東北大学 大学院理学研究科・理学部

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【プレスリリース】"分子で磁石を創る"新たな設計法を開発

国立大学法人東北大学【総長 里見進】金属材料研究所【所長 高梨弘毅】の福永大樹氏(同大学大学院理学研究科化学専攻博士前期課程2年)と宮坂等教授は、鎖状と層状の二種類の低次元磁気格子※1からなる分子磁性体(分子磁石)※2を構造的に組み合わせることにより、それぞれの構成格子の構造と磁気的な特徴を併せ持つ新しい三次元格子からなる分子磁石を設計することに成功しました。本物質では、類似の構成部位をもつ層状構造をもつ磁性体とπスタック型カラム状構造※3をもつ磁性鎖を選択することにより、両者の構造的な特徴である二次元層とπスタック鎖(柱)を組み合わせた"πスタック型ピラードレイヤー構造"※4を溶液内で自己組織的※5に集積させ、層内の磁気秩序※6と層間の磁気秩序を一義的に制御する方法論を提案しています。実際に、本方法により、磁気相転移温度※7TC = 82 K の分子磁石をつくることに成功しました。

本研究の結果は、2種類の低次元磁気格子を組み合わせて磁石を設計する新たな方法論を示しているだけでなく、電荷移動型錯体※8による高相転移温度磁石の開発※9に道筋をつけています。また、本設計法は、分子の持つ多様な機能性を組み合わせて磁性体を作ることも可能にしており、多機能性磁性体の開発という点でも今後興味が持たれます。

本研究成果はドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」に受理され、VeryImportant Paper (VIP)に選ばれました



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□ 東北大学

□ 東北大学金属材料研究所

□ 東北大学 金属材料研究所 錯体物性化学研究部門



お問い合わせ先



宮坂 等(ミヤサカ ヒトシ)

東北大学金属材料研究所 錯体物性化学研究部門 教授

TEL: 022-215-2030

E-mail: miyasaka*imr.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)



研究の背景



我々の身の回りにある磁石は、個々の構成スピンが磁気秩序をもって三次元的に揃うことにより磁石の性質を発現します。その磁石を"分子で創る"ことは、物質の種類と設計法の多様性、多様な性質などの付加的要素の高設計性、ナノサイズ制御※10の柔軟性などの多くの利点をもつため、「分子磁性」という一つの学問分野を創って幅広い方面から活発に研究されています。しかし一方で、構造および磁気格子は構成分子の種類や形、大きさに大きく左右されるため、低次元格子をもつ化合物が合成されやすいのも否めません。一般に、二次元層状格子からなる磁性体は、層内と層間の磁気秩序に大きな異方性をもち、且つ層間の環境に大きく依存した磁気秩序を示します。同様に、一次元格子からなる磁性体はその磁気相転移が鎖間の相互作用に大きく依存するため、磁気相転移温度(TC)が非常に低い(数K(ケルビン)程度)のが一般的です。すなわち、磁気相転移温度の高い無限磁気経路を造るには、一度に組
み上がるジャングル・ジムのような等方的な三次元格子を創製することが近道であると理解されてきました。



研究成果の内容



東北大学金属材料研究所の福永大樹氏(同大学大学院理学研究科化学専攻博士前期課程2年)と宮坂等教授は、構成ユニットが類似であり、且つ異なる結合様式で構成された層状磁性体と磁性鎖に着目し、両者の構造的な特徴である層と鎖(柱)を組み合わせた"ピラードレイヤー構造"(層が柱で繋がれた骨格構造)を自己組織化により構築することにより、層内の磁気秩序と層間を繋ぐ常磁性の柱を介した層間の磁気秩序を一義的に制御できることを提案しています(図1)。実際には、電子供与分子(D)※11として振る舞うカルボン酸架橋水車型ルテニウム二核(II, II)金属錯体と電子受容分子(A)※12として振る舞うTCNQ(7,7,8,8-tetracyano-p-quinodimethane)誘導体からなるD2A 層状化合物(図2)と、πスタックによるカラム状格子をもつ電荷移動磁性体[FeCp*2]+TCNQ- ([FeCp*2]+ = デカメチルフェロセニウム)(図2)を組み合わせることにより、両物質系の特徴をそのまま付加した、TC = 82 K(図3)の"πスタック型ピラードレイヤー構造"の分子磁石を構築することに成功しました。この相転移温度は、化合物に等方的な圧力を掛けることにより線形的に上昇し、静水圧12.5 kbar 下ではTC = 107 K になります(図4)。



