この賞は、東北大学の荻野博名誉教授と東北大学医療技術短期大学部の荻野和子名誉教授の名を冠したもので、優秀な成績を収めた東北大学理学部化学科の学部3年次学生に対し授与されるものです。
■受賞者:
化学科3年 藤田想さん(分析化学研究室)
化学科3年 丹沢駿介さん(錯体化学研究室)
■賞 名:荻野博・和子奨学賞
■受賞日:2024年3月14日
■備 考:東北大学理学部化学科
● 蜂の巣格子を持つ磁性絶縁体α-RuCl3(塩化ルテニウム)はマヨラナ粒子が存在する舞台として盛んに研究がなされてきましたが、現実物質中に必ず存在する不純物や欠陥がマヨラナ粒子に与える影響は未解明でした。
● 今回、高エネルギーの電子線を照射することにより、人工的に導入した欠陥がマヨラナ粒子の局在状態を誘起することを明らかにしました。
● 欠陥がマヨラナ粒子に与える影響を明らかにしたことで、実際の物質中におけるマヨラナ粒子の安定性の解明につながり、現実物質におけるトポロジカル量子コンピューター実現の可能性が広がることが期待されます。
電子線(黄緑色)を照射して導入した欠陥により、マヨラナ粒子(水色)の局在状態が誘起される
東京大学大学院新領域創成科学研究科の今村薫平大学院生、水上雄太助教(研究当時、現在東北大学大学院理学研究科准教授)、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授、京都大学大学院理学研究科の松田祐司教授、学習院大学大学院自然科学研究科の山田昌彦研究員(研究当時、現在東京大学大学院理学系研究科特任講師)らの研究グループは、東京工業大学、仏エコールポリテクニークと共同で、環境ノイズに非常に強いトポロジカル量子コンピューター(注1)の実現の鍵となる「マヨラナ粒子(注2)」の局在状態が物質中の欠陥により誘起されることを明らかにしました。
これまで、磁性絶縁体α-RuCl3において、本研究チームの報告を始めとして、マヨラナ粒子が存在する証拠が得られています。しかし、現実の物質中においては、どんなにきれいな試料においても必ず不純物や欠陥が存在するため、それらがマヨラナ粒子に与える影響を明らかにすることが求められていました。
今回、高エネルギーの電子線を照射することにより人工的に導入した欠陥がマヨラナ粒子の局在状態を誘起し、マヨラナ粒子の数が変化することを観測しました。このことにより、物質中のマヨラナ粒子の不純物に対する安定性が明らかになると考えられます。マヨラナ粒子は磁場下において、非可換エニオン(注3)という特殊な粒子になり、トポロジカル量子コンピューターに応用可能と考えられています。そのため、本研究成果は物質中における非可換エニオンを用いたトポロジカル量子コンピューター実現の可能性を広げると期待されます。
本研究成果は2024年3月11日付けで、米国科学誌 Physical Review Xにオンライン掲載されました。
2006年にアレクセイ・キタエフにより理論的に提案された、蜂の巣格子上の量子スピン模型「キタエフ模型(注4)」において、量子力学的な揺らぎの効果により、低温ではスピンが秩序化しない量子スピン液体(注5)と呼ばれる状態が得られることが知られています。この量子スピン液体はキタエフ量子スピン液体(注5)と呼ばれ、理論的に取り扱いやすいことに加え、現実物質において実現することが予測されて以降、非常に注目されています。キタエフ量子スピン液体においてはマヨラナ粒子と呼ばれる素粒子物理の分野でその存在が予測された粒子が存在します(図1)。磁性絶縁体α-RuCl3においては、研究チームを始めとする多くの報告から、キタエフ量子スピン液体状態が実現しており、マヨラナ粒子が存在すると考えられています。
図1:キタエフ模型(左図)とキタエフ量子スピン液体(右図)の模式図
一つのスピンに対して隣接する三つのスピンが結合しているが、三つの隣接するスピンからは、それぞれスピンを異なる方向に向かせる相互作用(緑、赤、青)が働き、スピンはそのフラストレーションのために秩序化できず、量子スピン液体状態となる。キタエフ量子スピン液体においては、スピンが分裂し、マヨラナ粒子(黄色)が動き回る状態が実現する。
しかし、キタエフ量子スピン液体におけるマヨラナ粒子が不純物などの乱れから受ける影響については未だ解明されていませんでした。現実物質においては、どんなにきれいな試料においても不純物が存在するため、欠陥などの不純物から影響を受けることは避けられません。そのため、研究チームは人工的に不純物を導入し、マヨラナ粒子が不純物から受ける影響を明らかにしようと考えました。
今回、α-RuCl3に対して電子線を照射し、人工的に0.6 %程度のわずかな量の欠陥を導入し、その影響を調べました。キタエフ量子スピン液体におけるマヨラナ粒子の状態の変化を正確に観測するために、約500 mK(ミリケルビン)(およそマイナス273度)までの極低温において比熱の精密測定を行いました。
欠陥などの不純物が入っていないキタエフ量子スピン液体は、磁場をa軸方向(蜂の巣格子のボンドに垂直な方向)にかけた際には、ギャップ(禁制帯)が開いています(図2(a))。そのため、マヨラナ粒子の比熱を温度で割ったものは、低温において励起がないためフラットな振る舞いになります(図2(b)の青)。しかし、欠陥を導入するとギャップが開いているのにも関わらず、図2(b)の赤色で表現されているように比熱が低温においても大きくなることがわかりました。これはマヨラナ粒子の局在状態が欠陥により誘起され、低温でマヨラナ粒子の数が増加した結果と考えられます。さらに、低温でのマヨラナ粒子の比熱はギャップの大きさと特別なスケーリングの関係(比例関係)があることがわかりました(図2(c))。これは理論的に予測されたマヨラナ粒子のアンダーソン弱局在(注6)の振る舞いとよく一致した結果になっています。
図2:欠陥によるマヨラナ粒子の局在状態を示す比熱とそのスケーリング
