東北大学 大学院理学研究科・理学部

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分子の中の電子の流れを捉えた! 国際チームが超高強度X線を照射された分子の超高速応答を解明

発表のポイント


● 超高強度X線自由電子レーザーが引き起こす電子移動・放出機構を解明。

● 超高強度X線を吸収した重原子が周りの分子から次々に電子を奪って放出する現象を確認。



概要


 米国のカンザス大学、ドイツのハンブルグ大学、東北大学(多元物質科学研究所および大学院理学研究科)等の研究者からなる国際合同チームは、有機分子の最小構成単位の一つであるメチル基(CH3)にヨウ素原子(I)を付加したヨウ化メチル分子(CH3I)に、米国のX線自由電子レーザー(XFEL)*1施設LCLS*2から供給される超高強度X線を照射すると、メチル基のほとんどの電子が次々にヨウ素原子に流れ込んでは放出される新規現象を発見しました。

 XFELはわずか数十フェムト秒(1フェムト秒は千兆分の1秒)の照射時間という極短パルスを生成する超高強度X線源です。このXFELパルスを分子に照射すると、一瞬にして、多くの電子が分子から引き剥がされます。その結果、電荷間の反発力で分子を破壊する「クーロン爆発」という現象が起こります。クーロン爆発で放出される電荷を帯びた原子(イオン)を計測すると、分子を構成する個々の原子から引き剥がされた電子の数を知ることができます。

 本実験で、超強力XFELパルスを照射した1個のヨウ化メチル分子から生成する多数のイオンを計測したところ、最大で計54個の電子が分子から引き剥がされること、1個のヨウ素原子の場合に比べると、分子の場合は7個も多く電子が引き剥がされること、この7個の電子はメチル基から引き剥がされることを見出しました。X線と相互作用しないはずのメチル基から7個の電子が引き剥がされる理由を、新たに開発した理論的手法を用いて解析したところ、メチル基から電子が次々にヨウ素原子に移動し、ヨウ素原子がX線を吸収してさらに電子を放出することを解明しました。

 本研究で得られた超強力X線と分子との相互作用が誘起する電子移動に関する理解は、今後、XFELを用いた新規構造決定にも不可欠の知見を与えると期待されます。

 本研究の成果は、2017年6月1日(英国夏時間)に発行される英国の科学雑誌『Nature』に掲載されました。


□ 東北大学ウェブサイト



詳細な説明


1.背景
 X線自由電子レーザー(XFEL)の誕生により、X線領域でレーザー光が利用できるようになりました。しかし、XFELは、現在、米国と日本の2か所で稼働しているだけです。そのため、世界中の研究者が協力して、これらのXFELを利用した研究を活発に進めています。XFELを利用すると、これまで見ることが出来なかった様々な現象を見ることができます。例えば化学反応についてです。中学校や高校の授業で化学反応式を習います。反応式を書くと、何から何が生成するのかが分かります。左辺に書いた反応物が、右辺に書いた生成物になる過程はどうなっているのでしょうか。世界中の多くの科学者たちが、この素朴な疑問に答えようとして研究を進めてきました。XFELはまさにこのような疑問を解決してくれるツールなのです。
 一方、XFELを用いて様々な現象を見るためには、XFELのような強力なX線を物質に照射した時に、物質そのものに何が起こるのかを理解することが重要です。LCLSでは、この強力なX線を、日本から輸入した高性能ミラーを用いて集光し、1平方センチメートル当たり1000京ワット(1019W/cm2)という、真夏の太陽の光の100億倍の更に100億倍に当たる超高強度X線を生成します。このような超高強度X線は人類が初めて手にしたものなので、超高強度X線と物質との相互作用はこれまで全く研究されていませんでした。超高強度X線と物質との相互作用のなかで特に重要なのは、分子の中に、金属原子のように多くの電子をもつ重原子が含まれる場合です。タンパク質分子の反応中心には重原子が存在し、重要な役割を担います。一方、重原子はX線を吸収するため、放射線損傷の原因となります。したがって、重原子を含む分子がXFEL照射を受けた時に、X線を吸収する重原子の周りの電荷生成と電荷移動を知ることは、XFELの有効利用を進める上で、極めて重要です。そこで、本研究では、有機分子の最小構成単位の一つであるメチル基(CH3)に、典型的な重原子でX線をよく吸収するヨウ素原子(I)を付加したヨウ化メチル分子(CH3I)を対象とし、XFELとの相互作用の結果引き起こされる電荷生成と電荷移動の詳細を調べました。

2.研究の手法と成果
20170501_10.png 図1:重原子によるX線吸収によって引き起こされるオージェカスケード現象。黄色の丸は電子、青色の矢印は電子の移動を示す。K、L、M、N、、、、は電子の軌道の呼称で、それぞれ主量子数が1、2、3、4、、、、に対応する。LMMオージェとはL殻の正孔をM殻の電子が埋めてもう一つのM殻の電子が放出されるオージェ過程。MNNオージェとはM殻の正孔をN殻の電子が埋めてもう一つのN殻の電子が放出されるオージェ過程。

