東北大学 大学院理学研究科・理学部

トップ > お知らせ

NEWSお知らせ

数理科学が証明する磁気構造と原子占有率の初の決定法 〜磁石材料、水素・電池材料の高性能化へ期待〜

発表のポイント

● 数理最適化法で「局所解(注1)問題」を解決し、回折・散乱の実験データから最確の磁気構造(原子磁石のナノ配列)と原子占有率(指定座標における原子の存在比;結晶構造の構成要素)を決定する方法を開発。

● 複雑な組成の材料に対しても高速且つ正しく求解。

● 電気自動車の高効率モーター・発電機の磁石材料、水素・電池材料等が、実測で決定された正確なナノ構造情報から高性能化されると期待。

dd41c0687d97605a89a025f3abd94d3d820a10e5.png

図1.磁気構造と原子占有率の決定の流れ。(a) 実験データの例。(b)(c) 実験データ解析(最適化問題)の概念図。解析結果が狭い変数領域における最適解にすぎないかもしれないという局所解問題が、今回の方法で解決されることを表す。(d) 得られた磁気構造や原子占有率の例。後者は原子の欠損や複数の原子種の共存の比を表し、円グラフの原子で表現される。Q.E.D.は数理科学において証明終了を表す記号である。



概要


東北大学大学院理学研究科の富安啓輔助教と山形大学学術研究院の富安亮子准教授(データサイエンス・数理科学)は、九州工業大学大学院工学研究院と米国オークリッジ研究所中性子散乱ディビジョンとの共同研究で、回折実験から最確の磁気構造と原子占有率を決定できる全く新しい実験データ解析法を開発しました。これは、解析上の長年の未解決問題であった局所解問題を、数理科学を用いて解決したことによる成果です。さらに、この方法を、イリジウム酸化物磁性材料について実測した粉末中性子回折データに適用しました。その結果、大域解(注2)であることが数学的に証明された磁気構造を実験的に決定することに初めて成功しました。また、データベース中の数千個の結晶構造から数値シミュレーションにより生成した仮想回折データ群を用い、大域解であることが保証された原子占有率を決定できることも確かめました。磁気構造は全磁性材料の基礎情報、原子占有率は水素含有材料や電池材料などで特に重要となる原子欠損や不定比(注3)情報を提供するものです。この研究成果は、これまで互いの高度さゆえに乖離しがちであった数理科学と材料科学(実験)の融合が創出したもので、複雑な組成の材料に対しても正しく且つ高速に求解する手段を提供します。今後、この手法は、基礎・応用・実用の様々な磁石・水素・電池材料の開発において問題解決や性能革新に貢献し、将来、数学的に正しさが保証された磁気密度・原子占有率の空間分布を回折・散乱測定中に観測する技術へ発展することが期待されます。本研究の成果は、平成30年11月1日(グリニッジ標準時)、英国の国際科学論文誌Scientific Reportsに掲載されました。

□ 東北大学ウェブサイト



研究背景


物質材料・生体分子・鉱物中の結晶構造(原子の占有率と配置)や磁気構造(電子磁石の配列)(注4)は、熱・圧力・電磁場・光・化学環境等に対する応答など、物質のあらゆる特性の起源に直結しています。最近では、結晶構造や磁気構造を、高度インフォマティクスと組み合わせ、開発したい物質材料を速く且つ効果的に設計するための貴重な情報(データベース)として用いるべく、正確かつ高速な構造決定法の開発が世界的な急務となっています。

結晶・磁気構造は、X線・中性子線回折実験でデータを測定し、実験データに最も合致する候補として得られます。しかしながら、最小二乗法をはじめとする従来の方法では、与えた候補のうちどれがより良いかの相対的な評価はできるものの、大域解(真に実験データと最も合致する結晶構造と磁気構造)であるという保証が出来ないことが問題でした(注5)



研究内容


そこで、共同研究チームは、構造解析における局所解問題を数理情報科学の観点から見直しました。その結果、非線形最適化分野で発展してきた「半正定値計画緩和法」を構造解析に適用することを着想しました。この方法は、2次計画問題と呼ばれる最適化問題を半正定値計画問題に帰着することで、大域的最適化手法の一つである内点法を用いるという数理科学的な求解法であり、双対定理や相補性定理により、解析結果に関する大域的収束や大域解の一意性が保証されるという極めて強力なものです。大域解が複数ある場合は、代数方程式を解く計算によりその全ての解を得ることができます。

