目次


1. はじめに

近年、大学院生・大学生の就活の早期化がより一層進んでいます。その結果、学生が自分に合ったキャリアをじっくりと検討する余裕がなくなっており、本研究科はこのことを非常に心配しています。修士や学部の学生さんは特にそうです。

ここで言う「じっくり検討」とは,ネットの表層的な情報を集めてそれを鵜呑みにしてわかった気になったり,あるいはそれに流されて右往左往しているうちにどんどん不安になったりすることではありません。自分自身の経験や試行錯誤に基づいて,本当に自分に合った仕事を模索していくことを意味しています。

一昔前、まだ学生さんが就活に汲々としなくても良かった時代もありました。その時代には、理学研究科・理学部の学生さんは、在学中に科学や研究について学び、それを強みとして就活戦線に挑んでいました。科学や研究に関する素養は、研究者としてのキャリアはもちろんのこと、民間企業の技術職(研究開発を行う場合も含む)でも非常に重要なアピールポイントとなってきました。また、学校教員になる場合には、科学や研究に関する素養が教科教育に関する専門知識の基礎となりました。企業の総合職や国・自治体の公務員のような、一見すると科学とも研究とも関係がないように見えるケースでも、やはり科学的知識や科学的思考力は高く評価されていました。つまり科学や研究に関する素養は非常に広範に応用できる「潰しの効く」力であり,これが本研究科・本学部の学生が就職で非常に有利な立場を得る所以でもありました。

もちろん,今でも科学や研究に関する素養は就活の重要な武器です。しかし、近年の就活では,学生さんがこの武器を入手する前に戦線に駆り出されてしまう事態が到来しています。

学部卒で就職する場合はB3(学部3年)の夏頃から,修士卒で就職する場合はM1(修士1年)の夏ごろから就活がスタートします。B3の夏ではまだセミナーや研究室配属も経験していない状態ですし,M1の夏はようやく本格的な研究が少し始まったところです。この段階では自分に研究適性があるのか見極めるのは難しいです。自分の研究適性がわかれば、アカデミアに残って科学や研究を生業とするのか、企業や学校、自治体で科学・研究を応用していく仕事に就くのかなどなど、なんとなく自分の将来も見えてきます。この情報は理学の学生が自分の将来を考えるためにはとても重要な価値を持っているのですが、その情報が手に入る頃には既に就活はほぼ終わっています。

さらに,近年はインターンシップの性質が職場体験から早期選考へと変わってきており,これが問題に拍車をかけています。従来,インターンシップは,学生が自分に合った職業を探したり,各企業の職場の雰囲気を肌で感じたりする場でした。それが可能だったのも企業がおおらかな気持ちで学生を受け入れて下さっていたからです。しかし,早期選考となると話は変わってきています。学生は企業の評価の目に晒されます。そうなってくると学生も安心して職場体験を積むことはできません。少子高齢化の中で企業が人材確保に必死ならざるを得ないという事情はわかりますが,このやり方ではミスマッチが増えるばかりです。特に2025年卒の学生の就活からは,インターンシップを通した早期選考が公に認められることとなったため,この傾向がより強くなる見通しです。

このような問題意識のもとで,本資料では,理学研究科・理学部におけるキャリア形成の基本的な考え方について説明していきます。普通はなかなか聞けないようなかなり踏み込んだ話も扱いますので,皆さん是非ともご一読ください。内容がかなり多岐に渡りますので,見出しに対象読者を表記することにしました。参考にしてください。


2. 研究モードへの切り替え(学部低学年対象)


研究モードとは | 研究モードの実際 | 研究モードで授業に臨む

研究モードとは

低学年の学生さんに知っておいて欲しいことは,なるべく早く受験モードから研究モードに頭を切り替えるべきだということです。これが就活の第一歩だといっても過言ではありません。

受験モードというのは,要するに大学受験に合格することを目的とした学びのあり方のことです。大学受験では,教員など自分以外の誰かが問題を設定し,皆さんは与えられた問題を解くだけです。正誤の判定も教員などが行います。

研究モードというのは,未解決問題に挑戦し解決することを目的とした学びのあり方です。未解決の問題というのは問題のアウトラインくらいはだいたい見えているものの,問題の細部がどうなっているか,その本質はどこにあるのかがまだ誰にもわからないようなところがあります。つまり何が本当の問題なのかから自分で考える必要があるということです。もちろん解決方法などはもっと分かりません。これまでうまくいった方法を一つずつ試していくのも良いでしょうし,全く新しいアイデアを試すのも良いでしょう。この辺りは各自の創造性に委ねられています。

さらに言うと、そもそも答えがない問題(解が定まらない問題)に直面することもあります。たとえば「防災対策立案」のように、「価値の多様性(価値観によって多様な問題の立て方があるし、多様な解がありえる)」場合がそうです。この場合は科学の知識や方法だけでは答えは出ません。例えば関係者との対話、自治体での熟議を通して、「皆にとっての答え」を模索し続けていくことが重要になります。科学がダメなのではなくて、科学+αが求められるという話です。

大学や大学院では、学年が進むにつれて研究モードでしか取り組み得ないような未解明の現象や未解決の問題、解の定まらない問題にチャレンジする機会が増えていきます。学生が博士課程後期で取り組む問題になると、指導教員すらも問題の所在や解決策がいまいち見えていない場合がほとんどです。だからこそ博士課程後期では学生が主体となって研究していくわけです。

問題は受験モードと研究モードのどちらが実社会に出てから有益かという点です。言わなくてもお分かりいただけると思いますが、研究モードが有益です。基礎研究にせよ、企業の製品開発にせよ、教材開発にせよ、政策立案にせよ、全て研究モードが求められます。だからこそなるべく早く研究モードに切り替えることが就活の第一歩なのです。

もちろんマニュアル厳守のルーティーンワークであれば受験モードの方がフィットするかもしれません。でも、そういう仕事はどんどん減ってきています。受験モードに頼った生き方は現代社会ではリスキーです。

こう言うと「受験勉強は無駄だったのか」と悲観する人もいますが、そうではありません。受験勉強はさまざまな知識を効率的に記憶するには悪い方法ではありません。受験勉強で得た知識は大学でのさまざまな学びの基礎になっていることが多いですし,受験勉強のノウハウ(効率の良い勉強法とか読書の習慣とか)は研究を進めるときにも活きてきます。受験モードと研究モードには、良し悪しの差があるのではなくて、大学や大学院では受験勉強の成果を踏まえて次のステップに進むべきだということです。


研究モードの実際

研究モードの実際の姿をイメージするためには,実際に研究している先輩方の姿を見るのがおすすめです。もっと良い方法は自分で研究してみることですが,自分で実際に研究できるのは学生生活の後半(学部4年頃から)になってしまいますので、就活早期化の時代にはちょっと遅すぎます。「先輩の姿を見る」という方法が現実的な落とし所だと思います。