研究の意義と今後の展開



低次元格子の構造と磁気秩序をそのまま組織化することにより三次元的な磁気経路を構築する方法は、ボトムアップ手法※13による新たな分子磁性体の構築法として有用です。また、この方法は類似の化合物群に適用でき、他の機能性(光応答性、伝導性、多孔性を利用した分子吸着能など)を付加できるなど、様々な磁性体設計に応用できるため、さらなる磁気相転移温度の上昇と多重機能性についても期待できます。今後は、高相転移分子磁性体を探索すると共に、電荷秩序の制御による遍歴電子、構造対称性、局在スピンの協奏現象を示す多重機能磁性材料の開発を進めていきます。



論文タイトルと著者



"Magnet Design via the Integration of Layer and Chain Magnetic Systems in a π-Stacking Pillared Layer Framework"

Hiroki FUKUNAGA and Hitoshi MIYASAKA



本研究は、東北大学金属材料研究所・低炭素社会基盤材料研究事業助成研究(LC-IMR)、同研究所国際共同研究センター(ICC-IMR)、旭硝子財団研究助成金、文部科学省新学術領域研究「配位プログラミング」(代表:宮坂等、No. 24108714)、科学研究費挑戦的萌芽研究(代表:宮坂等、No. 25620041)、および基盤研究(A)(代表:宮坂等、No. 24245012)の助成を受けました。



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図1.二次元層状磁性体と一次元格子磁性体の組み合わせによるピラードレイヤー構造構築の概念図。



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図2 . カルボン酸架橋水車型ルテニウム二核(II, II) 金属錯体とTCNQ(7,7,8,8-tetracyano-p-quinodimethane)からなるD2A 層状化合物と、πスタックによる一次元カラム状格子をもつ電荷移動磁性体[FeCp*2]+TCNQ- ([FeCp*2]+ = デカメチルフェロセニウム)の構造と集積反応の概念図。



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図3.交流磁化率(χ': 実部、χ": 虚部)の温度変化。虚部交流磁化率の立ち上がりから、磁気相転移温度(TC)を決定。



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図4.様々な圧力下での磁化の温度変化。



用語解説



※1:一般的に、一次元は線、二次元は面、三次元は空間を意味しています。これに習い、直線状に結合が存在するために鎖状になっている化合物を一次元格子、結合によって平面を形成している化合物を二次元格子、結合が立体を形作っている場合を三次元格子とよびます。このとき、各格子上に磁石の元であるスピンが存在している場合に、それぞれ一次元磁気格子、二次元磁気格子、三次元磁気格子となります。この中で、低次元磁気格子は一次元磁気格子と二次元磁気格子を意味しています。


※2:日常で用いている磁石に代表されるように、多くの磁性体は無機物で構成されています。これに対し、分子を用いて作成した磁性体を総称して分子磁性体(分子磁石)と呼んでいます。分子磁性体は無機物の磁石にはない"やわらかさ"や"設計性や機能性付加の多様性"を有しており、盛んに研究が進められています。


※3:ベンゼンに代表される芳香族化合物の環(芳香環)上には、π電子と呼ばれる電子が分布しています。このπ電子同士は互いに相互作用を持つため、芳香環同士が重なって(スタックして)安定化することによってπスタックを形成します。πスタックは多くの場合部分的に存在しますが、場合によっては芳香環同士が積層し続けて円柱(カラム)を形成することがあります。このようにして形作られた"πスタック型カラム状構造"は、構造の安定化のほかに電気伝導性などの物性を示すことがあり、化合物に物理的な性質を持たせる面でも有用な構造の一つです。


