東北大学 大学院理学研究科・理学部

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【研究成果】"宇宙の氷"で大マゼラン雲を探る〜天の川銀河との違いが明らかに〜

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図1. 南天の夜空に輝く大マゼラン雲 (画像はESA/Hubbleより)



概要


 生まれたばかりの星(原始星)の周囲には、様々な分子が氷の状態で存在していることが知られています。その中には惑星や生命の材料となる水や有機物も含まれています。東北大学、東京大学、パリ第11大学の研究者からなる国際研究チームは、チリにある超大型望遠鏡及び赤外線天文衛星「あかり」(注1)を用いた観測データから、大マゼラン雲にある複数の原始星の周囲に氷の状態の水やメタノールといった分子を検出し、大マゼラン雲では、我々の住む天の川銀河と比べて、最も単純な有機分子の一つであるメタノール分子の氷の存在量が低いということを明らかにしました。この結果は、他の銀河における星や惑星の材料物質の化学的多様性を明らかにした重要な結果です。大マゼラン雲は、我々の住む天の川銀河とは環境が大きく異なる銀河です。そこでは、生命のもとになりうる、より大型の有機分子は生成されにくいのか、それとも全く別の種類の分子が存在しているのか、今後のより詳細な観測によりこれらの謎が明らかにされることが期待されます。


研究内容


 星や惑星の材料となるガスやダスト(宇宙塵)といった物質は、銀河の中の分子雲と呼ばれる領域に存在しています。分子雲の大部分は一般的に極めて低温(約−260℃以下)であるために、ダストの表面に様々な原子・分子が吸着しているということが知られています。このような物質は星間氷(注2及び図2を参照)と呼ばれており、地球の雲の中で雪ができるのと似たメカニズムで生成されると考えられています。このような宇宙の氷は、星や惑星の材料となる物質の化学的進化において重要な役割を果たし、特に水や有機分子といった生命にとって不可欠な物質の星間空間における生成において中心的な役割を果たすと考えられています。
 研究チームは、チリにあるヨーロッパ南天文台の超大型望遠鏡(Very Large Telescope)を用いて、大マゼラン雲にある複数の大質量原始星(注3)を観測し、2.9〜4.1マイクロメートルの範囲の近赤外線スペクトル(注4)を取得しました。日本の赤外線天文衛星「あかり」により取得されていた近赤外線スペクトルデータも組み合わせた詳細な解析の結果、固体の状態で存在する水及びメタノールによる吸収バンド(注5)を大マゼラン雲内の複数の原始星に対して検出しました。また、3.47マイクロメートルバンドと呼ばれる未だに正体が分かっていない赤外線吸収バンドを、初めて大マゼラン雲の天体に対して検出しました。
 大マゼラン雲は我々の住む天の川銀河の伴銀河で、地球から約16万光年という近い距離にある若い銀河です。この銀河の特徴の一つとして、天の川銀河に比べて、重元素(天文学では水素とヘリウム以外の全ての元素を指します)の量が少ないということが知られています。このため、大マゼラン雲は天の川銀河とは大きく異なる環境下での物質の化学的性質を調べる上で重要な銀河です。また、大マゼラン雲は重元素量という点で過去の宇宙と環境が似ているということが知られているため、大マゼラン雲にある星間物質を詳しく研究することで、過去の宇宙における物質進化を探る手がかりを得ることができると考えられています。南天の天体のため、残念ながら日本の大部分からは見ることができませんが、宇宙における物質の多様性を理解するという観点から、大マゼラン雲は天文学において重要な銀河の一つです。
 研究チームは、検出されたスペクトルバンドの性質を、我々の住む天の川銀河にある同様の天体のデータと比較しました (図3)。その結果、大マゼラン雲では天の川銀河と比べて、メタノール氷の存在量が低いということを初めて発見しました。このような違いについて、研究チームは大マゼラン雲内での星間氷生成反応の違いが原因であるという説を提唱しました。メタノール分子は、星や惑星が形成される低温・高密度領域において、より大きな有機分子を生成する反応の起点になると考えられている重要な分子です。そのため、メタノールの存在量の低さは、大型の有機分子の存在量の低さにつながることが示唆されています。今回の発見は、我々の天の川銀河とは環境の大きく異なる他の銀河では、惑星系や生命の材料となりうる物質の化学的性質が異なるということを示した大変興味深い結果です。
研究チームは、今後も赤外線から電波の幅広い波長域における星間分子の詳細な観測を、大マゼラン雲をはじめとした環境の異なる様々な銀河に対して行うことにより、我々の住む宇宙における星・惑星・生命の材料物質の化学的多様性を探っていきます。


発表雑誌


この研究は、東北大学の下西隆助教 (研究代表者)、東京大学の尾中敬教授、パリ第11大学のEmmanuel Dartois博士及びFrançois Boulanger博士の共同研究により行われました。研究成果は、2016年1月5日に欧州の天文学論文誌『アストロノミー・アンド・アストロフィジクス』585 号に掲載されました (Shimonishi et al. 2016, "VLT/ISAAC infrared spectroscopy of embedded high-mass YSOs in the Large Magellanic Cloud: Methanol and the 3.47 μm band", Astronomy & Astrophysics, Vol. 585, A107)。この研究は科学研究費補助金のサポートを受けています。


参考図

20160125_20.png 図2. 宇宙に存在する星間氷の想像図。星や惑星が形成される分子雲は、極低温の環境にあるため、ダスト(微粒子)表面上にガスが吸着し、氷が形成されます。吸着した原子・分子は、拡散、紫外線輻射、宇宙線衝突など様々な要因により化学反応を起こし、化学的な進化を遂げます。氷には、水(H2O)、二酸化炭素(CO2)、一酸化炭素(CO)、メタノール(CH3OH)、アンモニア(NH3)、メタン(CH4)などの分子が含まれていることが知られており、これらの分子の大部分はダスト表面での化学反応により生成されると考えられています。


20160125_30.png 図3. 大マゼラン雲及び天の川銀河の大質量原始星周囲のメタノール氷存在比を比較したヒストグラム。天の川銀河では、水氷に対するメタノール氷存在比が10%を超える天体が複数見つかっているのに対し、大マゼラン雲では観測された全ての天体が10%以下の低いメタノール氷存在比を示しました。この結果は、大マゼラン雲では最も単純な星間有機分子の一つであるメタノールの存在量が少ないことを示唆しています。


用語解説


 (注1) 赤外線天文衛星「あかり」
 日本初の赤外線天文観測専用衛星で、2006年2月22日の打ち上げから2011年6月17日の科学運用終了までの間に、全天赤外線サーベイや特定の領域に対する指向観測などを2から180マイクロメートルの波長域で行いました。

 (注2) 星間氷
 地球上の雲の中での雪の生成は、気体の水分子が微粒子などに吸着し成長することにより生じます。一方、分子雲中での星間氷の生成においては、ダスト表面上に吸着した原子・分子が、表面上を拡散し化学反応を起こすことにより別の分子が生成されるというメカニズムも重要な役割を果たします。

 (注3) 大質量原始星
 太陽の8倍以上の質量を持つ原始星を指します。

 (注4) 近赤外線スペクトル
 スペクトルとは、光の強さを波長成分ごとに分けた強度分布のことです。

 (注5) 吸収バンド
 星間氷は、赤外線域の特定の波長の光を強く吸収する性質を持っています。このため、氷は原始星のスペクトルの中に見られる吸収成分として観測されます。


お問い合わせ先


東北大学 大学院理学研究科・天文学専攻
助教 下西 隆(しもにし たかし)
E-mail: shimonishi[at]astr.tohoku.ac.jp
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