ということで,ここでは3名の先輩の姿を紹介します。こちらをざっと読んでみて「研究モードというのはこんな感じなのか」というのをつかんでおいてください。


数学専攻のA君

A君は整数論と呼ばれる,整数そしてそこから派生する数の集まりや体系の特徴について研究している博士課程後期の学生です。

数学科では,学部3年次に「数学講究」というユニークな講義があります。ここでは,先生が講義の内容を決めるのではなく,学生が先生にどのようなテーマについて学びたいかをリクエストします。そして先生はそのリクエストに答える形で講義を進めます。もちろん,どんなテーマでもリクエストすれば自動的に採用されるというわけではなく,リクエストを受け付けてもらうためにはそのテーマが意味あるものであることを先生に納得させなければなりません。

「数学講究」を通して整数論,特にその中でも多重ゼータ値や多重ポリ・ベルヌーイ値といった特別な数の体系に関心を持ったA君は,新進気鋭の数論研究者である若手教授のセミナーに所属することにしました。そして大学院では「数学講究」で学んだ知識をもとに,教授のアドバイスを受けながら,多重ゼータ値や多重ポリ・ベルヌーイ値へ解析学的にアプローチする研究に着手しました。

現在は,自分自身で設定した数学上の謎に挑みつつ,ときに先生や大学院の仲間とディスカッションしたり,学内外のセミナーやワークショップに参加し,常に学術的刺激を受けながら研究を進めています。すでにA君の研究成果は学術論文誌に掲載されています。学術論文誌に掲載されるためには,査読という専門家による研究の妥当性・学問的意義の審査をパスする必要があります。これは,A君の研究成果が世界に認められたことを意味していますから,大変嬉しいことです。

A君は「自分の研究は通信技術や暗号技術と関係している。民間企業での研究開発にも興味を持ちつつある」とも語っていました。その後,A君は大手民間企業の中央研究所に採用されました。今日も数学を武器に新しい技術の開発に取り組んでいます。


物理学専攻で理論研究を行っているB君

B君は物性理論の分野で,流体力学・集団運動に関する研究を行っています。

流体力学・集団運動の研究とは,例えば水の動きのように自由度が大きく,複雑な物理現象を解析する研究領域です。B君は数理的な解析とコンピュータを駆使した数値計算の両面でこの研究に取り組んでいます。

数理解析とは,「紙と鉛筆」を使って特定の条件下における運動方程式の解を求め,その結果に基づいて物理現象に関する基本的なモデルを構築するような方法です。その一方で,近代物理学が取り扱う問題は複雑になりすぎて解析的には取り扱えない場合もしばしばあります。このような場合に有力なのが,コンピュータを用いた数値計算です。物理的モデルをコンピューター内に仮想的に構築し,そこで“仮想的に実験してみる”(シミュレーション)という手法です。

コンピュータの中では予算を気にせず実験条件を自由に変更し,何回でも行うことができますし,場合によってはあえて物理法則を変えてみるなど現実には実現不可能な条件のもとでの現象を調べることも可能です。

B君によると,「朝起きて,数式をどう解くか考えていたら一日が終わっていた」とか「コンピュータ内で適切なモデルを構築するためにプログラムを書いていて,ふと気づいたら夜が明けていた」ということも珍しくはないそうです。また,週に1度の指導教員とのディスカッションでは,指導教員が「今週はどんな面白いことがわかった?」と自分の研究に関心を持ってくれるので,その期待に応えるためにも,どんどん研究を進める。B君は,そんなハードではあるけれど,やりがいのある日々を送っています。

B君は「ポストドクター」(ポスドク)として大学で働く道を選びました。ポスドクは大学教員へ第一歩です。


化学専攻で実験研究を行っているC君

C君は有機化学の研究室で,新しい触媒,新しい化学反応の創出に取り組んでいます。

触媒や化学反応を生み出すためと言っても,新しければ何でも良い,手当たりしだいに実験をすればいいというわけではありません。化学研究において意義のある触媒や反応とは何か,現時点でそれが実現していないのはなぜなのか,しっかりと調査し理解する必要があります。そして実験に際しては,研究室に蓄積した有機化学に関するノウハウや国内外の最先端の化学研究の知見を応用することで,効果的・効率的に実験を行う必要があります。もちろん,実験は一人で行うのではなく,指導教員や大学院の先輩,同期,後輩と協力して進めていきます。

C君は約4年の月日をかけて全く新しい触媒の開発に成功しました。この話をC君に聞くと,彼は必ず粘り強く研究に取り組むことの意義を語ります。現在,C君は製薬企業で「創薬」(有機合成の花形です!)に取り組んでいます。


さらなる事例

キャリア支援室では動画の形で他にもいくつかの事例を皆さんに紹介しています。気が向いたらこちらもみてみてください。
理学部・理学研究科YouTube キャリア支援室


研究モードで授業に臨む

研究モードのおおよそのイメージが掴めたら,日々の授業に研究モードで臨んでもらうのがおすすめです。

別に難しいことではありません。授業で紹介された参考文献を読んでみたり,自主ゼミを開いてみたり,先生に質問にいったり。そういうふうに自分から積極的に学ぶ習慣を身につけおくだけです。(ちなみにですが、大学教員の多くは「最近の学生は質問に来てくれないなぁ」と寂しい思いを心に抱えていますので、学生が質問してくれたら大喜びして回答してくれる可能性大です。)

実は理学部には自主ゼミの習慣や先生に質問にいく習慣がかなり根強く残っていますので,そういった活動に取り組む中で自然に研究モードに切り替わる人がほとんどです。この意味では,私の説明は老婆心みたいなものです。

ただ,受験モードを拗らせて,高校卒業時点の学力だけが自分のアイデンティティの拠り所になってしまう人もいると聞きます(私はまだ会ったことがありませんが)。そうなってしまうと,高学年で取り組む研究活動はなかなかうまくいきませんし,就活もかなり難航することになります。受験モードをいつまでも引きずるのはやめましょう。

研究モードを身につけることができたら,これがさらに次のステップへ進むための立脚点となります。次は科学の専門性を学ぶステップです。


科学の専門性とは

学生さんはあまり意識していないようですが、大学や大学院で理学を深く学び、そして研究にしっかりと取り組むことで、理学研究科・理学部では,科学の専門性(scientific expertise)を身につけることができます。例えば、数学や理論研究に取り組めば、学生は数理的・論理的思考力、柔軟な発想力や創造性、粘り強く思考を展開していく習慣を身につけることができます。

この辺りの構造は部活に取り組むことでコミュニケーション能力がついたりするのと同じ構造です。就職してから野球のバッティング技術が会社員の役に立ちますか。ほぼ間違いなく役に立ちませんね。でも、スポーツを通して体が鍛えられたり、チームワークのノウハウが身につきます。理学の場合は、体力やチームワークに該当するものが科学の専門性だということです。


4つの典型例

理学研究科・理学部では,主に博士の学生を対象にして研究を通して身についた科学の専門性に関する調査を行ってきました。その中身はかなり多様で,簡単に整理することはできないのですが,現時点ではおよそ4パターン程度に集約できることがわかってきています。

