東北大学 大学院理学研究科・理学部

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大気の謎を解く鍵は海にあり 〜海洋暖水渦から始まる物語〜

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図1. 海洋観測中に撮影された北太平洋上での一風景。

概要


地球には海があり、大気があります(図1)。これは海が地球に誕生した40億年前から今日まで変わりません。この海と大気は海面を通して互いに影響を及ぼし合っています。例えば、海上を風が吹くと海は冷たくなります。これを言い換えますと、冷えた海の上では強い風が吹いていることになります。それでは、暖かい海の上で吹く風は、いつも弱いのでしょうか? この疑問を明らかにするために、私たちは、大気海洋観測データを用いた解析とスーパーコンピューターを用いた数値シミュレーション実験を行いました。その結果、東北大学からほど近い日本東岸沖に分布する海洋暖水渦の上では強い風が吹いていることを発見しました。この科学発見は、天気予報の精度改善への糸口になると期待しています。このように、私たちは海と大気が織りなす物語をつまびらかにし、地球の気候システムの全容解明を目指しています。



研究内容


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図2. (左)2018年7月気温の平年差。(右)仙台市の7月気温の時系列。気象庁観測資料より作成しています。

2018年の夏、日本は記録的な猛暑になりました(図2左)。東北大学の理学キャンパスがある仙台市は、7月平均気温が25.5度となり最高値を記録し(図2右)、8月1日には観測史上最高気温となる37.3度を記録しました。気象庁は、2018年の猛暑の原因は日本から遠く離れた南の海(北緯20度より南の海)にあると発表しました。これは、南の海が高温であったために大気の循環が変わり、その結果、日本が高気圧に覆われたことで猛暑になったというシナリオです。加えて、2018年の夏には多くの台風が発生し、これに伴う高潮・暴風・豪雨などが日本各地に甚大な被害をもたらしたことは記憶に新しいと思います。さて、一連の報道の中でこんな文言を聞いたことがあるのではないでしょうか? 「多くの台風が発生したのは南の海が暖かいからです」「南の海が暖かいので台風は強い勢力を維持します」 このように日本から離れた"南の海"が、大気場を変え、私たちの暮らしに影響を及ぼすことはよく知られています。

では、私たちが暮らす日本の周辺の海(例えば、北緯20度から60度までの海)は大気場に影響を与えるのでしょうか? 実は20世紀の科学では、日本周辺の海と大気の関係は、大気が主導していると考えられていました。一例を上げるならば、風が吹くことで海から熱が奪われ、その結果、海は冷たくなるという関係です。これは、「熱い紅茶にフーフーと息を吹きかけて冷ます」のと同じカラクリですので直感的にイメージしやすいのではないでしょうか。

さて、時が流れ、21世紀になり地球観測衛星などによる先進的観測手段が確立されたことで、海洋・大気の観測データの質や精度が飛躍的に向上し、その数が爆発的に増加しました。このデータビッグバンにより、研究の可能性が大きく広がりました。そこで、私たちは東北大学からほど近い日本東岸沖に着目し、新しい大気海洋関係の解明に挑みました。

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図3. 2002年1月1日、15日、30日の海面での海の流れの方向を矢印の向きで示し、流れの強さを矢印の長さで表しています。ここでは、0.5m/s以下の弱い流れは省略しています。地球観測衛星データを用いて作成しています。

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図4. 2002年1月30日の海面水温(左パネル)、海から大気への熱放出量(中央パネル)、海上風の強さ(右パネル)を表しています。図中の矢印は、図2と同様で海の流れの向きと強さを示しています。いずれも地球観測衛星データを用いて作成しています。

まず、日本東岸沖の特徴を紹介します。そこで、図3の左のパネルを見てください。この図は、2002年1月1日の海面での海の流れを表しています。この図より、北緯35度から37度付近で一筋の東向きの流れを見て取れます。これは黒潮続流と呼ばれる暖流であり、世界最大級の速さで流れています。このとき黒潮続流は北に向かって大きく張り出していました。そして、その2週間後にはこの黒潮続流に渦のような時計回りの流れが現れ始め(図3中央)、さらに2週間後の1月30日には黒潮続流から千切れる形で渦が作られる様子が観察されます(図3右)。この渦、その直径は約300kmで、厚さは500mにも達し、実に巨大でした。では、この渦の水温を見てみましょう(図4左)。この渦は周囲に比べてとても暖かいことが一目瞭然です。これは、この渦が暖かい黒潮続流から千切れる形で作られたことに起因します(図3参照)。すなわち、渦の中には、南の海の暖かい水がたくさん含まれているのです。日本東岸沖にはこのような暖水渦が数多く分布しており、世界を見渡しても非常に珍しい海なのです。

この暖かい渦は大気に影響を与えるのでしょうか? この疑問を解消するべく、私たちは地球観測衛星データを用いて研究を行いました。ここでは、その結果を簡単に紹介します。まず、図4の中央パネルを見てください。この図は、海から大気に向けて放出される熱の量を表しています。この図より、日本東岸沖の暖水渦は、大気に向けて膨大な熱を放出していることがわかります。その値は600 W/m2を超えており、これは世界最大級の熱放出量です。次に、海上を吹く風の強さに着目してみましょう。すると、暖水渦上ほど強い風が吹いていることが明白です(図4右)。これら一連の結果より、日本東岸沖の暖水渦の上では「暖かい海上から多くの熱が出て、風が強い」関係が成り立っていることを発見しました。これは従来の海と大気の関係(強い風が海から多くの熱を奪うことにより海が冷える関係)とは大きく異なっています。

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図5. シミュレーション時に与えた暖水渦水温偏差。

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図6. シミュレーションで配置した暖水渦に対する気温応答図。北緯37.75度沿いの応答図であり、横軸は経度、縦軸は高度を表しています。

では、この暖水渦の大気への影響はどれくらいの高さにまで及んでいるのでしょうか? この謎を解き明かすためには、膨大な量の暖水渦上での高高度観測データが必要です。しかしながら、そのような観測データはほとんどありません。そこで、私たちはこの状況を打破するために、東北大学のスーパーコンピューターを用いて数値シミュレーションを実施しました。ここでは、コンピューター内の海に暖水渦を配置し、これに対する地球大気の応答感度を調べました(図5)。その結果、暖水渦は直上の大気を暖めるにとどまらず、その影響は遙か上空3,000kmにも達することがわかりました(図6)。

現在進行形の気候研究により、海と大気の関係は海域や季節よって変わることがわかってきました。海と大気の関係はどれをとっても実に美しい物語を織りなしています。私たちは、この物語をつまびらかにすることで、地球の気候システムの全容に一歩ずつ迫っていきたいと考えています。

私たちの研究室では、毎年観測航海に出かけています。海の上では、日常では眺めることができない素晴らしい自然の情景を目にすることができます(図1)。いかがですか? 海の世界を冒険したくなりませんか? 美しい自然を紐解く学問に携わりたくなりませんか? 私の文章を通じて海に興味をもってくださる方や海洋学を志してみようと思う方が現れたら至上の喜びです。最後まで読んでいただきありがとうございました。



発表雑誌


Sugimoto, S., K. Aono, and S. Fukui, 2017: Local atmospheric response to warm mesoscale ocean eddies in the Kuroshio-Oyashio Confluence region. Scientific Reports, 7, 11871, 1-6.



問い合わせ先


東北大学大学院理学研究科 地球物理学専攻
助教 杉本 周作(すぎもと しゅうさく)
E-mail: sugimoto[at]pol.gp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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