東北大学 大学院 理学研究科・理学部|アウトリーチ支援室

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2012年8月22日取材

地学専攻 吉田武義教授 最終講義

 3月5日(月)、理学部大講義室にて地学専攻の最終講義が行われました。14:00~15:00が吉田武義教授「東北本州弧における島弧火成活動の研究」、15:00~16:00が藤巻宏和教授「 私の研究で会った3人と、ICP-MSによる分析の危うさ」による二部構成で、両先生の最後の講義を受けようと学生、教職員、そして卒業生が大勢参加し、大講義室はほぼ満員になりました。
 吉田先生のご専門は火成岩岩石学で、島弧の構成と進化に果たす火成岩の役割について研究、加速器を使った光量子放射化分析、誘導結合プラズマ質量分析法、蛍光X線分析法を駆使してこれらの解明に挑んでおられます。また、最近ではデジタル地質図上にデータベースを構築するといったデジタル地質図の制作にも積極的に取り組まれています。助手時代は昼夜を問わず実験をされていたそうで、その結果、論文・報告書の数は250件を超えています。
 その他、第一線で活躍される地学専攻のOBやOGによる講義「現場のフロンティアサイエンス」を新たに開講し、学生たちのキャリア支援にご尽力されました。講義後に開かれるお茶会で、卒業生と学生たちの会話を微笑みながら見守る吉田先生の姿を、もう見ることができないと思うと寂しい気持ちでいっぱいです。

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▲研究室で:吉田先生と学生たち

■□■吉田先生に地学との出会いについてお話をお伺いしました■□■

地学の道に進んだきっかけは何ですか?
 僕は香川県坂出市の出身なのですが、そこには府中ダムというダムがあります。そのダムは僕が中学生の頃に造られたもので、当時、自宅にはダム建設地質調査のため広島大学出身の若い地質屋さんが下宿していました。その方と次第に仲良くなり、休日になると調査の手伝いをするようになりました。それがきっかけで地学に興味を持ち始めたんだと思います。
 高校では地学部に入り、顧問の佐川先生にいろんな所に連れていってもらいました。サヌカイト(讃岐岩)を採取したり、東北大学を勧めてくれたのも佐川先生でした。

学生の頃はどのような研究を?
 学部の卒業論文では地元でサヌカイトの研究をしたかったんですが、ちょうど先輩がサヌカイトで博士論文を書いていて、同じテーマは避けようと思い石鎚山に変更しました。石鎚山へ卒論調査で入るときは、香川県の実家を車で出発し、まずは地図をもらいに高知の営林局へ、その後目的地である愛媛の石鎚山へ...というルートでした。長距離運転を心配した父が助手席に同乗していましたが、目的地に着く手前の山中で、私が居眠り運転をして車ごと崖から谷へ落ちてしまいました。幸い車が一回転した後、崖の途中で木にひっかかって、僕は無傷で済みましたが、助手席で寝ていた父は少し怪我をしてしまいました。父に後の処理は俺がやるからと言われ、事故現場からリュック一つで歩きはじめたのが、私の調査のスタートでした。その後、実家に戻った父は母や祖母に相当怒られたそうです。

学生のみなさんへメッセージをお願いします
 僕のモットーでもあるこの言葉をメッセージとさせていただきます。
「汗をかき 恥をかき ものを書く」
 

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▲退官後も宿題がいっぱいあると語る吉田先生

  地学専攻の中村美千彦先生よりメッセージをいただきました  

 吉田先生は、時間性を特徴とする地質学に、熱力学や結晶化学を基礎とする岩石学・マグマ学を導入して強力な論理性を加えられた先駆的な研究者で、東北日本を「世界で最も研究の進んだ沈み込み帯」とすることに多大な貢献をされました。IMG_6140.JPG全国の地質と岩石化学組成を熟知され、膨大な文献や標本・試料の中から、必要とするものを瞬時に取り出される姿は、まさに"歩くデータベース"そのもの。極めて多数・多角的な共同研究実績もそこから生まれて来たものだと思っています。また、常に穏やかで何事にも動じない性格、鋼のような意志と粘り強さは、研究室や教室における教育・研究に、長期的な視座とバランス感覚・安定感をもたらされました。吉田先生は、地学専攻内でも随一のフィールドサイエンティストであり、豊かなご経験に裏打ちされた地質露頭を見る目の鋭さは、現在でも他の研究者を寄せつけないものがあります。そのお人柄に加えて"大学は学生のためにある"という基本姿勢を昔から貫かれて来たからか、輩出された多数の卒業生からも慕われ、今回の最終講義と記念祝賀会には、案内を出しきれなかった学部4年での卒業生が何人も日程を聞きつけて駆けつけることになりました。このようなわけで、定年退職の後も各方面からの引き合いが後を絶たないご様子、まだ暫くの間はお忙しさが続くようですけれども、仲の良いご家族と、これまでよりはゆっくりとした時間を過ごして頂ければと思っています。


  吉田先生と共に研究をしている山田亮一さんよりメッセージをいただきました  

 私と吉田先生との出会いは,15年前に遡ります.当時,鉱山会社に勤務していた私は,金属鉱業事業団(当時)から依頼を受け,東北地方の新たなデジタル版地質図の基本設計について頭を悩ませており,その相談に伺ったのが最初だったと記憶しています.yamada.jpg何度か議論を積み重ねるうちに,どちらともなく,「どうも黒鉱地域など鉱山地帯の詳細な情報が,これまでの島弧発達理論の空白域になっているらしい,もし,両者をうまく統合できれば,東北本州弧をモデルとした新たな島弧発達理論を生み出せるのではないか,そしてそれは,黒鉱などの鉱床探査にも新たな探査指標になるのではないか」との考えに至りました.それ以降今日まで,吉田先生と私は,東北大学を新たな島弧発達モデルと新たな黒鉱成因論の発信基地にするとの思いで共に研究を進めてまいりました.この間,幾つかの成果を発表するに至りましたが,最終目標の達成まで,まだまだ長い道程があります.この度,吉田先生は大学を退官されますが,「ご苦労様でした,お疲れさまでした」とは敢えて申し上げずに,今後は,自由な一研究者の立場から,日本の島弧マグマ学の発展と鉱床探査技術の確立にご尽力下さいますよう,お願い申し上げます.

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