共同研究チームは、実測と数値シミュレーションの回折データに対し、その検証を行いました。その結果、磁気構造と、結晶構造の要素である原子占有率が、半正定値計画緩和法により大域的に最適化できることが確認されました。

数理科学においては、その性質と威力がよく知られている最適化手法に対し、物質科学の構造解析分野における初の事例として、解の保証も含めて汎用的に求解できる問題のクラスを発見した成果と位置付けられます。また、物質科学においては、事実上、このような取りこぼしのない実験データ解析は不可能だと考えられてきましたが、本研究はそれを覆した成果と位置付けられます。



今後の展望


今回、様々な物質の研究開発に有用なナノ情報である磁気構造と原子占有率の決定において、回折・散乱の実験データを、数理科学が正しさを保証する構造情報に高速変換する手法を初めて開発しました。磁気構造は全磁性材料の基礎情報、原子占有率は水素含有材料や電池材料などで特に重要となる原子欠損や不定比情報を提供します。この手法により、従来解析不能だった複雑な組成も含め、これまでのように偽の解にとらわれたり様々な候補を試行錯誤したりすることなく、この重要な実測の構造情報にアクセスできるようになります。

本研究成果は、近年中に、リートベルト法のソフトウェアに実装されることが予定されています。今後、一般生活や社会インフラの各所に用いられる物質、例えば、電気自動車の高効率モーター・発電機等の磁石材料、水素・電池材料、薬やタンパク質等について、磁気構造と原子占有率を高信頼度且つ高速決定し、将来的には計算科学やインフォマティクスとの融合により、飛躍的な特性向上や新素材・新薬の創製を強力に支援することが期待されます。



論文情報


論文誌名: Scientific Reports
論文タイトル:A new mathematical approach to finding global solutions of the magnetic structure determination problem
著者:K. Tomiyasu, R. Oishi-Tomiyasu, M. Matsuda, and K. Matsuhira
DOI番号:10.1038/s41598-018-34443-2



助成


本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ の研究領域「[数学協働] 社会的課題の解決に向けた数学と諸分野の協働」(研究総括:國府 寛司)における研究課題「結晶学的位相問題の解を列挙する理論とソフトウェアの開発」(課題番号:JPMJPR14E6)、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤(B) (JP15H03692)、基盤(S) (JP17H06137)、基盤(C) (JP18K03503)、東北大学 学際科学フロンティア研究所 領域創成プログラム、および東京大学物性研究所と米国エネルギー省の日米協力事業「中性子散乱」の支援を受けて行われました。



用語説明と補足


(注1)局所解
限定された変数範囲内で最適な解のこと。局所的最適解とも呼ばれます。

(注2)大域解
全変数範囲内で最適な解のこと。大域的最適解とも呼ばれます。

(注3)不定比
化学組成が決まった整数比で表されないこと。原子欠損、原子挿入、水素吸蔵等により発生します。

(注4)結晶構造と磁気構造について
ラウエやブラッグによるX線回折やシャルによる中性子回折の実践に始まり、DNAの二重らせん構造や準結晶の実証など、構造決定とその手法開発は、古来より数々のノーベル賞にも輝いて来た、なくてはならない研究開発です。

(注5)大域解の保証
これを目指すための慎重な解析方法(大域的最適化法)として、モンテカルロ法、シミュレーティッド・アニーリング法、遺伝的アルゴリズムが知られています。しかし、いずれも解析結果を大域解だと保証するものではありません。そのため、得た解が暫定的もしくは間違いであること、もっともらしい解であるという傍証を揃えるために大変な時間と労力と費用コストを要すること、解の候補が多すぎて暫定解すら得られないこと等の問題が生じてきました。



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
助教 富安 啓輔(とみやす けいすけ)
電話:022-795-6487
E-mail:tomiyasu[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院 理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022-795-5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



お知らせ

FEATURES

先頭へ戻る