東北大学 大学院理学研究科・理学部

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ダーウィン以来の謎、就眠運動の仕組みを解明 生物時計発見のルーツとなった生物現象

発表のポイント

● 就眠運動はダーウィンの研究以来の130年の謎

● 昨年度ノーベル生理学医学賞の対象となった生物時計(注1)は、植物の就眠運動の観察から見つかった

● 就眠運動を引き起こす分子(イオンチャネル(注2))を初めて発見

● 生物時計は、隣り合う細胞間で分子の発現を不均等に制御することで就眠運動を生み出す



概要

マメ科植物には、夜に葉を閉じ、朝には再び葉を開く就眠運動というユニークな現象が見られます。就眠運動に関する最古の記録は、紀元前アレキサンダー大王の時代に遡り、進化論のダーウィンが晩年、膨大な観察研究を行いました。昨年度ノーベル生理学医学賞の対象となった生物時計は、植物の就眠運動の観察から発見されました。しかし、就眠運動の分子機構は、現在まで全く不明であり、関連する分子すら見つかっていませんでした。東北大学大学院理学研究科(兼務 同大学院生命科学研究科)の上田実教授らは、就眠運動を引き起こす分子(イオンチャネル)を初めて発見し、それらが葉の上面側と下面側の細胞で不均等に発現することで、葉の動きが生まれることを明らかにしました。今回の成果は、生物時計によって生物の行動が制御される仕組みの解明に大きく貢献することが期待されます。本成果は米国科学誌「カレント・バイオロジー」に掲載されました。



詳細な背景


1.背景
マメ科植物には、夜に葉を閉じ、朝には再び葉を開く就眠運動というユニークな現象が見られます。就眠運動に関する最古の記録は、紀元前アレキサンダー大王の時代に遡り、進化論のダーウィンが晩年、草分け的な膨大な観察研究を行いました。昨年度ノーベル生理学医学賞の受賞対象となった生物時計は、18世紀に、植物の就眠運動から発見されました。このように、就眠運動は、太古の昔から人類の知的好奇心を刺激し、重要な科学的発見をもたらしました。しかし、その分子機構には謎が多く、1970年代には、米国の植物生理学者が、就眠運動を生物時計解明の糸口を与える「ロゼッタストーン」に例えましたが、それを読み解くことができる者は現れませんでした。就眠運動は、高等学校の教科書にも記載される有名な生物現象ですが、ポストゲノム時代を迎えた現代においても、運動を制御する分子は発見されていませんでした。

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図 就眠運動は紀元前から人類を魅了した

2.これまでの知見と不可避な問題点
就眠運動の科学的研究には、マメ科の大型植物アメリカネムノキ(コマーシャルソング「この木なんの木」の植物)が用いられてきました。この大型植物は、各種の生理学的解析に適しており、葉の運動にはカリウムイオンが重要であること、それを制御するイオンチャネル(カリウムチャネル)が存在すると予想されること、など重要な知見をもたらしています。しかし、アメリカネムノキは非モデル植物(注3)であり、遺伝子操作を行うことができないため、遺伝学的解析が進まず、また、マメ科モデル植物を用いた遺伝学的研究も、就眠運動の分子機構に関しては、見るべき成果を与えませんでした。

