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Interview 2
2008.2〜2008.10

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このページでは、理学研究科や科学界にまつわる様々なトピックについてのインタビューを掲載しています。専門分野の異なる方、中高生・一 般の方にもできるだけ分かりやすい内容でお話しいただいています。

*本websiteに掲載している写真・文章等の無断でのコピー、転載を禁じます。

2008年ノーベル化学賞を下村脩先生がご受賞—上田実教授—

上田先生

下村脩氏が2008年度ノーベル化学賞を受賞されました。そこで、下村先生と同門である有機化学第一研究室上田実教授にお話しを伺いました。

  日本人3名のノーベル物理学賞同時授賞に列島が沸いた翌日、同じく日本人の下村脩先生にノーベル化学賞が贈られた。4人もの受賞者が同時に出たことは、我々を勇気づける最高のイベントであった。 しかし私は、個人的にも下村先生のご受賞をここ数年間待ちわびていた一人である。幸運なことに、私は下村先生と同じ「平田スクール」の流れを汲む研究者であり、下村先生の同門であるからである。 下村先生は、長崎薬専をご卒業の後、名古屋大学平田義正教授(天然物有機化学)の研究室で発光生物ウミホタルの研究に携わったことから生物発光の研究を始め、私の恩師である後藤俊夫教授(当時平田研助教授)の共同研究者であった。当時、誰の手にも負えなかったウミホタルルシフェリンの結晶化に成功し、これが後の渡米への足がかりとなったことは、報道でご存じの方も多かろう。微量・不安定な物質を扱う能力を持つ化学者が、「光る物質」という活性分子を注意深く追いかける天然物化学的研究スタイルを大事にした。その結果、青色光を受けて美しい緑色に発光するタンパク質(新規分子)を見つけ、これは、これまで知られていた生物発光の仕組みとは全く異なる極めて「珍しい」ものであった。このオンリーワンの新規さが、後の大きな発展を生んだ。
  下村先生の今回のご受賞は、「なぜ光るのか?」という好奇心駆動型の基礎研究が大きく花開いた一種のサクセスストーリーである。しかしこれは、決して最初から応用を念頭に置いて行われた研究ではないことに注意する必要がある。本物のオリジナリティーこそ大事であり、それこそが、他分野の研究者にインスピレーションを与え、大きな発展の原動力となるのではないか。
   私は、2年ほど前に平田先生を記念するシンポジウムで下村先生と一緒に講演をさせていただいた。その時に感じたのは、下村先生は80歳を過ぎて未だ意欲旺盛な現役研究者であり、そのモチベーションは未だに、「なぜ光るのか?」に対する好奇心である。幸運なことに本年度のノーベル賞受賞者4名はいずれも基礎研究分野の研究者であり、数十年にわたって、「なぜ?」と疑問を飽くことなく追求し続けた先生方である。流れに飲まれず、「自分が本当に知りたいことは何か?」を真に自覚し、軸のぶれない研究者こそが、なにかを成すことができると強く感じた。スピードと効率、結果と(経済的)価値を重視する世相を反映して、応用指向型、プロジェクト先導型研究が幅を効かす昨今であるが、このような本質的な疑問を数十年にわたって持ち続け、本格的な解答を求め続ける「強い頭脳」をもつ研究者を養成し、また大事にすることこそが、日本発の新しいサイエンスを拓いていくことに繋がると信じてやまない。
  名古屋大学平田研究室の卒業生には、コロンビア大学中西香爾教授(東北大名誉教授、昨年度の文化勲章受章者)、ハーバード大学岸義人教授(文化功労者)をはじめ、ノーベル賞の噂が絶えない研究者がさらに複数存在する。いずれも、平田先生譲りの「生物の不思議を追い求める化学者」であり、「強い頭脳」の持ち主である。東北大学は、天然物化学の名門であり、真島研究室、野副研究室といった「強い頭脳」を生み出し続けた研究基盤があった。その志を今一度思い出す必要がある。
下村先生のご受賞を心からお祝いすると共に、今後の日本の科学研究の明るい未来を祈念したい。

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2008年ノーベル物理学賞受賞記念コメント—橋本治教授—

