パネル・ディスカッション 2020年3月

黒川眞一,押川正毅,牧野淳一郎,早野龍五(ゲスト),本堂 毅(座長)


シンポジウム「個人被ばく線量の物理学的評価についての検討」をネット上で開催いたしました.本シンポジウムには講演者に加え,早野龍五氏にゲストとして参加して頂きました.この場を借りてお礼申し上げます.
なお,このパネルディスカッションの続きは,http://www.sci.tohoku.ac.jp/hondou/rad に掲載予定です.講演者の皆さんと早野龍五さんなどによる,透明性ある学術的議論の展開を期待しています.


座長から早野龍五氏への依頼

先日お知らせしたように、第75回日本物理学会年会(2020 3 月,名古屋大学)にてシンポジウム「個人被ばく線量の物理学的評価についての検討」を提案しておりましたが、無事採択されました。今回はコロナウィルスへの対応からWeb 上での開催となりますので、ご出張のため名古屋にお越しいただけない早野さんにもご参加頂けることになりました。
ついては、講演者から寄せられた以下の質問にお答え頂きたいと思います。御回答の内容は本質問書とあわせ、「パネルディスカッション」の記録の一部として、学会登録者に限らず一般に公開させていただきます。また、後日Web 上でも、本質問書とあわせて御回答を公開させて頂きますので予めご了解ください。


講演者から早野龍五さんへの質問

早野さんの、福島原発事故後の被ばく線量に関する一連の研究には多くの疑問や問題点が指摘されていますが、本質問書では Journal of Radiological Protection (以下、JRP と略記)誌に出版された宮崎・早野論文2編 [1, 2](以下、第1論文、第2論文と略記)に関して非常に重要、かつ短期間で回答可能な、以下の点に限って伺います。

質問と回答、討議

[項目1]
第2論文の Figure 6 Figure 7 の矛盾について 2019 1 8 日に早野さんが発表した見解 [3] では、『図6は「3ヶ月分の測定を、測定の中央月で代表して表示したもの」であるのに、累積線量を計算するプログラムでは「3ヶ月分」であることを見落としていた。これにより、累積線量を 1/3 倍に評価してしまった。』と説明されています。しかし、後日、福島医大および東大の報告書では、全く違った説明がなされています。これについて、早野さんは、
『私が 1/8 の見解でのべたものと異なる記述ですが,もちろん,今回のものが正しい説明であり,委員会でもご納得いただきました.1/8 の見解は撤回いたします.』と Twitter で表明されています。しかし、「見解」には、『私が作成した解析プログラムを見直すなどして検討したところ』と書かれています。解析プログラムを見直した上で発表された「見解」が誤っていたとすれば、何故誤っていたのか、また見解を撤回して全く別の説明をされるに至った経緯について時系列を含めご説明ください。

早野 2018 12 月〜2019 1 月、自宅にあった解析プログラムの印刷を見て、Fig. 7 に誤りがあることに気づき、その内容を公表した。結果的には、その際に参照したプログラムが論文に用いたものではなく、また、Fig. 7 と同じ誤りをFig. 5 でもおかしたと錯誤したことが、東京大学の倫理審査委員会への提出資料を作成する過程で分かった。2019年春、東京大学の倫理審査委員会の質問書に答えるため、東大研究室のバックアップサーバーから論文作成に使用した解析ファイルを復元し、見直したところ、以下が明らかになった。
Fig. 6 では,3 ヶ月ごとのガラスバッジの積算外部被ばく線量D1, D2, ...D1 は一回目の測定値、D2 は二回目の測定値,...)を、1 時間あたりの外部被ばく線量率r1, r2, ... に変換して箱ヒゲ図にしていた。変換式はr=D/3/30.5/24*1000=D*0.455 であった。Fig.7 では累積積算線量を表示するにあたり、(D1, D2, D3, ...) (D1, D1+D2, D1+D2+D3,...) という演算を行うべきであったが、解析プログラムのミスで、(r1, r1+r2, r1+r2+r3,...) を求めていた。正しい値に直すには、Fig.7 のすべてのデータをD/r = 1/0.455 = 2.2 倍して、箱ヒゲ図を作り直す必要がある。一方、Fig.7 にオーバーレイされている曲線については、正しく計算されていることが確認できた。

黒川 私がJRP 誌に投稿した Letter to the Editor [6] は、2018 11 16 日にJRP 編集部から著者である宮崎氏と早野氏に送付され、応答するようにという編集部からの依頼があったはずです。このことは私が宮崎氏に電話をかけて確認もしております。このLetter の中で、

