東北大学 大学院理学研究科・理学部

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日本の基礎科学の振興のために(益川敏英先生)

 2008年度ノーベル物理学賞を受賞された益川敏英先生(名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長)が、政策コンテストに当たり、下記の意見を表明されました。益川先生のご了解のもと、32の国立大学法人理学系学部はこのメッセージを掲載し、基礎科学振興へのご理解とご支援を、国民の皆様へお願いするものです。


日本の基礎科学の振興のために
名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構
機構長  益川敏英

2010年10月18日


 私たちがその情熱とエネルギーを注いでいる学問、基礎科学は、長い目で見れば確実に人類に役立ち、現代の科学は人類が抱える課題に答えるだけの力をつけて来ている。しかし、目先の成果だけを求めて科学政策を進めると、科学研究本来の根を枯らしてしまうことを強く危惧するものである。
 科学の発見や発明は、多くの人々の強い探求心と自由な発想から生まれる。一つの命題に対して、それに挑む人々のアプローチは、人それぞれ異なり、大きなバラエティを持つ。その中から、極くまれに、真実を掴む幸運に恵まれたとき、新たな世界が人類に拓かれる。生物の多様な種の存続が自然界に必要なように、科学においても、広い分野の様々な研究に均しく水を与えることで、どこかで芽が出、根をはり、大きな枝葉を広げるのを期待すべきだと思われる。
 2008年の私たちのノーベル物理学賞、下村脩先生の化学賞、そして今年の鈴木章先生達のノーベル化学賞は、いずれも、日本における30年程前の研究成果が認められたものである。このことの意味は、重要な二つの事実を指している。すなわち、一つは、基礎科学が拓いた道が長い時間の後、当初思いもしなかった広い応用につながり、社会で認められたことである。もう一つは、ノーベル賞に値する研究を育む素晴らしい環境が、30年前に日本に整えられていたことである。ここから今我々が学ぶ大切なことは、将来のため、基礎科学の教育と研究をきちんと支援することであり、広くその人材を育てる環境を整えることである。
 現在、国の財政が厳しくなる中で、基礎科学の教育と研究の中心的担い手である大学への予算や、科学研究予算が削減の対象になっている。特に来年度予算策定において、一般政策予算の一律10%削減に伴い、大学への運営費交付金の削減が進む。私は、これまで数年間、国立大学が毎年1%ずつ削減する努力を傍らで見て来た。これが来年度一気に数%削減されるとすれば、基礎科学に最も大切な基盤である大学の崩壊につながるものと恐れる。一方、復活特別枠への要望額の中に、若手研究者のための人材育成、研究費補助、大学強化イニシアティブなどが上げられている。もし、これらが、政策コンテストで切り捨てられるようなことがあると、10年、20年後の研究開発を担う世代が失われることになる。さらには、文科省からの要望額全体が大幅削減にあうと、立ち戻って、一般政策予算(要求額)に含まれる運営費交付金や、科学研究費補助金のさらなる削減の可能性がある。この流れは、科学立国を目指す日本の明日を、内部から突き崩すことになる。最初に述べたように、将来を見据え、基礎科学の教育研究をきちんと支援するために、たとえ全体予算が苦しくとも、基本的な教育研究経費、人材育成の予算を維持することを求めたい。もしここで、基礎科学への支援を惜しむことがあるならば、20年後、30年後、日本はノーベル賞で賞賛されることのない国に、滑り落ちることになるかもしれない。
 今回、来年度予算策定に対するパブリックコメントを提出する機会が開かれたので、私見を表明するものである。政策を決定する方々が、この意見に耳を傾けられることを切に望みたい。

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