橋本先生

日笠健一教授に続いて、小林誠先生にお世話になった物理学専攻 原子核物理橋本治教授にお話しを伺いました。

  平成12〜13年に大学評価・学位授与機構の試行的大学評価があり、本理学研究科も含めて全国の理学研究科から6つがピックアックされ、研究に関する評価を受けたことがありました。その時の東北大学担当委員長が小林誠先生でした。 また、3年半前、私が研究科長の時に、国立大学法人化ということもあって外部評価委員会を立ち上げました。その委員長を小林先生に お願いしています。そういう意味で、小林先生は理学研究科を常に評価されてきて、理学研究科の研究について隅々までご存じの先生です。また、東北大学理学研究科を応援して下さっています。
こんなに深く理学研究科にかかわってこられた小林先生のご受賞を心よりお慶び申し上げます。
  なお、10月19日〜25日まで東北大学理学研究科が中心となって北京で開催する日本学術振興会アジア学術セミナー「Asia Science Seminar on Frontier Science at High-Intensity Proton Accelerators」に、小林先生も参加して講義をされる予定でした。残念ながら、ノーベル賞受賞のためあまりにもお忙しくて出席できなくなってしまいました。このセミナーは、大強度陽子加速器施設J-PARCを中心にアジアなどの加速器施設で実施される素粒子、原子核、物質生命科学の最先端研究に関心があるアジアの若い研究者のために開催されます。

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2008年ノーベル物理学賞受賞記念コメント—日笠健一教授—

日笠先生

南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏が2008年度ノーベル物理学賞を受賞されました。小林誠先生と親交のある物理学専攻 素粒子・宇宙論日笠健一教授にお話しを伺 いました。

  2008年のノーベル物理学賞は南部陽一郎、小林誠、益川敏英の3氏が受賞されました。心よりお祝い申し上げます。南部氏の業績と小林・益川両氏の業績とは直接の関係はありませんが、「対称性」というキーワードでつながっています。対称性とは、素粒子の物理において実は中心的な役割を果たしているきわめて重要な概念です。
南部氏の研究された「自発的に破れた」対称性は(「見かけ上破れた」と言いかえた方が分かりやすいかもしれませんが)素粒子の標準理論の根底をなす概念と言えるでしょう。この考え方によれば,物質を構成する電子と,太陽中心で生成され地球をいとも簡単につきぬけるニュートリノとは,本来は違いのない粒子であることがわかります。対称性の破れにより、見かけ上全く違う性質を持った粒子として我々の目には映るのです。この理論の鍵となる粒子はヒッグス粒子と呼ばれますが、来年より実験が開始される陽子衝突型加速器LHCにおいて発見されると期待されています。

  小林・益川両氏の業績は、いわゆるCP対称性の破れを理論的に解明したことです。6種類のクォークが存在していれば、素粒子の標準理論にはCP対称性の破れが内包されているという結論を、クォークが3種類しか知られていなかった当時に明らかにしました。この理論の正しさは、つくばの高エネルギー加速器研究機構および米国のスタンフォード線形加速器センターにおいて建設されたBファクトリーにおいて、大量のBメソンの崩壊を精査することにより、理論から30年経って実験的に証明されました。CP対称性の破れは、宇宙の物質・反物質の非対称と関連が深く、今後も素粒子物理の重要なテーマの一つです。

  個人的な事柄になりますが、今回の受賞者のうち特に小林誠さんには、私が高エネルギー研に在籍していた期間、身近に接する機会がありました。日頃のセミナーでもしばしば鋭い指摘をされていましたが、特に、トップクォークの超対称パートナーの崩壊に関する共同研究をさせていただいた際には、一見対称性と相容れないと思われた計算結果が正しいことを、手品のように鮮やかに説明してくださったのをよく覚えています。今回の受賞を大変うれしく思っております。

◆昨年、理学研究科では、東北大学創立100周年を記念して特別企画展「日本における近代物理学のあけぼのと展開〜素粒子・原子核研究における東北大学の貢献〜」を開催しました。その展示資料:「世界の中の日本人研究者たち」に南部陽一郎氏、小林誠氏、益川敏英氏3名が入っています。是非ご覧下さい。

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天文学専攻 土佐誠教授 最終講義

2008年2月19日(火)、物理B棟3階講義室にて土佐誠教授の最終講義「天文学の楽しみ」が行われました。二間瀬教授による開会の挨拶と土佐先生の紹介の後、科学の入り口、仙台市天文台の思い出、天文学教室、太陽と地球の磁場についてなどを、ユーモアを交えながら大変和やかに講演して下さいました。

■土佐誠教授にお話を伺いました。■

◆先生の研究「銀河の理論:銀河、銀河群及び星間ガスの構造、形成、進化に関する理論的研究」について、どのようにして銀河を知ることができるのですか?

