東北大学 大学院理学研究科・理学部

トップ > お知らせ

NEWSお知らせ

植物の病原菌感染を防ぐ画期的な植物免疫強化剤を開発 植物免疫の歴史的難問「生長と防御のトレードオフ」を解決

発表のポイント

● 世界の生産食糧の10-15%程度は病原菌感染による被害を受けている

● 病原菌感染に対抗して分泌される植物の免疫ホルモンは、植物生長を犠牲にして免疫応答を活性化する(「生長と防御のトレードオフ」)

● 新たに開発した植物ホルモン受容体「バイアス型アゴニスト(注1)」は、植物生長に影響せず、病原菌感染耐性のみを活性化する



概要


20180907_10.png世界の農作物生産量の10-15%(5億人分)は病害によって失われており、その解決は世界的課題です。植物は、病原菌に感染すると「免疫ホルモン」を分泌して様々な防御応答を活性化しますが、防御に必要なエネルギーを作るため、副作用として植物の生長を停止させます(「生長と防御のトレードオフ」)。このトレードオフを解消できれば、病原菌感染を防ぐ強力な手段となります。
東北大学大学院理学研究科(兼務 同大学院生命科学研究科)の上田実教授らが開発した植物ホルモン受容体「バイアス型アゴニスト」は、植物の生長に影響せず、病原菌感染防御応答のみを活性化します。この研究成果は、植物の病原菌感染耐性を強化する画期的な植物免疫活性化剤の開発に繋がると期待されます。本成果は、英国科学誌『ネイチャー・コミュニケーションズ』において9月7日午後6時(日本時間)に発表されました。

□ 東北大学ウェブサイト



詳細な説明


植物ホルモン ジャスモン酸イソロイシン(JA-Ile)(注2)は、植物と外敵との相互作用に深く関与します(図1左)。JA-Ileは、植物の病原菌感染耐性や食虫害耐性の強化(植物免疫)を引き起こすという魅力的な活性を持ちますが、その代償として生長の抑制を引き起こすという問題があり、この「生長と防御のトレードオフ」関係が、JA-Ileの農業応用を大きく制限していました。JA-Ileが植物免疫と生長阻害を同時に引き起こす理由は、これらのシグナル伝達の統合的制御を担うユニークなCOI1-JAZ共受容体(注3)にあります。JA-Ileは、F-boxタンパク質COI1とリプレッサータンパク質JAZの間に挟まって「糊」のように働き、これら二つのタンパク質を相互作用させます。例えばモデル植物シロイヌナズナは、13種のJAZ(JAZ1-13)をもっており、JA-IleがいずれのJAZとCOI1との組み合わせに結合するかによって異なる生物活性が誘導されます(図1左)。各JAZは、特定の転写因子と相互作用して、それぞれ異なる生理応答に関する遺伝子の発現に関与すると推定されており、その結果、上記トレードオフ関係を含む多様な応答が同時に誘起されます。この「生長と防御のトレードオフ」関係の分離は、植物免疫研究における「不可能問題」と考えられており、応用面の重要性からもその実現が長い間望まれていました。


20180907_20.png

図1 ジャスモン酸イソロイシン(JA-Ile)と「生長と防御のトレードオフ」関係(左)、バイアス型アゴニストは生長を阻害せず病原菌防御を活性化する(右)


東北大学大学院理学研究科(兼務 同大学院生命科学研究科)の上田実教授、東北大学大学院理学研究科の高岡洋輔講師、岩橋万奈(博士課程前期2年)、石丸泰寛助教ら、マドリード自治大学ロベルト・ソラーノ教授ら、理化学研究所 齋藤大明研究員、関原明チームリーダーらの研究チームは、JA-Ileの構造類縁体を基に、医薬品開発の手法を用いる論理的分子設計より、生長抑制を誘導することなく、病原菌耐性を選択的に活性化する植物ホルモン受容体バイアス型アゴニストを開発しました(図1右)。
JA-Ileが、植物の病原菌感染耐性や食虫害耐性の強化(植物免疫)とともに、副作用として生長抑制を引き起こす理由は、JA-Ileが病原菌感染耐性に関与するJAZとCOI1との組み合わせだけでなく、生長抑制などに関与するJAZとCOI1の組み合わせにも同時に結合するためです。受容体に結合してこれを活性化する分子をアゴニストと呼びますが、創薬分野では、受容体の活性化で惹起される複数のシグナル伝達のうち、一部のみを選択的に活性化するものをバイアスアゴニストと呼びます。「生長と防御のトレードオフ」を解消するためには、COI1-JAZ共受容体に対するバイアス型アゴニストの開発が必要でした。


