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2018年3月28日レポート

3月9日(金)生物学科 経塚啓一郎准教授 最終講義

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3月9日(金)、生命科学研究科プロジェクト総合研究棟 講義室にて、生物学科 経塚啓一郎准教授の最終講義「浅虫の海で過ごした40年」が行われました。
経塚先生は、40年以上浅虫海洋生物学教育研究センターにて海産無脊椎動物を用いた卵成熟及び受精機構の研究及びCa2+ を中心にした卵成熟及び受精時のシグナル伝達機構の解析を進めて来られました。そして経塚先生は研究はもとより、教育普及活動、啓蒙活動も盛んに実施され講演の中ではそれらの様子もお話しになりました。また平成27年にはその活動が認められ「日本動物学会動物学教育賞」を受賞されています。

経塚啓一郎先生よりメッセージをいただきました

私が41年間スタッフとして過ごした浅虫海洋生物学教育研究センター(浅虫センター、旧理学部附属浅虫臨海実験所)は、理学部生物学科の開設1年後の大正13年に現在の地青森市浅虫に設置されました。学生の臨海実習施設として開設されましたが当初から水族館を併設し、一般啓蒙活動にも力を入れてきました。現在は文部科学省の東北海洋生物学教育拠点に認定され、全国の大学の共同利用施設として、臨海実習を含めた各機関の海洋教育を支援する役割を担っています。天気の良い日は海に映える美しい夕焼けを眺められる風光明媚な場所ですが、私は「何が一番浅虫センターらしい風景か」と問われれば、雪に閉ざされた冬の墨絵の世界と答えます。このような厳冬期でも、私の研究材料となる一部のウニやホヤ類は産卵期を迎え、海の中では脈々と生命の営みが続いています。
浅虫センターは、陸奥湾に生息する海産動物だけでなく太平洋側の寒海性生物、日本海側の暖海性生物の採集も容易で、多種の生物に接することが出来ます。地球上の生物は海から生まれ、進化の過程で陸上に上がった一部の生物を除くと、現在でも多くの生物が海で生息しています。海は生物の宝庫であり、様々な動物に接することが出来ます。
私はこれらの海産動物、特にホヤ類など原索動物、ウニやヒトデなど棘皮動物、カキやホタテガイなどの軟体動物、その他にもゴカイ類などの環形動物、クラゲ類などの刺胞動物を用いて「卵成熟と受精機構の研究」を行ってきました。多くの海産動物は体外に配偶子(卵や精子)を放出して、海の中で受精発生が進行します。そこで、顕微鏡下で海水中に卵と精子を加えれば容易に受精発生過程が観察できるメリットがあります。有性生殖を行う動物は受精により新たな個体発生を開始します。卵も精子も1つの細胞であり、それぞれ単独では長く細胞を維持することは出来ません。しかし受精が成立すると個体発生を進行することにより生命を維持することが出来ます。この時、卵と卵あるいは精子と精子が融合しても新たな個体発生は開始しません。卵も精子も個体発生を開始するために特殊化した細胞です。この中で、卵は精子を受容すると発生する能力をどのように獲得するのか(卵成熟機構)、精子はどのように同種の卵を認識して一匹のみ卵内へ侵入するのか(精子侵入機構)、精子が卵内へ侵入すると卵はどのように発生を開始するのか(受精時の卵活性化機構)を中心に解析を行ってきました。卵が成熟し受精発生能力を獲得するためには卵成熟誘起ホルモンが作用します。受精時に卵が活性化するためには精子による刺激が必要です。これらの過程には、卵内のカルシウムイオンがシグナル伝達因子として重要な役割を担っていることを明らかにしました。さらの卵成熟誘起ホルモンが作用するとどのように卵内カルシウムイオンの上昇が起こるのか、受精時の卵活性化時に精子はどのように卵内カルシウムイオン上昇を引き起こすのかは現在も進行中の中心的なテーマです。
私は1990年代初頭から共同研究のためにヨーロッパ及びアメリカに滞在する機会がありました。最初に長期に訪れたのはイタリアナポリにあるナポリ臨海実験所でした。日本国内にも多くの臨海実験所がありますが、ナポリ臨海実験所は世界で一番歴史のある臨海実験所で、併設されている水族館も世界で一番古い水族館です。当時はソビエト連邦が解体し、ベルリンの壁が崩れる頃でした。まだインターネットからのニュース情報を得ることは出来ずに、たまに家族から船便で送ってもらう一か月遅れの日本の新聞を読みながら、またテレビに映るベルリン市民の混乱した様子を見ながら、世界はどのようになるのか詳細が分らずにぼんやりと不安を感じていました。余談になりますが、その後も私は歴史の節目、例えば神戸の震災、地下鉄サリン事件、ニューヨークの貿易センタービルが崩れる時なども国外でニュースを見て知りました。先の東日本大震災の際もナポリ臨海実験所に滞在中で、朝7時半頃アパートで朝食をとりながらニュースを見ていたところ、日本の三陸沖で大きな地震が起こったことを知りました。日本とイタリアの時差は8時間、日本時間の午後3時半にはヨーロッパで日本の地震のニュースが流れていました。朝の8時に出勤しようとした時には、既に橋の下を船と車が一緒に流れていく動画がニュースで配信されていました。初めてイタリアへ来たころに比べて世界が狭くなったこと、情報を容易に共有できることを実感しました。
一般に海外の研究室で研究を行う際には言葉の問題があり、コミュニケーションをとることに苦労します。これからはますますグローバル社会となり、外国の研究者と交流する機会も増えます。既に言われていることですが、若いうちからコミュニケーションをとれる環境とそれを活用する積極性を持つことが大切であると思います。若い人たちの方が趣味のことなど研究の話を離れてもコミュニケーションをとりやすいと思います。私も30代のうちに外国生活の機会に恵まれました。この中でイタリア人やアメリカ人も同年代に人たちは私と大して変わらない考えや行動をとるのだということを自分自身で体験することで、相手とコミュニケーションをとることに気負いがなくなりました。私たちと大して変わらないことが分れば、肩の力も抜けスムーズにコミュニケーションができるようになります。その意味でも、研究を離れても共通の話題を見つけやすい若いうちに外国を体験しておくことは大切なことだと思います。
しばらくアメリカデトロイトのウェイン州立大学の臨時スタッフとして研究室の運営に携わっていたときに、夏休みになると研究室に高校の先生を受け入れていました。先生は研究室の所属学生と同じように研究室のテーマにそった研究を行い、新学期が始まると先生は自分の学校の生徒を連れてきて熱心に自分の研究を説明する、それに目を輝かせて聞き入る生徒たちの様子を見ました。研究は自分自身だけのことではなく、真理を追究することは受け継がれていくものでなければ更なる発展はありません。研究のすそ野の拡大は私たちにとっても重要な役割の一つです。現在は日本でも社会人や高校教員等を大学で受け入れるプログラムはありますが、アメリカで1990年代に既にそのようなプログラムが実施されていることを見てその必要性を感じました。帰国後は、小中高校生など青少年への臨海実習を通した理科教育のすそ野拡大も、私にとっては浅虫センターの中での重要な柱の一つでした。平成27年度に日本動物学会から青少年への臨海実習を通した動物学啓蒙活動により教育賞をいただきました。研究者、研究者を目指すものにとっても社会が何を欲しているのか、それに対して自分のフィールドで何ができるのか考えることは大切であると思います。今後も青少年に対する臨海実習などを通して、このような活動を積極的に行う予定です。