――銀河というのはたくさんの星の集まりです(正確には星だけではありませんが)。二千億くらいの星が万有引力に引かれて運動していると考えられています。
銀河を単純化して考えると、万有引力で相互作用するたくさんの点(質点)の集まりと考えられます。粒子が万有引力に引かれてどのように運動するかということは、運動を記述した方程式、ニュートン力学の「ニュートンの運動方程式」により追跡していくことができます。ところがたくさんの点がありますから、そう簡単にはできないので、コンピュータを使って追跡することになるわけですね。
そのように銀河を質点の集まりとして単純化し、モデルで検証していくといろいろなことが起こるわけです。例えば、 回転と重力を釣り合わせておいて追跡すると、渦巻き模様が現れたり。(*本当のところは簡単ではない内容を噛み砕いてご説明いただいています。)そういったことが土台にあります。さらにそこにガスを加えたりしていくわけです。

◆ガスとはどういうものですか?なぜ銀河モデルにガスに加えるのですか?

ガスの主体は水素、ヘリウムです。チリも多く混ざっています。水素もヘリウムも透明ですが、チリによって光が遮られると影ができます。例えば、アンドロメダなんかの渦巻きの端の黒い筋は、そこに何もないのではなく濃いガスが溜まっている(ガスの密度が高い)のです。そこを暗黒星雲といいますが、暗黒星雲ではガスが(万有引力により)ガス自身の重みで潰れて、星が生まれています。星には質量の大きな星から小さな星までいろいろあり、質量の大きな星は明るく輝いてたくさんの紫外線を出します。赤く見える部分は、その紫外線にガスが照らされて高温になっているからです。そのような明るい星は寿命も短く、生まれてすぐ死んでしまうのですが、次から次へと生まれて、暗黒星雲の周りで光る渦を作っています。

銀河モデルになぜガスを加えるかというと、始めに質点の集まりとして単純化した銀河モデルを、より複雑にしていくことで、現実の状態に近づけるのですね。ガスにはガスの方程式があり、星とは違う動きをします。追跡していくといろいろ見えてきます。
方程式で解き、運動を調べていくといったことが基本的な研究になります。仮定したことやモデルによって異なった部分などを検証し、想像できることと実際の観測とを比較したり・・・標準的な研究はこのような流れです。

◆銀河モデルの検証は、研究室のコンピュータで可能ですか?

  ――最近はできるようになりました。主要な仕事はコンピュータの画面に向かっています。
昔は、カードにプログラムを記入していました。数字の書いてあるカードにパンチで穴を開けてプログラムを書き、そのカードの束を計算センターに持って行き、読み取って計算してもらうのです。結果が出るのに一週間ほどかかりました。瞬間的にパソコンで出来る今と比べると、とても時間がかかりました。

◆先生にとって天文学の魅力は?

  ――小学生の頃に望遠鏡を作って月のクレーターを見たり、土星の環を見たことで、宇宙がリアルに感じられました。手の届く世界を「この世」、イマジネーションである世界を「あの世」とすると、この世とあの世の間に「宇宙」がある、という感覚です。その宇宙は手の届かないところにあるけれども、科学によって、自然の法則によって、理解できる。宇宙について知ることで、新しい次元へ気持ちが解き放たれたのだと思います。物理を勉強することで、理解できないと思っていた天体が理解できるようになる喜びがありました。また、合理的に成り立つ宇宙に関心を持つことで、例えば星から星座へ、星座からギリシャ神話へ、そして美術へ・・非合理の世界へも広がっていきました。
この研究は、利害や実利から離れて現実から遠ざかっていくために、人からも遠ざかってしまうと考えたこともありましたが、人間は炭素や酸素などの元素から出来ていて、元素は星の中で作られたのだということを知りました。「人は星のかけら」なのですね。

◆先生は最終講義でいくつかの詩を引用されていましたが、座右の銘やご推薦の詩はありますか?