■ 理論家タイプ
数理的思考や論理的思考に長けており、現象の背後にある原理や法則の探究に強みを見せる。数値計算(シミュレーション等)を行う学生の場合は、プログラミングを得意とする。解釈が困難なデータを巧みに分析するための新しいアイデアや手法を考案したり、問題を多角的に検討して思いもよらない解決策を提案したりできる。

■ 実験家・観測家タイプ
実験や観測を通して、仮説を体系的にそして効率的に検証していくトレーニングを徹底的に受けており、実験・観測の計画立案やその運用に精通している。機械や装置の開発の経験を持つ学生も少なくない。近年需要が高まってきているデータ分析にも長けている。当たり前の常識をユニークな新実験・新観測で覆したり、ゼロからイチを作り出すような創造的な開発研究が得意。

■ プロジェクトリーダータイプ
研究プロジェクトの現場リーダーとしてチームを牽引する。思い通りに研究が進まないときにも、自分自身やチームを穏やかに鼓舞しながら、粘り強く試行錯誤を続ける精神的なタフさを身につけている。プロジェクト管理や情報共有、後輩学生の指導や支援など縁の下の力もち的な仕事も的確にこなす。研究のスタイル(理論、実験、観測)に依存しないためか、プロジェクトリーダータイプの強みを身につけている学生は多い。(本人が自覚していないことも多い。)

■ グローバル人材タイプ
語学、特に実践的な英語に長けている。物怖じせずに新しい舞台に飛び込む思い切りの良さがあり、国境や組織の垣根を越えたネットワークを持っていることが多い。異文化理解・異分野協働の習慣も自然と身につけている。また、実社会のアクチュアルな課題(社会情勢、政策課題、技術開発の動向等)に敏感な場合が多い。

もちろんこれはよくあるパータンであって,一人ひとりが保有する科学の専門性は,その人が元々持っていた資質や能力,大学・大学院で学んできた内容,研究テーマ,研究方法などなどに応じて千差万別です。実際の就職活動では,上記のよくあるパターンも手かがりとしつつ,自分が保持する科学の専門性をしっかりと明確化して企業にアピールする必要があります。


科学の専門性に対する企業からの評価

疑り深いあなたは「本当に企業は科学の専門性なんてものを高く評価してくれるの」と思うかもしれません。実は私もこの点が気になったので,2021年に企業60社ほどを対象にアンケート調査を実施して確認してみました。調査内容は,企業で研究開発を行う人材に期待する能力です。主に博士を念頭にした調査ではありましたが,学部や修士の皆さんにも参考になると思います。

結果はグラフの通りです。調査前の段階では,私は企業はプログラミング能力や実験・観測のスキルのような、即戦力となるスキルを重視されると思い込んでいました。しかし、蓋を開けてみれば、企業は論理的思考力や自立心、知的好奇心、粘り強さ、チャレンジ精神といった研究に向き合う姿勢を重視していることがわかりました。ざっくり言えば「自分の頭で考え、自分の考えでチャレンジできる人材」を企業は求めているわけです。

このような自律的そして能動的に困難な事業に立ち向かう姿勢は、大学や大学院でじっくりと腰を据えて研究に取り組むことでこそ身につけられます。

修士(博士課程前期)の段階でも研究をどんどん進めることはできます。ただ、研究を自律的・能動的に進めるためには基礎となる知識やスキルについてしっかりと学ぶ必要があるため、修士の段階ではどうしても指導教員や先輩の指示を仰ぎながら研究を進めることが多くなります。これは個人の能力の問題というよりも科学の高度化の帰結と考えられます。博士まで進むと個人として自律的に研究を進めたり、(規模は小さいとしても)何らかの研究プロジェクトを推進していくリーダーの役割を任せられたりします。

つまり大学院,特に博士課程後期でしっかりと研究に取り組むことにはかなり大きなキャリア形成上の意義があるのです。


大学院進学の経済的リターン

企業の大学教育・大学院教育に対する評価を図る物差しの一つに,学歴(教育段階)別の給与があります。

以下のグラフは学士卒,修士卒,博士卒の生涯賃金をプロットしたものです。データは男性のみとなっています。日本社会は男女の給与の格差が無意味に大きく,しかも女性の給与は変動も大きいため,ひとまず男性だけを取り扱っています。特に当事者である女性にしてみれば不満だと思いますが,今回はこちらのデータで我慢してください。

しばしば、日本では博士の給料が安いと言われます。これは海外(特にアメリカ)に比べれば確かにそうです。ただ、実は日本では学部も修士も給料が安いという事実はしばしば見落とされています。また企業の方のお話を聞くと「博士号取得者の給料を一律に上げるようなことはしてないけど、なんだかんだで博士は出世や昇給が早いよ」と説明されることがあります。どうやら博士の給料は相対的には高いようです。データもそうなっていますね。

就職した時点では、博士の給料は学部や修士と大差ないのですが、生涯全体で見るとその差は歴然です。学部卒の生涯賃金は2億5600万円、修士卒は2億8708万円、博士卒は3億6297万円です。税引き前なので、手取りだと差は小さくなりますが、それにしても大きな差です。「学部と修士では、仙台の家一軒分ぐらい稼ぎが違う。学部と博士だと東京の家一軒分ぐらい稼ぎが違う。」というのはかなり衝撃的な事実ではないでしょうか。

お金目当てに大学院に進む人はいないと思いますが,それでも企業が大学院,特に博士についてはかなり高い期待を寄せているということはお分かりいただけたと思います。本研究科が行った調査も加味して言えば,この期待の少なくない部分が,大学から大学院にかけてじっくりと身につけた科学の専門性にあると言えそうです。


学業・研究・就活を一体的に展開

ここまで説明してきた通り,理学研究科・理学部では科学の専門性を身につけることができ,この力は企業からも高く評価されます。このことを前提にすると,理学部での学業,理学研究科での研究,そしてそれぞれの就職活動を一体的に捉えて就活の臨めるということがお分かりいただけると思います。

学生さんの中には「理学研究科・理学部で学んでいることは就活やその後の職業生活とは全くの別物だ」「就活や仕事で必要となる知識やスキルは,大学の授業や研究活動とは別に,自分で一から身につけなければならない」といった感じで、学業・研究・就活を分断して捉えていた方が少なくないようです。ずいぶん早い段階から就活の心配を始めたり,研究をほっぽり出してインターンシップに参加したりする理由は,この辺りにあるのでしょう。

学業・研究・就活を分断して捉える考え方が完全に間違っているとまでは言いません。ただ、基本的には学業・研究・就活の3つは無理なくつなぐことができます,3者を一体的に展開すれば,その分だけ無駄なく,そして理学ならではの強みを活かして就活に取り組むことが可能となります。


就活の本質はマッチング

世の中にはたくさんの就活本があります。就活本を読むと、履歴書の書き方や敬語の使い方、お辞儀の仕方なんかが色々と書かれています。もちろん社会に出て必要になるものも多いので、就活を期に勉強するのは良いことです。ただ、いろんな本を読んでいて気になったのですが,就活本では「就活とは何か」にはあまり触れられていないようです。これは理屈っぽさでは他に類を見ない,理学の学生にしてみればスッキリしない事態だと思われます。

