東北大学 大学院 理学研究科・理学部

Graduate School of Science and faculty of Science , Tohoku University

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【プレスリリース】スピン操作による相対論的電子の質量制御に成功-次世代スピントロニクスへの応用に道-

概要


 東北大学原子分子材料科学高等研究機構の相馬清吾准教授、高橋隆教授、同理学研究科の佐藤宇史准教授らの研究グループは、ありふれた金属である鉄とタングステンを接合することによって、その界面に相対論的電子(ディラック電子)を発生させ、さらにディラック電子に巨大な質量を与えることに成功しました。今回の成果により、新機能を持つ次世代スピントロニクスデバイスの開発が大きく進展するものと期待されます。
 本成果は、平成27年12月23日(米国東部時間)に米国物理学会誌フィジカル・レビュー・レターズのオンライン速報版に掲載されました。

□ 東北大学プレスリリース本文


研究の背景


 電子は普通の物質の中では、有限の質量をもった粒子として物質内を動き回ります。ところが最近、物質中においてあたかも質量がゼロの粒子のように振る舞う「ディラック電子」注1)と呼ばれる特殊な電子が発見され、大きな注目を集めています。そのような電子は、真空中で光速に近い速度で運動する粒子(例えば、素粒子ニュートリノ)と同じような性質を示すことから、物質中の相対論的電子と呼ばれています。次世代電子デバイス材料として大きな注目を集めているグラフェンやトポロジカル絶縁体注2)は、相対論的なディラック電子を持つ物質として知られています。ディラック電子は、物質中でディラック錐(図1)と呼ばれる電子の状態を形成しています。ディラック電子は物質中の普通の電子よりも格段に動きやすい上に、不純物に邪魔されにくいという性質を持ち、さらに電流などによってスピン注3)の向きも制御できます。その優れた性質を利用して、次世代デバイス実現へ向けた研究が、現在世界中で急ピッチに進められています。
 これまで、グラフェンやトポロジカル絶縁体デバイスの多くでその機能を利用するには、このディラック電子に意図的に質量を持たせてその運動を制御する(図1)事が重要とされてきました。またこれが実現されると、グラフェンの半導体デバイスへの応用、トポロジカル絶縁体における分数量子ホール効果注4)や磁気単極子注5)などといった様々な応用・特異量子現象が実現される可能性も指摘されています。しかしながら現段階では、ディラック電子は極めて限られた物質でしか観測されておらず、その制御も困難なため、新しいディラック電子系の探索とその質量制御が急務とされてきました。

研究の内容


 今回、東北大学の研究グループは、分子エピタキシー法注6)によって、タングステンの表面にわずか数原子層の鉄超薄膜を成長し、外部光電効果注7)を利用した角度分解光電子分光注8)という手法を用いて、鉄とタングステンの界面から電子を直接引き出して(図2)、そのエネルギー状態を高精度で調べました。実験の結果、鉄超薄膜を接合する前は質量がゼロだった結晶表面のディラック電子が、鉄超薄膜を接合することによって質量を獲得している(図3)ことを初めて明らかにしました。また、その質量の大きさは、トポロジカル絶縁体にくらべて遥かに(数倍程度)大きいことがわかりました。さらに、鉄超薄膜の磁化の向き(表面に垂直または平行)を制御することで、質量獲得の有無の切り替えができることを発見しました (図3)。この成果は、ディラック電子を利用した室温動作次世代スピントロニクスデバイス開発に大きく貢献するものです。

今後の展望


 今回の研究は、ディラック物質に強磁性体を接合するという比較的簡便な方法で、従来よりも遥かに大きい質量をディラック電子に付与できることを実験的に示したものです。これによって、ディラック電子の状態を自由自在に制御できる新しい方法が示されました。この成果を、新物質の設計や電子スピン状態の制御に利用することで、新しいディラック電子系物質の開発が進み、次世代の省エネ技術である革新的なスピントロニクス注9)デバイスや、超高速処理を行う量子コンピュータ注10)の実現の可能性がさらに進むと期待されます。

 本成果は、科研費基盤研究(A)「スピン分解ARPESによる機能性薄膜ハイブリッドの創出」(研究代表者: 高橋 隆)、新学術領域「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」(領域代表者: 川上則雄)および「原子層科学」(領域代表者: 齋藤理一郎)、学際研究重点プログラム「原子層超薄膜における革新的電子機能物性の創発」(研究代表者: 高橋 隆)などの援助によって得られました。

用語解説


 注1 ディラック電子
 固体中の電気伝導を担う電子は、通常、有限の有効質量をもって運動していますが、特殊な状況下では、今から約80年前に英国の物理学者ディラック(1933年ノーベル物理学賞)が提唱した質量ゼロの相対論的フェルミ粒子の運動を記述する「ディラック方程式」に従って固体中を運動すると理論的に予言されていました。このような状態にある電子は非常に動きやすい上に、量子効果を示しやすいという特徴があります。