The increase of the median of cumulative doses from 29 month to 38 month in figure 7 is measured on the enlarged figure to be between 0.18 and 0.12 mSv/3month. Since the reading of glass-badge is digitized by 0.1 mSv step, the increase of dose per three months must be an integer multiple of 0.1 mSv, when the number of the participants is odd number, 425 in this case. The increase of 0.18-0.12 mSv/3month violates this principle. Let me point out that in figure 6 median doses per 3 months in this period are 0.3 mSv, which is twice as large as 0.15 mSv/3month.
と書いており、Fig.7 の箱ひげ図の各ビンの中央値はFig.6 から計算される中央値の半分ほどしかないことを指摘しております。2019/1/8 見解を出す前には、この指摘について検討されなかったのでしょうか。

押川 「東京大学の倫理審査委員会への提出資料」を全て公開してください。特に、2019/1/8 の「見解」に基づく資料を倫理審査委員会に提出していたら、それも含めて公開してください。

黒川 回答に「Fig.7 のすべてのデータをD/r = 1/0.455 =2.2 倍して、箱ヒゲ図を作り直す必要がある。一方、Fig.7 にオーバーレイされている曲線については、正しく計算されていることが確認できた。」と書かれています。回答のように箱ひげ図を作り直し、曲線はそそのままにするとFigure 1 となります。これから明らかなように、曲線は箱ひげ図の中央値からはるかに下にあります。曲線は累積線量を表すものですから、この不一致は生涯線量が過小評価されていることを明白に示しております。このことについてどのようにお考えかお答ください。


図1

Figure 1: 宮崎・早野第2論文の Fig.7 を早野氏の質問への回答に基づいて再構成した図。「曲線はそのまま」で箱ひげ図を作り直すと、曲線は箱ひげ図の中央値のはるかに下を通り、実測データを反映していないことになります。それでよろしいですか。

押川 上の黒川さんの質問と関係しますが、「一方、Fig.7 にオーバーレイされている曲線については、正しく計算されていることが確認できた。」というのは、具体的にどのような確認をされたのでしょうか?

黒川 回答に、「Fig. 7 と同じ誤りをFig. 5 でもおかしたと錯誤したことが、東京大学の倫理審査委員会への提出資料を作成する過程で分かった。」と書かれています。Fig.7 の対象者である 425 人はFig. 5のZoneA の対象者である 476 人の部分集合であり、さらに、両者のほとんどが 2011 9 月からガラスバッジ測定の対象者となった特定避難勧奨地点があるエリアの住民です。そうであれば、Fig.5 Fig.7 Zone A も同じ累積線量を示すはずです。ところが、Fig.5 の箱ひげ図はFig.6 の箱ひげ図を 55 %に縮小したように見えます。この 55% の縮小はどのような原因から起こったものかをご説明ください。

押川 そもそも、上記の早野さんの回答のように、ガラスバッジ測定データは 3ヶ月ごとの積算線量を示すものなので、Fig. 7 を作成する際にはガラスバッジ測定データ自体を足すことになります。Fig. 6 を作成するためにμSv/h に変換したデータを逆変換してFig.7 を作成すると言う過程はそもそも必要がないものですし、またその際に1ヶ月と3ヶ月を間違えた、という2019/1/8「見解」での説明は2重の重大な誤りを認めたものです。さらに、その説明を撤回して全く別の説明をされた、となると、データを扱う研究者としての資質が問われる事態ではないでしょうか?宮崎さんと早野さんは大量のガラスバッジ測定データを所持していたわけなので、積算線量を 0.455 倍に過小評価していたら元データと比較してすぐに気づくはずではないでしょうか。もし元データに目を通してチェックしていなかったとすれば、実測データに基づく研究を行う際に不適切な態度ではないでしょうか?

座長 早野氏の回答は 7 ページ,「全般」の最後をご覧ください.

[項目2]
第1論文の Table 1 “2014 Q3” Figure 4f の対象者は 21000 人強となっていますが、伊達市の資料 [4] からこの期間の実際の調査対象者は 14500 人ほどであることがわかります。なぜ対象者数が異なっているのか、理由をご説明ください。

早野
伊達市から受け渡されたデータをそのまま解析しており、数の違いの原因は分からない。

黒川
伊達市から受け渡されたデータのファイル名およびこのファイルが提供された日時を
ご教示ください。

牧野 これは、2013/7-2014/6 までの通年の対象者である 20180 人のデータを伊達市が間違って渡した、またはそのデータを別の時期のデータと間違って使った可能性もある、ということですか?

座長 早野氏の回答は 7 ページ,「全般」の最後をご覧ください.