※4:二次元層状化合物の層(レイヤー)間を分子によって柱(ピラー)のように繋げた構造を、ピラードレイヤー構造といいます(たとえば、壁のないビル(建造物)のような構造)。通常、柱に相当する分子は配位結合や水素結合によって固定されており、πスタックのみによるピラードレイヤー構造の構築はあまり例がありません。


※5:通常の化学反応は、反応しながらひとつの結晶構造にたどり着く、という挙動をすることはありません。しかしながら自然界ではタンパク質に代表されるように、簡単な分子が自然に組み合わさることで複雑な構造を自動的に作り出します。これは分子間の相互作用によりエネルギー的に安定な状態を取ろうとするためであり、金属錯体と有機物に対してもこのような自己組織化の機構を用いることで、複雑かつ強固な分子構造を作り出すことができます。


※6:スピンは通常、様々な方向を向くことができ、無秩序な状態をとっています。しかしながらスピンとスピンの間には平行になろうとする相互作用か反平行になろうとする相互作用が働き、ある温度以下では各々のスピン同士が自由な方向を向くことができずにある方向に固定されてしまう、すなわち秩序(磁気秩序)を持つ場合があります。その磁気秩序が三次元的に起こる温度が磁気相転移温度と言います(※7)。たとえばスピンの向きが一方向に揃うような磁気秩序を有する場合、我々が普段用いている磁石になります。


※7:スピンの向きの変わりやすさは温度に依存しており、高温であるほどスピンの向きがバラバラの無秩序状態になりやすくなります。一方低温では、スピンの向きの変わりやすさに対してスピン同士の磁気的相互作用が無視できなくなるため、ある温度以下になった場合にスピンの向きが一定方向(平行あるいは反平行)に固定された秩序状態へと変化します。このような無秩序状態から秩序状態、またはその逆の変化は相転移として知られている現象です。スピン、すなわち磁石に関する相転移のため、これを磁気相転移といいます。


※8:金属錯体を構成する電子供与部位(※11)と電子受容部位(※12)間で電荷移動を起こす錯体。


※9:無機物磁性体の磁気相転移温度は非常に高く、数百度に加熱しても磁石としての性質を失わないこともあります。一方で、分子磁性体の磁気相転移温度は非常に低く、多くの場合、絶対零度近辺において初めて磁気相転移を起こします。従って分子磁性体の分野では、磁気相転移温度を上げることは一つの目標となっています。しかし、分子磁性体は用いる分子の形状や組み合わせ方によって大きく相互作用が変化するため、これらを制御することは大きな困難を伴います。このため、高温(ここでの高温とは、室温付近を言います)での磁気相転移を実現するための合理的な設計指針や方法論は極めて重要な意味を持っています。


※10:磁石をダウンサイズすることは、磁気メモリーの増幅には欠かせない技術です。分子磁石は、"分子"からつくるため、究極的にナノメートル(10 億分の1 メートル)サイズの一様な極小磁石を作ることができます。このような分子サイズの磁石では、量子的な振る舞いをするスピンを扱うことができるため、量子磁石とも呼ばれています。現在使用されている磁石をトップダウン的(※
12)に小さくすると、あるサイズ以下では磁石の性質が急激に変化する、あるいは消磁してしまう現象が起こるため、限界があるといわれています。


※11:ある種の分子は、自身の持つ電子を他の分子に与えることが可能です。このような性質を持つ分子を電子供与分子といいます。


※12:電子供与分子とは逆に、電子を受け取ることが可能な分子も存在します。このような性質を持つ分子を電子受容分子といいます。電子供与分子と電子受容分子を組み合わせることで、分子間での電荷移動や電子移動(※8)を実現することができます。


※13:ある物質を得る場合にとりうる手段は、大きく二つに分けられます。一つは原子や分子のレベルから構造を組み上げていく方法であり、分子一つずつが自ずと組みあがっていく自己組織化反応が代表例です。小さなサイズから大きなサイズへと成長していくため、"ボトムアップ手法"とよばれています。もう一つは、一端作成した構造を小さくすることで目的の構造を得る手法です。
こちらは"トップダウン手法"と言われており、例えば、黒鉛を形成している層をテープなどで物理的にはがすことにより単層であるグラフェンを得る、といった例があります。

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