)ドームふじ基地で掘削されたアイスコア。

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図2:(南極ドームふじアイスコアから得られた過去72万年間にわたる酸素同位体比(気温の指標)およびダストフラックス(大気中に漂う微粒子の指標)。最下段に描かれている印(三角)は、本研究で抽出された南極の温暖化ピークの位置を示す。

 これらのデータを調べたところ、過去72万年のうち、氷期の中間状態において気候変動が頻繁に起こっていたことが判明しました(図3)。

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図3:南極アイスコアの解析から得られた、過去72万年間における気候変動の繰り返し時間(頻度)と南極の気温との関係(黒丸)。グリーンランドのアイスコアによる最終氷期の結果も示す(赤四角)。間氷期のような暖かい時代や、氷期の最寒期のような寒い時代には頻度が低いが、氷期の中間的な寒さの時代に気候変動が頻繁に起こっており、気候が不安定であったことが示された。

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図4:大気海洋結合大循環モデル(MIROC)による気候シミュレーションの結果。(A−C)まず3つの異なる気候状態を再現した(間氷期、氷期の中間状態、氷期最寒期のそれぞれに相当する大気中二酸化炭素濃度と氷床形状を与えた)。その後、北大西洋北部に淡水を500年間加え続けた後の初期状態からの温度偏差を示す。氷期の中間状態の時に反応が大きく、北半球が寒冷化し、南半球は逆に温暖化することが分かる。(D, E)現実には存在しなかった条件下での感度実験の結果。間氷期の条件から、大気中二酸化炭素濃度または北半球氷床のみを氷期の中間状態と同じにした。その結果、気候の不安定性が増大する要因として大気中二酸化炭素の役割が大きいことが分かった。

  なぜ、現在のような間氷期(温暖期)でも、氷期の最寒期でもなく、氷期の中間状態が最も不安定なのでしょうか。研究チームは、地球温暖化予測にも使用された気候モデル(MIROC)の中で、間氷期/氷期の中間状態/氷期の最寒期に相当する3種類の気候状態を再現し、それぞれに対して同量の淡水を北大西洋北部に加えるシミュレーション実験を行いました。それぞれの気候が敏感であるかどうかを調べるため、淡水流入に対する深層循環の反応や、その結果として起こる気温の変化を観察しました。実験の結果、氷期の中間状態において淡水流入に対する反応が最も大きい、すなわち気候が不安定であることが判明しました(図4 A-C)。これはアイスコアのデータの解析結果と整合しています。さらに、間氷期においても、淡水流入の量が多ければ気候が大きく変わりうることが示唆されました。
 また、気候の不安定性が氷期の中間状態に高まる要因は、大気中の二酸化炭素濃度が低下したことで南極を含む地球全体が寒冷化し、深層循環が弱まりやすくなったことが重要であると示唆されました(図4 D、E)。これまでは、気候の不安定性の要因は、北半球の大陸氷床の存在とその不安定性にあると考えられていましたが、今回の実験により、二酸化炭素が気候の平均状態だけでなく長期的な気候の安定性を決定する重要な要素であることが分かったのです。

