東北大学 大学院理学研究科・理学部

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死海で動く微生物モーターが生み出す "エネルギー出力" の精密測定

概要

学習院大学 理学部 物理学科 西坂崇之教授・中根大介助教の研究グループは、東北大学の内田就也准教授との共同研究により、「アーキア」と呼ばれる微生物の運動装置が生み出す "エネルギー出力(トルク)" の精密測定に世界で初めて成功しました。

アーキアは地球の3大生物区分であり、真核生物・バクテリアと並ぶ分類上の大きなグループの1つです。高温、高アルカリ、高塩、高圧力といった環境下でも生存できるものが多く知られています。ところが、そのような極限環境であっても、この小さな生命体は自由自在に水中を泳ぎ回ることが知られています。この運動を担うのが「アーキアべん毛」です。この分子機械は、繊維構造とその根元にある小さな回転モーターから成り立ちますが、動作原理には不明な点が多く、世界の様々なグループが遺伝学・生化学的なアプローチでこの研究を進めています。

学習院大学 理学部 物理学科の西坂崇之教授の研究グループは、ちょっと変わった視点から、つまり、物理の視点から「アーキアべん毛」の研究にアプローチしました。アーキアべん毛に様々な負荷をかけて、その回転を精密に、かつ3次元的に計測することで、この微小モーターの "エネルギー出力(トルク)" の特性を明らかにすることに世界で初めて成功しました。その値は回転数に依らず 1.6×10-19 ジュールとなり、アーキアべん毛は出力一定型のモーターであることが明らかになりました。そしてこの値と入力のエネルギーとのバランスを考えることで、生物における回転モーターの基本原理を示しました。



背景

アーキアべん毛とは?

地球上のありとあらゆる生命体は3つの区分に分類することができます。1つ目が植物や人間のような真核生物、2つ目が大腸菌などのバクテリア、3つ目が「アーキア」です。バクテリアとアーキアはどちらも 1ミリの1000分の1程のサイズしかありませんが、系統的には全く異なる分類となります。

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この小さな生命体であるバクテリアやアーキアを顕微鏡下で観察すると、どちらも「べん毛」を使って、水中を自由自在に泳ぎ回っていることがわかります(図1)。べん毛は運動装置であり、細胞の極から生えたらせん繊維構造を根本のモーターが回転することによって推進力を発生しています。一見すると、バクテリアべん毛もアーキアべん毛も、どちらの運動装置も同じものであるように感じますが、実は分子レベルでの仕組みは全く異なります。例えば、モーターの形や構成するタンパク質、さらには、モーターの回転に使われるエネルギー源に類似性はありません(図2)。これまで、バクテリアべん毛は分子機械のモデルシステムとして分野横断的な研究が展開されてきましたが、一方、アーキアべん毛の研究はそのレベルには達していませんでした。



研究の成果

エネルギー出力(トルク)の精密測定

近年の結晶構造や生化学的な解析により、アーキアべん毛を構成するタンパク質の個々の形や機能は明らかになりつつあります。しかし、回転のメカニズムを決定するような生物物理学的な研究はほとんどありませんでした。そこで、学習院大学 理学部 物理学科 西坂崇之教授の研究グループは、東北大学の内田就也准教授と共同で、物理の視点からこの回転モーターの性質を理解しようと試みました。

まず、アーキアの細胞をガラスに貼り付けます(図3左図)。べん毛は細いため、そのままでは観察することができません。そこで、目印となる微小ビーズをべん毛繊維に付着させます。これにより、アーキアべん毛の回転をダイレクトに検出することが可能となります。このとき、微小ビーズの大きさを変えると、モーターに異なる負荷を与えることができます(図3右図)。さて、負荷を変えることにより、モーターの回転数はどのように変化するでしょうか。

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この問いの前に、実験の測定について説明します。アーキアべん毛の回転計測は、普通の顕微鏡では正しく行うことはできません。なぜなら、アーキアべん毛は細胞の長軸に対して斜めになるように生えているため、二次元で計測すると楕円のような軌道を描くからです。そこで今回の実験では、本研究室で独自に開発した三次元位置計測システムを用いました(図4左図)。この顕微鏡では、対物レンズの後焦点位置にプリズムを置くことで、輝点を2つに分離します(図4中央)。その2点の位置関係から、z軸方向の位置情報を取り出すことが可能になります。この計測システムを用いることで、アーキアべん毛の回転を「正確」かつ「高精度」に測定することに成功しました(図4右図)。

20190524_40.pngさて、負荷を変えることにより、モーターの回転数はどのように変化するでしょうか。興味深いことに、負荷が小さくなる(ビーズが小さくなる)につれて、回転数が多くなることを見出しました。このとき、エネルギー出力は回転数に依らず、1.6×10-19ジュールとなることが明らかとなりました(図5)。

これは非常に示唆的な結果と言えます。バクテリアのべん毛モーターは出力可変型のモーターであるのに対し、アーキアべん毛は出力一定型でした。この違いは、アーキアべん毛の根元にあるモーター FlaI が関与しているのかもしれません。FlaI は6量体を形成するATP依存的なモーターであると考えられています。しかし、この特徴的な構造を従来の考え方に当てはめると、エネルギー効率は 200% になってしまいます! この矛盾は、既存の回転モデルが不十分なことを意味しています。そこで私たちは新しい原理を提案しました。ひとつのエンジンに注目したときの化学反応に対し、軸の構造の対称性が関係するというものです(図6)。これが正しいとすれば、見積もりに用いるエネルギー入力は2倍以上になり、測定結果が説明できます。今回得られた知見は、生物が持つ回転モーターがどのようなメカニズムで動くのか、その基本原理の理解を助ける重要な情報となります。人間がデザインする微小モーターの開発への足掛かりになるかも知れません。



論文情報

著者名: Seiji Iwata, Yoshiaki Kinosita, Nariya Uchida, Daisuke Nakane & Takayuki Nishizaka
論文名: Motor torque measurement of Halobacterium salinarum archaellar suggests a general model for ATP-driven rotary motors
雑誌名: Communications Biology (URL: https://www.nature.com/commsbio/)
掲載日(情報解禁日時): イギリス時間 5月24日10:00AM(日本時間5月24日7:00PM)
DOI番号:10.1038/s42003-019-0422-6



問い合わせ先


東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 内田 就也(うちだ なりや)
E-mail:uchida[at]cmpt.phys.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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