私は就活を「求職者と求人組織のマッチングだ」と定義しています。この定義は,労働経済学の一般的な定義を参考にしています。(気になる人は「労働市場 サーチ理論」でgoogleって下さい。)マッチングとは最良の組み合わせを探索していく行為です。学生の皆さんは一人ひとり違った強みを持っていますし,企業や公的組織(自治体等)の人材ニーズも多様です。この皆さんが企業等に提供する強みと企業等が求める人材ニーズが合致したときに、就職(企業等から見たら採用)が成就することになります。

就活の本質がマッチングだということは、就活では自分自身の観点(自分はあれがしたい、自分はこれができる等)だけを主軸にした自分本位の就活は失敗する可能性がかなり高いということを意味しています。

一つ実例をご紹介します。今から15年ほど前,私の友人の一人が東京にある某国立大学で工学を専攻していました。彼は修士卒で就職することにしました。彼は自分が今いかに先端的な研究を行っているかを力説するエントリーシートを作成し、それをコピペして手当たりしだいにメーカーに提出しました。しかし,結果はひどいものでした。彼は10社ほどから「お祈りメール」を食らったあげく,結局,就活を諦めることになりました。その後、紆余曲折ありましたが、今は某省庁の職員として、霞が関で元気に働いています。

彼は決して無能な人間ではありません。地力は高いはずです。そして彼もまた科学の専門性をもった有為な人材だったと思います。なぜ彼の就活は失敗したのでしょうか。私の理解では、その理由は彼の就活の戦略が自分の能力を示すことだけに注力した、極端に自分本意なものだったからです。自分の研究の話をもっと短くして,自分が研究を通して身につけた工学の知識やスキル,ノウハウについてわかりやすく説明したり,その力を活かして就職後にどんなふうに会社に貢献したいかを語っていれば,彼は複数の会社から内定をもらっていたのではないかと思います。

この事例は,人材としての価値は、学生本人に内在しているわけではなくて、学生と企業との相性で決まるものだということを示唆しています。もちろん学生生活を通して地力をつけることはとても大事です。本研究科・本学部の学生さんについて言えば、それはやはり科学の専門性になるでしょう。ただ、どれほど立派な学歴もどれほど優れた知識やスキルもそれを企業が求めていないのであれば,そこに価値は発生しません。


自分の強みを多角的に捉える

マッチングを就活の本質だとすれば、就活をすすめるためのポイントはたった2つしかないということが理解できるはずです。それは自己理解(自分の強みを理解すること)と仕事理解(企業の人材ニーズを理解すること)です。この2つがクリアできれば、あとは自分の強みを求める企業にエントリーすれば、就活は自ずと順調に進んでいきます。自分の強みをきちんと理解した上で,その強みを高く評価してくれそうな企業を幅広い視野で探せば就活はきっと乗り切れます。マッチングというのはそういうものです。

自己理解に際しては、自分の強みを多角的に捉えることが重要です。人の強みにはさまざまな要素があり,かなり捉えどころがありません。ただ,就職活動においては,少なくとも以下の3つの要素に着目して,企業が求める人材を理解したり,自己アピールをおこなっていくことが必要があります。

一つ目は知識です。知識は物事に関する情報を認識している・記憶しているということを意味しています。知識がたくさんあるというのはそれ自体が一つの強みとなります。皆さんの場合は、科学に関する知識が強みとなります。もちろん仕事の知識(例えば企業の製品やサービス、事業計画の知識)も必要になります。

2つめはスキルです。スキルはなんらかの行為を安定して遂行できることを意味しています。理学に関係のあるスキルは,まずは論理的思考力や数理的思考力などでしょう。研究スタイルによってもそれぞれですが,プログラミング,特定の実験機器や観測機器の運用,データ分析,英語,プレゼンなんかが一般的です。こういったスキルについては,就職活動が始まってから身につけようとしても手遅れです。普段の学業・研究の中でしっかりとトレーニングしておく必要があります。

ただ、これは先述の仕事の知識も同じですが、仕事で必要なスキルについては、かなりの部分が入社後に身につけることで対応できます。特に仕事の進め方に関する知識のような会社ごとにその内容がかなり異なるタイプの知識だったり、プログラミングやデータ分析のような比較的新しいスキルはそうです。

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3つめはコンピテンシーです。コンピテンシーとは,仕事に取り組むときの思考パターンや行動パターンです。スキルと似ていますが,コンピテンシーの方が各人の個性や性格との結びつきが強いです。例えばリーダーシップ,知的好奇心,チャレンジ精神,仕事に対する粘り強さなどがコンピテンシーに該当します。

日本の企業は知識やスキルよりもコンピテンシーを重視する傾向があります。長期間の雇用を前提にすると,必要な知識やスキルは入社後に身につけさせることができるのですが,コンピテンシーについては人格形成とも関わってきますので,入社後にそれを変えることはかなり難しいからです。だからこそ,大学生・大学院生のときにしっかりとしたコンピテンシーを身につけておくことが重要です。

科学の専門性も知識,スキル,コンピテンシーに整理できます。表は理学研究科で身につけられる科学の専門性に関する一覧です。コンピテンシーについては,理学に限らず,あらゆる分野の大学や大学院で身につけられるものと理学ならではのものに分けています。前者を汎用的コンピテンシー、後者を科学的コンピテンシーと呼んでいます。

ここに挙げたリストに対して全て満点の人材などはいませんし,もしいたとしてもそんなことにはなんの価値もありません。得意分野や苦手分野はひとそれぞれあるでしょうが,それが個性というものなので気にしなくても大丈夫です。在学中は細かいことは気にせずに学業や研究にしっかりと取り組めば,自ずとこれらの力は身についていきます。時が来て就活を始めるときに自分の強みを少なくとも知識,スキル,コンピテンシーの3つの角度からしっかりと検討した上で,それが活きる仕事を探したり,企業に自分の強みを説得力のある形でアピールすることができれば十分です。


仕事の基本的な構造を理解する

理学の学生さんには「自分の興味関心に基づいて仕事を選ぶ」という人が多いようです。このこと自体は別に悪くないのですが,そこで考えが止まっていると問題です。

一般的に,仕事というのは貢献とその対価の応酬の連鎖で成立しています。例えば企業は顧客に対して製品やサービスを提供し,その対価を得ます。そして企業は製品やサービスを開発したり,製造したり,販売したりする過程に貢献してくれる社員に対して賃金という対価を支払います。顧客⇔企業⇔従業員という流れで貢献と対価の応酬が成立しているわけです。仕事というのは自分の興味関心を満たすためのものではなくて,世の中の誰かのために行うものだという風にも言えるでしょう。

このことを認識せずに,自分の興味関心だけに基づいて仕事を選んだり,あるいはエントリーシートや面接での自己アピールをしてしまうと,就活はうまくいきません。どんなに優秀な学生であっても,誰かのために働く気がない人は,ほとんどの場合,門前払いされて終わりです。私の友人の事例を思い出してください。

