東北大学 大学院理学研究科・理学部

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ミラー対称性による新型トポロジカル絶縁体を発見−高効率電子デバイスの開発に光−

概要


 東北大学大学院理学研究科の佐藤宇史教授、同大学材料科学高等研究所の高橋隆教授、名古屋大学大学院理学研究科の山影相助教、同大学大学院工学研究科の岡本佳比古准教授、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の組頭広志教授らの研究グループは、放射光を用いた光電子分光実験により、これまで見つかっていたトポロジカル(注1)絶縁体とは異なり、結晶自身の持つミラー(鏡映)対称性で特徴づけられる新しいタイプのトポロジカル絶縁体を発見しました。この発見は、現在、精力的に研究が進められている物質のトポロジー(幾何学)に基づく物質科学をさらに発展させるのみならず、新型トポロジカル絶縁体を用いた高効率の次世代電子・スピントロニクス(注2)デバイス開発へ道を開くものです。

 本成果は、平成30年1月9日(英国時間)に英国科学誌Nature系列の専門誌npj Quantum Materialsのオンライン速報版で公開されました。

□ 東北大学ウェブサイト



研究の背景


 物質内部(バルク)は電流を流さない絶縁体であるのに対して、その表面は特殊な金属状態を示す「トポロジカル絶縁体」が大きな話題になっています。トポロジカル絶縁体の表面では、有限の質量を持つ普通の電子とは全く異なり、質量ゼロの性質を持った「ディラック電子(注3)」(図1)と呼ばれる特殊な電子が伝導を担っています。このディラック電子は、物質中の普通の電子よりも格段に動きやすい上に不純物に邪魔されにくいという際立った性質を持ち、黒鉛を厚さ1原子分まで薄くしたグラフェン(注4)において見られることが以前から知られています。最近では、表面ではなくバルク自身がディラック電子を内包するトポロジカル絶縁体の発展版とも言える「ディラック半金属」や「ワイル半金属(注5)」などといった物質が次々と発見され、ディラック電子のもつ超高移動度などの性質を利用した新しい量子現象や電子デバイスの提案・実証などが進んでいます。

 このディラック電子には、エネルギーバンドの交差点が"点"となる「点ノード型」(図1a,b)と、"線"となる「線ノード型」(図1c)が存在することが理論的に予測されています。これまで発見されたほとんどのトポロジカル物質が点ノード型であり、線ノード型のディラック電子を持つ物質はほとんど見つかっていません。線ノード型ディラック電子は、点ノード型とは大幅に異なる量子力学的性質をもつことが理論的に提案されていますが、実験的に検証した例は殆どありません。これは、線ノード型ディラック電子を観測することが実験的に困難だったことに一因があります。最近、結晶構造にカルシウムCa、銀Ag、リンPまたはヒ素Asを持つCaAgX(X= P,As)(図2)という物質が線ノードディラック電子を持つことが名古屋大学の研究グループによる理論計算と実験によって予測され、その実証が強く待ち望まれていました。


研究の内容


 今回、東北大学、名古屋大学、KEKの共同研究グループは、CaAgAs(図2)の高品質単結晶を作製し、KEKの放射光科学研究施設 フォトンファクトリー(PF)において、軟エックス線と外部光電効果(注6)を利用した角度分解光電子分光(注7)という手法を用いて、そのエネルギー状態を高精度で決定しました(図3)。その結果、この物質が線ノードからなるディラック電子を内包した新種のトポロジカル絶縁体であることを初めて明らかにしました(図4)。研究チームは、さらに、この線ノード型ディラック電子が、結晶の持つミラー対称性(鏡映対称性:結晶構造が鏡に対して対称な性質)によって安定化していることも明らかにしました。ミラー対称性によるディラック電子の安定化は、ビスマスセレン(Bi2Se3)やビスマステルル(Bi2Te3)などのよく知られたトポロジカル絶縁体には無い性質であり、結晶のミラー対称性が新型トポロジカル物質探索の鍵となることを示したものです。今回の実験のポイントとして挙げられるのが、通常用いられる紫外線ではなく、放射光からの、より波長の短い軟エックス線を用いることで物質内部のディラック電子の可視化に成功した点です。今後、高輝度軟エックス線を用いたトポロジカル物質の実証が急速に進展すると期待されます。



今後の展望


 今回の研究は、ミラー対称性によって保護された「線ノード型ディラック電子」を内包したトポロジカル物質が存在することを実験的に確立したものです。今回の発見を契機に、線ノード型ディラック電子を持つトポロジカル物質や、ミラー対称性などの結晶の対称性によって特徴付けられる新しいトポロジカル物質の探索が進み、通常のトポロジカル絶縁体では発現し得ない量子現象の探索や、高効率電子デバイスへの応用に向けた研究が大きく進展することが期待されます。

 本成果は、科研費新学術領域研究「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(領域代表者:川上則雄)、科研費基盤研究(A)「角度分解光電子分光による原子層薄膜における超伝導とスピン軌道相互作用の研究」(研究代表者:佐藤宇史)、科研費挑戦的萌芽研究「ディラック電子をもつカルシウム3dバンド伝導体の熱電変換応用」(研究代表者:岡本佳比古)、科研費若手研究(B)「トポロジカル半金属の探索と量子輸送理論」(研究代表者:山影相)、KEK PF共同利用実験課題などによって得られました。