 注2 トポロジカル絶縁体
 固体は物質内の電子状態によって、金属、絶縁体(半導体)、超伝導体と分けることができますが、位相幾何(トポロジー)の概念を物質の電子状態の解析に取り入れる事で、これまでの絶縁体とは一線を画す新しい絶縁体物質として2005年に提唱されました。3次元物質では表面に、2次元物質ではエッジ(端)に、不純物の散乱に対して非常に強い電子の伝導路が形成されます。この伝導路は電子のスピンが上向きか下向きかで分かれており、これまでの物質にはないスピンの応答や制御ができることで、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発ができる分野として、国内外で精力的な研究が行われています。

 注3 スピン
 電子が持つ、自転に由来した磁石の性質のことです。自転軸の方向に対して、上向きと下向きの2種類の状態があります。この自転軸は物質中の電磁気相互作用によって、様々な方向を向きます。通常の金属や半導体では、同じ数の上向きスピンと下向きスピンの電子が存在し互いにキャンセルしていますが、強磁性体(磁石)では片方の向きのスピンの電子の数が多くなるため、強い磁化が発生します。

 注4 分数量子ホール効果
 2次元に閉じ込められた電子に強い磁場を印加した場合に、電流と磁場に垂直方向の電気抵抗(ホール抵抗)が、物質に依存せずに一定の値になり、量子力学の基本定数を用いた値の分数倍となる現象です。

 注5 磁気単極子
 陽子と電子のように電荷にはプラスとマイナスがありますが、磁性の元となる磁石は必ずN極とS極がセットで現われます。このN極とS極をそれぞれ単独の「磁荷」とみなした仮想的な素粒子が磁気単極子(モノポール)です。磁気単極子は未だに発見されていませんが、現在実験的な探索が精力的に行われています。

 注6 分子線エピタキシー法
 高品質な単結晶薄膜を作製することができる手法のひとつ。超高真空槽内に設置したいくつかの蒸着源(材料)を加熱等により蒸発させ、対向した単結晶基板上に堆積させることで、原子レベルで制御された高品質単結晶薄膜が作製できます。

 注7 外部光電効果
 物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル賞を受賞しています。

 注8 角度分解光電子分光
 結晶に紫外線やX線を照射すると物質の表面から電子が放出されます。放出された電子は光電子と呼ばれ、その光電子のエネルギーや運動量(角度)を測定すると、その電子が元々いた物質中の電子の状態、つまり物質の電子状態が分かります。

 注9 スピントロニクス
 電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタやダイオードなど)を実現する技術分野のことです。電子スピンの上向き/下向き状態を、電気信号の「0」と「1」に置き換えて信号処理を行います。電子スピンは応答が早く、熱エネルギーの発生も非常に少ないので、これを利用したスピントロニクス素子は、超高速・超低消費電力の次世代電子素子の最有力候補とされています。

 注10 量子コンピュータ
 異なる2つ以上の状態を量子力学的に重ね合わせて一度に信号処理することで、計算能力を飛躍的に高めることを目的として開発されているコンピュータです。計算の途中で、量子力学的な重ね合わせ状態が壊れないように保つ事が大変難しいのですが、トポロジカル絶縁体の表面が持つ独特のスピン構造が、擾乱に強い量子コンピュータの実現に役立つと考えられています。

参考図

20151224_10.png 図1: ディラック錐状態における電子のエネルギー関係の模式図(左)。エネルギー分散が直線的であるために電子の有効質量がゼロとなり、電子がディラック粒子的な振る舞いを示します。ディラック電子が質量を持つと(左→右)、ディラック錐の上下が分裂してエネルギーギャップが生じます。

20151224_20.png 図2: 角度分解光電子分光の概念図。物質に高輝度紫外線を照射し,放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子状態を決定できます。

20151224_30.png 図3: 角度分解光電子分光によって得られた鉄原子層超薄膜とタングステンの界面におけるディラック電子の質量獲得の模式図。鉄のスピンの方向(面内/面直)によって、ディラック電子の質量を切り替えられます。


論文情報


Kohei Honma, Takafumi Sato, Seigo Souma, Katsuaki Sugawara, Yusuke Tanaka,and Takashi Takahashi, "Switching of Dirac-Fermion Mass at the Interface of Ultrathin Ferromagnet and Rashba Metal", Physical Review Letters, DOI : http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevLett.115.266401.

発表雑誌


Physical Review Letters オンライン速報版、2015年12月23日公開(米国東部時間)

お問い合わせ先


<研究に関すること>
相馬 清吾 准教授
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
Tel:022-217-6169/022-795-6477
E-mail:s.souma[at]arpes.phys.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
清水 修
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構
広報・アウトリーチオフィス
Tel:022-217-6146
E-mail:aimr-outreach[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください
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