東北大学 大学院理学研究科・理学部

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重陽子の励起状態の観測に成功 クォークの閉じ込め問題に迫る!

発表のポイント

● 本研究で6つのクォークからなる重陽子の励起状態(ダイバリオン共鳴)(注1)の観測に成功

● クォークの閉じ込め問題に新たな知見



概要


東北大学電子光理学研究センターの石川貴嗣助教、清水肇名誉教授、笠木治郎太名誉教授、東北大学大学院理学研究科の前田和茂名誉教授、高エネルギー加速器研究機構の小沢恭一郎准教授らによる同センターでの共同研究において、大強度の高エネルギー光子ビームを重水素標的に照射することで、 6つのクォークからなる重陽子の励起状態(ダイバリオン共鳴)の観測に成功しました。

この成果は強い力の重要な性質である「クォークの閉じ込め問題(注2)」について新たな知見を与えます。さらにダイバリオン共鳴の観測は、複数のクォークと反クォークから構成されるハドロンの中で新たな形態の存在を明らかにしただけでなく、原子核を束縛する核力の理解を深めるとともに、未だよく理解されていない核物質の状態方程式や中性子星の内部構造に対して極めて重要な情報をもたらします。

本研究の結果は、2019年1月4日に国際的な物理専門誌「Physics Letters B」にオンライン出版されました。

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図:高エネルギー光子ビームによる重陽子標的からのダイバリオンの生成

□ 東北大学ウェブサイト



詳細な説明


1. 背景

世の中のすべての物質は素粒子であるクォークと反クォーク、およびレプトンと反レプトンからできています。そのうち強い力を受けるクォークと反クォークは、単体としては存在せず、複数が集まってハドロンという粒子の形で存在しています。ハドロンのなかでは原子核を構成する陽子や中性子 (これらをまとめて核子と呼ぶ) が最も身近な粒子ですが、これらの間に働く核力ですら未だよく理解されているわけではありません。1つの陽子と1つの中性子の弱い束縛系として知られる重陽子に、原子核としての励起状態はありませんが、より高エネルギー状態にすれば1つの粒子の中で6つのクォークが激しく動き回るエキゾティックな「ダイバリオン」 (図1右) に変化すると期待されています。ダイバリオンのバリオン数(注3)はバリオン数1/3のクォークが6つなので2です。しかしながらバリオン数が2であっても単に2つのバリオン(クォーク3つで構成されるハドロン)が近くにあるだけではダイバリオンとは見なされず、1つの粒子として振る舞っている(6つのクォークが相互作用し続けている)必要があります。

一般にダイバリオンを生成するには、2つのバリオンの系が 0.5~1.5 GeV (5億~15億電子ボルト) といったエネルギーをもつ (高励起状態になる) 必要があります。またダイバリオンは非常に不安定な粒子であり、生成とほぼ同時に崩壊します。そのため核子どうしの衝突では中間状態としてダイバリオンが生成されているかどうかを判断するのは非常に難しくなります。高エネルギーの光子ビームやメソンビームを重陽子に入射する場合には、重陽子中の核子を標的とし、あたかも自由空間の核子を標的した反応過程である「準自由過程」(バックグラウンドとなる事象)が起こりやすく、このとき標的とならなかったもう一つの核子は傍観者として反応に関与しません (図1左)。すなわち高励起のバリオンと核子が単に近くにあるだけの状態ができやすくなっています。

中性子星の中心部などの高密度状態で現れると期待されるエキゾティックなダイバリオン状態が本当に存在するのかしないのか、存在するときどのような性質―特に質量、幅 (寿命に対応)、空間的な広がり―となっているかが強い力が織りなす世界を知る上で非常に重要な情報となります。

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図1:高エネルギー光子ビームによる重陽子標的からのダイバリオン生成。
左は光子ビームを照射することで重陽子のうち、一つの核子が単独で励起している状態 (高励起バリオン) を表します。この場合には、高励起バリオンと残った核子は相互作用し続けないのでダイバリオンとは見なされません。
右は光子ビームを重陽子の照射することで、6つのクォークが相互作用し続けているダイバリオンを表します。

2. 研究手法と成果

東北大学電子光理学研究センターの大強度エネルギー標識化光子ビームを液体重水素標的に照射し、重陽子の励起状態を生成し、崩壊して発生した2つのπ0メソンと重陽子すべてを検出すること (γd→π0 π0 d反応) でダイバリオンの観測に成功しました。π0メソンは、生成してすぐに2つのガンマ線に崩壊するので、合計5つの粒子を検出しなければならず、これには同センターの光子ビームラインIIに設置された基幹検出器である大立体角電磁カロリメータFOREST(図2)が有効に活用されています。光子ビームを重陽子に照射し、重陽子と2つのπ0メソンを終状態として検出する反応に対する全断面積あるいは微分断面積 (反応の起こりやすさの指標) の測定は、2017 年に先行的に発表した成果報告を含めて世界初となっています。

先行的に発表した成果報告:
T. Ishikawa et al., Physics Letters B 772, 398 (2017).
http://dx.doi.org/doi:10.1016/j.physletb.2017.04.010


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図2:大立体角電磁カロリメータFOREST。純CsI単結晶、鉛シンチレーティングファイバー、鉛ガラスからなる3つの電磁カロリメータを組み合わせた検出器であり、各電磁カロリメータの前面には荷電粒子を識別するための薄いプラスチックシンチレータが複数枚配置されています。

