東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の陳明偉教授と平田秋彦准教授らのグループは、ガラス物質の20面体局所構造を直接観察することに世界で初めて成功し、その形が非常に歪んだ20面体となっていることを明らかにしました。また、小谷元子教授(AIMR)、松江要助教(東北大学理学研究科)との連携により、ガラス構造の解析としては初めて、数学的手法であるホモロジー解析を適応し、歪み方の似ている20面体がつながることで、ガラス構造に特徴的な不規則で密な構造をとっている可能性を示しました。
ガラス物質は、原子が規則性を持たず非常に密に並んだ構造をしています。1952年に、ガラス物質の局所的な構造はエネルギーが低く安定な20面体である、という理論が提唱されて以来、多くの研究者によってガラス物質での20面体の重要性が示されてきました。しかし、正20面体だけをつなげると隙間ができてしまい密な構造をとることができない、という矛盾がありました。これまでは、ガラス物質の局所構造を直接観察することができず、この矛盾は解決されないままでした。
本研究グループは、金属ガラスの試料に非常に細い電子線(10-9~10-10m)を当ててできた回折図形を解析することで、局所構造を直接観察することに成功しました(図1)。その形は、非常に歪んだ20面体となっており(図2)、歪み具合を分析したところ、エネルギー的に安定な正20面体と、構造が密になりやすい面心立方構造の中間の構造となっていることが分かりました(図3)。さらに、数学研究で用いられるホモロジー解析の結果から、物質全体で、20面体の歪み方が非常に良く似ていることを明らかにしました。この結果は、20面体であるために比較的安定な状態を保ちながら、面心立方構造に近い構造でもあるため、物質全体で密な構造もとれることを示しています。
今後は、ガラス物質の構造をより詳細に解明することで、ガラス材料の性質向上や新規材料の開発に向けて大きく貢献することが期待されます。本成果は、平成25年7月12日(日本時間)に米国科学雑誌「サイエンス」オンライン版で公開されます。
ガラス物質は、窓ガラスなどとして古くから利用されており、近年では光ファイバーや電池等に使用される等、我々の生活になくてはならない材料です。しかし、繰り返し構造を持つ結晶とは異なり、原子配列に規則性を持たないガラス物質の構造はよく分かっておらず、その解明は、物質科学における長年にわたる問題として知られています。金属ガラスに関しては、1952年にFrankが金属液体に対し20面体の局所構造モデルを提唱して以来、多くの研究者によって20面体構造の重要性が実験的・理論的に指摘されてきています。また、3次元空間を20面体構造のみで埋め尽くすのは不可能であることから、20面体の幾何学的フラストレーション(注1)の存在も指摘されています。これまで金属ガラスを含むガラス構造の解析では、試料全体からの中性子あるいはX線回折を基に動径分布関数(注2)を導くことによる、平均的な構造の議論しか行うことができず、局所構造の詳細な特徴を直接明らかにすることは極めて困難であるため、新たな実験的手法による解決が望まれていました。また、規則性を持たないことから理論的な解釈も難しく、新たな数学的視点の導入も必要でした。そこで本研究では、実験・理論・数学の研究者が連携し、この古くからのガラス構造の問題に挑みました。
本研究では、研究グループがこれまで開発したオングストロームビーム電子線回折法(図1)を用い、これまでの研究から20面体構造が多く含まれると予想されるジルコニウムと白金の金属ガラス(Zr80Pt20)中の極微小領域から、20面体構造に関する情報(電子回折パターン)を取得しました。
得られた電子回折パターンは、分子動力学シミュレーション(注3)により得られた回析パターンと比較すると、歪んだ20面体の5回軸、3回軸、および2回軸入射のものと良く一致しました(図2)。また、歪んだ20面体以外にも、面心立方構造に類似したパターンも数多く観察されました。この面心立方構造に類似したパターンは、歪んだ20面体の5回軸からわずかに傾斜することによって得られることが明らかとなりました。
このように我々の実験からは、個々の局所構造の歪みを高い精度で理解することが可能です。また電子状態計算から、このような歪んだ構造は、正20面体と面心立方構造、これら2つの稠密構造状態の競合により生じた幾何学的フラストレーションと関係しているものと考えられます(図3)。さらに、ボンド配向秩序解析(注4)によりほとんどの局所構造がこれら2つの構造の中間的な特徴を持つことが示されました。