(a) 磁場Hをa軸方向にかけた際に生じるマヨラナ粒子のギャップの概念図。
(b) マヨラナ粒子の比熱を温度で割ったものについて、欠陥を導入した試料(赤色)と欠陥のない試料(青色)との比較。
(c) 欠陥を導入した試料において、低温領域の比熱がマヨラナ粒子のギャップに対して特別なスケーリングの関係があることを示すプロット。
今回の結果は、欠陥がキタエフ量子スピン液体におけるマヨラナ粒子に与える影響を明らかにしたことに加えて、マヨラナ粒子のアンダーソン弱局在という理論的に予測されていた現象を初めて観測したと考えられます。磁場中でのマヨラナ粒子は、非可換エニオンという特別な粒子を形成し得ます。この非可換エニオンは、環境ノイズに非常に強いトポロジカル量子コンピューターを実現するうえでのワイルドカードになると期待されている粒子です。本研究成果によって、物質中における非可換エニオンの不純物等への安定性が明らかになり、トポロジカル量子コンピューターの実現への可能性が広がることが期待されます。
プレスリリース「磁性絶縁体内部で現れるマヨラナ粒子の性質を解明」(2022/2/1)
掲載誌:Physical Review X
タイトル:Defect-induced low-energy Majorana Excitations in the Kitaev magnet α-RuCl3
著者:K. Imamura*, Y. Mizukami, O. Tanaka, R. Grasset, M. Konczykowski, N. Kurita, H. Tanaka, Y. Matsuda, M. G. Yamada, K. Hashimoto and T. Shibauchi*
DOI:10.1103/PhysRevX.14.011045
URL:https://link.aps.org/doi/10.1103/PhysRevX.14.011045
本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」(研究代表者:松田祐司)[JPMJCR19T5]、科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎)[JP19H05824]等の助成を受けて行われました。
注1. トポロジカル量子コンピューター:従来の量子コンピューターとは異なる物理系を用いて、量子計算を行う次世代型の量子コンピューターである。外乱に対して強いトポロジカルな性質を利用するため、周囲の環境の変化に強く、本質的にエラーを起こしにくいコンピューターになると期待される。
注2. マヨラナ粒子:1937年にエットーレ・マヨラナにより理論的に提案された素粒子である。一般的に、電子等に代表される粒子には、その電荷などの性質が反対となる反粒子が存在する。例えば電子の場合は、陽電子がその反粒子である。これに対し、マヨラナ粒子は、粒子と反粒子が同一となる性質を持つ。
注3. 非可換エニオン:通常の三次元空間において粒子はボーズ粒子とフェルミ粒子に分けられる。数学的には、ボーズ粒子においては、二つの粒子の入れ替え操作に対してその波動関数に1がかかり、フェルミ粒子においては、-1がかかる。一方、二次元空間においては、より一般的に二つの粒子の入れ替え操作により波動関数に±1以外の複素数がかけられる粒子が考えられ、これはエニオンと呼ばれる。通常のエニオンにおける粒子の入れ替え操作は、波動関数の位相が変化するのみとみなせるが、これに対して粒子の入れ替え操作により、もとの状態と全く異なる状態になってしまう場合があり、これを非可換エニオンという。
注4. キタエフ模型:2006年にアレクセイ・キタエフにより理論的に提案されたスピン模型。蜂の巣格子上に配置された1/2スピンが、三つの隣接するスピンと、互いに異なる方向を向くような相互作用を持つ(図1)。これにより、スピンがある特定の方向を向けないフラストレーションが生じ、スピンが秩序化しない量子スピン液体状態が実現される。この状態は、1/2スピンが分裂し、マヨラナ粒子が動き回る描像で記述することができることが厳密に示された。
注5. 量子スピン液体、キタエフ量子スピン液体:物質中のスピンは多くの場合、何かしらの相互作用により、低温で向きが揃ったり、特定のパターンを示したりする磁気秩序状態を示す。これは、スピンの自由度が凍結した一種の固体状態とみなせる。一方で、スピンに量子力学的な揺らぎが強く働く場合、低温であってもスピンの秩序化が阻害されることがある。このように、量子力学的な効果に起因してスピンの自由度が凍結しない、いわば液体のような状態が実現される。この状態のことを量子スピン液体と呼ぶ。量子スピン液体においては、新奇な粒子が存在する可能性が提案されている。キタエフ模型は、基底状態に厳密解としてこのような量子スピン液体状態(キタエフ量子スピン液体)を持つことが知られている。従来の量子スピン液体に比べ、理論的に厳密に扱うことができることに加え、マヨラナ粒子という特殊な粒子の存在から非常に注目されている。
注6. アンダーソン弱局在:量子力学に従う粒子は波動的な性質を持つため、乱れたポテンシャルによる波動の干渉効果により、粒子が空間的に局在する現象である。例えば、金属を極低温まで冷やすと、電子が不純物などにより散乱され、その散乱波同士が量子干渉を起こすことにより、電子が空間的に局在し、絶縁体となることがある。絶縁体になる前の前駆的な現象を弱局在とよび、弱局在領域では、特殊なスケーリングが成り立つことが知られている。
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web]
准教授 水上雄太(みずかみ ゆうた)
電話:022-795-6476
Email:mizukami[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
本研究の成果概要