もちろん,仕事の内容に興味を持つのは悪いことではありません。最初のきっかけとしては順調な滑り出しとすら言えます。ただし,本当にその仕事でお金を稼いでいくためには十分ではありません。その会社の顧客はどのような人で,その顧客にどのような製品やサービスを提供していて,そしてのそのための事業にはどのようなものがあり,その事業のどの分に自分は貢献していきたいと考えているのか。このような仕事の基本的な構造に対する理解をきちんと持つようにしてください。ここまで来れば,あとは自分の強みがどのようにその会社で活きるのかを説明するだけです。

「実際に働いてもいないのに仕事の構造を理解するのは無理だ」と感じる学生さんもおられるかもしれません。確かにそれはそうです。ただ,その企業や業界についての公開情報を書籍やウェブで集めて,その範囲で仕事の基本構造を自分なりに整理するくらいはできるはずです。もしかしたら多少現実からずれているかもしれませんが,手ぶらで就活するよりはずっとマシです。


インターンシップについて

少し話はズレますが、インターンシップについても言及しておきます。

仕事理解のための重要な取り組みがインターンシップです。最近の就職活動ではインターンシップの中身が多様化しており,「なんかよくわからないけどとにかくインターンシップに参加しないとオワるらしい」という漠然とした認識でインターンに参加する学生さんが少なくない気がします。インターンシップは確かに大事ですが,とにかく参加すれば良いと言うものではありません。自分に必要なインターンシップに参加しなければ無意味です。ということで,ちょっと脱線しますが,インターンシップについて検討してみましょう。

経団連(日本経済団体連合会)や大学のメンバーで構成された「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」の報告書「産学協働による自立的なキャリア形成の推進」によれば,インターンシップは1)オープンカンパニー型,2)キャリア教育型,3)汎用的能力・専門活用型,4)高度専門型に大別されます。

まず1のオープンカンパニー型は,オープンキャンパスの就活版です。1dayインターンシップと呼ばれることが多いです。半日から1日かけて,会社の様子や業務の概要を学びます。見学がついたセミナーといった感じです。学年不問で誰でも参加できます。「仕事の基本的な構造を理解する」ためには良い機会ですので,積極的に参加しましょう。

2のキャリア教育型は,企業と大学が共同して教育プログラムを実施するものです。理学ではあまりないのですが,例えば社会科学系の学部だと,授業の一環として企業に見学に行ったり,そこでグループワークをおこなったりします。こういった事例がキャリア教育型に該当します。興味のある人は全学教育のキャリア教育関連科目をチェックしましょう。

3の汎用的能力・専門活用型が,元々はプロジェクト型や問題解決型と言われていたもので,企業が参加する学生に課題を出し,学生がそれを解決するという内容です。業務説明の講義を受けた上で,学生が業務に関連するプロジェクトや問題に取り組み,最後にその成果を報告するといった流れです。こうした活動によって汎用的能力(汎用的コンピテンシーとほぼ同義)や専門性(理学の場合は科学的知識,スキル,科学的コンピテンシーが該当)のトレーニングを行います。期間は1週間程度の場合が多いようです。ただ,専門性が問われる類のインターンシップは4週間ほどになることもあります。例えば研究インターンシップなんかはこれに該当します。(詳しくは東北大学も参加している「産学協同イノベーション人材育成協議会,通称C-ENGINEのHPを見てください。)いずれにせよ,活動期間が長いので,学部3年あるい修士1年の長期休暇中(夏,年末年始,春)に開催されることが多いです。

また,近年は,汎用的能力・専門活用型に採用活動が組み込まれることが増えています。いわゆる採用直結インターンシップです。この場合は,汎用的能力や専門性を鍛えるというよりも,それを企業にアピールするという観点でプロジェクトや問題解決に取り組むことになります。

最後の高度専門型は主に博士の学生を対象にした有給のインターンシップです。こちらはまだ企業側も大学側も手探りといった感じで,まだ内容の詳細は決まっていません。基本的には企業の研究開発の現場に博士の学生さんが飛び込んで行って,そこでチームの一員として働くという内容が想定されています。汎用的能力・専門活用型の場合,与えられるプロジェクトや問題はインターンシップ用に作られた教材(仮想事例)の場合がほとんどなのですが,高度専門型の場合は実際にその企業が今まさに行っているプロジェクトなどに参加する形になることが多いようです。

ではどのような時にどのようなインターンシップに参加すれば良いのでしょうか。

もしあなたが幅広い業界や企業を概観したいのであれば1)オープンカンパニー型,2)キャリア教育型に参加していくのが良いでしょう。この2つは比較的手軽に参加できるので,特段,大きなデメリットがないのも良い点です。

3) 汎用的能力・専門活用型については,学部卒での就職を希望している場合には積極的に参加した方が良いでしょう。詳しくは後述しますが,学部在学中に身につけた知識やスキル,コンピテンシーだけで就活戦線を切り抜けるのはそれなりに大変です。修士の学生さんの場合,インターンシップによって生じるメリットとデメリットをきちんと理解した上で参加の有無やタイミングを検討する必要がありあます。この点は修士の就活戦略のところで詳述します。博士の場合,日々の研究それ自体が高度専門職としてのトレーニングになっていますので汎用的能力・専門活用型は基本的に不要です。どうしても就職したい企業があるとか,そういう特殊な場合にのみ参加すれば良いでしょう。この点も後述します。

4についてはまだ受け皿もほとんどありませんので,現時点ではあまり気にしなくて良いです。


就活戦略の重要性

話を就活の基本に戻します。ここまでの検討内容を踏まえて言えば、就活という行為は、1)自分の能力を知ること、2)相手の人材ニーズを知ること、3)1と2をマッチさせることの3段階で構成されています。この3つをしっかりと考えることが、就活の基本戦略となります。

このように就活の概略を検討していくと,就活の基本的な戦略も徐々に見えてきます。

戦略とは「何を行うかを定めたもの」です(what)。戦略は「どのように行うかを定めたもの」であるところの戦術(how)とセットで考えるものです。登山で言えば、どの山に登るかを決めたり、登山ルートを決めたりするのが戦略で、実際に山に登りながら無駄なく計画を遂行したり、場合によっては計画を修正していくのが戦術です。就活の場合,どのような進路を歩むのか大まかな方向や長期的な計画を決めるのが戦略で、その実現に向けた日々のスケジュール策定や諸々の準備などが戦術です。

就活の戦略を軽視して就活のテクニックを学んだり、インターンシップに参加したりしてもほぼ無意味です。これはいわば自分の実力を無視していきなり高い山に登ろうとしたり、自分がこれから登る山のことを何も知らずにノープランで山に登ったりするようなものです。もしあなたがこんな危険な登山をしたら、たとえあなたの体力や地頭が優れていても、最高の装備を揃えていても、ほぼ間違いなく遭難します。就活もそうです。

3. 科学の専門性を身につける(学部高学年〜修士向け)」のあたりでも書きましたが、基本的に理学部・理学研究科の皆さんは科学の専門性を身に着けていますし、それが就活の大きな強みになります。なので、自分の科学の専門性をしっかりと把握することが就活戦略の第一歩です。この点はここまで読んでくださったみなさんなら概ねご理解いただけたと思います。残る問題はこれから登る山の様子ですね。