用語解説


(注1)トポロジカル(位相幾何学的)
コーヒーカップを連続的に変形させるとドーナツの形にすることができますが、ボール型にすることはできません。このような連続的に変化させても変わらない性質を探ることで、図形の本質を探る数学の分野のことをトポロジーといいます。円や直線などの論理的位置関係から構成される従来の幾何学に対して、「やわらかい幾何学」とも呼ばれます。ここ最近、この考え方を物質中の電子状態に応用することで、バルク(物質内部)は絶縁体でありながら表面にディラック電子状態をもつ「トポロジカル絶縁体」などの新物質が発見され、その研究が大きく進展しています。トポロジカルな物質の特徴として、物質のトポロジーを変化させるようなことがない限り、格子の欠陥や不純物などに運動が阻害されない電子状態が発現することが知られています。物質の中のワイル粒子も、そのような電子状態の一種です。


(注2)スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタやダイオードなど)を実現する技術分野のことです。電子スピンの上向き/下向き状態を、電気信号の「0」と「1」に置き換えて信号処理を行います。電子スピンは応答が早く、熱エネルギーの発生も非常に少ないので、これを利用したスピントロニクス素子は、超高速、超低消費電力の次世代電子素子の最有力候補とされています。


(注3)ディラック電子
今から約80年前に英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した相対論的効果を取り入れた「ディラック方程式」に従う粒子のことを指します。このような状態にある電子は非常に動きやすい上に、半整数量子ホール効果などの通常の電子系とは異なる量子効果を示すという特徴があります。ディラック電子は、これまでグラフェンやトポロジカル絶縁体の表面などでその存在が確認されています。


(注4)グラフェン
炭素が蜂の巣のような6角形の網の目状につながったシート状の物質です。黒鉛(グラファイト)を、非常に薄く剥がすなどして得ることができます。グラフェン内の電子は、ディラックコーン(図1a)と呼ばれる特殊な電子状態(エネルギーと運動量の関係)を持ち、その結果、ディラック方程式で記述される運動に従います。この物質内におけるディラック電子は、あたかも質量がゼロ、もしくは非常に小さい粒子のように振る舞い、さらに物質内の欠陥などに散乱されにくいという性質を持っています。そのため、グラフェンは高い電気伝導性や熱伝導性を示し、非常に少ない電力で動作する超高速電子デバイスなどへの応用が展開されています。


(注5)ワイル半金属
ワイル粒子を内包する半金属のことです。ディラック方程式(注3参照)において、質量をゼロとしたときに得られるフェルミ粒子(半整数スピンをもつ粒子、電子もその一種)のことです。1929年、ドイツの理論物理学者ヘルマン・ワイルにより提唱されました。素粒子としてのワイル粒子は、まだ見つかっておらず、ニュートリノがその有力な候補でしたが、ニュートリノ振動の観測(2015年ノーベル物理学賞)により、近年ではその可能性は低いと考えられています。真空中のワイル粒子は、カイラリティ(注8)(右巻き、左巻き)が永久に保たれるという性質を持ちます。物質中のワイル粒子はカイラリティの異なる二つの粒子が必ずペアで発現し、それらは互いに衝突しない限り質量を持つことがありません。


(注6)外部光電効果
物質に紫外線やX線を照射すると物質の表面から電子が放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年にアインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル物理学賞を受賞しています。


(注7)角度分解光電子分光
結晶に紫外線やX線を照射することによって放出された光電子のエネルギーや運動量(角度)を測定すると、その電子が元々いた物質中の電子の状態、つまり、物質の電子状態が分かります。この原理を利用した解析手法です。


(注8)カイラリティ
カイラリティとは、ある現象とその鏡像が同一にはならないような性質のことです。より専門的には、スピンと運動量の方向の関係性を相対論的に一般化した概念のことを指します。スピンは自転運動に対応するので、スピンの向きと運動量が同じときは「右巻き」、逆のときは「左巻き」の2種類のカイラリティがあります。質量のある粒子では、右巻きと左巻きのカイラリティ状態が混ざってしまいますが、ワイル粒子のように質量がゼロになると、粒子のカイラリティは右巻きか左巻きどちらかの純粋な状態になります。



論文情報


Observation of Dirac-like energy band and ring-torus Fermi surface associated with the nodal line in topological insulator CaAgAs
D. Takane, K. Nakayama, S. Souma, T. Wada, Y. Okamoto, K. Takenaka, Y. Yamakawa, A. Yamakage, T. Mitsuhashi, K. Horiba, H. Kumigashira, T. Takahashi, and T. Sato,
npj Quantum Materials 3, 1 (2018).
DOI: 10.1038/s41535-017-0074-z
URL: https://www.nature.com/articles/s41535-017-0074-z
2018年1月9日19時公開解禁(日本時間)



参考図


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図1:点ノード型ディラック粒子をもつ(a)ディラック半金属と(b)ワイル半金属。(c)線ノード型ディラック電子を持つトポロジカル半金属の例。


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図2:(a)CaAgAsの結晶構造。赤点線は結晶のミラー面(鏡映面)。ミラー面がCaAgAsにおける線ノード型ディラック電子の実現に必要となる。
(b)CaAgAs純良単結晶(名古屋大学で作製)の顕微鏡写真。白矢印は結晶のc軸方向。試料表面の平坦部分に軟X線を照射して、放出された光電子を観測する。


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図3:軟X線角度分解光電子分光の概念図。物質に高輝度軟X線を照射し、放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子状態を決定できる。


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図4:(a)角度分解光電子分光によって得られたCaAgAsの光電子強度にバンド理論による計算結果(赤線)を重ねたもの。ディラック電子による直線的なバンド分散が観測され、理論と実験の良い一致が見られる。
(b)バンド分散を見やすくするために、光電子強度の二階微分をとったもの。



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
教授 佐藤 宇史(さとう たかふみ)
電話:022-795-6477
E-mail:t-sato[at]arpes.phys.tohoku.ac.jp

東北大学材料科学高等研究所
教授 高橋 隆(たかはし たかし)
電話:022-795-6417
E-mail:t.takahashi[at]arpes.phys.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022−795−5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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