東北大学 大学院 理学研究科・理学部

Graduate School of Science and faculty of Science , Tohoku University

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【プレスリリース】酵母のもつすべての遺伝子の「限界コピー数」を測定-あらゆる生物種ではじめて-

 岡山大学 異分野融合先端研究コアの守屋 央朗 准教授(特任)らは、酵母がもつすべての遺伝子の「限界コピー数」を測定することに成功しました。
 遺伝子のコピー数が増えることにより、ダウン症候群やがんなどの病態が引き起こされます。しかし、どのような遺伝子のコピー数が、どれくらい増えると細胞機能に悪影響を与えるのかは、ほとんど分かっていませんでした。
 本研究グループは、酵母のもつすべての遺伝子(約6000)のそれぞれが、どれくらい増えたら細胞機能を破綻させるのか(細胞を殺すのか)を、グループが独自に開発した「遺伝子つなひき法」により測定しました。すべての遺伝子の限界コピー数が測られたのは、あらゆる生物種ではじめてのことです。
 本研究の成果は、ダウン症候群やがんなど、染色体数の増加によって引き起こされる病態の解明に役立つと期待されます。本研究は、東北大学大学院生命科学研究科の牧野能士助教と共同でおこなわれ、成果は、平成24年12月28日に米科学誌「Genome Research」のオンライン速報版で公開されます。


<研究の背景と経緯>
遺伝子の数が増えて遺伝子が過剰に発現することは、染色体異常により生じる疾患(ダウン症候群やがん)の病態の原因であると考えられています。しかし、これらの疾患では多数の遺伝子をもつ染色体そのものの数や構造が大きく変化するため、疾患の直接の原因となる遺伝子を特定することは難しく、どのような遺伝子のコピー数(注 1)が上昇したときに細胞機能に著しい影響が及ぼされるのか、その原因となるメカニズムはどのようなものなのかは、ほとんど分かっていません。
本研究グループは、これまでに、真核細胞(ヒトと同じ構造をもつ細胞)の単純なモデルである酵母を対象として、遺伝子の「限界コピー数」、すなわち遺伝子のコピー数をどこまで上げたら細胞の機能が破綻するか(細胞が死ぬか)を測ることができる、「遺伝子つなひき法」を独自に開発しています。今回、上記の目的のために、出芽酵母(Sacchar omyces cerevisiae)のもつすべてのタンパク質コーディング遺伝子(約6000)のそれぞれについて、遺伝子つなひき法によりその「限界コピー数」の測定を試みました。このような試みは、あらゆる生物種ではじめてのことです。

<研究の内容>
本研究の結果、まず、酵母がもつ80%以上の遺伝子のそれぞれを100コピー以上に上げても、細胞の機能は維持されることが分かりました。このことは、酵母細胞がつくるシステムは、一般的に遺伝子コピー数の上昇に対して頑健にできていることを示しています。
一方で、わずか10倍以下のコピー数上昇で細胞を死に至らしめる遺伝子を115個同定しました(ここではこれらの遺伝子を「量感受性遺伝子(注 2)」と呼びます)。同定された 量感受性遺伝子は、細胞内の輸送や細胞骨格など、細胞内の「インフラストラクチャー」に関係するものが多くふくまれていました。また、細胞内に比較的たくさん存在するタンパク質をコードしている、細胞内で別のタンパク質と複合体を作るタンパク質をコードしている、などの特長がありました。

これらの特長から、不必要なタンパク質の大量合成・分解が、細胞の基礎的な機能に与える負荷(タンパク質負荷(注 3))と、タンパク質複合体の構成成分の量的バランスの乱れ(ストイキオメトリー不均衡(注 4))が、これらの量感受性遺伝子がもたらす細胞への悪影響の原因であることが予測され、本研究では、さらなる遺伝子つなひき実験によりこれらを検証しました。