ということで,次に東北大学の理学部・理学研究科を卒業・修了することで,どんなキャリアパスが拓けるのか,そのキャリアパスを歩む過程はどのようなものになるのかを検討してみることにしましょう。


5. 学部卒就活の基本戦略


概要 | 文系就職と公務員の場合 | 学校教員の場合

概要

理学の就職というと技術職が多い印象ですが、実は理学でも学部卒の主流は文系就職です。また学校教員になる方も少なくありません。技術職が主流となるのは修士卒からです。

文系就職は就活ジャーゴン(業界用語)です。「技術職以外の仕事の総称」とご理解ください。文系就職はさらに民間企業と公務員に分かれます。民間企業の場合は,企業の総合職へ就職することになります。総合職は,企画,広告,営業,人事,経理などなど,会社のあらゆる仕事を担当する仕事です。本人の能力次第ではありますが,基本的には将来の管理職候補と目されるポジションです。なお,総合職とセットの仕事に,一般職というものがあります。一般職は,総合職のサポートを行う仕事で,どちらかといえば定型的な(ルーティーンな)仕事を担当します。本学部の学生は,概ね総合職に就きます。総合職と一般職では求人の区分が違いますので,この点を間違わないようにきちんと求人情報を確認しましょう。

公務員も基本的には文系就職と同じです。勤め先が企業から国や自治体に代わっただけです。公務員の場合は,試験の区分等に応じて,総合職的なポジションや一般職的な仕事に就くことになります。

学校教員は中学校や高校の教員に就くことになります。在学中に教員免許を取得する必要があります。なお,大学院(博士課程前期)まで進学し,専修免許を取る方も少なくありません。専修免許の取得によって,雇用条件も変わります。自治体によっては,学部卒の段階で内定を出した上で,大学院への進学を認める場合もあります。学校教員を目指す方は,自分が希望する自治体の教育委員会のHP等で求人の詳細を確認することを忘れないでください。

2006年から2018年のデータによると,文系就職が40%ほど,学校教員が15%ほどです。これに加えて技術職が35%ほどとなります。10%程度の学生が未就職です。この傾向は学科を問わず共通していますが,数学科の場合は学校教員が25%ほどに上り,技術職は少なめの25%ほどです。学部卒で技術職になる道も十分にあります。が,やはり技術職は特に修士の主な進路となっていますので,技術職については修士の就活戦略で詳述します。(※数字は概算です。詳細な分析についてはオンラインでの公表は控え,学内だけで閲覧可能にしています。関心のある方はキャリア支援室までお問い合わせください。)


文系就職と公務員の場合

まずは文系就職と公務員を検討していきます。文系就職にせよ公務員にせよ,学部卒の段階で,業務で有益な知識やスキルを獲得しているケースはレアです。ほとんどの場合,就職の鍵はコンピテンシーです。

学部卒の場合,汎用的コンピテンシーを主軸に,科学的コンピテンシーもきちんと身に着けることが重要です。


汎用的コンピテンシー

まず汎用的コンピテンシーについては,在学中の様々な活動,例えば自主ゼミ,サークルや部活,留学,ボランティア,インターンシップなどを通して身につけることができます。学部卒での就職を希望する学生さんは,在学中から自分の興味関心のある活動に本気で取り組み,そこで汎用的コンピテンシーを高めるようにしましょう。

なお,学生さんの中にはアルバイトでの経験を就活で強くアピールする方が多いのですが,これはあまり良い手ではありません。というのもアルバイトは単純労働が中心であり,その経験は総合職ではあまり活きないからです。アルバイトを通して身につく能力(敬語が使える,電話対応ができる,マニュアルをきちんと守れる,時間厳守で仕事に取り組むなど)は,どちらかといえば一般職で重要視されるものであり,それを総合職の求人でアピールするのは的外れです。もちろん,アルバイトで社会経験を積むことが無駄ではありませんが,アルバイトアピールで競争相手に差をつけるのは難しいです。

なお,エントリーシートや面接でアルバイトの経験に触れられることもありますが,それはあくまでもみなさんの社会経験を確認するという趣旨の質問です。みなさんの能力を示すエピソードを求めてのものではないので,誤解しないようにしましょう。

在学中からしっかりと主体性を持って,継続的に何かに取り組んでおくことで,みなさんの汎用的コンピテンシーは自ずと高まっていきます。また,汎用的コンピテンシーを示すエピソードも溜まっていくはずです。逆説的になりますが,在学中は妙に就活のことを意識せずに,まずは自分自身の興味関心のあることがらに本気で取り組むことをオススメします。


科学的コンピテンシー

学部卒で就職するからといって科学的コンピテンシーが身についていないとか,就活でアピールできないなどといったことは全くありません。

科学的コンピテンシーは,日々の授業の中でも少しずつ育成されています。もちろん,みなさんが研究モードで授業に主体的に取り組んでいることが大前提です。例えば,自主ゼミ等の企画や運営の経験,研究室に早期に参加した経験などは,科学的コンピテンシーの育成に大きく寄与します。

例えば,メーカーに文系就職した学生さんがいたのですが,この方は「まだ研究に本格的に参加した訳ではありませんが,大学の授業で実験のやりがいや難しさは体感しています。就職後はその経験を活かして,総合職と技術職の橋渡しを務められるように心がけていきたいです」と語ったところ,これが大いに評価されたと教えてくれました。このようにプレゼンテーションの仕方を工夫すれば,学部卒でも問題なく科学的コンピテンシーを就活の武器にできます。


学校教員の場合

学校教員の場合,教職に関する知識や授業に関するスキルが重要です。この点は自分でしっかりと学ぶようにしましょう。

ただ,面接などでは,いわゆる「ガクチカ」(学生時代に力をいれたこと)について尋ねられることもあるようです。この場合は,汎用的コンピテンシーや科学的コンピテンシーを示すエピソードを相手に提示する必要があります。

学校教員の仕事には、授業を中心とした技術的側面と省察や対話を重視したコミュニケーション的側面があります。そして現代社会では後者のウェイトが重くなっていて,非常に高い対人能力とストレス耐性が求められます。この意味では,学校教員にこそコンピテンシーが求められると行っても過言ではありません。


概要

修士卒の進路は技術職が主流です。ただ,修士の就職は数学とそれ以外の専攻でかなり異なります。2006年から2018年のデータによると,数学の文系就職は45%ほど,学校教員が20%ほど,技術職が35%ほどです。未就職は5%ほどです。他の専攻の場合,文系就職が15%ほど,学校教員が5%ほど。技術職が75%ほどとなります。未就職は5%ほどです。このように修士卒の主な進路は技術職ですが,文系就職,公務員,学校教員の道を歩む方もいます。特に数学専攻はそういう学生が多めです。

技術職は,エンジニアの仕事です。製品の開発,製造,分析・評価などに携わります。工場のラインで作業を行う仕事は技能職と呼ばれ,技術職から区別されます。技術職と技能職がセットで「モノづくり」が行われている。そんなイメージがわかりやすいでしょう。