これらに加え、数学者である松江要助教や小谷元子教授と連携し、ホモロジー解析(注5)という数学的手法を用いて物質全体の構造解析を行いました。この方法では、原子の大きさや構造のタイプの違いの影響を除外し、金属結合半径を基準とした構造の歪み具合のみを抽出できるため、ガラス構造の歪みを調べるのに最適な手法と言えます。その結果、20面体に代表される局所構造の歪み方が、広い範囲で同じような傾向を示していることが分かりました。これは、局所的な20面体構造の歪みが、物質全体での稠密な無秩序構造形成と深い関わりがあることを示唆しています。
ガラス構造を持つ物質は、金属ガラスのみならず様々な種類があり、窓ガラス、光ファイバー、光ディスク、電池など実用材料として既に利用されていますが、これらのガラス構造の本質を理解するために、今回金属ガラスで用いた方法をそのまま利用することができます。これによって、様々なガラス物質の構造と物性・特性の関係の詳細が明らかになることが期待されます。
また、今回の研究では、実験・理論・数学分野の研究者が相互に連携し、これまでにない成果を得ることができました(図4)。このような連携研究は、まだ萌芽の段階ですので、今後、より大きな成果が期待できると思われます。東北大学原子分子材料科学高等研究機構では、本成果をプロトタイプとして、様々な融合研究に取り組んでおり、数学を取り入れることにより、科学の発展に貢献することができると考えています。
(注1)幾何学的フラストレーション
例えば剛体球を詰めてランダム構造を作る際に、ある1つの原子の周りだけを考えると正20面体が最も安定であるが、正20面体によって空間を埋め尽くすことはできない。つまり、全体として密な構造を作るためには、局所構造が正20面体を保つことは、隙間ができてしまうため不利になる。このような"どっちつかず"の状況が幾何学的フラストレーションである。
(注2)動径分布関数
液体・ガラスなどのマクロには等方的で不規則な原子配置を、中性子線、X線、電子線などの回折法によって解析する場合に、実験で得られた散乱強度からは直接構造情報を得ることができない。そのため、回折強度に補正を加えたのちフーリエ変換すると、その物質内である原子のまわりの距離rに他の原子が存在する確率を系全体で統計的に平均した関数が得られる。これが動径分布関数と呼ばれるものである。
(注3)分子動力学法
古典力学にもとづいて原子の動的な構造のシミュレーションを行うための手法。原子間のポテンシャルを設定し、古典力学におけるニュートン方程式を解くことにより、原子の挙動を再現することが可能である。最近では、ポテンシャルを電子状態から計算することにより決定する第一原理分子動力学法も開発されている。本研究では、両手法を用いて構造シミュレーションを行っている。
(注4)ボンド配向秩序解析
ガラス物質のような不規則構造を理解するには、何らかの方法で局所構造を特徴づける必要がある。この解析法を使うと、構造モデル中の各原子からどの方向に結合(ボンド)が形成されているのかを調べることができ、特に20面体配列とその他の結晶的配列を見分けるのに適している。
(注5)ホモロジー解析
ホモロジーを用いると、図形の詳細に立ち入ることなく、繋がりのみを議論することができる。本研究の場合、原子配列の詳細を気にすることなく、原子の繋がり方のみを議論することができ、局所構造内の原子配列の不均一性を調べることが可能である。
A. Hirata, L. J. Kang, T. Fujita, B. Klumov, K. Matsue, M. Kotani, A. R. Yavari, M. W. Chen, "Geometric frustration of icosahedron in metallic glasses" Science (2013)
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平田秋彦(ヒラタ アキヒコ)
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR) 准教授
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