私たちがダイバリオンの観測に成功したγd→π0 π0 d反応では、終状態に重陽子と2つの中性メソンが含まれることが最大の特徴であり、準自由過程が抑制され、ダイバリオン生成を浮き彫りにする条件になっていました。準自由過程でπ0メソンが2つ生成される反応や1つ生成される反応では、重心系での重陽子の角分布がそれぞれ強い後方ピークや側方ピークを示します。しかしながら実験で測定された角分布はほぼフラットであり、アイソスピン(注4)I=0のRISI=1のRIVなるダイバリオンを中間状態として

γd→RIS→π0RIV→π00d)

なる順次過程(図3上)が支配的であるということがわかりました。RISとして質量 2.47 GeV、幅 0.12 GeV および質量 2.63 GeV、幅 0.13 GeV のダイバリオン (図3左下)、RIVとして質量 2.15 GeV、幅 0.09 GeV のダイバリオン (図3右下)の観測に初めてに成功したことになります。RISとのダイバリオン2つについてはこれまで理論的に全く予言されていない新規のものとなります。RIVのダイバリオンについては、これまでいろいろな実験でヒントは見られてきましたが、はっきり観測されたのは初めてとなります。今回、観測されたRIVとは、質量がΔバリオンと核子Nの質量の和より 0.02 GeV 低く、幅もΔバリオンの幅 0.12 GeV よりも細いことからΔNの束縛状態に対応すると考えられます。

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図3:重陽子のエネルギー状態と励起と崩壊の過程(上)とπ0 π0 d系と π0 d系で見た重陽子の励起状態(下)。左はγd→π0 π0 d反応の全断面積であり、横軸はγd重心エネルギーで中間状態の質量に対応します。矢印で記したアイソスピンI=0のダイバリオンが3つ観測されています。右はπ0 d不変質量分布であり、左のピークがI=1、質量 2.15 GeV、幅 0.09 GeVのダイバリオンの存在を表します。右のピークは終状態の3つの粒子π0 、π0 、dのうち間違った組み合わせのπ0 とdで形成されたフェイクのピークです。データ点の縦棒は統計的な揺らぎ、棒グラフは測定方法に起因する不定性を表します。赤の線は実験データをフィットした質量スペクトルで、紫の線でダイバリオンとバックグラウンド過程に対応する個々のスペクトルを表します。

3. 今後の展望

新たなダイバリオン状態を発見することで、複数のクォークと反クォークから構成されるハドロンの中で新たな形態の存在を明らかにしました。どのような形態のハドロンが存在しうるかという観点で、強い力の重要な性質である「クォークの閉じ込め問題」についての情報を与えます。それに加えて原子核を束縛する核力の理解を深めるとともに、未だよく理解されていない核物質の状態方程式や中性子星の内部構造に対して極めて重要な情報をもたらします。

また終状態に重陽子と2つの中性メソンが含まれることが、ダイバリオン生成を浮き彫りにする条件になっていることがわかりました。測定された重陽子の角分布は、ダイバリオン状態の存在がなければ全く説明がつかず、まず反応理論のモデルを改良する必要があります。それに加えて、引き続き、終状態に重陽子と2つの中性メソンが含まれる反応で、その他のダイバリオン分光を行うと共に、すでに見つかっているダイバリオンについても性質を明らかにしていきます。

本研究における実験は、東北大学電子光理学研究センターの加速器ビーム物理研究部や技術職員らの協力のもとで行われました。また科学研究費(19002003, 24244022, 26400287, 16H02188)のサポートを受けています。



論文情報


雑誌名: Physics Letters B
論文タイトル:Non-strange dibaryons studied in the γd→π0 π0 d reaction
著者:T. Ishikawa et al.
DOI:10.1016/j.physletb.2018.12.050
URL:https://doi.org/10.1016/j.physletb.2018.12.050



用語解説


(注1)重陽子の励起状態(ダイバリオン共鳴)
エネルギーが最低の定常状態を基底状態、そうでない状態を励起状態といいます。陽子と中性子が緩く結合した重陽子は、最も小さな原子核の一つですが、原子核としての励起状態はありません(エネルギーを高くすると陽子と中性子にすぐに分裂します)。しかしながら極端にエネルギーを高くした時には準安定な共鳴状態となります。このような共鳴状態はクォーク数が6つの状態なので、バリオン(クォーク数3つのハドロン) 2つ分ということでダイバリオンと呼ばれます。

(注2)クォークの閉じ込め問題
クォークや反クォークは単独で取り出すことができず、つねに複数のクォークと反クォークで構成される粒子の中に閉じ込められています。この事実を「クォークの閉じ込め」とよび、複数のクォークと反クォークで構成される粒子の総称を「ハドロン」と呼びます。「クォークの閉じ込め」は実験の技術的な問題によるのではなく、強い力の本質に根ざす原理的問題と考えられています。量子色力学とよばれる場の量子論の枠組みで説明できると考えられていますが、その機構は未解決問題の一つとなっています。

(注3)バリオン数
粒子の中に含まれるクォークの数に対応する量であり、バリオン数Bはクォークの数nq、反クォークの数20190107_nq.pngに対して20190107_B.pngで与えます。基本的にバリオン数は反応の前後で保存します。クォーク3つで構成される陽子や中性子などのバリオンはそれぞれバリオン数が1となっています。クォークと反クォークで構成されるメソンのバリオン数は0です。

(注4)アイソスピン
スピン(粒子がもつ固有の角運動量、自転の速さみたいなもの)の類似で導入されたハドロンを特徴づける量であり、陽子と中性子が同じ粒子(核子)の異なった状態として考えた時のこれらを区別するための量となります。



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学電子光理学研究センター
教授 大西 宏明(おおにし ひろあき)
電話: 022-743-3423
E-mail:ohnishi[at]lns.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院 理学研究科 広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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