今後の展望


 南極のアイスコアから過去の気候データを得て、気候シミュレーションと組み合わせて理解することは、現在の直接観測では知ることのできない地球システム全体の外的要因に対する反応を調べるために極めて有効な手段です。今回得られた第2期ドームふじアイスコアは72万年の記録を有していますが、南極氷床の深部にさらに古い氷が存在することは確実です。これは、本研究の結果、ドームふじコアの掘削地点では氷の底部が地熱により融解し、非常に古い氷はその地点では失われていることが分かりましたが、南極には、より地熱の影響を受けにくい地域があるためです。
 現在、氷期-間氷期のサイクルは約10万年周期ですが、100万年前より昔には、基本周期が4万年であったことが知られています。その変化の原因やメカニズムの解明には、当時の大気中の二酸化炭素濃度や南極の気温変動の周期やタイミングといったデータが必要です。そのため、南極で最古のアイスコアを掘削しようという機運が国際的に高まっています(文献3)。また、データを生かして気候変動の原因やメカニズムを解明し、将来に結びつけるためには、気候モデルの開発や古気候シミュレーションが必要です。
 将来の気候は安定だと言えるでしょうか。本研究では、比較的安定である間氷期においても、北大西洋北部に流入する淡水量を増やすと気候が大きく変わりうることが示唆されました。つまり、今後グリーンランド氷床の融解が増えることで気候の安定性が変化するかもしれません。最近、MIROCを含む複数のモデルによる将来予測の研究で、温室効果ガス濃度が高くなるほど気候が不安定化するリスクが高まることが示されました(文献4)。こうした予測の信頼性を高めるためには、過去のシミュレーションを通じて気候システムの変動メカニズムをより深く理解することが欠かせません。今後、より精緻な古気候シミュレーションやその結果の分析を進める上では、「地球シミュレータ」等のスーパーコンピューターによる多くの数値実験が極めて重要です。
 人為起源の排出によって、大気中の温室効果ガス濃度は過去100万年スケールで類を見ないレベルに達しており、氷床や海洋といった、莫大な体積を有し、かつ、長い時間スケールで変化する気候要素が変動することは確実です。地球環境が現在と大きく異なっていた過去について、アイスコアの掘削・分析などによる気候変動の復元と、古気候モデルによる数値実験とを連携させ、メカニズムを検証しつつ地球システムを理解することが、今後ますます重要になると考えられます。



用語解説


(注1)氷期の中間状態
氷期の最寒期より暖かい、氷期中の中間的な温度をとる状態のこと。



発表論文


掲載誌: Science Advances
タイトル: State dependence of climatic instability over the past 720,000 years from Antarctic ice cores and climate modeling
著者:ドームふじアイスコアプロジェクト:
川村賢二1,2,3*、阿部彩子4,5*、本山秀明1,2*、上田豊6、青木周司7、東信彦8、藤井理行1,2、藤田耕史6、藤田秀二1,2、福井幸太郎1† 、古川晶雄1,2、古崎睦9、東久美子1,2、Ralf Greve10、平林幹啓1、本堂武夫10、堀彰11、堀川信一郎10‡、堀内一穂12、五十嵐誠1、飯塚芳徳10、亀田貴雄11、神田啓史1,2、河野美香、倉元隆之1、松四雄騎13||、宮原盛厚14、三宅隆之1、宮本淳10、長島泰夫15、中山芳樹16、中澤高清7、中澤文男1,2、西尾文彦17、大日方一夫18、大垣内るみ5、岡顕4、奥野淳一1,2、奥山純一10¶、大藪幾美1、Frédéric Parrenin19、Frank Pattyn20、齋藤冬樹5、齊藤隆志21、斎藤健10、櫻井俊光1#、笹公和15、Hakime Seddik10、柴田康行22、新堀邦夫10、鈴木啓助23、鈴木利孝24、高橋昭好14、高橋邦生5※、高橋修平11、高田守昌8、田中洋一25、植村立1,26、渡辺原太27、渡辺興亜28、山崎哲秀14、横山宏太郎29、吉森正和30、吉本隆安31

