東北大学 大学院 理学研究科・理学部

Graduate School of Science and faculty of Science , Tohoku University

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【プレスリリース】2011年東北沖地震後の地殻活動の要因を解明

 東北大学災害科学国際研究所・日野亮太教授,大学院理学研究科・三浦 哲教授らの研究グループは,カナダ地質調査所(ビクトリア大学兼任)のKelin Wang教授らとともに,2011年東北地方太平洋沖地震の発生後に継続して進行している地殻変動の要因として,「粘弾性緩和」という過程が重要な役割を果たしていることをつきとめました。「粘弾性緩和」とは,震源域下深部のマントルが粘性をもつために地震時変動の影響が時間遅れを伴って発現する現象です。本研究では,震源域の海底における地殻変動観測とその観測結果に基づく数値シミュレーションにもとづき,この地殻変動の要因を解明することに成功しました。この成果によって,2011年の地震の震源となったプレート境界断層の動きを正確に把握することが可能となり,今後の大地震発生の予測に貢献することが期待されます。
 この研究成果は,2014年9月17日に英国の科学雑誌「Nature」電子版に掲載されました。

プレスリリース本文(PDF)
► 東北大学災害科学国際研究所 http://irides.tohoku.ac.jp/

【問い合わせ先】
東北大学災害科学国際研究所
教授 日野 亮太
電話番号(広報室): 022-752-2049
Eメール: hino*irides.tohoku.ac.jp
※ *を@に置き換えてください。

東北大学大学院理学研究科
教授 三浦 哲
電話番号: 022-225-1950
FAX: 022-264-3292

概要


 東北大学災害科学国際研究所・日野亮太教授,大学院理学研究科・三浦 哲教授らの研究グループは,カナダ地質調査所(ビクトリア大学兼務)のKelin Wang教授らとともに,2011年東北地方太平洋沖地震の発生後にその震源域及びその周辺において継続して進行している地殻変動(図1)について,日本海溝近くの海底における地殻変動観測と,震源周辺の地下を模した3次元構造モデルを用いた変形シミュレーションを駆使し,その変動源に関する研究を行いました。その結果,地震後に観測されている複雑な地殻変動のパターンは,マントルが粘性(一般的に液体の性質)と弾性(一般的に固体の性質)の両方の性質を持つ粘弾性媒質の性質をもつために,大地震によって引き起こされた影響が時間遅れを伴って発現する「粘弾性緩和」という過程によって説明できることを明らかにしました。
 従来の研究では,粘弾性緩和の影響が顕在化するには長い時間がかかるため,地震直後の地殻変動に対する影響は小さいと考えられていましたが,本研究の結果はこうした従来の考え方の見直しを迫るものです。 2011年の大地震の発生後のプレート境界断層の動きの把握は,今後の大地震発生の予測を行う上で極めて重要ですが,それには地震後に進行している地殻変動場の正しい解釈が必要となります。本研究の成果を活用して地殻変動観測データを評価することによって,今後の地震発生予測の精度向上が期待されます。また,本研究で構築された3次元構造モデルは,今後の東北地方太平洋沿岸域における隆起・沈降の推移に関する定量的な予測にも活用できると考えられます。

背景


 東日本大震災をもたらした2011年東北地方太平洋沖地震は,太平洋プレートの沈み込みによって蓄えられたひずみエネルギーを解放するために,プレートの境界面を断層面として巨大なすべりが起こったことにより発生しました。このひずみエネルギーの蓄積と解放の過程の理解には,海域・陸域における地殻変動観測が重要な役割を果たし,これまでに,震源域におけるプレート境界の固着,地震時の断層すべり等が推定されてきました。2011年の巨大地震発生後,大規模な地殻変動が継続して観測されています(図1)。こうした地震後地殻変動には,2011年の地震ですべったプレート境界面が再び固着を回復し,次の大地震の発生に向けてひずみエネルギーの蓄積が再開される過程が反映されているため,多くの研究者が注目しています。本学とカナダ地質調査所の研究グループは,地震後の地殻変動の様子を明らかにするために大地震の震源の直上に位置する海域での海底地殻変動観測とその解析に基づく研究を進めてきました。