これまでのオーロラの光学観測は、緑色や赤色、青色といったヒトの目が認識できる可視光線と呼ばれる波長を使うことで発展してきました。古くは1地点の観測点で取得した画像データの解析が主流でしたが、2000年以降、北米や北欧における地上光学観測の多点化・ネットワーク化が進むと、地理的に隣り合う画像データをつなぎ合わせることでグローバルなオーロラ現象(経度幅 ~100°)の分析が可能となりました。しかしながら、地上光学観測ネットワークはオーロラ出現領域を「地理的には」カバーしている一方で、夜が明けて、観測点が昼に近づいてくると、空が明るすぎるため、微弱な発光であるオーロラの検出が難しいという問題があります。その解決策の一つと期待されているのが、可視光線よりも波長の長い短波長赤外領域(1.0 µm -1.6 µm)によるオーロラ観測です。この波長帯では、太陽光は可視光線よりも地上に届きにくい性質があり(図1)、またオーロラ自体は、可視光線にも劣らない明るいオーロラが存在することが1970-80年代の研究で明らかになっています。しかし、1990年代以降、この波長帯を使ったオーロラの研究はほとんど実施されておらず、短波長赤外領域を用いたオーロラ観測における技術革新やその実証が待たれていました。
図1 太陽が地平線より5°上にある時に真上を見上げた際の空の明るさを波長ごとに計算した結果。紫、緑、赤の縦破線は代表的なオーロラの波長(色)を示す。本研究では縦の黒破線で示す短波長赤外の1100nm(=1.1μm)でオーロラを初観測した。紫や緑、赤に比べて太陽の明るさが3分の1以下であることがわかる。
研究グループは、短波長赤外領域の光に感度を持つInGaAs検出器(注1)をオーロラ観測用に導入し、光学系は監視カメラ用のレンズなどを利用することで、比較的安価ながらも高性能な分光器(注2)とカメラを開発しました(図2 )。
図2 短波長赤外の1.1μmのオーロラ観測を目的に開発されたイメージング分光器(左)とカメラ(右)
これらの観測機器をスバールバル諸島のロングイヤービンに設置し、波長1.1 µmで光るオーロラの撮像と分光観測を世界で初めて成功させ(2023年1月21日現地時刻の19時45分前後)、30秒以下の高い時間分解能での測定能力を実証しました(図3)。また大型レーダーであるEuropean Incoherent Scatter Svalbard Radar(ESR、図4)(注3)との同時観測データの解析から、短波長赤外オーロラの発光する中心高度が100 km - 120 kmであることを突き止め、宇宙空間より降り込むエネルギーの比較的高い電子がこの発光に直接寄与していることを示しました。
図3(左) 分光器で取得された波長1.1 μmのオーロラ発光スペクトル。大気光と呼ばれる非オーロラ発光成分に比べて10倍程度明るいことが分かる。(右)同じタイミングでカメラから取得された波長1.1 μmのオーロラの画像。アルファベットのZのように湾曲した帯状のオーロラが出現していた。
図4 観測所から望むESRの2つのパラボラアンテナ。左が直径32 m、右が直径42 mで、本研究では42 mのアンテナによる観測データを使用した。
InGaAs検出器は食品や半導体、歴史的美術品などの多岐に渡る非破壊検査(注4)での需要が高く、その性能は近年著しく向上し続けています。現在のオーロラ観測は可視光線によるものが主流ですが、InGaAs検出器の技術躍進に加えて、短波長赤外領域では「空が可視光線より暗い」「雲などの影響を受けにくい」といった特色を考えると、今後は短波長赤外領域によるオーロラ観測がますます重要となるでしょう。本研究で初めて実証された技術は、地上からの観測の難しい「日照下オーロラ」の撮像につながる技術であり、多様なオーロラの生成メカニズムの解明への貢献が期待されます。今回は夜間の撮像を報告しましたが、現在太陽活動の長期的な上昇期にあり、日照の時間帯に強いオーロラ現象が今後出現することで、現装置による日照下オーロラの観測の機会もあると考えられます。また、米国の研究グループによって、米国のマクマード南極基地から50 km高度まで飛翔する大型気球に搭載させたInGaAsカメラを用いて日照下オーロラを撮像するミッションの準備が進められており、地上観測だけではなく大型気球や科学衛星などのプラットフォームへの応用を進めることで、地球の大気・オーロラに加えて太陽系惑星の大気観測にも大きな貢献が予想されます。
掲載誌:Earth, Planets and Space
タイトル:The first simultaneous spectroscopic and monochromatic imaging observations of short-wavelength infrared aurora of N2+ Meinel (0,0) band at 1.1 μm with incoherent scatter radar
著者:西山 尚典(国立極地研究所 先端研究推進系 助教)
鍵谷 将人(東北大学大学院 理学研究科 助教)
古舘 千力(電気通信大学大学院 情報理工学研究科 博士前期課程2年)
岩佐 祐希(産業技術総合研究所 物理計測標準研究部門 研究員)
小川 泰信(国立極地研究所 共同研究推進系 教授)
津田 卓雄(電気通信大学大学院 情報理工学研究科 准教授)
Peter Dalin(スウェーデン宇宙物理学研究所 研究員)
土屋 史紀(東北大学大学院 理学研究科 教授)
野澤 悟徳(名古屋大学 宇宙地球環境研究所 准教授)
Fred Sigernes(University centre in Svalbard 教授)
URL:https://earth-planets-space.springeropen.com/articles/10.1186/s40623-024-01969-x
DOI:10.1186/s40623-024-01969-x
