東北大学 大学院 理学研究科・理学部|アウトリーチ支援室

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2019年3月28日レポート

3月8日(金)化学専攻 河野裕彦教授 最終講義

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3月8日(金)、理学部大講義棟にて、化学専攻 河野裕彦教授の最終講義「超高速分子ダイナミクスが誘う世界」が行われました。当日は学内の研究者、学生はもちろん、遠方からもたくさんの方々がご聴講されました。河野先生は山形大学工学部を経て、東北大学に着任されました。その間の研究の遷移をわかりやすくご講演されました。

また2009年6月〜2011年3月まではアウトリーチ支援室の室長、2013年度は当広報・アウトリーチ支援室の副室長として、広報・アウトリーチ活動にもご尽力いただきました。2015年には ぶらりがく でも「9月26日(土)理学部キャンパスツアー「3D映像で分子のナノワールドを読み解く―DNA分子の鎖切断シミュレーションと動画公開―」と題し講座を開催いただきました。3D映像を見る小学生の好奇心旺盛な様子に、目を細めていらっしゃった河野先生の姿が印象的でした。


河野裕彦先生よりメッセージをいただきました

私は東北大学大学院理学研究科化学専攻で1981年に学位を取り、アリゾナ州立大学の博士研究員、山形大学工学部助手を経て、1991年東北大学教養部に助教授として着任しました。1993年の教養部廃止後は、理学部に分属することになりました。1995年の大学院重点化を機に、藤村勇一教授のもと新しく立ち上がった数理化学研究室に所属し、量子反応動力学や反応の光制御を対象とした研究をグループ全体で推進する機会を得ることになりました。
私は在学中から長い間、理論化学の分野を中心に研究を進めてきました。とくに様々な化学反応の機構を時間的・空間的な視点から明らかにするコンピューターケミストリーという分野に携わってきました。ただ、1970年代の学生時代は、片平の大型計算機センター(現在のサイバーサイエンスセンター)に赴き、パンチカードに穴をあけ、プログラムの一行一行をカードリーダーに入れていた時代で、今のコンピューターの能力やそれを取り巻く環境は想像さえもできませんでした。当時は情報教育整備の萌芽期であり、Fortran言語の習得からプログラミングまでほとんど自己流でした。
学生時代の研究は、分子の電子励起状態のエネルギーが振動エネルギーに変換していく速度の計算でした。これは分子の多自由度の振動をすべて調和振動子で近似するという今では少し荒っぽい方法であり、解析的な解を導くことが主要な目的でした。コンピューターは、得られた解析解を数値にするために使われていただけでした。その後、アメリカでの博士研究員の時代に、任意のポテンシャルをもつ分子振動に対する時間依存シュレーディンガー方程式を数値的に解く手法を習得し、1980年代後半からA.H. Zewail(1999年ノーベル化学賞受賞)らが精力的に進めていたポンプパルスで始動された光化学反応をフェムト秒のプローブパルスで検出するというフェムト秒分光に適用していきました。化学反応の時間分解の実験結果を時々刻々と変化していく分子中の原子の位置を計算することによって理解することができ、次のステップをいろいろ考えるようになりました。
そのような中、1990年代の後半からは、高強度レーザー光と分子との相互作用に関心を移しました。具体的には、強い振動電場によって駆動される電子のダイナミクスや化学結合の組み換え(解離や反応)に対する実時間動力学法を開発し、様々な分子を対象にシミュレーションを行ってきました。クーロン力と拮抗するような力を分子中の荷電粒子に及ぼす強い光の強度領域では、これまでの摂動論領域では全く見られない非摂動論的現象が観測されています。その1つが、クーロンポテンシャルがレーザー電場によって歪まされ、形成された障壁を電子が透過するトンネルイオン化です。通常の多光子吸収によるイオン化の確率は、振動数が高くイオン化に必要な光子数が少ないほど、大きくなります。これに対して、トンネルイオン化の確率は、同じ光強度なら、光の振動数が低いほど大きくなるというユニークな特徴があります。このような電子のダイナミクスを理解する根本的な手法として、私たちは多電子の相関を取り込んだ多配置時間依存ハートリー・フォック法を世界に先駆けて開発し、トンネルイオン化に及ぼす電子相関の重要性を明らかにしてきました。
近赤外の高強度レーザーは、化学反応を操作する道具としても、その役割は大きくなってきています。そのようなレーザーは、分子の電子遷移や振動遷移とは共鳴していませんが、その強さのため電子や原子核を大きく動かし、イオン化を経て、結合の切断や組み換えを引き起こします。振動数、光強度に加えて、光電場の位相を操作した波形整形パルスによる反応制御も実験的に行われています。私たちは、強レーザー場中の反応を記述できる時間依存断熱状態法を開発し、小さな分子からC60のような大きな分子まで、その高強度レーザーによる励起から反応に至る全過程を追跡してきました。その結果、反応過程が光電場に誘起された非断熱遷移による電子励起状態間の移動に支配されていることが明らかになりました。また、大きな分子の反応は初期励起のエネルギーだけに依存し、統計的に起こると考えられていましたが、波形整形パルスを使うと特定の振動モードを選択的に励起することが可能であり、生成物の収率や分岐比を変えることができることを理論的に裏付けることができました。
このような多自由度系の「分子制御」の成否は「分子マシン」につながる重要な過程で、分子科学の大きな課題になってきました。近赤外高強度レーザーを溶液に照射すると、ラジカルなどの反応種を生成しますが、その発生量やエネルギーを調整できることにも注目が集まっています。近赤外高強度レーザーを使うと、水溶液中で発生したヒドロキシルラジカルがDNAにどのような損傷を及ぼすかを詳細に調べることができ、実験と理論が融合したさらなる展開が期待されています。化学反応を時間軸で理解する化学反応動力学シミュレーションの萌芽期から40年以上この分野に身を置くことができ、その発展と将来の展望を見届けることができたことは、幸運だったと思っています。
私は、東北大学で教育を受け、本学で28年間教鞭を執り、数理化学研究室の教員・学生とともに自分たちのアイデアに沿って研究を進める機会を得ました。その間、教養部廃止、大学院重点化、法人化などが行われました。教養部廃止後、化学系以外の教員の皆様とも分野横断的な議論を進めて、自然科学総合実験を立ち上げていったことが懐かしく思い出されます。今後も東北大学は様々な変革を経ることになると思いますが、研究の理念を自ら問える新しい発想を持った学生を輩出して、さらに飛躍していくことを祈ります。