  ――特に座右の銘や格言というと出ませんが、「人間万事塞翁が馬」と考えることはあります。似たような意味で「禍福はあざなえる縄の如し」という言葉もありますね。詩の本でしたら「詩のこころをよむ」(茨木のり子著・岩波ジュニア新書)はおすすめです。

◆メッセージをお願いします。

  ――研究は、楽しみがなければ意味がない、と思います。
振り返ったときに苦労しか残っていない、ということにならないよう・・。
私も結果が出ないことやいろいろな苦労がありましたが、人との出会いなど楽しいこともあったことを考えると、東北大で仕事ができてよかったと思います。
「スウィングがなければジャズでない」とはデュークエリントンの言葉ですが、「楽しみがなければ学問ではない。」ですね。

■天文学教室の高田昌広助教よりメッセージをいただきました。■

◆高田先生にとって土佐教授はどのような存在でしたか?印象深い出来事はありますか?

  私は、大変光栄なことに、学部時代からスタッフになった現在まで約1 0年間にわたり土佐先生と接する機会を持つことができました。
  まず、学生の立場からは、土佐先生は常に学生の立場に立って、教育・ 指導をして下さった先生で、特に学生の教育環境整備については大変なご尽力を下さりました。例えば、研究環境の改善の要望だけでなく、学生特有の生活から研究にわたる様々な悩みごとについては、まずは「土佐先生に相談すること」が天文学教室の伝統となっていました。このように、土佐先生は、学生に親身になって接して下さる、学生とスタッフを結ぶ貴重な存在でした。 (スタッフとなった今では、大変なことだったと再認識し、深く尊敬致します)。
  スタッフの立場からは、長年に渡り土佐先生は専攻長として天文学教室の運営にご尽力を下さりました。土佐先生は一流の研究者であることは言うまでもありませんが、最終講義からも分かるように、人生経験・知識が大変豊富な方ですので、常に長期的、多角的な視点で教室の教育・研究環境がより良い方向に改善されるよう導いてくださったように思います。
  また、宴会の席では、お酒を愛される土佐先生と交わす会話は大変楽しかった思い出があります。機会があれば、よりリラックスしたお席でまたお酒を酌み交わしたいものです。

◆土佐先生にメッセージをお願いします。

  長年、天文学教室を様々な面から支えて下さり、大変ありがとうござい ました。
仙台市天文台長あるいは天文学会理事長として、まだまだお忙しいとは思いますが、これからはすこし「気楽」に天文を楽しんで下さることを願っております。

土佐教授は7月に開館する新・仙台市天文台の天文台長に就任されます。また、NHK文化センター仙台・定禅寺通り教室にて「宇宙への招待 -星・宇宙を身近に-」という新仙台市天文台オープン特別企画の講座を開講されるそうです。

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化学専攻 甲千寿子助教 最終講義

2008年3月10日(月)16:00〜17:00、化学棟第四講義室にて、甲千寿子助教の最終講義が行われました。「X線構造解析を通じて 〜出会いそしてつながり〜」を講演して下さいました。

司会進行の岩本准教授   センター長の平間教授による甲先生のご紹介

講義後の茶話会では、環境科学研究科の壹岐先生と多元物質科学研究所の中西先生からのスピーチもありました。

■■甲助教にお話を伺いました。■■

◆巨大分子センターで先生がされていたX線結晶解析について教えて下さい。

  ――X線結晶構造解析とは、身の回りの物質を組み立てている分子の形を詳細に見ることができる唯一の方法なのです。分子の構造を決める確実で便利な方法なのですが、単結晶でなければならないないという制限があります。逆に、結晶中での分子配列を決めることもできますので材料科学の研究にも有用な手段なのです。測定装置、解析コンピュータの驚異的な進歩により、40年前に比べて、時間が800分の1に短縮され、労力が2000分の1に軽減されていますが、現在の研究のターゲットも複雑になっていますから一概に簡単になったとは言えないのでしょうね。

◆東北大学での印象深い思い出はありますか?