本研究はJSPS科研費(若手研究A: JP17H04857、基盤研究B: JP20H01955, JP20H01962, JP21H01144)、島津科学技術振興財団、放送文化基金(技術開発)の助成を受けて実施されました。
注1. InGaAs検出器:インジウム(In)とガリウム(Ga)とひ素(As)からなる化合物半導体。通常のカメラなどに用いられるシリコン(Si)による半導体が可視光の光を効率良く吸収するのに対し、より波長の長い光(通常は0.9 µm - 1.6 µm)を吸収し、電気信号を発生させる性質がある。これにより、InGaAs検出器に入ってくる短波長赤外の光の量を電気信号の大きさとして取得することが出来る。
注2. 分光器:様々な波長を含む光を、波長ごとに分離させることを「分光」といい、太陽光をプリズムを通すことで紫から赤までの虹を作ることも分光の一種である。分光器は様々な波長の成分が重なった光を分光し、測定したい波長範囲の光を検出器で受けることで、細かい波長ごとの光の強度(スペクトル)を測定する装置。本研究で開発した分光器は、スリット、透過型回析格子、光フィルター、InGaAs検出器から構成されている。
注3. European Incoherent Scatter Svalbard Radar:スバールバル諸島のロングイヤービン(北緯78°、東経16°)に設置されている、直径42 mと32 mのパラボラアンテナ2台を運用する大型大気レーダー。日本、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、英国、中国の6ヶ国によるEISCAT科学協会が運営。強力な電波を上空に向けて発射し、大気中で散乱され戻ってきた微弱な電波を検出することで、オーロラ発生時に密度が増える電子の詳細な観測が可能である。
注4. 非破壊検査:検査の対象物や梱包を壊すことなく、製品表面や内部の損傷・劣化、不純物や異物の混入を調べる検査技術。短波長赤外の光は物質を透過しやすい性質があるため、密閉された容器内の食品の検査や、半導体デバイスの内部の品質評価などに活用されている。
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科惑星プラズマ・大気研究センター[web]
助教 鍵谷 将人(かぎたに まさと)
電話:022-795-6735
Email:kagi[at]pparc.gp.tohoku.ac.jp
東北大学大学院理学研究科惑星プラズマ・大気研究センター[web]
教授 土屋 史紀(つちや ふみのり)
電話:022-795-6738
Email:tsuchiya[at]pparc.gp.tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
● 研究チームは2018年に蜂の巣格子を持つ磁性絶縁体α-RuCl3(塩化ルテニウム)において、マヨラナ粒子の存在の報告をしましたが、異なる結果を主張するグループもあり、その存在の有無については論争が続いています。
● 今回、磁場をある特定の方向に向けると、マヨラナ粒子固有の特別な状態が実現していることが明らかになり、マヨラナ粒子の存在の決定的な証拠が得られました。
● 実際の物質中において、マヨラナ粒子の存在を決定づけたことにより、磁性絶縁体α-RuCl3がトポロジカル量子コンピューター実現のためのプラットホームになりうることが期待されます。
磁場Hがb軸方向の時、マヨラナ粒子(黄色)が円錐状のエネルギー特性(緑)を持つ特別な状態が実現
東京大学大学院新領域創成科学研究科の今村薫平大学院生、水上雄太助教(研究当時、現在東北大学大学院理学研究科准教授)、橋本顕一郎准教授、芝内孝禎教授、京都大学大学院理学研究科の末次祥大助教、松田祐司教授、東北大学大学院理学研究科の那須譲治准教授らの研究グループは、東京工業大学、韓国科学技術院と共同で、環境ノイズに非常に強いトポロジカル量子コンピューター(注1)の実現の鍵となる「マヨラナ粒子(注2)」の存在を証明する決定的な証拠を得ました。
これまで、磁性絶縁体α-RuCl3において、半整数熱量子ホール効果(注3)が観測され、マヨラナ粒子が存在するという報告がなされていました。しかし、この熱ホール効果は試料ごとに異なる結果を示すことや、異なる解釈を提案するグループも現れたことから大きな論争となり、別の観点から決定的な証拠を得ることが最重要課題となっていました。
今回、磁場をある特定の方向に向けるとマヨラナ粒子固有の特別な状態が実現することを明らかにしました。これは、マヨラナ粒子の存在に関する決定的な証拠といえます。さらに、磁場中でのマヨラナ粒子は、非可換エニオン(注4)という新奇な粒子を形成し得ることが分かっています。この非可換エニオンは、トポロジカル量子コンピューターを実現するうえでのワイルドカードになると期待されている粒子です。本研究成果は、このα-RuCl3がトポロジカル量子コンピューターを実現する有力候補となり得ることを示すだけでなく、物質中における非可換エニオンの理解への大きな進展が期待されます。
本研究成果は2024年3月13日付けで、米国科学誌 Science Advancesにオンライン掲載されました。
2006年にアレクセイ・キタエフにより理論的に提案された、蜂の巣格子上の量子スピン模型「キタエフ模型(注5)」において、量子力学的な揺らぎの効果により、低温ではスピンが秩序化しない量子スピン液体(注6)と呼ばれる状態が得られることが知られています。この量子スピン液体はキタエフ量子スピン液体(注6)と呼ばれ、理論的に取り扱いやすいことに加え、現実物質において実現することが予測されて以降、α-RuCl3を中心に盛んに研究され、非常に注目されています。キタエフ量子スピン液体において、理論的に存在が予測されたマヨラナ粒子は、磁場をかけることで系が自明ではないトポロジー(注7)を持つことが知られています。それによって試料端でのエッジ状態と、試料内部でのバルク状態(図1)という二つの状態がそれぞれ現れます(バルク・エッジ対応)。