*責任著者:川村賢二、阿部彩子、本山秀明

1 国立極地研究所
2 総合研究大学院大学 極域科学専攻
3 国立研究開発法人海洋研究開発機構 生物地球化学研究分野
4 東京大学 大気海洋研究所
5 国立研究開発法人海洋研究開発機構
 統合的気候変動予測研究分野/気候変動リスク情報創生プロジェクトチーム
6 名古屋大学・大学院環境学研究科
7 東北大学大学院理学研究科 大気海洋変動観測研究センター
8 長岡技術科学大学 機械系
9 旭川工業高等専門学校
10 北海道大学低温科学研究所
11 北見工業大学 社会環境工学科
12 弘前大学大学院 理工学研究科
13 東京大学総合研究博物館タンデム加速器研究施設
14 株式会社地球工学研究所
15 筑波大学AMSグループ
16 株式会社3D地科学研究所
17 千葉大学 環境リモートセンシングセンター
18 大日方クリニック
19 Univ. Grenoble Alpes, CNRS, IRD, IGE, France
20 Université Libre de Bruxelles, Belgium
21 京都大学防災研究所
22 国立環境研究所
23 信州大学理学部
24 山形大学学術研究院
25 株式会社ジオシステムズ
26 琉球大学 理学部 海洋自然科学科 化学系
27 株式会社地研コンサルタンツ
28 総合研究大学院大学
29中央農業研究センター 北陸研究拠点
30北海道大学 大学院地球環境科学研究院
31 アイオーケイ株式会社、九州オリンピア工業株式会社

† 現在、立山砂防カルデラ博物館
‡ 現在、名古屋大学 大学院環境学研究科附属地震火山研究センター
§ 現在、Department of Geochemistry, Geoscience Center, University of Göttingen, Germany.
|| 現在、京都大学防災研究所
¶ 現在、株式会社IHI
# 現在、国立研究開発法人土木研究所寒地土木研究所
※ 現在、アドバンスソフト株式会社

報道解禁日および論文公開日:
 米国東部時間2017年2月8日午後2時(日本時間2017年2月9日午前4時)


<文献>
文献1: EPICA community members: One-to-one coupling of glacial climate variability in Greenland and Antarctica, Nature, 444(7), 195-198, doi:10.1038/nature05301, 2006.
文献2: Stocker, T. and Johnsen, S.: A minimum thermodynamic model for the bipolar seesaw, Paleoceanogr., 18(4), doi:10.1029/2003PA000920, 2003.
文献3: Fischer, H., Severinghaus, J., Brook, E., Wolff, E., Albert, M., Alemany, O., Arthern, R., Bentley, C., Blankenship, D., Chappellaz, J., Creyts, T., Dahl-Jensen, D., Dinn, M., Frezzotti, M., Fujita, S., Gallée, H., Hindmarsh, R., Hudspeth, D., Jugie, G., Kawamura, K., Lipenkov, V., Miller, H., Mulvaney, R., Parrenin, F., Pattyn, F., Ritz, C., Schwander, J., Steinhage, D., Ommen, T. V. and Wilhelms, F.: Where to find 1.5 million yr old ice for the IPICS "Oldest-Ice" ice core, Clim. Past, 9(6), 2489-2505, doi:10.5194/cp-9-2489-2013, 2013.
文献4: Bakker, P., Schmittner, A., Lenaerts, J. T. M., Abe-Ouchi, A., Bi, D., van den Broeke, M. R., Chan, W. L., Hu, A., Beadling, R. L., Marsland, S. J., Mernild, S. H., Saenko, O. A., Swingedouw, D., Sullivan, A. and Yin, J.: Fate of the Atlantic Meridional Overturning Circulation: Strong decline under continued warming and Greenland melting, Geophys Res Lett, 43(23), 12,252-12,260, doi:10.1002/2016GL070457, 2016.

<研究サポート>
本研究は、JSPS及び文部科学省の科研費(14GS0202、15101001、16201005、18340135、19201003、21221002、21671001、22101005、25241005、26241011)、環境省の環境研究総合推進費(S-10)の助成を受けて実施されました。また、数値計算は国立環境研究所のスーパーコンピューター(NEC SX-8R/128M16)と、海洋研究開発機構の「地球シミュレータ」を用いて実施されました。



お問い合わせ先


<研究について>
東北大学大学院理学研究科
大気海洋変動観測研究センター
教授 青木周司(あおき しゅうじ)
電話:022-795-5792
FAX:022-795-5797
e-mail:aoki[at]m.tohoku.ac.jp


<報道について>
東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋亮(たかはし りょう)
E-mail: sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
TEL: 022-795-5572、022-795-6708

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