東北大学 大学院 理学研究科・理学部

Graduate School of Science and faculty of Science , Tohoku University

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【研究成果】重いハイパー水素原子核 (4ΛH) 質量の精密測定に成功

 本研究科物理学専攻 中村哲教授、マインツ大学 J. Pochodzalla教授、P. Achenbach博士、ハンプトン大学L. Tang教授らを中心とする東北大学、マインツ大学、ハンプトン大学他からなる国際研究グループはマインツ大学にある電子加速器MAMI-Cにおいて、陽子1個、中性子2個、Λ粒子1個からなる重いハイパー水素原子核 (4H-1.jpg) の質量の精密測定に成功しました。
 同国際研究グループは2011年よりストレンジクォークを含むハイパー原子核が崩壊する際に放出するπ中間子を測定することによりハイパー原子核の質量を精密測定するという新しい実験手法の研究を開始しており、今回の測定は同手法を用いた最初の成果となります。
 ハイパー原子核質量の絶対値測定の最高分解能は、これまで中村教授、Tang教授らが米国ジェファーソン研究所において(e,e'K+)分光法と呼ばれる別手法を用いて12b.jpgハイパー核で達成した540keV(半値全幅)でしたが、今回の測定では150keV(半値全幅)とそれを大きく上回る分解能を達成しました。この成果は2015年6月9日にPhysical Review Letters誌で発表されました(DOI: 10.1103/PhysRevLett.114.232501)。

 原子核がばらばらにならないように結びつけている核力は、歴史的には湯川博士の中間子論に始まり、現在では量子色力学に基づき強い相互作用の一種として理解されていますが、低エネルギー領域においては未だに現象論的な取り扱いがなされており、完全な理解が得られておりません。通常の原子核は陽子と中性子から構成され、陽子と中性子は電荷が+eと0であり、電磁相互作用においては大きな違いがありますが、それらに働く核力にはほとんど差がありません。この性質は核力の重要な特徴であり荷電対称性と呼ばれています。

 陽子と中性子の中身を見るとアップクォークとダウンクォークで構成されているので、世の中に安定して存在する全ての物質はアップ、ダウンクォークと電子だけで構成されていると言えます。しかし、世の中には、これ以外のクォーク、例えばストレンジクォークが存在することも知られています。

 原子核にストレンジクォークを不純物として入れることにより通常原子核の研究だけでは分からない強い相互作用の理解を深めることができます。ストレンジクォークを含む原子核はハイパー原子核と呼ばれ、中でもストレンジクォークを含むバリオン(陽子や中性子の仲間)で一番軽いΛ粒子を含むラムダハイパー原子核の研究は既に60年以上の歴史があります。今回、測定された 4H-1.jpg ハイパー核は電荷が+eであり、水素原子核の一種ですが、寿命が100億分の2秒程度しかなく、地球上には自然に存在しないため高エネルギーの加速器を使い人工的に生成する必要があります。また、4H-1.jpgeとよばれる陽子が2個、中性子が1個、Λ粒子が1個からなるヘリウム原子核の仲間であるハイパー原子核も存在しますが、4H-1.jpg4H-1.jpgeの質量の差が電磁相互作用に起因する分だけでは説明出来ない程度に大きい、という実験結果が1960年代に原子核乾板を使って得られていました。つまりΛと陽子、Λと中性子の間に働く相互作用に差があるということを意味しています。これは、Λ-N相互作用の荷電対称性の破れ、と呼ばれておりその原因は未だに理解されていません。理論的な議論だけでなく、そもそも議論の出発点である60年代の実験結果は充分な精度があるかどうかという疑問もあり、最新の実験技術をもって4H-1.jpg4H-1.jpgeの質量の再測定が望まれていました。

 今回はマインツ大学にあるMAMI-C電子加速器からの高品質電子ビームをベリリウム標的に照射し、生成された4H-1.jpg4H-1.jpg4H-1.jpge +πと二体崩壊する際に放出されるπ中間子の運動量を精密測定する「崩壊π中間子分光」という新しい測定技術を用いて4H-1.jpg基底状態の質量を精密決定しました。現在、アメリカのジェファーソン研究所において計画中の4H-1.jpgの励起状態の測定や、J-PARCで遂行中の4H-1.jpgeのγ線分光実験と合わせ「Λ-N相互作用の荷電対称性の破れ」の謎の解決に大きく迫ることができると期待されています。

 また、本研究の成功には日本学術振興会の「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣事業(R2201)」および「先端拠点形成事業(21002)」によりドイツに派遣された大学院生、若手研究者の活躍が極めて重要な役目を果たしました。

nns01_b.jpg実験を行ったマインツ大学MAMI加速器施設A1実験室。高さ約10mの大型磁気スペクトロメータ(赤色、緑色)でハイパー原子核の崩壊から生じるπ中間子を測定し、紫色の磁気スペクトロメータでハイパー原子核が生成された証拠であるK中間子を同時検出しました。

nns02_a.jpgK中間子と同時計測されたπ中間子の運動量分布。4H-1.jpg の崩壊に起因する133MeV/cの特徴的なピークがはっきりと観測されました。

問い合わせ先


東北大学大学院理学研究科物理学専攻
教授 中村 哲
電子メール satoshi.nakamura.a7*tohoku.ac.jp
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