図1:磁場Hをa軸方向(左図)からb軸方向(中図)、-a軸方向(右図)へと動かしていった時のバルク状態とエッジ状態の変化の様子
H // a (-a)では、試料端におけるエッジ状態としてマヨラナ粒子の流れが出現するが、メビウスの輪のねじれ方の向きが変わるようなトポロジーの変化に伴い、b軸方向をまたいでマヨラナ粒子の流れが反対向きに変化するため、H // bでは特別な状態が実現する。この状態では、試料内部においては、バルク状態として上下のバンドがつながり(ギャップが消失し)、マヨラナ粒子が多く励起されるのに対して、試料端の流れは消える。この特別な状態が観測されたことは、マヨラナ粒子の存在の決定的証拠である。
エッジ状態は熱ホール伝導度により検出することができ、マヨラナ粒子の特徴を反映して半整数量子化します。さらにその符号は系の持つ右ひねりと左ひねりのメビウスの輪のどちらに対応するか、というようなトポロジーによって決定されます(図2)。
図2:キタエフ模型(左図)とキタエフ量子スピン液体(右図)の模式図
一つのスピンに対して隣接する三つのスピンが結合しているが、三つの隣接するスピンからは、それぞれスピンを異なる方向に向かせる相互作用が働き、スピンはそのフラストレーションのために秩序化できず、量子スピン液体状態となる。キタエフ量子スピン液体においては、スピンが遍歴するマヨラナ粒子(黄色)と局在したマヨラナ粒子(赤や黒)という二種類のマヨラナ粒子に分裂する。
キタエフ量子スピン液体における、マヨラナ粒子の磁場下でのトポロジカルな性質は印加する磁場の方向により変化させることができると理論的に知られています。磁場を蜂の巣格子面内で回転させると、ある特別な軸(b軸)方向で、トポロジーが変化し、右ひねりから左ひねりのメビウスの輪に対応する状態に変化します。その軸(b軸)を磁場が横切るとエッジ状態でのマヨラナ粒子の流れは反対方向になりますが、磁場方向がちょうどb軸と一致するときに、バルクのマヨラナ粒子の状態は上下のバンドが接する特別な状態になります(図1)。このような特別な状態はマヨラナ粒子特有のものであることから、研究チームは、エッジ状態に加えて、バルク状態を熱ホール伝導度以外の測定を磁場の方向を変化させながら行うことで、マヨラナ粒子の存在に関する強い証拠を得ることができると考えました。
今回、キタエフ量子スピン液体におけるバルク・エッジ対応を明らかにするために、バルク状態に敏感な比熱測定とエッジ状態に敏感な熱ホール伝導度の両方を測定しました。比熱測定に関しては、マヨラナ粒子のバルク状態でのわずかな変化を捉えるために、磁場中で磁場角度を精密に制御しながら、200 mK(ミリケルビン)(およそマイナス273度)までの極低温環境下で測定できる系を構築しました。
その結果、トポロジーの変化に伴い、熱ホール伝導度の符号が変化することが明らかになりました。さらに、トポロジーが変化する軸方向の場合のみで、バルク状態においてもマヨラナ粒子固有の特別な状態をとっていることが比熱測定から明らかになりました。このような明瞭なバルク・エッジ対応は他の機構からは全く説明できないものであり、理論的な予測と非常に良い一致を示すことが分かりました。今回の結果は、エッジ状態とバルク状態の両方から矛盾なく、マヨラナ粒子の存在を決定づけるものです。
磁場中でのマヨラナ粒子は、非可換エニオンという新奇な粒子を形成し得ることが分かっています。この非可換エニオンは、環境ノイズに非常に強いトポロジカル量子コンピューターを実現するうえでのワイルドカードになると期待されている粒子です。本研究成果は、このα-RuCl3がトポロジカル量子コンピューターを実現する有力候補となり得ることを示すだけでなく、物質中における非可換エニオンの理解への大きな進展が期待されます。
プレスリリース「磁性絶縁体内部で現れるマヨラナ粒子の性質を解明」(2022/2/1)
東京大学大学院新領域創成科学研究科
今村 薫平 大学院生(博士課程)
水上 雄太 助教(研究当時)
現:東北大学大学院理学研究科 准教授
吉田 悠生 大学院生(修士課程)
橋本 顕一郎 准教授
芝内 孝禎 教授
京都大学大学院理学研究科
末次 祥大 助教
大塚 健一 大学院生(修士課程)
笠原 裕一 准教授
松田 祐司 教授
東京工業大学理学院物理学系
栗田 伸之 助教
田中 秀数 教授
東北大学大学院理学研究科
那須 譲治 准教授
掲載誌:Science Advances(2024年3月13日付け)
タイトル:Majorana-fermion origin of the planar thermal Hall effect in the Kitaev magnet α-RuCl3
著者:K. Imamura, S. Suetsugu, Y. Mizukami, Y. Yoshida, K. Hashimoto, K. Ohtsuka, Y. Kasahara, N. Kurita, H. Tanaka, P. Noh, J. Nasu, E.-G. Moon, Y. Matsuda and T. Shibauchi*
DOI:10.1126/sciadv.adk3539
URL:10.1126/sciadv.adk3539
本研究は科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」(研究代表者:松田祐司)研究領域[JPMJCR19T5]、科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)「量子液晶の物性科学」(領域代表:芝内孝禎)[JP19H05824]等の助成を受けて行われました。
注1. トポロジカル量子コンピューター:従来の量子コンピューターとは異なる物理系を用いて、量子計算を行う次世代型の量子コンピューターである。外乱に対して強いトポロジカルな性質を利用するため、周囲の環境の変化に強く、本質的にエラーを起こしにくいコンピューターになると期待される。
