東北大学 大学院理学研究科・理学部

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日本海溝の詳細なスロー地震分布図を作成 ―スロー地震多発域が東北地震の破壊を止めた―

概要

京都大学防災研究所 西川友章 JSPS特別研究員、防災科学技術研究所 松澤孝紀 主任研究員、京都大学防災研究所 太田和晃 特任助教、東北大学大学院理学研究科 内田直希 准教授、京都大学防災研究所 西村卓也 准教授、東京大学大学院理学系研究科 井出哲 教授らの研究グループは、日本海溝1全域にわたる詳細なスロー地震分布図を初めて作成しました。
スロー地震は通常の地震と比べ極めてゆっくりと断層が滑る現象で、海溝型巨大地震2発生域の周辺で発生します。そのため、スロー地震と巨大地震の関係が盛んに研究されてきました。一方、2011年東北地方太平洋沖地震(以下、東北地震)が発生した日本海溝では、詳細なスロー地震分布は明らかになっておらず、スロー地震と東北地震の関係も解明されていませんでした。本研究は、日本海溝海底地震津波観測網(S-net)をはじめとする陸海域の地震・測地観測網のデータを用いて詳細なスロー地震分布図を作成し、東北地震の破壊がスロー地震多発域で停止していたことを明らかにしました。本研究により、スロー地震多発域が巨大地震の破壊に対するバリアとして働く可能性が示唆されました。
本成果は、2019年8月23日午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science」にオンライン掲載されました。

□ 東北大学ウェブサイト

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図:日本海溝海底地震津波観測網(S-net)(左)と、日本海溝のスロー地震分布を単純化したもの(右)。左図のS-net観測装置の写真は防災科学技術研究所提供。東北地震大すべり域はIinuma et al. (2012)に基づく。



1.背景

スロー地震は通常の地震と比べ極めてゆっくりと断層が滑る現象で、海溝型巨大地震発生域のすぐ近くで頻繁に観測されています。そのため、スロー地震と巨大地震の関係がこれまで盛んに研究されてきました。西南日本に位置する南海トラフ3では2000年代以降、スロー地震に関する研究が精力的に進められ、詳細なスロー地震分布が明らかになっています(Obara & Kato, 2016など)。
2011年東北地方太平洋沖地震(以下、東北地震)が発生した日本海溝においても、スロー地震が発生することは知られていました(Ito et al., 2013など)。しかし、日本海溝全域にわたるスロー地震活動の詳細は長らく謎に包まれており、スロー地震の分布と東北地震の関係も解明されていませんでした。その一方、日本海溝では2016年から防災科学技術研究所の日本海溝海底地震津波観測網(S-net)(図)が運用を開始し、日本海溝のスロー地震活動の全容を解明する観測体制が整いつつありました。



2.研究手法・成果

当研究グループは、日本海溝海底地震津波観測網(S-net)や、同研究所の広帯域地震観測網(F-net)、高感度地震観測網(Hi-net)、気象庁の地震観測点、北海道大学、弘前大学、東北大学、東京大学の微小地震観測網など多数の地震観測網の観測データと、国土地理院のGNSS連続観測システム(GEONET)の測地観測データを駆使し、三種類のスロー地震(テクトニック微動4超低周波地震5スロースリップイベント6)と、スロー地震に関連する二種類の地震現象(小繰り返し地震7群発地震8)の検出を行いました。これにより、1991年から2018年までの日本海溝全域にわたる詳細なスロー地震分布図を初めて作成することができました。さらに当研究グループは、作成されたスロー地震分布図に基づいて、日本海溝を南北に3つの地域(北部、中部、南部セグメント)に分割しました(図)。北部、南部セグメントはそれぞれ、岩手県沖、茨城県沖に位置し、活発なスロー地震活動が観測されました。対照的に、宮城県沖に位置する中部セグメントのスロー地震活動は北部、南部セグメントと比べ極めて低調でした。中部セグメントは東北地震の大すべり域9に対応しており、東北地震の大すべり域はスロー地震多発域に南北を挟まれていました。つまり、東北地震の破壊は、北部、南部セグメントのスロー地震多発域において停止していたことが明らかになりました。さらに、当研究グループは1930年以降に日本海溝沿いで発生したマグニチュード7以上の大地震の大すべり域(Yamanaka & Kikuchi, 2004)とスロー地震分布図を比較し、これらの大地震でもスロー地震多発域は大きくすべってはいなかったことを明らかにしました。これらの結果は、スロー地震発生域が大地震の破壊の伝播を妨げる、つまり大地震の破壊に対するバリアとして働く可能性を強く示唆します。



3.波及効果、今後の予定

本研究により、日本海溝全域にわたるスロー地震の詳細な分布が初めて明らかになりました。また、スロー地震多発域が日本海溝沿いで発生する巨大地震の破壊の伝播を妨げ、巨大地震の破壊の大きさを制限している可能性が示唆されました。この知見は、日本海溝沿いで将来発生する大地震のリスクを評価する上で極めて重要です。今後、日本海溝以外の沈み込み帯においても詳細なスロー地震分布図を作成することより、海溝型巨大地震の破壊に対するバリアの分布を世界中で明らかにできるかもしれません。