なお,技術職の中で,製品開発に特化した仕事を「開発職」と呼んで区別する場合もあります。さらに,製品開発の基礎となる研究活動に力を入れている企業では,「研究開発職」などの呼称で,比較的基礎研究よりの仕事を区別することもあります。この辺りは企業の文化に依存しているので,求人票をざっと見ているだけでは区別がつきません。企業のHPなどを確認して,「技術職」「開発職」「研究開発職」といった言葉が指し示している業務内容をきちんと理解しておく必要があります。

公務員(公的機関)にも技術職はあります。この場合は,土木、建築、機械、電気・電子、化学、農学といった領域の専門知識を要する公務に従事します。理学だと,例えば気象庁や環境省,農林水産省の技術職なんかがイメージしやすいかもしれません。

とりあえず以下で「技術職」という場合には,企業や公的機関における「開発職」「研究開発職」も含めます。


科学の専門性を活かす

理学研究科の博士課程前期(修士)から技術職に就職する場合には,大学・大学院で培ってきた科学の専門性を存分にアピールできます。

理学研究科では数値計算(計算機を使ったモデリングやシミュレーション)や実験,計測や観測,データ分析といったさまざまな知識やスキルが身に付きますので,まずここがアピールポイントになります。

これに加えて,汎用的コンピテンシーや科学的コンピテンシーが身につくので,ここでさらに差をつけることができます。特に東北大学理学研究科では学生が自分自身で問題を発見したり,解決策を模索したりできるように,学生の主体性や能動性を尊重する文化があります。本研究科は科学的コンピテンシーを身につけるためには非常に良い環境ですので,就活でも是非この点をしっかりとアピールして他の研究科や他の大学の学生と差をつけていきましょう。

修士卒で技術職に応募する際には,科学に関する知識,スキル,コンピテンシーの3つが揃っていれば,就職は決して難しくありません。もちろん自分の強みを全く理解していなかったり,エントリー先の仕事をプレビューしていなかったりすれば,話は別です。この辺りを抜かりなく準備すれば,大きな問題はありません。


インターンシップのメリット・デメリット

修士の就活戦略の最大のポイントはインターンシップの活用です。インターンシップに絶対に参加するべきだと言っているのではありませんし,逆に参加するなと言っているわけでもないです。賢くインターンシップを利用しましょうと言いたいです。

「4. 就活の基本(全学生対象)」で述べたように,インターンシップの内容は多様です。基本的にオープンカンパニー型については積極的に参加するのが良いでしょう。キャリア教育型については修士の学生が参加するのはスケジュール的に少し難しいでしょう。もちろん調整がつく可能性もありますので,その点は個別に相談といった感じです。高度専門型はまだ本格始動前なのであまりに気にする必要ありません。問題は3の汎用的能力・専門活用型です。

最近は修士1年の夏に汎用的能力・専門活用型インターンシップに参加する学生が多いです。多くの場合,参加の動機は汎用的能力・専門活用のトレーニングというより,採用直結型インターンに参加してなるべく早く内定をゲットすることにあるようです。(ルール上、修士1年に対する採用直結型の解禁は2023年のインターンからなのですが…。)

内定を急ぐ気持ちはわかりますが,採用直結型にはメリットとデメリットの双方があります。メリットは就活のチャンスが増えることです。デメリットは研究を通した科学の専門性のレベルアップのチャンスを棒に振ることです。

修士1年の夏の段階では,研究が本格始動していないことがほとんどです。この段階で就活に乗り出しても,まだ科学的コンピテンシーをアピールするためのネタ(エピソードや実績)が薄いです。この場合,汎用的コンピテンシーだけを頼りに就活することになりますが,これでは学部卒就職や文系就職と大差ないということになります。もしあなたがコミュニケーション能力などで文系を含めた他の学部や研究科の学生を凌駕できるのなら特に問題はないでしょう。しかし,もしそうでないなら早期採用をひたすら追求するのはやめた方が無難です。周りに流されて中途半端な気持ちで修士1年の夏にインターンシップに参加して,研究活動がおろそかになってしまい,本来身につくはずだった科学の専門性が身につかないなどという事態に陥っては元も子もないからです。

修士の学生の場合,まず自分が取り組む研究活動によってどのような力(知識,スキル,汎用的コンピテンシー,科学的コンピテンシー)が身につくのかしっかりと精査するところから就活をスタートすることを強くおオススメします。ここで「自分が希望する業界や職種,企業に就職するためには,研究を通して身につく力だけでは不十分な点がある」と判明したら,その不足を補うための活動に取り組むのが合理的です。

学生さんの多くは,仕事理解については不足していると思うので(偏見だったらすみません),オープンカンパニー型には適宜参加した方が良いでしょう。汎用的能力・専門活用型についてはあまり焦らずに,修士1年の正月や春あたりまで待っても良いでしょう。汎用的能力・専門活用型インターンに参加せずに,普通に修士1年の3月(つまり年度末)から就活をスタートさせても特に問題ありません。もちろん,その前提として一定水準の科学的知識やスキルを身につけていること,そして汎用的コンピテンシーと科学的コンピテンシーをじっくりと涵養していることが求められます。


戦略的な博士進学のススメ

最後に,修士の学生さんには戦略的な博士進学についてもオススメしたいと考えています。

博士課程後期は,教授になりたい学生や研究が好きで好きでしょうがない学生だけのものではありません。もちろん,そういう学生さんがメインターゲットであることは間違いないのですが,博士に進学して高度な知識やスキルを身につけたい,研究を通して汎用的コンピテンシーのトレーニングをしたい,科学的コンピテンシーをしっかりと涵養したいという学生さんも大歓迎です。こういった戦略的な博士進学についてももっと積極的に検討していただきたいです。

2022年ごろから博士課程の学生に対する経済支援が充実してきており,博士進学の経済的コストが大幅に圧縮されてきています。すでに紹介した通り,博士号の取得によって生涯賃金は飛躍的に(億単位で)上昇します。つまり戦略的な博士進学のコスパがかなり上昇しているわけです。私は今こそ博士に進学するチャンスだと思います。


概要−実は就職に強いウチの博士−

博士卒の進路は技術職(開発職,研究開発職含む)とアカデミアが主流です。アカデミアとは,大学や高専の教員,公的研究機関の研究員のことです。ポスドクももちろん含みます。技術職やアカデミア以外の進路もあり得ることは言うまでもありません。

ここでもデータを確認しておきましょう。なお,やはり数学とそれ以外の専攻で傾向が違うので,両者をわけて説明します。

数学専攻の場合,アカデミアが40%ほどです。数学専攻の一つの特徴として,アカデミアに進む場合に,ポスドク等の任期付の仕事ではなく,いきなり助教等の任期なしの仕事につく人が多い点が挙げられます。ただし,アカデミア希望で就職できない人も多く,全体の15%ほどの学生がこれに該当します。もう一つの数学専攻の特徴は民間企業や公的機関の総合職といった技術職以外の進路(いわゆる文系就職)を選択するケースが多い点です。全体の30%ほどが文系就職に該当します。技術職は15%ほどです。意外なことに,数学専攻の博士卒で学校教員になった方は,データ上はいませんでした。数学以外の専攻の場合,アカデミアが50%ほどでで,技術職が40%ほどです。3%ほど学校教員,未就職が7%ほどです。