注2. マヨラナ粒子:1937年にエットーレ・マヨラナにより理論的に提案された素粒子である。一般的に、電子等に代表される粒子には、その電荷などの性質が反対となる反粒子が存在する。例えば電子の場合は、陽電子がその反粒子である。これに対し、マヨラナ粒子は、粒子と反粒子が同一となる性質を持つ。
注3. 半整数熱量子ホール効果:物質中の電子は磁場を印加すると、ローレンツ力を受けることで軌道が曲げられて、電流または熱流と垂直な方向に流れが生じることになる。このことをそれぞれ電気ホール効果、熱ホール効果という。さらに、磁場下において、電気ホール伝導度や熱ホール伝導度が物質の詳細によらず量子化値の整数倍や分数倍になる現象のことを量子ホール効果と呼ぶ。絶縁体では、電気ホール効果は起きないが、電荷中性な粒子が熱を運び、そのトポロジカルな性質を反映して、熱ホール効果を示すことがある。キタエフ量子スピン液体(注6)におけるマヨラナ粒子は、磁場下でトポロジカルな性質により、エッジ状態で熱流を運び、熱ホール効果を示す。さらに、その熱ホール伝導度は、マヨラナ粒子が通常の電子の半分の自由度しか持たないことに起因し、通常の量子化値の半分の値をとり、半整数熱量子ホール効果と呼ばれる。
注4. 非可換エニオン:通常の三次元空間において粒子はボーズ粒子とフェルミ粒子に分けられる。数学的には、ボーズ粒子の波動関数においては、二つの粒子の入れ替え操作に対して1がかかり、フェルミ粒子の波動関数においては、二つの粒子の入れ替え操作に対して-1がかけられる。一方、二次元空間においては、より一般的に二つの粒子の入れ替え操作により波動関数に±1以外の複素数がかけられる粒子が考えられ、これはエニオンと呼ばれる。通常のエニオンにおける粒子の入れ替え操作は、波動関数の位相が変化するのみとみなせるが、これに対して粒子の入れ替え操作により、もとの状態と全く異なる状態になってしまう場合があり、これを非可換エニオンという。
注5. キタエフ模型:2006年にアレクセイ・キタエフにより理論的に提案されたスピン模型。蜂の巣格子上に配置された1/2スピンが、三つの隣接するスピンと、互いに異なる方向を向くような相互作用を持つ。これにより、スピンがある特定の方向を向けないフラストレーションが生じ、スピンが秩序化しない量子スピン液体状態が実現される。この状態は、1/2スピンが遍歴するマヨラナ粒子と局在するマヨラナ粒子という二種類のマヨラナ粒子で記述される。
注6. 量子スピン液体、キタエフ量子スピン液体:物質中のスピンは多くの場合、何かしらの相互作用により、低温で向きが揃ったり、特定のパターンを示したりする磁気秩序状態を示す。これは、スピンの自由度が凍結した一種の固体状態とみなせる。一方で、スピンに量子力学的な揺らぎが強く働く場合、低温であってもスピンの秩序化が阻害されることがある。このように、量子力学的な効果に起因してスピンの自由度が凍結しない、いわば液体のような状態が実現される。この状態のことを量子スピン液体と呼ぶ。量子スピン液体においては、自明でないトポロジー(注7)を持つ状態や、新奇な粒子が存在する可能性が提案されている。キタエフ模型は、基底状態に厳密解としてこのような量子スピン液体状態(キタエフ量子スピン液体)を持つことが知られている。従来の量子スピン液体に比べ、理論的に厳密に扱うことができることに加え、マヨラナ粒子という特殊な準粒子の存在から非常に注目されている。
注7. トポロジー:連続的に変形しても保たれる性質をトポロジー(位相幾何学)という。例えばコーヒーカップの形は連続的に変形していくとドーナツの形にできることからこの二つは、同じものと扱われる。また、ドーナツとボールは穴の数というトポロジーで区別でき、連続的に移り変わることはできない。このような要請により、トポロジカルな状態は不純物などの外乱に強いという特徴を持つ。
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web]
准教授 水上雄太(みずかみ ゆうた)
電話:022-795-6476
E-mail:yuta.mizukami.e1[at]tohoku.ac.jp
東北大学大学院理学研究科物理学専攻[web]
准教授 那須 譲治(なす じょうじ)
電話:022-795-6436
Email:nasu[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
● フィリピン海の海底からの深さ700-1600 kmに顕著な地震波速度異方性(注1)を発見しました。
● マントル(注2)の中部と下部に現在のプレート沈み込みと無関係の古い異方性構造が存在します。
● マントル対流と地球深部ダイナミクスを理解する重要な手がかりとなります。
地球内部の岩石には、地震波の伝播する方向によって速度が異なる「地震波速度異方性」という物理的な性質があります。この性質は地球内部での岩石の変形やプレート内の応力場(注3)、およびマントル対流のパターンなどを反映していると考えられます。
東北大学大学院理学研究科 地震・噴火予知研究観測センターの趙大鵬教授と中国科学院海洋研究所の範建轲(Jianke Fan)教授、李翠琳(Cuilin Li)准教授と董冬冬(Dongdong Dong)教授、及び中国科学院地質と地球物理研究所の劉麗軍(Lijun Liu)教授は、趙教授が開発した最新の地震波トモグラフィー法(注4)を用い、フィリピン海下深さ1600キロメートルまでの3次元地震波速度異方性構造を明らかにしました。これにより、マントルの中部と下部に現在のプレート沈み込みと無関係の異方性構造を発見し、約5千万年前の太平洋下部マントルフローの残り物であることがわかりました。本研究成果は、地震と火山噴火の根本原因であるマントル対流と地球深部ダイナミクスを理解する重要な手がかりになります。