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  浅虫海洋生物学教育研究センターの美濃川拓哉先生より
経塚先生へのメッセージをいただきました  

経塚啓一郎先生は40年以上もの間、浅虫に腰を据え、目の前に広がる陸奥湾に産する様々な動物の受精と卵成熟の研究をすすめてこられました。浅虫海洋生物学教育研究センターのスタッフとしての研究は今月を以って終了されますが、当分の間は浅虫で研究を継続されることが決まっています。経塚先生から教えていただける日々が今しばらく続くことをうれしく思っています。
私は経塚先生と13年間、おなじ研究施設のスタッフとして働かせていただきました。その間、経塚先生から直接教えをうけたわけではありませんが、先生との日々のやりとりのなかから様々なことを教えていただきました。ひとつだけ取り上げるなら、多様な着想の重要性でしょうか。セミナー、会議、昼食での雑談など、折々に経塚先生から伺うご意見には、私には到底思いつけないものが多いのです。自分の視野の狭さに気付かされると同時に、異なる視点を知ることで問題をより深く理解するきっかけを掴んだこともよくありました。特に数年前の教育拠点立ち上げのときにはことあるごとに議論したものでしたが、この時に経塚先生から学んだことは貴重な財産になっています。研究のうえでも先生から重要な刺激をいくつもいただきました。私の力不足から、経塚先生との共同研究のアイデアを結実するところまでは育てられていませんが、この萌芽はこれからも育てていきたいと思っています。
先生と同じ場所で同じ時間を過ごし、学ぶことができたことに感謝しています。先生の益々のご健康とご活躍をお祈りします。

20180309_20.jpg 2017年7月に浅虫海洋生物学教育研究センターで行われた国際公開臨海実習の歓迎パーティーで撮影したもの。前列中央が経塚啓一郎先生。この国際公開臨海実習は経塚先生が企画・運営の責任者を務めた。写真提供:根岸剛文先生。


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