3.今回の成果
「葉を開く」運動には、葉の付け根の上面側と下面側に存在する運動細胞の膨張/収縮が関与します。葉の付け根の下面側細胞が縮むと葉が外側に倒れて開き、葉の付け根の上面側細胞が縮むと葉が内側に倒れて閉じます。
東北大学大学院理学研究科(兼務 同大学院生命科学研究科)上田実教授、及川貴也大学院生、石丸泰寛助教、東北大学大学院工学研究科 魚住信之教授、浜本晋助教、岡山大学大学院環境生命科学研究科 村田芳行教授、宗正晋太郎助教、岩手大学農学部 吉川伸幸教授らは、就眠運動を制御するイオンチャネルとして、アメリカネムノキから、カリウムチャネルSPORK2、陰イオンチャネルSsSLAH1およびSsSLAH3を発見しました。このうち、陰イオンチャネルSsSLAH1が、就眠運動のマスター制御因子として機能します。上田らは、葉の運動とイオンチャネルの関連を明らかにするため、葉の付け根の上下両面側の運動細胞を分離して、各々におけるイオンチャネル遺伝子の発現量を時間を追って調べました。細胞の収縮には、3つのチャネル全てが必要ですが、陰イオンチャネルSsSLAH1は、葉を開く朝方に下面側だけで発現しており、これによって下面側のみで運動細胞が収縮します。このようにして葉の下面側が縮むことで、それに引っ張られるように、葉が外側に倒れて「開く」ことがわかりました。
また、これらイオンチャネルの発現制御は、朝方に働く時計遺伝子SsCCA1の支配下にあります。SsCCA1は、隣り合う細胞間で異なる制御パターンを持ち、葉の下面側でのみSsSLAH1遺伝子の発現制御に関与します。葉の上面と下面という隣り合う細胞間で、時計遺伝子SsCCA1が異なる遺伝子発現制御パターンを持つようになったことで、就眠運動という生物現象が発生したと推測できます。

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図 陰イオンチャネルSsSLAH1は、朝方に葉の下面側(flexor)の細胞だけで発現し、葉の上面側(extensor)の細胞では発現しない。このため、朝方に葉の下面側の細胞が収縮し、それに引っ張られるように葉が外側に倒れて開く。(作図:ウチダヒロコ)

4.社会的意義と将来の展望
生物時計は、どのように個体レベルでの生物行動を制御するのか?その機構は、科学的に極めて注目度が高いのですが、遺伝子発現と行動との隔たりは大きく、個体レベルの現象を説明できる例は稀です。本研究は、ひとつの遺伝子の発現制御が、生物の個体現象をコントロールすることを明確に示しており、生物時計によって生物の行動が制御される仕組みの解明に大きく貢献することが期待できます。また、この発見によって、ダーウィン以来の謎であった植物の就眠運動現象の理解も大きく進むことになります。



用語解説


(注1)生物時計
全ての生物に普遍的に存在する計時機構。各種の時計関連遺伝子が見つかっており、昨年度のノーベル生理学医学賞の受賞対象である。CCA1は、植物において、朝方に起こる各種の生理現象(気孔開口など)をコントロールする時計遺伝子である。SsCCA1とはSamanea saman(アメリカネムノキの学名)のCCA1の意。

(注2)イオンチャネル(カリウムチャネル、陰イオンチャネル)
細胞の膜中に分布し、細胞の内外へ各種イオンの輸送を行うタンパク質。カリウムを輸送するものをカリウムチャネル、塩化物イオンなどの陰イオンを輸送するものを陰イオンチャネルと呼ぶ。陰イオンチャネルによって塩化物イオンが、カリウムチャネルによってカリウムイオンが、細胞外へ輸送されることで、膨圧が変化して細胞が収縮する。

(注3)非モデル植物
全ゲノム情報が解読され、形質転換などによる各種遺伝子操作が可能となった、生物学において実験系として使用できる植物をモデル植物と呼ぶ。これに対して、これらが不可能な植物を非モデル植物と呼ぶ。昨今、全ゲノム情報の取得は容易になってきたが、未だに形質転換可能なモデル植物はシロイヌナズナ、イネ、タバコ、ヒメツリガネゴケ、マメ科ミヤコグサなどのごく少数に限られる。



論文情報


雑誌名: Current Biology
論文タイトル: Ion channels regulate nyctinastic leaf opening in Samanea saman
著者:T. Oikawa, Y. Ishimaru, S. Munemasa, Y. Takeuchi, K. Washiyama, S. Hamamoto, N. Yoshikawa, Y. Murata, N. Uozumi, M. Ueda
DOI番号: https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.05.042
URL: https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(18)30678-X



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科化学専攻
教授 上田 実(うえだ みのる)
電話:022-795-6553
E-mail:ueda[at]m.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022-795-5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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