20180907_30.png

図2 COI1-JAZ共受容体バイアスアゴニストNOPhは、生長と防御のトレードオフ」関係を分離して、植物の感染耐性のみを活性化する


上田らは、JA-Ileに類似した構造をもつ天然有機化合物コロナチンの立体異性体をベースに化学構造をチューニングすることで、植物ホルモン受容体バイアス型アゴニストを開発しました。この独自の方法論で、コロナチンの立体的な「カタチ」を微妙に変化させ、JAZに対する選択性を制御することに成功しました。さらにコンピューターを用いるイン・シリコ結合シミュレーションなどを駆使して、狙いのJAZとCOI1の組み合わせ以外には結合できない「カタチ」をもつCOI1-JAZ共受容体バイアス型アゴニストNOPhを作り出しました。NOPhは、シロイヌナズナに対して生長阻害を起こさず、植物病原菌Alternaria brassicicolaの感染を抑えました(図1右、図2)。またNOPhが、主としてCOI1-JAZ9共受容体への結合を経て病原菌耐性応答を引き起こすことから、「生長と防御のトレードオフ」の分子機構を初めて明らかにしました。この分子機構は、従来の遺伝学的研究では解明できませんでしたが、優れた化合物を用いるケミカルバイオロジー研究によって初めて明らかになりました。

2015年頃から、国内外のいくつかの研究グループによって、「化学的ハイジャック(chemical hijacking)」という手法による植物ホルモン受容体の化学的制御例が報告されました。これは、遺伝子改変によって植物ホルモン受容体の構造を変異させ、外部から投与した人工合成分子に応答して望むホルモン作用が起こるように植物体を改変する試みです。植物ホルモン受容体のうち、特定の活性に関係するものの構造を変異させれば、人工合成分子によって望む活性だけを引き起こすことも可能です。この優れた手法はモデル植物系では有効であるものの、植物の遺伝子改変技術(あるいはゲノム編集技術)の併用が必須です。ゲノム編集技術を従来型の遺伝子組み換え技術に相当すると位置づけた欧州議会での結論など、昨今の世界の動きを鑑みるに、実用化へのハードルは高いと言わざるを得ません。上田らの成果は、過去に例のない高性能な分子を開発することで、遺伝子改変技術を併用せず活性チューニングに成功した初めての例です。また、この成果は、植物-微生物間相互作用のより深い理解をもたらし、その制御を可能にするものです。

本研究は、文部科学省 科学研究費 新学術領域研究「化学コミュニケーションのフロンティア」、同「天然物ケミカルバイオロジー」、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(A)、同基盤研究(B)、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「フィールド植物制御」(研究総括:岡田清孝 龍谷大学教授)における「植物ホルモン活性のあいまい制御による環境応答バイオマーカー群の機能解明」(研究者:高岡洋輔)の支援を得て行われました。



用語説明


(注1)バイアス型アゴニスト
アゴニストとは、受容体作動薬とも呼ばれ、生体内で、ホルモンや薬物の受容体に結合して、細胞内のシグナル伝達を引き起こす化合物のこと。バイアス型アゴニストはバイアスアゴニストとも呼ばれ、特殊な機能をもつアゴニストである。創薬標的として注目される膜受容体GPCRなど、ひとつの受容体が複数のシグナル伝達機構を活性化する例は多い。バイアス型アゴニストは、複数のシグナル伝達機構のうち、ひとつあるいは少数を選択的に活性化できるアゴニストである。バイアス型アゴニストは、作用に関連するシグナル伝達を選択的に活性化することで作用と副作用を分離できる。このため、副作用を伴わない薬剤となり得ると考えられており、薬の開発の面から注目されている。

(注2)植物ホルモン ジャスモン酸イソロイシン
植物ホルモンとは、植物の生理機能を制御する有機化合物であり、オーキシン、ジベレリン、などがよく知られている。ジャスモン酸イソロイシンは、植物がある種の病原菌に感染したり、食草昆虫による食害を受けた際に分泌され、これらに対する防御応答反応を引き起こす植物ホルモンである。

(注3)COI1-JAZ共受容体
植物ホルモン ジャスモン酸イソロイシンの全ての生物活性を制御する受容体タンパク質。F-ボックスタンパク質COI1と転写因子抑制因子JAZの2種類のタンパク質の間で、ジャスモン酸イソロイシンが「糊」の様に働いてこれらをくっつけるため、COI1-JAZ共受容体と呼ばれる。モデル植物シロイヌナズナにはCOI1は1種類、JAZは13種類含まれている。



論文情報


雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:A rationally designed JAZ subtype-selective agonist of jasmonate perception
著者:Yousuke Takaoka, Mana Iwahashi, Andrea Chini, Hiroaki Saito, Yasuhiro Ishimaru, Syusuke Egoshi, Nobuki Kato, Maho Tanaka, Kuhrram Bashir, Motoaki Seki, Roberto Solano, and Minoru Ueda
DOI番号:10.1038/s41467-018-06135-y
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-018-06135-y



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科化学専攻
教授 上田 実(うえだ みのる)
電話:022-795-6553
E-mail:minoru.ueda.d2[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院 理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022-795-5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



お知らせ

FEATURES

先頭へ戻る