 X線をヨウ素原子に照射すると、ヨウ素原子の深い(電子の結合エネルギーが高い)内殻軌道*3から電子が放出されて、エネルギーが高く不安定なイオンになります。この不安定なイオンは比較的浅い(結合エネルギーが低い)軌道の電子を次々に放出することで安定化し、多価のイオンになります。このように電子を次々に放出して多価イオンが生成する現象はオージェカスケードと呼ばれます(図1)。LCLSの超高強度X線パルスを照射すると、このようなオージェカスケードが数十フェムト秒のX線照射時間の間に何回も繰り返して起こり、非常に多価のイオンを生成します。ヨウ素原子が分子の中に含まれる場合でも、X線を照射すると、分子中のヨウ素原子は同様にして多価イオンとなり、正の電荷は速やかに分子全体に再配分されます。電荷が再配分されると、それぞれの原子が電荷をもつため、原子イオン間のクーロン反発力によって、分子はバラバラになって飛び散っていきます。この現象はクーロン爆発と呼ばれます。放射線治療では、まさにこのような重原子の性質を用いて、患部に局所的に放射線損傷を与えます。
 本実験では、ヨウ化メチル分子を真空中に導入して、LCLS で得られる超高強度X線パルスを照射し、クーロン爆発で放出される多数のイオンを計測しました。クーロン爆発で放出されるイオンを計測すると、分子を構成する個々の原子が失った電子の数を知ることができます。本実験によると、1個のヨウ化メチル分子が失った電子の総数は最大で54でした。ヨウ素原子がもともと持っている電子の数は53個です。ヨウ化メチル分子が失う電子の数は1個のヨウ素原子が失う電子の数と同じであるとするこれまでの予想に反しています。実験データを詳細に検討すると、ヨウ化メチル分子はヨウ素原子に比べて最大で7個も余分に電子を失うことが判明しました。この7個の電子はヨウ素原子ではなくてメチル基が失ったものです。メチル基はもともと9個の電子をもっているので、ほとんどすべての電子を失ったことになります。メチル基はX線とほとんど相互作用しません。どのようにして7個の電子を失うのでしょうか。
 その理由を調べるために、新たに開発した理論的手法を用いて解析したところ、メチル基から多価イオンとなったヨウ素原子に電子が流入し、ヨウ素原子がX線を吸収してオージェカスケードにより次々に電子を放出することが解明されました(図2)。

20170501_20.png 図2:ヨウ化メチル分子のイオン化機構の模式図:(i) X線による光電子放出、(ii)オージェカスケードによる電子放出、(iii) 電荷再配置。矢印は電子の移動を表す。(i)-(iii)の過程を繰り返して分子は電子を次々に放出して正に帯電していき、最後にクーロン斥力で分解(クーロン爆発)する。

3.今後の展望
 XFELの超強力極短パルスを用いると、これまでに見えなかった様々な現象を見ることができるようになると期待されます。このようなXFEL利用実験では、試料に含まれる重原子周りでXFELパルスが引き起こす反応を正確に予見することが不可欠です。本研究では、XFEL照射された重原子(I)と有機分子の最小単位(CH3)との間の電荷移動ダイナミクスの詳細な情報を得ることができました。本実験結果はこれまでの知見に反するものでしたが、新たに構築した理論的手法は、ほぼ完全に実験結果を再現できるものでした。XFELパルスが引き起こす電荷ダイナミクスを予見できる理論的手法を確立できたといえるでしょう。従って、本研究で得られた成果は、今後、XFELの超高強度X線パルスを用いた構造解析を行う上で重要となる放射線損傷に対する不可欠な情報を提供すると期待されます。
 本研究は、一部、東北大学の上田潔を代表とする文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題、5附置研究所間アライアンス、多元研プロジェクトの支援を受け、遂行されました。



用語解説


*1 X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)
 X線領域で発振する自由電子レーザー(Free-Electron Laser)であり、可干渉性、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。自由電子レーザーは、物質中で発光する通常のレーザーと異なり、物質からはぎ取られた自由な電子を加速器の中で光速近くに加速し、周期的な磁場の中で運動させることにより、レーザー発振を行う。

*2 LCLS
 米国のスタンフォード加速器研究所が建設した世界で初めてのXFEL施設。2009年から供用運転が開始された。

*3 内殻軌道
 原子や分子中の電子は電子軌道に収容されている。原子核に近く、高いエネルギーで拘束された電子の軌道を内殻軌道と呼び、内殻軌道に収容されている電子を内殻電子と呼ぶ。



論文情報


論文タイトル: Femtosecond response of polyatomic molecules to ultra-intense hard X-rays
著者名: A. Rudenko, L. Inhester, K. Hanasaki, X. Li, S.J. Robatjazi, B. Erk, R. Boll, K. Toyota, Y.Hao, O. Vendrel, C. Bomme, E. Savelyev, B. Rudek, L. Foucar, S.H. Southworth, C.S.Lehmann, B. Kraessig, T. Marchenko, M. Simon, K. Ueda, K.R. Ferguson, M. Bucher, T.Gorkhover, S. Carron, R. Alonso-Mori, J.E. Koglin, J. Correa, G.J. Williams, S. Boutet, L.Young, C. Bostedt, S.-K. Son, R. Santra, and D. Rolles,
DOI:10.1038/nature22373



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学多元物質科学研究所
担当:教授 上田 潔(うえだ きよし)
電話:022-217-5381
E-mail:ueda[at]tagen.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学多元物質科学研究所 広報情報室
電話:022-217-5866
E-mail:press.tagen[at]grp.tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話: 022-795-5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp

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