東北大学 大学院理学研究科・理学部

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島弧下の新しい水循環モデルを発表

発表のポイント

● 沈み込んだプレートから放出される塩分を含んだ熱水は、マントルの鉱物粒間に浸み込んで移動しやすいことを高温高圧実験により実証。

● このような熱水がマントル中を浸透・上昇して、前弧モホ面(注1)近くの高電気伝導度帯を形成。

● 沈み込み帯における水収支問題(「失われた流体」)の解明に寄与。



概要

東北大学大学院理学研究科地学専攻の博士課程学生・黄永勝(Huang Yongsheng)、中谷貴之研究員(現:産業技術総合研究所研究員)、中村美千彦教授らの研究チームは、ドイツ・バイロイト大学バヴァリアン実験地球化学・地球物理学研究所との共同研究で、沈み込んだプレート上面から島弧地殻下に至る超臨界流体(注2)の輸送に関する新しいモデル(図1)を発表しました。

日本のような沈み込み帯では、水を主成分とする超臨界流体が楔形マントルに供給され、火山活動や地震活動を引き起こしていると考えられています。しかし、この流体の移動経路やそのメカニズムには諸説があり、未だに確立されていません。

今回、研究チームは、沈み込んだプレートから放出される流体が塩分を含むことに着目し、塩分を含む流体が楔形マントルの幅広い温度・圧力・塩濃度条件において、主要構成鉱物であるカンラン石の表面を良く濡らして粒間に浸透することを高温高圧実験によって明らかにしました(図2)。楔形マントルの海溝近くでは、温度が相対的に低く、結晶構造内に水酸基を含む含水鉱物が安定に存在し得るため、このような流体はマントルと反応して含水鉱物として固定されます。一方、温度の高い島弧の地下では、マントルを溶融させてマグマを発生し、流体はマグマに吸収されると考えられます。これらの間の領域(島弧前弧下)では、流体はマントル構成する岩石の粒間を浸透し上昇できると考えられます。このような塩分を含んだ流体の性質は、日本をはじめとする島弧前弧域のモホ面付近で見つかっている高電気伝導度帯の形成メカニズムを説明できるとともに、沈み込んだプレートからの供給量よりも、火山活動などによる放出量の方が少ないという「失われた流体」問題の解明に寄与するものです。

本研究の成果は、2019年12月5日Nature Communications誌に掲載されました。

□ 東北大学ウェブサイト



詳細な説明

日本のような沈み込み帯において、火山活動や地震活動が活発に起こっている理由の一つは、沈み込んだプレート(スラブ)の上部から水を主成分とする超臨界流体が供給されているからだと考えられています(図1)。しかし、この流体の供給経路や移動メカニズムには諸説があり、未だ確立されていません。流体が、岩石を構成する鉱物の表面を濡らし、粒間に浸み込む場合には、連結したネットワークを形成し浸透流として移動できる一方、鉱物に弾かれて雫状に孤立する場合には、脈状の割れ目を形成して移動すると考えられます。また岩石の融点よりも温度が高い領域では、流体成分は発生したマグマに溶け込んで移動することになります。このような、水やハロゲンなどの流体成分の物質科学的な移動形態によって、沈み込み帯での物質循環の仕方が異なって来ます。

今回、東北大学大学院博士課程の黄永勝・中村美千彦教授を中心とする研究チームは、ドイツ・バイロイト大学との共同研究により、沈み込み流体が沈み込む岩石や海水に由来する塩素を溶かし込んだ塩水の状態であることに注目し、その岩石粒間への浸み込み易さが塩濃度とともにどのように変化するかを調べました(注3)。具体的には、マントル岩石(カンラン岩)の主要な構成鉱物であるカンラン石の流体に対する"濡れ易さ"を表す「二面角(注4)」を、幅広い温度・圧力・塩濃度の範囲で精密に決定しました(図2)。その結果、二面角は、わずか1~数wt.%の塩が加わるだけで純水の場合よりも大きく低下し、カンラン石の表面を良く濡らすようになることがわかりました(図3)。この結果から、従来考えられていたよりも幅広い領域において、流体は鉱物成分を溶かし込みながら徐々に岩石粒間に浸透してゆくと考えられます。