――最終講義でもお話しましたが、ひとつは、30歳までの6年間の孤軍奮闘の時代です。東北大学で独自の解析プログラムシステムを作り上げ、他大学からの依頼も受けて、予想できない特異な構造を次々に再現したわけです。ある意味では、日本の構造有機化学の初期の研究に大きく貢献したと思います。
 2番目は、素晴らしい優秀な学生との出会いであり、今では著名な研究者になっていることです。そのような意味では、教育者(恋愛談義なども含めて)としても十分な任務を果たすことができました。
 3番目が、他学科・他大学の先生との出会いであり、そこで多大な評価を得られたことです。有名な野依良治先生から、構造の結果をみてその解析の困難さを自ら把握され、感謝の言葉を自筆で頂いたときは感動致しました。
 私は、10年間技官、その後は29年間助手という身分でしたが、そのおかげ(?)で雑用も少なく研究の時間も自由に操作でき、家庭の主婦としても友人との交遊も普通の女性として生きることができました。その上、多くの業績も残すことができました。ある意味では、例外的な女性研究者の一人なのかも知れません。現在、東北大学も男女共同参画で女性教員の数は増えていますが、これからの生き方は自ら選択しなければならないのでしょうね。

■■関係者の方々からのメッセージ■■

東北大学理学研究科 化学専攻 岩本武明准教授

◆岩本先生は甲先生と研究上どのようなつながりがあったのですか?

  甲先生とのつながりは、私が学部4年生のときに遡ります。わたしの卒業研究のテーマはゲルマニウム化合物の合成と構造解析で、このときにX線単結晶構造解析を一から教えていただいたのが始まりです。それ以来、私が教員になってからも有機ケイ素や有機ゲルマニウムの化合物のX線単結晶構造解析で沢山共同研究をさせていただきました。

◆印象深い思い出はありますか?

  甲先生の最終講義のお話にも有りましたが、X線構造解析には化合物の構造に対する深い理解が必要である一方で、先入観念は捨てて測定結果に基づいて解析することをが大切であることを、解析のたびに教わりました。計算機の進歩でだいぶ解析は自動化されましたが、解析の難しい化合物に当たった場合には、その考え方は今でも大切です。このことを時間をかけて教わることができたのは、とても貴重なことでした。数年前に、トリシラアレンというケイ素化合物のケイ素原子が結晶中で動く挙動をX線結晶構造解析で明らかにする画期的な成果を出すことが出来たのですが、これは甲先生の教えなくしては達成し得なかったことです。

◆甲先生へメッセージをお願いします。

  これまで大変お世話になりました。これからしばらく工学部で研究を続けられると聞きました。お体を大切に、今後ともどうよろしくお願い申し上げます。

北海道大学大学院 理学研究院 化学部門 有機化学第一研究室 鈴木孝紀教授より

  今から20数年前、ORTEPの表示に20分、直接法には30分というスローな時代。待ち時間に甲先生から、結晶学の基礎や研究の進め方(時には人生相談も!)、多くのことを教えていただきました。そのすべてが研究者としての自分の基礎になっています。ありがとうございました。

東北大学工学研究科 諸橋直弥助教より

  先生が歩んでこられた道程や,X線の歴史,研究成果,ご人脈等々,大変興味深い事柄ばかりで最終講義をすっかり聴きいってしまいました。もっと,沢山のお話が聞きたいなあと欲がでたのが本音です。また,お話いろいろとお聞かせいただければ幸いです。これからも精進しなければというパワーをいただけた感じです。

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物理学専攻 齊官清四郎教授 最終講義

2月21日(木)13:30〜15:00
理学総合棟第4講義室(303)にて、物理学専攻 齊官清四郎教授の最終講義「レーザーに魅せられて」が行われました。村上専攻長による齊官先生の紹介の後、レーザーの製作や研究などについて講演して下さいました。

■■■レーザー分光物理研究室の方々よりメッセージをいただきました。■■■

2年前に博士号を取得された卒業生(現在は理化学研究所の研究員)大野誠吾さんより

◆大野さんにとって齊官先生はどのような先生でしたか?思い出に残っている出来事はありますか?

  ――先生は他のどの学生よりも実験が好きな先生です。
学生がいないと、先生が実験のセットアップを済ませて、 有無を言わさず実験が出来る環境を整えてくださいました。
徹夜で実験を終えて次の日学校に行ったときの 「サンプル入れといたよ!」 のひとことが印象に残っております。 そのときのデータが今になってみると私にとって非常に重要でした。 データの取り時を察する先生のセンスにはただただ懾伏するばかりです。

◆齊官先生へ一言、メッセージをお願いします。

  ―― 学生時代はもとより齊官研を卒業してからも先生には いつもお世話になっております。ありがとうございます。 これからもご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが そのときはよろしくお願いします。

研究室D3の達永里子さんより

◆達さんにとって齊官先生はどのような先生でしたか?

