東北大学 大学院理学研究科・理学部

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【研究成果】木星を取り囲む高温のプラズマリング 〜惑星分光観測衛星「ひさき」がイオからの大気流出と加熱現象〜

20160512_10.png 図1.衛星イオの周辺で発生するプラズマ加熱の模式図。黄色い線はイオを貫く木星の磁力線で、その根元ではオーロラが発生している。


概要


 日本の惑星観測用宇宙望遠鏡衛星「ひさき」(注1)によって、木星の衛星イオ(注2)の大気から宇宙空間に放出され、プラズマ(注3)状態になったガスが詳しく観測されました。その温度を調べてみると、イオの回りで非常に高温となっていることが明らかになりました。「ひさき」衛星の観測結果は、イオのような天体と宇宙空間の相互作用によって生じるプラズマの加熱機構を解明する手がかりとなります。本稿では、木星の周りの宇宙空間で、激しく加熱されるイオのプラズマについて最新の研究成果を紹介します。


研究内容


 地球の大気から宇宙空間に出ると、分子や原子は電離してプラズマの状態になっています。プラズマの温度は大気に比べかなり高く、これは他の惑星や衛星の周囲の宇宙空間でも同様です。高温のプラズマは地球大気の上層でブロックされますが、大気が薄い天体の場合やプラズマの温度がより高い場合には、低い高度にまで侵入して大気に大きな影響が及びます。では、宇宙空間のプラズマはどのようにして加熱されているのでしょうか?プラズマの加熱については様々なメカニズムが提案されていますが、惑星や衛星の周りで実際にどの加熱機構が働いているのかを明らかにするには、観測によって調べる必要があります。
 本稿で主役となる木星の衛星イオは、太陽系で最も活発な火山活動をもつ天体です。イオの大気は二酸化硫黄を主成分とする火山性ガスから成り、宇宙空間へ流出して、イオの公転軌道に沿ってプラズマの濃いドーナツ状の分布(プラズマトーラス)を形成します(図1)。この様子は、プラズマが放つ可視光線や赤外線を地上の望遠鏡で観測することにより分かります。一方、高温の電子がイオンに衝突すると極端紫外線(注4)で光るため、高温電子の情報を観測から得ることができ、電子の加熱機構を研究することが可能になります。
 ひさき衛星がプラズマトーラスの硫黄イオンの発光を観測した結果(図2)、衛星イオの下流で極端紫外線が強く光ることが明らかになりました(図3)。プラズマトーラスは木星の回りを約10時間の周期で高速回転しています。発光の強さはイオの場所で急に上昇しており、プラズマの流れがイオの場所を通過した時に、高温の電子が発生していることわかります。その後、高温電子は周りのイオンに衝突し、極端紫外線を放射することよってエネルギーを失っていくため、硫黄イオンの発光強度は、イオから下流側に離れるにつれて下がっていきます。
 この高温電子を生成するエネルギー源は、衛星イオの周りで中性ガスが電離することにより発生するイオンの運動エネルギーであると考えられています。イオからは毎秒約1トンのガスが宇宙空間に流出しており、これが電離することによって1~2TW(テラワット。テラは1012)ものエネルギーがプラズマトーラスに注入されます。これまでの知見では、イオンと電子がクーロン衝突を繰り返すことで、イオンのエネルギーが電子にゆっくりと移動し、10日程度の時間で電子が加熱されると考えられていました。一方、ひさき衛星の観測結果は、10時間よりずっと短い時間で高温な電子が発生することを示しており、イオの周囲には、非常に効率の良い加熱機構が働いていることが明らかになりました。加熱機構の候補として、電離した直後のイオンから発生する電場・磁場の波のエネルギーで電子を加熱するメカニズムを考えており、さらに研究を進めているところです。将来の木星探査では、イオに加え、他の衛星とその周りの宇宙空間が詳しく観測される予定です(注5)


発表雑誌


 Tsuchiya, F., et al. (2015), Local electron heating in the Io plasma torus associated with Io from HISAKI satellite observation, J. Geophys. Res. Space Physics, 120, doi:10.1002/2015JA021420.
この研究は科学研究費補助金のサポートを受けています。


