科学には芸術やスポーツのような価値がある

青葉山の面々 - Message from Aobayama.

若林裕助

1.現在、どんな研究をしていますか?

様々な性質を示す物質がありますが,それらがなぜそのような性質になっているのかを,ミクロな視点で解き明かそうとしています。ミクロな視点という表現も人によって違うものを指していますが,私は物質中で原子がどのように配列しているかを調べることで,その物質の性質の起源を知ろうとしています。このような測定にはX線を使います。放射光と呼ばれる,直径100mくらいの加速器から出るX線が非常に使いやすいので,多くの実験は加速器のあるつくば(Photon Factory)や播磨(SPring-8)に行って実施します。もちろん大学にも装置を持っていて,場合によってはそれで充分なこともありますが,大学の装置での実験が放射光実験の下見や練習になることも多くあります。手法はX線を使った回折実験のみですが,代わりに様々なものを対象に研究をしています。様々な特殊な物性を示す金属酸化物を多く研究してきましたが,最近では鉄の錆び方を調べたり,有機ELの仲間のような物質をデバイスにしたときに,電気が流れる場所がどんな構造になっているかを調べたり,あるいは情報科学に基づく実験結果の解析手法の研究をしたり,いろいろとやっています。

2.興味を持ったきっかけは?

物理そのものにどのように興味を持ったかはもう覚えていません。物心ついた時には理科的なものが好きでした。雲はなんであんな形なんだろう,とか思っていた気がします。物質について考える物性物理をやることになったのは行きがかり上の問題で,私の出身大学の物理学科には,実質的に物性物理の研究室しか当時ありませんでした。大学生の時の私は,物理ができれば分野にはこだわらなかったので,そのまま今に至ります。学部4年生のころ卒業研究のための実験をしていて,試料を作った人も知らなかったその物質の性質(250Kあたりで相転移がある)を見つけました。何か月も詳細がわからなかったのですが,やっとすべてがはっきり理解できるデータが夜中に取れて,結晶の軸の間の角度を測るために一人で分度器を探してあちこち歩きまわったのを覚えています。

3.メッセージ

物理をはじめとした「理学」は工学や医学のように直接役に立つものではありません。「遠い将来に役立つ」という言い方をする方もいます。しかし,私としては,芸術やスポーツと同様,役に立たないが価値があると言うほうが誠実で,より正しい表現だと思っています。学ぶことによって,世界をこれまでと違った角度で見る事ができるようになります。大学1年生の頃に受けた授業で,電磁気学の基礎方程式から光が導出されるのを見せられた後,教室の外の日の光を少し違った気持ちで見た事をよく覚えています。