専攻による違いも多少ありますが,実は本研究科の博士の就職率は全体で90%前後となっており,この数字は修士卒の95%前後に比肩する水準です。この実績は他の研究科や他の大学と比べると,かなり良い方です。「博士に進学したら就職できない」といった話はウンザリするほど聞かされていると思いますが,これは本研究科には当てはまりません。世間の妙な噂に流されないように注意してください。

アカデミアへの就職の場合は,指導教員による紹介やJREC-INというポータルサイト上の求人への応募で就職することになります。この辺りの事情は分野によって千差万別なので,博士に進学する予定の学生さんや今まさに博士の学生さんはまず指導教員に相談するのが良いでしょう。

ということで以下では博士卒の文系就職や技術職就職について整理します。


実績こそが博士の最大の強み

博士卒で文系就職や技術職を行う場合,やはり科学の専門性をアピールすることになります。修士卒との違いは,博士卒では実績を示しながら客観的に自分の科学の専門性をアピールできる点です。

修士卒の場合,科学の専門性をアピールしようにもそれを示す根拠はほぼ間違いなく自己申告です。「普段,こんな実験をおこなっています」とか,「研究に際してはこんなことに留意しています」とかのエピソードを並べることになります。

一方,博士の場合は客観的な根拠を伴ったエピソードを提示できます。例えば「数学の○○という予想の○○の部分の証明に寄与し,論文にとりまとめた。このような高度な数理的思考力をもとに○○の仕事に挑戦したい。」,「○○という実験において,検出機の精度を○%向上させた。同じような検出機の開発・改善に関するノウハウを製造工程の評価分析に応用していきたい。」「○○のデータ解析で利用する○○というプログラムを自分で作成した。このプログラムについては他の研究チームからの照会も多く,○○研究所で現役で利用されている。この過程で得た○言語や○言語の知識やスキル,経験を武器にしたい。」「海外の○○大学,○○大学と連携して共同研究をおこなっており,そのチーム中で○○の役割をになっている。このチームの研究業績としては○や○がある。大学院で培ったネットワークを活用することで,研究開発チームの国際化に貢献していきたい。」などです。ちなみに固有名詞は伏せていますが全て実例です。

このような形で客観的な根拠を示しながら自分の日々の研究活動やその活動を通して身につけた強みをアピールすれば,博士の就活はかなり有利に進みます。言うまでもなく,その基礎には必死で研究に取り組む本気の日々があることを忘れてはいけません。


ジョブフェアのススメ

博士の就活には固有の難しさもあります。それは就活の基本的なスケジュールが確立されていないという点です。博士の場合は通年採用が一般的ですので,学生さんが自分のペースで就活を進めることになります。自由度が高くてそれはそれで良いのですが,いつ頃から就活を始めれば良いのか迷う方も多いです。

ということで私は博士の学生さんには「D2の10月にジョブフェアに参加すること」を一つの目安としてスケジュールを組み立てるよう推奨しています。

ジョブフェアとは,博士限定の合同企業説明会です。東北大学高等大学院機構の博士人材育成ユニットが主催しています。ジョブフェアに参加する企業はおよそ50社程度です。数が少ないと感じる方もいるかもしれませんが,それは博士人材育成機構の先生方が参加企業を厳選されているからです。業界のバランスなども加味されているようですので,幅広い専攻の学生が参加できます。

ジョブフェアでは,企業サイドの会社説明と学生サイドの自己アピールの2部構成になっています。よって,参加学生は事前に自己アピールの資料を用意する必要があります。(コロナ前はポスター発表形式でしたが,現在はオンラインでパワーポイントを使ったプレゼンとなっています。今後また変更される可能性があります。)理学研究科では博士の学生を対象にした自己アピール用のワークシートを作成しています。このワークシートを使ってもらえれば,ジョブフェアそしてその後に続くエントリーシートづくりが効率的に進みます。

大まかなスケジュールを説明すると次のようになります。まずD2の7月ごろに理学研究科から進路希望調査がメール等で送付されてきます。このタイミングでジョブフェアについての開催通知も受け取ります。ここで技術職かアカデミアか,キャリアパスの大まかな方向性を検討するわけです。

その後,技術職への道を歩む予定の学生さんはジョブフェアへ参加します。申し込みは8月から9月です。申し込みと合わせて,上述のワークシートで自己分析も行います。その後,学生さんは博士人材育成機構の先生方に相談しながらプレゼン資料を作成していき,10月ごろにジョブフェアに参加となります。ジョブフェアの後は,意中の企業にエントリーしたり,相手からスカウトされたりすることになります。人によって内定のタイミングは違いますが,12月から2月ごろに内定を得る学生が多いようです。


自分にあったスケジュールの可能性

もちろん,これ以外のスケジュールで動く学生さんもいます。

まず製薬企業に就職希望の学生さん(主に化学)は就活がかなり早く始まります。製薬業界はかなり特殊で,D2の夏頃には博士対象の説明会やインターンシップなどが開催されることもあるからです。

また博士が修士の技術職のスケジュールに乗り込んでいくパターンもあります。つまりD2の3月(年度末)に,M1に混ざって就活するわけです。この場合も「実績」という修士にはない強みを武器に就活でかなり有利に戦えます。

最後に,元々アカデミア希望だった学生さんが,途中から技術職へ希望を変えるケースも少なくありません。そもそも博士の就活では研究を通して身につけた力が武器になるので,アカデミアから技術職への方針転換はさほど難航するわけではありません。ただ,スケジュールはどうしてもタイトになります。例えばD3の夏頃から就活を始めるとなると,自分で会社に直接メールしたり,D3の秋のタイミングでジョブフェアに参加することになります。

いずれのパターンを選ぶにせよ,自分にあったスケジュールで就活を進めることが大事であることは言うまでもありません。ただ,一人でスケジュールから考えるのは不安も大きいと思います。そう言う時はキャリア支援室にご相談いただければ,力になれると思います。


8. アフターサービス


以上で就活の基本的な考え方は終わりです。ここに書かれていることはあくまでも基本ですから,皆さんには自分なりの応用や修正が求められます。応用や修正にまで踏み込んで説明できれば・・・と思ったりもしたのですが,細部に至るまであれこれと口を挟むと,学生さんの就活に変なバイアスが生じたり,場合によっては学生の職業選択の自由を制約してしまうことにもつながるかもしれません。ということで,今回の資料からは割愛しました。

もしこの内容を読んで,気になる点があったり,相談したいことがあったりしたのであれば,遠慮なくキャリア支援室にご相談ください。キャリア支援室ではここでは紹介しきれなかったさまざまなデータも閲覧できますし,おすすめの就活本なんかも用意しています。相談以外の利用も歓迎です。

2022年度は隔週木曜の15:00-18:00で定期開催です。

メール等での相談は随時受付中です。

遠慮なくご来室ください。

ただ,2022年はコロナの影響でテレワークも多いので,事前にメールなりで予約してもらえると大変助かります。



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