4.研究プロジェクトについて

本研究は、下記の研究費の助成を受けて実施されました。
科学研究費補助金 (日本学術振興会) 特別研究員奨励費(研究課題18J01056)
科学研究費補助金 (文部科学省) 新学術領域研究(研究課題16H06477)
科学研究費補助金 (文部科学省) 新学術領域研究(研究課題17H05418)
科学研究費補助金 (日本学術振興会) 基盤研究(C)(研究課題15K05260)
防災科学技術研究所運営費交付金「地震・津波予測技術の戦略的高度化プロジェクト」



研究者(西川友章)のコメント

本研究の重要なポイントは、2016年に運用が開始された日本海溝海底地震津波観測網(S-net)のデータを活用しているという点です。この観測データは2018年に公開されたばかりです。この広域かつ稠密な海底地震観測網のおかげで、これまで観測することのできなかった遥か沖合のスロー地震活動を明らかにすることができました。今後も、この最新の海底地震観測網が次々と新しい研究成果をあげることが期待されます。



論文タイトルと著者

タイトル:The slow earthquake spectrum in the Japan Trench illuminated by the S-net seafloor observatories (日本海溝海底地震津波観測網によって明らかになった日本海溝のスロー地震分布)
著  者:T. Nishikawa, T. Matsuzawa, K. Ohta, N. Uchida, T. Nishimura, and S. Ide
掲 載 誌:Science
DOI:未定



引用文献

  • Iinuma, T. et al., Coseismic slip distribution of the 2011 off the Pacific Coast of Tohoku Earthquake (M9.0) refined by means of seafloor geodetic data. J. Geophys. Res. 117, B07409 (2012).
  • Ito, Y. et al., Episodic slow slip events in the Japan subduction zone before the 2011 Tohoku-Oki earthquake. Tectonophysics 600, 14-26 (2013).
  • Obara, K. & A. Kato, Connecting slow earthquakes to huge earthquakes. Science 353, 253-257 (2016).
  • Yamanaka, Y. & M. Kikuchi, Asperity map along the subduction zone in northeastern Japan inferred from regional seismic data. J. Geophys. Res. 109, B07307 (2004).


  • 用語解説

    1.日本海溝
    東北地方太平洋沖に位置する溝状の海底地形。ここでは、太平洋プレートがオホーツクプレートの下に沈み込んでいる。2011年東北地方太平洋沖地震は日本海溝沿いで発生した。

    2.海溝型巨大地震
    沈み込み帯におけるプレート同士の境界面上で発生する巨大地震。南海トラフ地震や東北地方太平洋沖地震は海溝型巨大地震である。

    3.南海トラフ
    西南日本の太平洋沖に位置する海底の谷状地形。ここでは、フィリピン海プレートがユーラシア(またはアムール)プレートの下に沈み込んでいる。将来、巨大地震が発生することが懸念されている。

    4.テクトニック微動
    数十秒から数百秒以上継続する微弱な振動。地震計により、1 Hzから10 Hzの周波数帯で観測される。スロー地震の一種であり、断層のゆっくりとした滑りが原因だと考えられている。図中では微動と略称。

    5.超低周波地震
    通常の地震と比べ0.01Hzから0.1 Hzの周波数成分が卓越する地震。スロー地震の一種であり、断層のゆっくりとした滑りが原因だと考えられている。

    6.スロースリップイベント
    数日から数年かけて断層がゆっくりと滑る現象。地震計では観測することができず、GNSSなどの測地観測によって捉えることができる。スロー地震の一種。

    7.小繰り返し地震
    同一の断層が繰り返し破壊する現象。プレート境界で発生する小繰り返し地震は、プレート境界のゆっくりとした滑りによって駆動されていると考えられている。

    8.群発地震
    明確な本震を持たない地震の群れ。沈み込み帯ではしばしばスロースリップイベントによって誘発されている。2018年6月、房総半島沖で発生したスロースリップイベントも群発地震を誘発した。

    9.大すべり域
    地震発生時における断層上でのすべりがとくに大きかった場所。



    日本海溝海底地震津波観測網(S-net)


    S-net(Seafloor observation network for earthquakes and tsunamis along the Japan Trench)は、海域で発生する地震や津波をリアルタイムに連続観測する大規模なインライン式の海底観測網です。東日本大震災をもたらした2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震を契機に、北海道の根室半島沖から千葉県の房総半島沖までの太平洋海底に地震計や水圧計から構成される観測装置を、太平洋沖の6つの海域(①房総沖、②茨城・福島沖、③宮城・岩手沖、④三陸沖北部、⑤釧路・青森沖、⑥海溝軸外側)に150点設置しています。各観測点のデータは総延長約5,500kmの光海底ケーブルで陸上局に伝送され、さらにそこから地上通信回線網で防災科研のほか気象庁等の関係機関に送信されています。観測データは、地震や津波の早期検知や、津波遡上域の予測に役立てられ、気象庁による緊急地震速報や津波の監視、津波情報の発表にも使われています。また、これらの観測データから、地殻変動や地震活動のモニタリングを通じ、スーパーコンピューターを用いたシミュレーション研究と組み合わせて、巨大地震の長期評価へ貢献することが期待されます。
    URL http://www.seafloor.bosai.go.jp/S-net/

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    問い合わせ先


    <研究に関すること>
    東北大学大学院理学研究科 地球物理学専攻
    准教授 内田 直希(うちだ なおき)
    電話:022-225-1950
    FAX:022-264-3292
    E-mail:naoki.uchida.b6[at]tohoku.ac.jp

    <報道に関すること>
    東北大学大学院理学研究科広報・アウトリーチ支援室
    電話:022-795-6708
    E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
    *[at]を@に置き換えてください



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