興味が有る方向に進んで下さい。きっと世界が広がるはずです。

青葉山の面々 - Message from Aobayama.

金田 雅司

1.現在、どんな研究をしていますか?

原子核を構成する陽子や中性子はアップ・クォークとダウン・クォークと名付けられた素粒子から出来ていますが、クォークは全部で六種類あります。アップ/ダウン・クォークの次に質量の大きなストレンジ・クォークを含む粒子で、陽子や中性子の仲間はハイペロンと呼ばれています。このハイペロンの一つであるΛ(ラムダ)粒子と中性子の間に働く力を測定する実験の準備をしていて、その実験に必要な検出器の開発をしています。
ハイペロンは地球上では加速器を使うことで作れますが、平均寿命が約260ps(ピコ秒:10-12秒)の粒子です。そんな短い粒子を作ってどうするの?と思うかもしれませんが、宇宙にはこのハイペロンが安定して存在していると考えられている、中性子星が存在します。中性子星は、超新星爆発のあとに残った非常に密度の高い物質です。最近、これまでの予想と異なる大きさ・密度の中性子星が発見されて、問題になっています。
この中性子星の密度と大きさを考える上で重要なのが、ハイペロン、陽子、中性子の間に働く力(ストレンジネスを含むバリオン力)です。これまでは、主にΛ粒子が原子核に束縛されたハイパー核と呼ばれる原子核を作り、その質量を精密に測定することによりバリオン力の研究が行われていました。これは、Λと陽子(p)、Λと中性子(n)、二つの粒子の間に働く力を散乱実験(ぶつけてどの方向にどれくらいの確率で向きが変わって飛んで行くかを調べる)で直接測定することが難しいためです。
Λと陽子については、1970年代の実験データが少しありますが、Λと中性子については皆無です。陽子と中性子には電荷(の有無)と質量の僅かな差はありますが、「基本的には同じ種類の粒子で性質が少し違っただけ」と考えることで、Λと中性子の間の力が予想されています。
色々な種類のハイパー核の質量を良く説明出来る理論モデルが提唱されているため、バリオン力について理解できていると我々物理屋は思っていました。ところが最近、4ΛH(構成は pnnΛ)と4ΛHe(構成はppnΛ)という二つのハイパー核の質量が精密に測定され、理論モデルではその質量差が説明出来ないことが分かりました。
Λと陽子、Λと中性子の間に働く力が、そもそも理論モデルでの仮定が間違っているのか、それとも他の効果があるからなのか、それを結論づけるためには実験で示す必要があります。そのために、東北大学の電子光理学研究センターでγ線ビームと液体重水素標的を使った、γd → K+Λn というストレンジネス生成反応から、Λ-中性子間力を測定する実験を計画しています。

2.興味をもったきっかけは?

今の研究分野に参加したのは、東北大に着任してからです。
昔は、高校物理の教員になろうと、広島大学教育学部教科教育学科に進学しました。当時の広島大学教育学部は、科目の専門内容は理学部や文学部など他学部で、教育学に関しては教育学部で授業を受けるという方針でした。そのため、物理の科目は物理学科の学生と同じように取っていました。専門の科目を受けている内に物理の研究者になりたいと思うようになり、広島大学大学院理学研究科物理学専攻に進学しました。
進学した先の研究室でやっていた研究は、重イオンを光速近くまで加速して標的に衝突させることで宇宙初期に存在したと考えられるクォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)という状態を探索する実験でした。スイス・ジュネーブ近くにでフランスとの国境をまたいでいるCERNという研究所の加速器SPSを使った実験です。
博士号所得後は、アメリカのBrookhaven国立研究所のRHICという加速器を使って、やはりQGP研究の実験にポスドク研究員として参加しました。最初はLawrence Berkeley Lab.(ローレンス・バークレイ研究所)の研究員としてSTAR実験グループに、次に RIKEN-BNL Research Center(理研-BNL研究センター)の研究員としてPHENIX実験に、同じ加速器でやっている別の実験に参加しています。
高エネルギー重イオン衝突の実験では、色々な粒子が生成されます。QGPのシグナルと考えられるものは多種・多様であり、色々なデータ解析が同時に行えます。自分がそのころ興味を持っていたものに、ストレンジ・クォークを含んだ粒子もありました。二つ目のポスドク研究員の任期が切れる何ヶ月か前に、東北大のポジションの公募がありました。原子核物理という点では同じ分野ですが、これまで同じ実験グループとして研究したことはありませんでした。ストレンジ・クォークという繋がりで応募したところ採用されて今に至ります。

3.メッセージ

自分の場合は、物理というくくりはあるものの、学部、大学院・ポスドク、現職でやりたいと思っていたこと、やっていることが変わっています。この文章を読んでいる方には、高校生や大学生で将来の進路に悩んでいる人もいるかもしれません。大学に入ってからやりたいことが変わることもあるでしょう。途中で変わることは何も悪いことではありません。
少なくとも、素粒子・原子核の実験分野では、大学から大学院に進学するときに別の分野、別の大学、別の研究室に移ることは変わったことではありません。ネット上の文章をみると、分野によっては他の大学院に移ることを許さないと言う教員がいる分野もあるようですが、そんなことをいう人からはさっさと離れた方がその後の人生を有意義に過ごせると思います。
理学部物理学科・大学院理学研究科物理学専攻でやっている研究は、直接すぐ世の中の役に立つとは限りません。しかし、スマートフォンにもはいっているGPSによる位置情報取得システムは、相対性理論が無くては成り立ちません。アインシュタインはGPSの為に役に立とうとして相対性理論を考えたわけでは無いことは明らかでしょう。幅広い基礎科学の分野の研究無くして、応用は生まれて来ないのです。
とは言っても、就職に役に立つの?という疑問をもつ人もいるでしょう。大学は就職の為にあるものではないと信じていますが、卒業後は何らかの職について働くことを考える必要があります。
物理の研究で身につく物としては、研究する方法:根本的な原理にさかのぼって考える習慣や、論理的な思考、があげられます。また、研究上必要な知識・技術として、機械工作や電子回路の知識があります。データ解析をするためのプログラミング技術も必須ですが、単に特定の言語が使えるようになるというより、数学的な手順をどうプログラムするかというアルゴリズムについての理解が身につきます。素核実験では一つの大学だけではなく、複数の大学・研究所、様々な国や地域の人と一緒に実験グループ(コラボレーション)を作り、研究を進めていきます。大学院生でも責任ある役割を担うことは普通にあります。コラボレーションの中で、多くの人と一緒に研究を進めていくことは、会社で仕事をするために必要な能力と同じです。そのため、学部・大学院を卒業した学生・院生は、研究とは関係ないと思われる様々な会社に就職できています。最近は博士号を取得後、企業に就職する人も増えています。
物理学科・物理学専攻に興味があるけど、研究者を目指すとまでは言えなくということで進学を躊躇している人がいましたら、心配せずに自分の興味が有る方向に進んで下さい。きっと世界が広がるはずです。