科学に携わる身として、つい興味をもって考えさせられるようなテーマを広く発信したい

青葉山の面々 - Message from Aobayama.

前田 郁也

1.現在、どんな研究をしていますか?

地球深部の環境を模擬した高温高圧実験を行っています。深さ約6400kmの地球内部において、高温とは数千℃、高圧とは数万〜数百万気圧程度を指します。実験の目的は、人類の到達できない地球深部の環境を実験室で再現し、そこで物質がどのような変化を起こすのかを知ることです。とくに私は、地球深部における炭素の循環というテーマに精力的に取り組んできました。
炭素は、地上と地球内部の双方において、さまざまな役割を担う元素です。地上では有機化合物や二酸化炭素の主成分などとして、私たちの生活に密接なかかわりをもちます。地上の炭素の一部は、沈み込む海洋プレートとともに地下に運ばれ、地下の岩石に含まれます。地下深部では、炭素は岩石を熔かしやすくするという役割担うため、マグマが発生とそれに伴う火山活動の原因となります。火山活動が起こった場合、地球内部の炭素は二酸化炭素などとして大気中へと放出され、表層に戻ってきます。このような地球表層から深部に至るまでの炭素の循環は、深部での物質移動や表層での大気組成の変化に影響を及ぼす可能性があるため、地球の進化過程を紐解くにあたって重要視されている問題です。
研究対象は広大ですが、実験の対象としているのは非常に微小な世界です。上述の高圧を発生できる面積は、直径数mm以下の領域に限られます。圧力は(力)/(面積)で表され、大きな力を加えるよりも力を加える面積を小さくしたほうが容易に高圧を発生できるために、このような小さな実験が行われています。実験には大型の油圧プレス装置(マルチアンビルプレス)と小型のダイヤモンドによる圧縮装置(ダイヤモンドアンビルセル)を用います。大きな力を比較的大きな面積(直径数mm)にかけられる前者よりも比較的小さな力を小さな面積(直径1mm以下)にかけられる後者のほうが、より大きな圧力をかけることができます。こうして高圧をかけた物質を、レーザーや電気抵抗で加熱することにより、上述の高温高圧環境を再現します。

2.興味をもったきっかけは?

地球深部の研究に興味を抱き始めたきっかけは、かんらん石が地球を形づくっていることを学んだことでした。かんらん石(オリビン)は、オリーブに由来するその名の通り、鮮やかな緑色を呈する鉱物です。宝石としてはペリドットの名で知られています。
鉱物への興味は中高生あたりから芽生え始め、博物館に観に行ったり収集したりしていました。とはいえ、高校の授業で地学を履修しているわけではなく、図鑑を少し眺める程度だったため、鉱物に対する知識はほぼありませんでした。かんらん石についても、標本は所持していたものの、緑色のきれいな石程度の認識しかありませんでした。大学の学科の授業を通じて、かんらん石が上部マントルの主成分であり、さらに地下深くでは違う構造の鉱物へと変化することを知りました。地球の中に、美しい宝石でできている領域があることには驚きを覚え、きれいなだけではない鉱物の魅力に気づかされました。
高圧下での構造の変化という話題も面白いものでした。H2OやCO2など地上で液体や気体として存在する物質も圧力をかけると固体となり、しかも通常の氷やドライアイスとはまた違った性質を帯びます。例えば、水よりも重い氷ができたり、炭素に4つの酸素が結合するCO2ができたりといった現象は高圧下ならではのものです。こうした知見を得て、地下に広がる地上の常識では推し量れない世界への興味がより一層深まりました。

3.メッセージ

科学に携わる身として、つい興味をもって考えさせられるようなテーマを広く発信したいという思いは抱いています。広大な地球を探求するにあたって、小さな人間は様々な手法を築き上げてきました。それは実験であったり計算であったり、天然試料や地震波の観測であったりするわけですが、そのすべての仕組みに驚きがあり、大変興味深い成果が得られてきています。これらの魅力的な研究成果を、研究者だけで独占するのではなく、地球に生まれたすべての人々に共有してもらいたいと思っています。
私たちの研究は今すぐ人間生活の役に立つものとは限りません。それでも、地球のことがふと気になった方に話題を提供し、またささやかな疑問に応えるため、研究者たちは日夜励んでいます。このことを頭の片隅に置いていただき、できれば地球科学の発展を温かく見守っていただければ嬉しい限りです。