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  化学専攻の大槻幸義先生より
河野先生へのメッセージをいただきました  

河野先生はレーザーパルスなどの外場により駆動される分子ダイナミクス、特に強レーザー電場が引き起こす新規ダイナミクスの解明に精力的に取り組んでこられました。気相分子からDNAまで幅広い分子およびその現象に対し、理論シミュレーションを駆使した手法により多数の研究成果をあげるとともに、分子科学におけるリーダーとして研究分野を開拓し続けてきました。私は、河野先生が東北大学に着任されてから約20年同じ研究室に所属し、深夜まで研究に没頭され、とことん探求する姿を間近にみることができ、研究者としての教えを受けることができました。一方、研究室は非常に自由で、スタッフ・ポスドク・学生はのびのびと楽しく研究できていたと思います。また、研究室旅行をはじめとするイベントでは河野先生が率先して料理・お酒の吟味をしてくださり、皆でおいしくまた楽しく味わうことができました。そのような雰囲気でしたので、最終講義後の研究室同窓会においても多数の卒業生が集まり、学生時代の思い出話で大いに盛り上がりました。この度はご退職ということで一つの区切りを迎えるわけですが、河野先生は研究においても教育においても現役を続けられると伺っております。お元気でますますのご発展を心よりお祈り申し上げます。我々も河野先生からのご薫陶を胸に、それぞれの立場で一層精進して参る所存です。



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