方法


 陸上の地殻変動観測にはカーナビゲーションなどにも用いられるGPSなどの衛星システムを用いた測位技術が応用されていますが,GPS衛星の電波が届かない海底での観測には用いることができません。本学は,海底にある基準点の位置を音波によって測量するとともに,測量に用いた船(またはブイ)の位置をGPS衛星によって決定することで,海底基準点の位置を精密に決定する技術を開発してきました(図2)。
 地下数十km以深にあるマントルには,非常にゆっくりとではありますが,水飴のように流動する性質(粘弾性)があります。2011年の地震時に発生した大変動が震源周辺のマントル内での流動を引き起こすことが,粘弾性緩和現象の正体です。そこで,同現象が地表面(陸上・海底)で観測される地殻変動にどのような影響を及ぼすのかを定量的に評価するために,震源周辺の地殻・マントルを模した3次元モデルを構築し,有限要素法を用いた数値シミュレーションを行いました。構築したモデルでは,沈み込むプレート形状などが忠実に再現されています(図3)。また,粘弾性緩和の駆動力となる2011年の地震時の断層の動きとして,本学の研究グループが海陸の地殻変動観測の結果から推定したモデルを用いました。

内容


 本学は主として地殻変動観測を分担しました。2011年3月の地震発生時に31mの東南東方向の水平変動が観測された地点において,地震発生後の2011年8月,10月,2012年7月に観測を実施し,図4に示すような海底基準点の動きを捉えました。この海底基準点は,地震後ほぼ一定の速度で西北西の方向に移動していますが,これは,地震時変動による移動方向 (東南東方向) と全く逆向きです。同様の観測結果が海上保安庁の測量からも示されていて,こうした動きは観測点近傍の局所的な変動ではないと考えられます。陸上で観測されている地震後の地殻変動による動きは,地震時と同様に東南東方向で,海陸で観測されるパターンには大きな違いがあります(図1)。
 カナダ地質調査所とビクトリア大学のチームは変形シミュレーションを主に担当し,本学のチームとの間で,観測される地殻変動の大きさと数値シミュレーションモデルによる粘弾性緩和の大きさの関係に関する議論を繰り返し行ってきました。その結果として,2011年の地震時変動による粘弾性緩和によって期待される地表面変形のパターンで実際に観測された地震後地殻変動を良く説明できることがわかりました(図1)。また,粘弾性緩和の影響は時間とともにその大きさが変化するため,モデルから予測される各観測点における変位の時間変化と観測された地殻変動の時間変化との一致度の検証も重要ですが,これもまた,海陸の地点で観測されるデータを数値シミュレーションで再現することに成功しました(図5)。
 以上のことから,2011年東北地方太平洋沖地震の発生直後から,粘弾性緩和が地震後地殻変動の大きな要因となっていることが示されました。従来,マントルの粘弾性緩和の影響が地震後地殻変動の主要因となるのは,地震発生後長い時間が経過した後であると考えられていたため,地震直後の地殻変動観測データの解析では,プレート境界断層上での非地震性すべりが地震後地殻変動の主要因として考えられてきました。本研究でも,地震後地殻変動にはマントルの粘弾性の影響とともに,断層上での非地震性すべりが必要であることを確認しましたが,その大きさは従来の研究で推定されてきたものより小さくなりました。つまり,粘弾性緩和を考慮しない研究では,地震後に発生するプレート境界断層でのすべりの大きさを過大評価してきた可能性があります。