楔形マントル(図1)の海溝に近い側では、相対的に温度が低く、水を水酸基の形で結晶構造内に取り込む蛇紋石などの含水鉱物が安定な(分解温度よりも低い)ため、流体成分は含水鉱物として固定されます。一方、海溝から遠い島弧の地下深部では、楔形マントルの内部が高温のため、流体が加わると融点が低下してマグマが発生し、流体成分は発生したマグマに溶け込んで吸収されます。これら二つの領域の間には窓のような隙間の領域が存在し、そこでは流体は岩石の粒間を浸透して上部に移動できると考えられます。この窓を通り抜けた先のモホ面付近には、近年、電気伝導度が高く多量の流体が存在すると考えられる領域(注5)が見つかっており、沈み込み帯における水の収支が合わない(沈み込んだスラブから楔形マントルに供給される量が、火山活動などによる放出量よりも過多となる)「失われた流体(missing fluid)」問題との関係が注目されていました。本研究の結果は、沈み込んだスラブから高電気伝導度帯に向かって超臨界塩水がマントル内を浸透上昇できることを示し、この問題の理解を前進させるものです。



用語説明

(注1) 前弧モホ面
島弧-海溝間の地殻―マントル境界。

(注2) 超臨界流体
高温高圧状態において液体の水と気体の水蒸気との区別がなくなっている状態。

(注3)
水道水と異なり、純水はほとんど電気を通さないのと同様に、超臨界流体の電気伝導度や鉱物成分を溶かし込んだりする性質は、電解質の濃度によって大きく異なると考えられる。

(注4) 二面角
深成岩のような多結晶体で、二枚の粒間流体-鉱物界面が作る角度(図2)。粒間への流体の浸み込み易さを表し、マントルカンラン岩のような場合には、二面角がおよそ60°より小さいと流体は粒間に浸透して連結したネットワークを形成する(図3)。

(注5)
鉱物そのものはほぼ絶縁体なので、岩石が高い電気伝導度を持つには、超臨界塩水のような良導体が十分に多量に存在している必要がある。



参考図

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図1:本研究で提案された沈み込み帯の水循環モデル。沈み込んだプレート(スラブ)から放出される塩分を少量含んだ水を主成分とする超臨界流体は、地殻との間の"楔形マントル"のほぼ全域で岩石の粒間に浸透できる。前弧(島弧の海溝側)域の地下には、流体成分が、含水鉱物を形成して固定される海溝付近と、マントルを溶融させてマグマに溶け込む領域の間で、スラブから放出された流体が粒間を浸透して移動できる領域が、窓のように存在すると考えられる。このような流体の移動経路は、前弧のモホ面近傍に電気伝導度の高い領域が形成されることを説明できるとともに、スラブから供給された流体が何処に運ばれるのか、という問題の解決につながる。

20200106_20.jpg

図2:(a)超臨界流体を粒間に含んだカンラン石(マントルの主要構成鉱物)の多結晶体(実験産物)の電子顕微鏡写真。暗い部分が高温高圧下で流体が存在していた部分。図の二面角が60°より小さい場合、流体は3次元的には(b)のX線CT像のように、多面体粒子の稜に沿って連結したネットワークを形成する。

20200106_30.jpg

図3:超臨界流体-カンラン石間の二面角(実験結果)。(a)塩濃度依存性。1~5%という低い塩濃度でも、塩を含まない場合に比べ二面角を大きく下げ60°以下にする効果がある。その効果は5~10%で最大になる。(b)温度圧力依存性(塩濃度27.5%)。塩分を含まない熱水では60°より大きくなる場合が多いが、塩水では楔形マントルのほぼ全領域で60°より小さくなる。



助成

本研究はJSPS科研費16K13903,16H06348、文部科学省による「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」および「指定国立大 災害科学 世界トップレベル研究拠点」の助成・支援を受けたものです。筆頭著者は東北大学環境・地球科学国際共同大学院プログラムに在籍し、日本学術振興会日独共同大学院プログラムの助成を得て東北大学とバイロイト大学との共同指導を受けています。



論文情報

雑誌名:Nature Communications
論文タイトル:Saline aqueous fluid circulation in mantle wedge inferred from olivine wetting properties
著者:Yongsheng Huang1, Takayuki Nakatani1, Michihiko Nakamura1, Catherine McCammon2
1 Department of Earth Science, Graduate School of Science, Tohoku University, Aramaki-Aza-Aoba, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980-8578, Japan
2 Bayerisches Geoinstitut, University of Bayreuth, 95440 Bayreuth, Germany
DOI番号:https://doi.org/10.1038/s41467-019-13513-7
URL:https://www.nature.com/articles/s41467-019-13513-7



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科地学専攻
教授 中村 美千彦(なかむら みちひこ)
電話:022-795-7762
E-mail:michihiko.nakamura.e8[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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