<今後の展開>
酵母の量感受性遺伝子のコピー数が上がったときに、細胞に何がおきているのかを知ることは、ダウン症候群やがんなどの染色体数の増加によってもたらされる病態を理解することに役立つと考えられます。また、悪性化したがんは染色体数の増加がもたらす不都合を、なんらかの方法で回避していることが知られています。酵母において量感受性遺伝子のコピー数上昇に耐えられるような変異を調べれば、このような「染色体数増加による不都合 を回避するメカニズム」が明らかになると考えられます。

<参考図>
1.jpg
図1 本研究で用いた、遺伝子つなひき(gTOW)法
遺伝子つなひき法では、限界コピー数をしりたい遺伝子(標的遺伝子)を、プラスミド(環状の小さなDNA)に組み込み、これを細胞に導入する。細胞をロイシンのない培地に移してやると、プラスミド上のleu2d遺伝子の作用で、プラスミドの細胞内の数(コピー数)が、100以上に上がる。この時、同じプラスミド上にある標的遺伝子のコピー数も同時に上がるが、もし、標的遺伝子のコピー数が増えすぎると細胞の機能を破綻させる (細胞を殺す)場合には、そのプラスミドのコピー数は、標的遺伝子の限界コピー数よりも低くなる。ロイシンのない培地で培養した細胞内のプラスミドのコピー数を測定すると、標的遺伝子の限界コピー数がわかる。コピー数を上げようとするleu2dとコピー数を下げようとする標的遺伝子のつなひきにより、標的遺伝子の限界コピー数を測ることができることから、この手法を「遺伝子つなひき法」と呼んでいる。なお、一般的には、遺伝子のコピー数が上がった場合には、そこにコードされているタンパク質の発現量もそれに伴って上がっていると考えられる。

2.jpg 図2 酵母のすべての遺伝子の限界コピー数の測定
出芽酵母のもつすべての遺伝子を、遺伝子つなひき用のプラスミドに組み込み、酵母細胞内に導入し、限界コピー数を測った。研究グループでは、これを「gTOW6000プロジェクト」と呼んでいた。

3.jpg 図3 出芽酵母のすべての遺伝子の限界コピー数
酵母の80%以上の遺伝子は、100コピー以上の限界コピー数をもっていた。一方、本研究により、10以下の限界コピー数をもつ遺伝子115個を同定した。これを量感受性遺伝子と呼ぶ。

4.jpg 図4 本研究で得られた115個の量感受性遺伝子のつながり
115個の量感受性遺伝子には、細胞内の輸送や細胞骨格に関わる遺伝子が多くふくまれていた。これらの遺伝子のコピー数が増えると「タンパク質負荷」や「ストイキオメトリー不均衡」を起こし、細胞の機能に悪影響を与えるらしい。

5.jpg 図5 量感受性遺伝子が染色体の構造を規定しているかもしれない。
色付けされているのは、出芽酵母の各染色体(16本ある)。これらに量感受性遺伝子が存在している。これらのうち量的なバランスにある遺伝子どうしが、見えないつながりをつくり、現在のさまざまな生物の染色体の構成を規定しているのかもしれない。

<用語解説>
注1)コピー数
同一のものの数のこと。「遺伝子/プラスミドコピー数」という場合には、同じ遺伝子/プラスミドの数を表す。
注2)量感受性遺伝子
わずかなコピー数や発現の上昇により、細胞の機能に悪影響をおよぼす遺伝子。
注3)タンパク質負荷
細胞の機能には直接関係のないタンパク質が大量に合成・分解されることで生み出される負荷。
注4)ストイキオメトリー不均衡
複合体になって機能するタンパク質の、複合体内での数のバランスが乱れること。

<論文タイトル>
"Identification of dosage-sensitive genes in Saccharomyces cerevisiae using the genetic tug-of-war method"
(遺伝子つなひき法による出芽酵母の量感受性遺伝子の同定)

<お問い合わせ先>
岡山大学 異分野融合先端研究コア
守屋 央朗
Tel:086-251-8712
Fax:086-251-8717
E-mail:hisaom@cc.okayama-u.ac.jp

東北大学大学院生命科学研究科
牧野 能士
Tel:022-795-6689
Fax:022-795-6689
E-mail:tamakino@m.tohoku.ac.jp
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