本成果は、科学誌Nature Geoscienceに3月12日19時(日本時間)に論文としてオンライン掲載されました。
これまで多くの地球科学的研究によると、地震波速度異方性は地殻(深さ0-35 km)と上部マントル(深さ35-660 km)に普遍的に存在しますが、下部マントル(深さ660-2889 km)には限られた場所(例えば、マントルの底部(深さ約2700-2889 km)と沈み込み帯下のマントルの中部と下部など)にしか存在しません。沈み込み帯から離れた地域下のマントル中部と下部に地震波異方性があるかどうかはまだ不明です。本研究領域であるフィリピン海プレート(図1)は、その周りが沈み込み帯に囲まれていますが、その中心部が沈み込み帯から遠く離れているので、上記のような課題を調べるための良い場所と言えます。
本研究グループは、1235個の地震観測点(図1)で記録された50345個の地震からの100万個以上のP波到達時刻データを収集しました。これらのデータに趙教授の開発した世界最先端の地震波トモグラフィー法を応用した結果、フィリピン海およびその周辺域下の深さ1600 kmまでのマントル3次元P波速度構造(注5)と方位異方性構造を初めて明らかにしました(図2)。また、これまで行われた多くの地震学、地球化学、高温高圧実験岩石物理学、プレート運動歴史の再現およびマントル対流シミュレーションなどの研究成果を総合的に考慮して、本研究で求めた3次元P波異方性トモグラフィーの解釈を行いました。その結果、以下のような新知見を得ました。
① フィリピン海プレート中心部下のマントル中部(深さ700-900 km)には、P波方位異方性の速い方向は南北となり、その周辺とは異なります。この南北方向のP波異方性は、現在沈み込んでいるプレートとは関係なく、約5千万年前の太平洋下部マントルフローの残り物です。
② 本研究領域下の深さ700-1600 kmのマントル中部に、二つのP波高速度異常体という物体が検出されました(図2と図3にある青色の物体で、H1とH2とマークされています)。H1は伊豆―小笠原海溝の下、H2はフィリピン海プレート中心部の下にあります。これらの高速度異常体は、現在沈み込んでいる太平洋プレート(注6)の前に沈み込んだイザナギプレート(注6)の残骸です。
③ イザナギプレートの残骸にあるP波方位異方性の速い方向は北西-南東であり、約4千万年前の太平洋下部マントルフローを反映します。
マントルの中部と下部にある地震波異方性は、これまで考えられたよりも多く存在する可能性が高く、その中には、今現在沈み込んでいるプレートと無関係の古いマントル対流を反映するものも含まれています。
今後このような研究を世界の他の地域に展開すれば、地球内部の構造・進化とダイナミクスおよび地震・噴火の根本原因に関する理解が大幅に進展すると期待されます。
本研究は文科省科研費補助金(課題番号JP19H01996)の支援を受けて行われました。
注1. 地震波速度異方性:ある物質において、地震波の伝播速度が地震波の伝播方向によって異なるという物理的性質です。地球内部岩石の変形、応力場およびマントル対流の方向やパターンを反映していると考えられます。
注2. マントル:地球型惑星の内部で中心の金属核をとりまく厚い岩石層のこと。地球では厚さは約2900 kmで、地球質量の3分の2を占める。地球ではマグネシウム、ケイ素が多いカンラン石を主成分とする。
注3. 応力場:地層にどのような力が加わっているかを示すもので、水平方向を基準にして押されていれば圧縮応力場、引っ張られていれば引張応力場といいます。応力場の変化は、プレートの運動に関係しています。特に日本のような沈み込み帯では、海洋プレートの沈み込みの方向と角度が応力場を変化させると考えられています。
注4. 地震波トモグラフィー法:コンピュータで大量の地震波伝播時間などのデータを処理することによって、地球内部の3次元地震波速度および異方性の分布を求める方法です。その原理は医学分野のCTスキャンと同じです。周囲よりも高速度の地域を青色、低速度の地域を赤色で示します。高速度域は低温で硬い岩石、低速度域は高温で柔らかい岩石に対応します。
注5. 3次元P波速度構造:地震波速度とは地震波が地球の中を伝わる速さのことです。地震波には、震源から最初に伝わるP波(縦波)と遅れて伝わるS波(横波)があります。地震波速度は場所によって異なり、だいたい地殻・マントルの中深くなるほど速くなります。地球内部構造を表すには幾つかの物理量(例えば、密度、温度など)を使うことができますが、現在は地球内部における地震波速度の空間分布が最もよく用いられています。また、地震波トモグラフィー法を使って、地球内部におけるP波(あるいはS波)速度の3次元分布を推定でき、得られた結果は3次元P波(あるいはS波)速度構造と言います。地震波速度の分布から、地球内部の密度、温度、強度などに関する情報も得られるため、P波(あるいはS波)速度の空間分布を使って、地球内部構造を表します。
注6. 太平洋プレート、イザナギプレート:太平洋プレートは、海洋プレートの一つで、太平洋の大部分を形成している。1年間に約10cmの速さで北西に移動しており、日本列島付近では北アメリカプレートとフィリピン海プレートの下に沈み込み、日本海溝やマリアナ海溝が形成されている。イザナギプレートは、白亜紀前期(1億4500万年~1億年前)にアジア大陸東縁で南から北へ、1年間に約20cmといった速い速度で沈み込んでいたプレート。アジア大陸の下に完全に沈み込んでしまい、いまは地表には存在しない。
タイトル:Remnants of shifting early Cenozoic Pacific lower mantle flow imaged beneath the Philippine Sea Plate
著者:Jianke Fan, Dapeng Zhao, Cuilin Li, Lijun Liu, Dongdong Dong