参考図

20160512_20.png 図2.ひさき衛星が観測した2価の硫黄イオンの発光(波長68nm, 42時間積分)。色は発光の明るさを示す。ドーナツ状の発光分布を真横から観測するため、木星の赤道面に沿った発光分布となる。朝側、夕方側に発光強度の高い場所ができるのは、観測者から見た視線方向の厚みの効果のため。


20160512_30.png 図3.(左)木星、イオ、イオプラズマトーラスを北から見た模式図。イオプラズマトーラスのプラズマ(青色)は、木星の自転と伴に10時間で木星の周りを一周するように流れている。イオ(赤点)から伸びるオレンジ色の帯は高温の電子が存在している場所を示している。(右) イオプラズマトーラスの硫黄2価イオンの発光強度の分布。イオの公転運動(周期42時間)を利用して、イオの軌道に沿った明るさの分布を知ることができる。硫黄イオンの発光強度はイオの場所で急に上昇した後、プラズマの流れで下流域に流され、プラズマが木星の周りを半周(イオの場所を通過してから約5時間後)するまで持続している様子が分かる。


用語解説


 (注1) ひさき衛星
宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所が開発し、2013年9月にイプシロンロケット初号機で打ち上げられた科学衛星。惑星の大気やその周りの宇宙空間が時々刻々と変化する姿を捉えるため、惑星を観測し続ける専用の宇宙望遠鏡として開発されました。
(参考)宇宙科学研究所プレスリリース(ひさき衛星による木星の観測成果)
・太陽風が引き起こす木星の強力なオーロラ
http://www.isas.ac.jp/j/topics/topics/2016/0323.shtml
・高速自転が引き起こす、木星のオーロラ爆発
http://www.isas.ac.jp/j/topics/topics/2015/0325.shtml
・太陽系最大の粒子加速器(木星磁気圏)を解剖する
http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2014/0926_hisaki.shtml

 (注2) プラズマ
原子や分子がイオンと電子に電離した状態。惑星周辺の宇宙空間では、主に太陽の紫外線や電子衝突によって電子がはがされ、プラズマ状態になっています。

 (注3) 衛星イオ
ガリレオ・ガリレイが発見した木星の4つの衛星のうち、最も内側(木星から約6倍の木星半径の位置)をまわる衛星。木星および他の衛星との重力による潮汐作用によって、衛星の内部で加熱が起こり、多数の活発な火山が存在しています。
(参考)
・イオの火山ガス観測のために東北大が開発した望遠鏡
http://www.nikon.co.jp/profile/technology/field/io/index.htm
・東北大学と東京大学が捉えた最大級のイオの火山活動
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2014/29.html
 (注4) 極端紫外線
波長が10nm-100nmの光。原子核の周りを周る電子の軌道の遷移によって、原子やイオンごとに決まった波長で光が放射される(オーロラの発光メカニズムと同じ)。遷移するときのエネルギー変化が大きいと波長が短い極端紫外線で発光する。イオプラズマトーラスでは、電子の軌道の遷移は高温の電子との反応で生じるので、光の明るさは、原子やイオンの密度だけでなく、高温の電子の量によっても変化する。極端紫外線は地球の大気で吸収されて地上では観測ができないため、宇宙空間で観測を行う必要がある。

 (注5)2016年に夏に米国のJUNO探査機が木星の極軌道に投入され、イオとつながる木星の磁力線の根元で光るオーロラ現象を詳細に観測する予定です。ひさき衛星も協調観測を行います。また、木星の氷衛星の探査を主目的としたJUICE計画の開発が、2022年の打ち上げを目指し、進められています。
参考:https://www.wakusei.jp/book/pp/2013/2013-3/2013-3-146.pdf
日本からも東北大学を含む4つの研究グループが観測装置の開発に参加しています。


お問い合わせ先


東北大学大学院理学研究科
惑星プラズマ・大気研究センター
助教 土屋史紀(つちやふみのり)
TEL: 022-795-6738
E-mail: tsuchiya[at]pparc.gp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください

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