東北大学 大学院理学研究科・理学部

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ニュートリノと反ニュートリノは同じか? 〜物質優勢の宇宙の謎に迫るカムランド禅実験〜

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図1 カムランド禅実験開始直前の検出器内部。実験の要であるキセノン溶解液体シンチレータ用バルーンをカムランド1000トン液体シンチレータ検出器の中心部に設置した様子。


概要


 素粒子ニュートリノは電荷がなく、質量が他の素粒子に比べて際立って小さく(最も軽い電子の500万分の1以下!)その値は正確にはわかっていません。一方、宇宙には莫大な数のニュートリノが存在し、宇宙の誕生と進化に大きな影響を与えていると考えられています。そのためニュートリノの性質の解明は素粒子及び宇宙物理学の最重要課題の一つとされています。中でも近年、特に注目されているテーマが、ニュートリノとその反粒子である反ニュートリノが同一であるという可能性(マヨラナ性)です。もしこれが事実なら、非常に重いニュートリノの存在が自然に導かれ、観測されるニュートリノの異常なまでの軽さや、宇宙がなぜ物質優勢なのかを説明できる可能性があります。すなわち、無から生まれ物質と反物質が完璧に同じ量であったはずの誕生期の宇宙から、なぜ反物質がなくなり物質のみの世界となったのか、つまりなぜ我々が存在しているのか、という極めて根源的な謎への道筋が開ける可能性があります。

 現在のところ検証の唯一の鍵は「ニュートリノを放出しない2重ベータ崩壊(注)(略して「0ν崩壊」)」の検出です。それはニュートリノがマヨラナ粒子であることの証拠であり、世界各地で発見一番乗りを目指して熾烈な競争が繰り広げられています。本学の「カムランド禅」ではユニークな手法で世界最高感度の0ν崩壊探索実験を推進中です。以下、「カムランド禅」の実験について紹介します。



研究内容


 カムランド禅は、岐阜県神岡町の地下1000メートルで、本学ニュートリノ科学研究センターが中心となって推進中の国際共同実験です。実験装置には二重のバルーンが収納されています。外側のバルーンは、1000トン(世界最大!)の超高純度液体シンチレータで満たされています。その内側、ニュートリノ検出器の中心には、小型のバルーンを設置し、内部はキセノンの同位体核(136Xe)で濃縮したキセノンガスを大量に溶かし込んだ液体シンチレータで満たしています。この二重バルーンを約1900本の光電子増倍管が取り囲み、136Xe核の2重ベータ崩壊を観測しています(図2)。

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図2 カムランド禅検出器。カムランド1000トン液体シンチレータを収納したバルーンの中心にキセノン溶解液体シンチレータを満たしたバルーンを設置。136Xeの2重ベータ崩壊による発光を周囲の光電子増倍管で検出する。


 実験の大敵は実験装置周辺の環境放射線や検出器自体に含まれる微量の放射性不純物からくる邪魔物反応であり、これらを徹底的に除去することが必須です。カムランドの地下実験室は宇宙線が地上の10万分の1と少ない上、検出器内部は通常の環境放射能の1000万分の1以下の極低放射能空間です。これまでに原子炉ニュートリノの振動実験や地球内部から飛来するニュートリノの検出で世界をリードする成果を上げてきました。カムランド禅実験は2011年に始まり、最大380kg(これも世界最大です)の濃縮キセノンガスを使って探索を続け、未発見ながら半減期に1026年(宇宙の年齢の7000兆倍!)を越える世界で最も厳しい下限値を与えることに成功しました。

 実験の要であるキセノン含有液体シンチレータを満たしたバルーンは直径が3m、厚さ25ミクロンの不純物が極めて少ない特殊なナイロンフィルムを張り合わせたものです。その開発と製作には多くの苦労が伴いました。中でも極薄のナイロンフィルムを張り合わせる手法は試行錯誤の連続でした。また高いクリーン度が要求されるため、製作は本学マイクロシステム融合研究開発センターのスーパークリーンルームをお借りして職員、大学院生が一丸となって行いました。

 現在カムランド禅実験はキセノン量を2倍の750kgに増量しクリーン度をさらに向上したバルーンでの実験を目指し、グループ一丸となって準備を進めています(図3)。製作作業は終盤を迎えており順調に行けば来春には新たな探索実験が始められる予定です。非常に幸運であれば大発見のチャンスに恵まれるかも知れませんが、見つからない場合でも感度の大幅な向上によりニュートリノ質量に新たな制限を与えることが期待されます。

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図3 スーパークリーンルームでのバルーン製作の様子。a) 超純水を使ったナイロンフィルムの超音波洗浄、b) フィルムカッティング、c) フィルム溶着作業、d) ヘリウムリーク検出器を使ったリークチェックと補修作業。

なおカムランド禅実験は、文部科学省の新学術領域研究、科学研究費特別推進研究、同、基盤研究など多数の研究支援を受けて行われています。



近年の学術誌発表論文


A.Gando, et. al., (KamLAND-Zen Collaboration), "Search for Majorana Neutrinos Near the Inverted Mass Hierarchy Region with KamLAND-Zen", Physical Review Letters 117, 082503 (2016).
DOI: 10.1103/PhysRevLett.117.082503



用語解説


(注)2重ベータ崩壊
原子核のベータ崩壊の1つですが、1個の電子と反電子ニュートリノを放出して原子番号が1つ増える通常のベータ崩壊と違って、同時に2個の電子を放出して原子番号を2つ増やすベータ崩壊です。10種類ほどの原子核で見つかっており、いずれも2個の反電子ニュートリノが放出されます(2ν崩壊)。もしニュートリノがマヨラナ粒子なら、原子核内で対消滅することが可能なため、2個の電子だけを放出する崩壊も起こります。これを特に「ニュートリノを放出しない2重ベータ崩壊」、略して0ν崩壊と呼びます。この反応はレプトン数が2増える反応のため、素粒子標準理論を越える反応です。発見を目指して多くの実験や高感度の実験計画がなされています。見つかればニュートリノがマヨラナ粒子であることがわかる大発見といえますが、探索実験からニュートリノ質量の絶対値の情報も含まれるため実験の高感度化がますます重要となっています。



問い合わせ先


東北大学ニュートリノ科学研究センター
教授 白井 淳平(しらい じゅんぺい)
TEL : 022-795-6719
E-mail : shirai[at]awa.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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