  ――齊官先生はいつも研究に熱心で、世間話をするような感覚で多くの物理を教わりました。齊官先生は研究に対していつも謙虚な姿勢で臨まれておられ、 先生の研究スタイルからか、非常に幅広い分野にご精通でした。 特に、実験アイディアのセンスは大変すばらしく、学会や論文などで見聞きする現在の他の実験では先生ほどのセンスのよさはもはや見受けられません。

また、山登りと野草に大変ご精通であり、山道を歩けば野に咲く花や草について教えていただいたことも印象に残っております。 その辺りの山菜を摘み、天ぷらにして食べたこともありました。

◆齊官先生へ一言、メッセージをお願いします。

  ――齊官先生と研究をした日々は私にとって人生の財産と言うべき時間でした。
また齊官先生には最後の最後までご迷惑をおかけしてしまった事を 大変申し訳なく思っております。 心よりお詫び申し上げるとともに、最後までご指導いただけたことを 深く感謝致しております。 齊官先生には研究や物理についてだけでなく、 人生の楽しみ方についても教わりました。 心より御礼申し上げるとともに、これからの先生の ご健康とご発展をお祈り申し上げます。 長い間ありがとうございました。

研究室M2の神長瞳さんより

◆神長さんにとって齊官先生はどのような先生でしたか?

  ――私にとって齊官先生は、「光学について何でも知っている先生」という印象があります。 実験のことや理論的なことについて、折々にアドバイスをいただきました。 退官講義で、学生時代にさまざまなレーザーを自作されていたことを聞き、齊官先生の深い知識は、興味のあることを続けた結果なのだなと改めて感じました。

◆齊官先生へ一言、メッセージをお願いします。

  ――齊官先生に指導していただいたことを光栄に思います。今までどうもありがとうござい ました。

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「紫綬褒章」を受章された吉良満夫名誉教授

2007年11月3日(土)、吉良満夫名誉教授が「有機ケイ素化学研究の功労」により「紫綬褒章」を受章されました。紫綬褒章は、学術、芸術上の発明、改良、創作に関して顕著な功績をあげた人を対象に授与される国家褒章です。
2007年11月16日には受章式が、2008年1月19日には化学教室による受章記念祝賀会が盛大に開催されました。

吉良名誉教授へインタビュー

◆この度の受章理由「有機ケイ素化学研究の功労」につきまして、どのような研究をしてこられたのですか?できるだけ分かり易く教えて下さい。

――研究の対象は、新しい構造を持つケイ素の化合物です。 これまでには見られなかったような結合を持つケイ素を作り出し、その性質を明らかにしてきた、ということになると思います。ケイ素の二価化合物やいろいろな種類の、様々なケイ素の「二重結合」を作ってきました。

◆ケイ素(Si)とは何ですか?

  ――ケイ素(Si)は大変豊富な元素のひとつで、岩石や水晶、ガラスなど、自然(地殻)にたくさんあります。そのような天然のケイ素は、実際には酸素と結び付いていて、単体ではありません。 ケイ素の単体やケイ素の二重結合や三重結合化合物は自然にはない、人工的に合成された物です。
――単体のケイ素は「シリコン」(*1824年に当時の大化学者イェンス・ベルツェリウスにより合成)といい、化学工業や電子産業に多く使われています。例えば、半導体の基板は純度の高いシリコンから作られています。 また、ケイ素を含む有機化合物「メチルシリコーン」は、クリームやシャンプー、新幹線の車両の絶縁オイル、歯医者の歯の型取り、防水スプレー、電子ジャーのゴムパッキンなど様々な物に使われています。
――単結合のケイ素に比べ、二重結合、三重結合の化合物はあまり作られず、1980年代になってから初めて二重結合が作られました。ただ、作られたとはいえ性質はよく分からないままだったのです。その後も何人か似たような物を作りましたが、簡単なものだけで、炭素のように種類は多くありませんでした。

◆二重結合、三重結合、となると四重結合は作らないのですか?結合は何重まで可能ですか?仕組みを簡単に教えて下さい。

  ――ケイ素には手が4つあり、2つのケイ素がそれぞれ1つの手を出し合ってつながっているのが一重結合、2つなら二重結合と考えると分かり易いでしょう。炭素も手が4つ、水素は1つ。元素によって手の数は異なります。手の数が限られていますので、無限に結合ができるわけではありません。また、手が4つあるからといって四重結合は難しいでしょう。手の位置などの構造の問題があるのです。

◆どのような方法・実験装置で結合させるのですか?

