海のベンチレーションに関する研究をしています。ベンチレーションは「換気」という意味ですが、海面で大気と接していた水がより深いところの水と入れ換わることを海のベンチレーションといいます。換気とは言っても、ベンチレーションによって海の深部に送り込まれるのは、大気から海に溶け込んだ酸素や二酸化炭素などの気体だけではありません。海は海面を通して大気との間で熱や淡水をやり取りし、その結果、海水の温度や塩分が変化します。その変化した温度や塩分は、ベンチレーションによって海洋内部に運ばれます。ベンチレーションは、海面と海洋内部をつなぎ、海の水温・塩分や酸素などの溶存物質の分布を決める重要な過程といえるのです。
地球温暖化にともない、過去40年以上にわたって地球に蓄積された膨大な熱(1年あたり原子力発電所一基の年間発電量の20万倍以上に相当)の90%以上は海に溜まっていたと見積もられています。ベンチレーションの理解は、海洋内部に熱が溜まるメカニズムの解明に直結し、温暖化の将来予測のためにも欠かせません。また、温暖化にともなう海の酸性化や貧酸素化など、生態系に大きな影響を及ぼす海の変化を解明・予測するためにも、ベンチレーションをよく理解する必要があります。
このような背景の下、全球海洋観測網Argo(アルゴ)のデータを中心に、船舶・衛星による観測データ、コンピュータで海洋循環・環境を再現する海洋大循環モデルの計算結果などを合わせて解析することにより、海洋上層(深さ数百メートルまで)における季節内から数十年のスケールでのベンチレーションとその変動を研究しています。Argoは現在4000台近いプロファイリングフロート(自動観測ロボット)で全球海洋をカバーして、準リアルタイムで海面から2000mまでの水温・塩分データを取得・公開している画期的な観測網です。水温・塩分に加え、酸素や栄養塩、酸性度など生物地球化学的な量も計測する、あるいは、観測深度を海底まで拡張するなどの計画も進みつつあります。私はArgo計画に開始当初から参加し、そのデータの活用を積極的に進めてきました。しかし、Argoデータのもつ情報は膨大であり、海の成り立ちや変化の解明のために未だ十分に活用されているとはいえません。そこをブレークスルーするには、新たな発想が不可欠であり、大学院生をはじめとする若いみなさんの活躍に期待しているところです。