掲載誌:Nature Geoscience
DOI:10.1038/s41561-024-01404-6
URL:https://www.nature.com/articles/s41561-024-01404-6
図1. フィリピン海プレート(Philippine Sea Plate)とその周辺地域の地形図。カラー三角は本研究で利用した地震観測点。緑三角は国際地震センターがコンパイルした定常観測点。赤三角は東京大学地震研究所が展開した海底地震観測点。紫三角は中国科学院海洋研究所が設置した海底地震観測点。鋸歯状線は海溝(trench)を表し、プレートが地球内部へ沈み込む入口である。
図2. 本研究で求めたP波方位異方性(azimuthal anisotropy)トモグラフィーの平面図(a-f)と深さ(depth) 20-1600 km範囲の断面図(g, h)。断面の位置は平面図fにある青線で示す。平面図の深さは700 km(a), 800 km(b), 900 km(c), 1100 km(d), 1300 km(e)と1600 km(f)。背景の色はP波等方速度のずれ(Vp anomaly)を示す。赤色、白色と青色はそれぞれP波の低速度、平均速度と高速度を表す。平面図(a-f)にある黒色のバーはP波異方性の速い方向を示す。断面図(g, h)にある赤破線は410 kmと660 km不連続面を示す。断面図(g, h)にある黒色のバーもP波異方性の速い方向を示し、縦バーは南北方向、横バーは東西方向を示す。バーの長さは異方性の強さを表し、そのスケールは図の右下に示す。▲は活火山。白い丸は小地震。二つの青色の異常体(H1とH2)は沈み込んだ古いイザナギプレートの残骸である。
図3. 本研究の結果を示す模式図。赤点線は410 kmと660 km不連続面を示し、それらに挟まれる地層はマントル遷移層(mantle transition zone)という。深さ700 kmくらいまでの黄緑色の板状物は伊豆―小笠原―マリアナ海溝(Izu-Bonin-Mariana trench)から沈み込んでいる裂けた太平洋プレート(Pacific slab)を表す。白いバーは約5千万年前の太平洋下部マントルフローの残り物を表す。二つの青色の異常体(H1とH2)は沈み込んだ古いイザナギプレートの残骸で、その中の灰色の破線は約4千万年前の太平洋下部マントルフローの残り物を表す。
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科
地震・噴火予知研究観測センター[web]
教授 趙 大鵬(ちょう たいほう)
Email:zhao[at]tohoku.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
Email:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
■受賞者:林雄二郎 教授(化学専攻 林研究室)
■業績名:実用的有機触媒の開発と環境調和型合成プロセスの開発
■リンク:市村学術賞 第56回概要(公益財団法人市村清新技術財団HP)
現在理学部・理学研究科では北青葉山コモンズ(仮称)共創拠点形成事業を展開しております。北青葉山コモンズ(仮称)共創拠点形成事業では、[1]青葉山北キャンパスの厚生施設(食堂・売店)と附属図書館北青葉山分館を一体化する「附属図書館北青葉山分館・厚生会館整備事業」と、[2]「事務棟と化学系研究棟1階」を改修する2つの施設整備を計画しています。
薬学研究科と連携して実施した「[1]附属図書館北青葉山分館・厚生会館整備事業」では、厚生会館(生協)と附属図書館北青葉山分館を改修し、ナレッジ・コリドー(渡り廊下)で繋いだ大規模な整備事業です。この度、この整備事業のプロモーションビデオが完成しました。自主学習・オンライン講義受講のためのスペースや自由にディスカッションができる「集いの場」を設け、国際的な教育研究拠点として一層充実した学生生活支援環境を提供するだけでなく、研究成果等を紹介する展示ギャラリー、同窓生が集うコミュニケーションエリアやイベントスペースも設けることで、同窓生、一般の方、企業の方々が今まで以上に気軽に集うことができるキャンパスへと生まれ変わりました。ぜひ、ご覧ください。
* 東北大学理学部・理学研究科YouTube
北青葉山コモンズ(仮称)共創拠点形成事業 附属図書館北青葉山分館・厚生会館
キックオフシンポジウムは宇川PDのご挨拶に始まり、本学の大野総長、JAMSTECの大和理事長らが各機関からのコミットメントについてお話しされました。シンポジウムには現地参加・オンライン参加を合わせて約350名の参加者があり、その半数以上が研究機関以外からの参加者となっており、社会から広く興味を持たれていることがわかります。参加者の方々は、主任研究者らの研究紹介、パネルディスカッションに興味深く耳を傾けておられました。東北大学では2件目となるWPI拠点の研究活動に多くの期待が寄せられています。
■ 東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター事務室 事務補佐員 公募(3/8締切)
■ 東北大学理学部・理学研究科 総務課 運営支援係 事務補佐員 公募(3/8締切)
■ 東北大学理学部・理学研究科 経理課 事務補佐員公募(3/8締切)
■ 東北大学理学部生物学科事務室 事務補佐員公募(3/15締切)
■ 東北大学理学部・理学研究科 総務課 運営支援係 事務補佐員 公募(3/15締切)New!
■ 東北大学大学院理学研究科 物理学専攻電子物理学講座 助教 公募(4/10締切)
■ 東北大学大学院理学研究科 物理学専攻 固体統計物理学講座 准教授 公募(5/12締切)
■ 東北大学大学院理学研究科 附属大気海洋変動観測研究センター 教授公募(6/3締切)