  ――化学反応により結合させます。Aという化合物とBという化合物を混ぜると結合の組み換えが起こりますので、そういったことを利用します。 ケイ素の二重結合は空気(酸素)とすぐ反応してしまうので、空気を遮断する「グローブボックス」という装置などを使います。そのボックスの中をアルゴン(*空気中にも1〜2%ある、何とも反応しない無毒なガス)か窒素で満たして、その中で実験をします。(下の左の写真を参照) ケイ素は水とも反応してしまうので、空気に含まれる湿気も防ぐ必要があります。 酸素の濃度、水の濃度をモニターで常に図りながら、装置内の環境を保って実験しているわけです。

グローブボックスで作業をしているところ 蒸留しているところ 真空ラインに取り付けた試験管に試料が入っている

◆実験の結果は目に見えますか?

  ――結晶にしますので、色が変化するなど目に見えることもあります。後は装置で測定をしていきます。巨大分子解析研究センターや実験室にある核磁気共鳴装置(NMR)、X線回折装置や紫外可視分光計といわれる分析機器を用いて解析していくと構造が分かるようになります。

◆先生の功績のひとつであるケイ素のトリシラアレンのような結合の結果は、予想されていたのでしょうか?

  ――実は全く予想していませんでした。ただ、新しい化合物を作ろうという中で出てきたのは確かです。セレンディピティ、偶然を見逃さなかったことが発見につながったのでしょう。もちろん、私ひとりではなく共同研究者など関わってくれた方々が貢献してくれました。 *経緯について詳しくは雑誌「化学」(第60巻 4月号, 36-38ページ 2005年)にも掲載されています。

◆なぜケイ素の研究をする道を歩まれたのですか?

  ――私の先生はケイ素化学を東北大学で始められた櫻井英樹先生(*現・東北大学名誉教授)でした。いろいろな経緯がありますが、要するに、もともと炭素とケイ素の違いに興味があったということがいえます。炭素とケイ素はとても近い元素であり、周期表の中でも同じ族に属しています。そのため、炭素とケイ素は性質も似ているであろうと考えられていたのです。 ところが、炭素には二重結合や三重結合といった化合物がふつうに見られるのですが、ケイ素には見られません。なぜケイ素には二重結合ができないのか?という疑問を始めから持っていてそこが出発になりました。 そのほかにも、ケイ素の性質やケイ素に関するいろいろな分野に興味を持ったわけですけれども、その中で特にケイ素の「二価化合物」に興味を持ち、基礎研究をしてきました。「二価化合物」というのは不安定化合物で、それ以前にも作られていましたが特殊なのものが多く、 二価化合物を安定に作りたいという気持ちがありました。

◆ケイ素の新しい二重結合は、何か実生活に使われますか?◆

  ――すぐに何か応用につながるわけではありませんが、 例えば炭素の場合、ビニール袋やフィルムなど様々な物に使われているポリエチレンの原料は、「エチレン」という炭素の二重結合の化合物が元となっています。 ケイ素の二重結合も、将来的にはいろいろな材料の元になるかもしれませんね。

取材当日、実験室にいた学生さんと

◆この研究は今後どのような展開があると思われますか?◆

  ――今は、理論的にも応用にも、発展させていく段階の手がかりを作ったところです。
「炭素と同様の性質を持つだろう」と炭素の結合を基礎に理解されていたケイ素が、予想を超えて、実際には違った構造の化合物をつくることが分かってきた。そのことにより、もっと大きな枠の中で元素の結合や性質について考えていかなければならない・・というきっかけになるかもしれません。これから段々と整理され、新しい理論などができてくるのだと思います。そういった発展が、基礎科学の意味で重要だと思います。
また、新しくできた結合について「どういうわけでそのような物になるのか」「どのような性質を持つか」と、調べていくことの先には、炭素ではできないような機能性材料などへの応用があります。
Scienceとして、可能性を広げる手掛かりを作ることにつながった。そのように思っています。

祝賀会のようす

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