[項目3]
第1論文には「データ解析の前に、調査参加者の住所を緯度・経度を 1/100 度ごとに丸めて準匿名化した」旨の記載がありますが、論文に実際に掲載されているFigure 3 はこの記述と不整合です。むしろ、全く丸めていない住所の位置をプロットしたものと非常に良く一致しています [5]。この理由についてご説明ください。

早野 伊達市から受け渡された住所情報は緯度経度に置換されており、それをそのまま用いている。論文化の際伊達市にも確認はしたが、結果的に粒度について伊達市側と認識の相違があった可能性がある。

牧野 「伊達市から受け渡された住所情報は緯度経度に置換されており、それをそのまま用いている。論文化の際伊達市にも確認はしたが、結果的に粒度について伊達市側と認識の相違があった可能性がある。」とされていますが、論文には、

The geocoded household addresses of the glass-badge monitoring participants were pseudo-anonymized by rounding both longitude and latitude coordinates to 1/100 degrees prior to data analyses.
と記載されています。著者である早野氏、宮崎氏共は、実際にデータがそのような処理をされたものであるかどうかは一切確認しなかった、ということでしょうか?

押川 上の牧野さんの質問と重なりますが、緯度経度が 1/100 度に丸められているかどうかは、伊達市から渡されたデータを見ればすぐわかるはずですよね。データを一切見なかったということでしょうか?

牧野 なお、確認したかどうかによらず、実際に論文では 1/100 度に丸められていない不適切な図が掲載されている。この論文はすみやかにとりさげるべきと考えますが、著者としてはどのような対応をとるのでしょうか?

座長 早野氏の回答は 7 ページ,「全般」の最後をご覧ください.

全般
早野 上記 2, 3 については、論文投稿前に伊達市側に複数回の確認をいただいており、その過程で誤りを指摘されたことは無かった。またデータが手元になく、検証は不可能である。

黒川 回答の文章があいまいと考えます。論文投稿前に、いつ、どのような方法で、何を伊達市側に確認していただいたか、具体的にお示しください。

押川 論文の内容には責任を持つのは著者であり、伊達市は著者ではないのですから、「伊達市側に誤りを指摘されたことは無かった」のは何の弁解にもなりませんよね?

黒川 回答中の「データが手元になく、検証は不可能である。」の「手元にない」とは回答者の手元にないが、福島県立医科大学にはデータがあるという意味ですか。

早野 議論拝見しましたが、先日お送りした回答に付け加えることはございません。
当該論文については、JRP よりconcern が出されており、私どもが答えられる部分は、すでにJRP 編集部にもお答えしております。
また、東京大学と福島県立医大の調査委員会から公表されている以上の内容を私どもが述べることは出来かねます。
なお、先日のお答えをお送りした後に伊達市第三者委員会が最終報告を伊達市長宛に提出したと報道等で知りました。私は調査の対象者ではありませんが、主著者の所属機関では、近日中に内容の説明を求めると聞いております。現時点で、これに関わる議論は差し控えさせていただきます。


References

[1] Makoto Miyazaki and Ryugo Hayano. Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the fukushima NPP accident (series): 1. Comparison of individual dose with ambient dose rate monitored by aircraft surveys. Journal of Radiological Protection, Vol. 37, No. 1, pp. 1?12, dec 2016. https:
//doi.org/10.1088/1361-6498/37/1/1.

[2] Makoto Miyazaki and Ryugo Hayano. Individual external dose monitoring of all citizens of date city by passive dosimeter 5 to 51 months after the fukushima NPP accident (series): II. Prediction of lifetime additional e?ective dose and evaluating the e?ect of decontamination on individual dose. Journal of Radiological Protection, Vol. 37, No. 3, pp. 623?634, jul 2017. https://doi.org/10.1088/1361-6498/aa6094.

[3] 早野龍五. https://twitter.com/hayano/status/1082488374043103232.

[4] 福島県伊達市. 平成 27 年度放射能対策調整会議資料. http://www.ourplanet-tv.org/ files/2020022810.jpg.

[5] Masaki Oshikawa, Yutaka Hamaoka, Kyo Kageura, Shin-ichi Kurokawa, Jun Makino, and Yoh Tanimoto. Comment on “Individual external dose monitoring of all citizens of Date City by passive dosimeter 5 to 51 months after the Fukushima NPP accident (series): 1.”. arXiv e-prints, p. arXiv:2001.11912, January 2020.

[6] Shin-ichi Kurokawa. Comment on ”individual external dose monitoring of all citizens of date city by passive dosimeter 5 to 51 months after the fukushima npp accident (series): Ii”. Ready to be accepted (waiting for the reply by the original authors) to Journal of Radiological Protection, https://arxiv.org/abs/1812.11453v1.