本研究の意義・今後の展開


 大地震を発生させるプレート境界面の性質は,断層そのものを直接観測・観察できる事例が極めて限られているため,地震やその後に発生するプレート境界における非地震性すべりの時空間発展を,地震観測や地殻変動観測をもとに推定することで検討されてきました。本研究の成果は,特に超巨大地震を対象とした研究では,地震発生直後であってもマントルの粘弾性緩和の影響を無視してはならないことを示しています。人間社会に特に大きなインパクトを与える超巨大地震については,その発生メカニズムの解明は重要ですが,2004年スマトラ沖地震など過去に発生した超巨大地震の研究では,地震発生直後における粘弾性緩和の効果が必ずしも考慮されていないため,再検討の必要性があるといえるでしょう。
 日本海溝沿いでは,2011年東北地方太平洋沖地震が発生する以前から,プレート境界型の大地震がたびたび発生していて,2011年ほどではないにせよ,地震の強い揺れと津波による被害をもたらしてきました。2011年の地震の後,こうした大地震の発生の頻度は高まるのか,どういう場所で起こる可能性があるのか,など,今後の地震活動の推移には地震学者だけでなく社会的に大きな関心が寄せられています。地震活動の推移を考える上で,震源となるプレート境界断層がすでに次の地震にむけて,ひずみを蓄えているかどうかを把握することはきわめて重要です。海域・陸域における地殻変動観測データはそうしたプレート境界断層の振る舞いを示す貴重な手がかりですが,本研究で示した粘弾性緩和などの断層運動以外の効果を正しく評価することなしには,観測データからプレート境界におけるすべり状態を把握することはできません。本研究の成果を活用することによって,地殻変動の観測データからプレート境界断層の動きを推定する精度を大きく向上させ,より現実的な地震活動の推移予測の実現に貢献できるものと期待しています。

研究助成資金等


地震及び火山噴火予知のための観測研究計画(文部科学省)
科学技術試験研究委託事業「海底地殻変動観測技術の高度化」(文部科学省)
日本学術振興会 科学研究費補助金22900002, 23900002(代表者:篠原雅尚・東京大学)

掲載論文名


著者:Tianhaozhe Sun1, Kelin Wang*2,1, Takeshi Iinuma3, Ryota Hino3, Jiangheng He2, Hiromi Fujimoto3, Motoyuki Kido3, Yukihito Osada3, Satoshi Miura4, Yusaku Ohta4, and Yan Hu5
*責任著者
1: Victoria大学, 2:カナダ地質調査所,3:東北大学災害科学国際研究所,4:東北大学大学院理学研究科,5:California大学Barkley校
論文題目:Prevalence of viscoelastic relaxation after the 2011 Tohoku-oki earthquake
掲載雑誌:Nature

press_20140918_01.jpg 図1 2011年東北地方太平洋沖地震に伴う地殻変動。a: 地震時の変動。b: 地震後1年間の変動。赤矢印は観測された水平変動ベクトル,黒矢印はモデルから予測された値。地図中GJT3で示された地点での海底地殻変動観測の結果を図2に示す。陸上の観測は国土地理院,GJT3以外の海底観測は海上保安庁による。カラースケールは,シミュレーションにおいて仮定した2011年の地震時のプレート境界における断層すべりの空間分布を示す。b図の等値線(単位m)は地震後の断層すべりの分布。

press_20140918_02.jpg 図2 海底地殻変動観測の方法。GPS測位と海中音波をつかった測位を組み合わせることで,海底基準点の動きを測定することができる。

press_20140918_03.jpg 図3 2011年東北地方太平洋沖地震後の地殻変動のシミュレーションに用いた地下構造モデル。地下を多数のブロックに分割してその相互作用から変形の時空間発展を計算する。紫色線はブロック境界。濃色のブロックは弾性体とし,それ以外については粘弾性を仮定している。地表の赤色シンボルは地殻変動の評価を行った観測地点。

press_20140918_04.jpg 図4 GJT3観測点における地震後海底地殻変動。A: 東西方向の動き。B: 南北方向の動き。


press_20140918_05.jpg 図5 地震後地殻変動の時間変化の例。a: 海底の4観測点におけるもの。b: 陸上の4観測点におけるもの。赤シンボルあるいは赤実線で示したものが観測値,黒実線がシミュレーションによる予測値。各観測点の位置は,図1b中に緑丸印で示されている。
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