東北大学 大学院理学研究科・理学部

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10ΛBeハイパー原子核の精密測定に成功 従来のハイパー核束縛エネルギーの基準に見直しを迫る!

概要


 東北大学大学院理学研究科中村哲教授、後神利志博士(元東北大学大学院生、現京都大学特定研究員)、ハンプトン大学リグアン・タン教授、フロリダ国際大学ヨーク・ラインハルト教授らによる国際共同研究チームは米国ジェファーソン国立研究所において高エネルギー・高品質の電子線を同位体濃縮されたホウ素(10B)標的に照射することで、"奇妙さ量子数"注1を持つラムダ粒子を原子核内に作り出し、10B-thum.pngeハイパー核 (陽子が4つ、中性子が5つ、ラムダ粒子が1つの合計10個の重粒子注2からなる原子核)の質量の精密測定に成功しました。
 この成果は原子核を束縛する力の重要な性質である「荷電対称性」について新たな知見を与えます。さらに得られた結果と過去に測定されたラムダハイパー核のデータを比較・検討することにより、パイ中間子ビームを使ってこれまでに測定された数多くのラムダ粒子束縛エネルギー注3に見直しが必要であろうという極めて重要な情報をもたらしました。
 本研究の結果は、2016年3月10日に米国の物理専門誌「Physical Review CTM」にオンライン出版されました。また、同誌に掲載された記事の中で特に重要かつ興味深い成果であるとして editor's suggestion(注目論文)にも選ばれました。

T.Gogami, et al. (HKS (JLab E05-115) Collaboration),
Phys. Rev. C 93, 034314 - Published 10 March 2016
http://journals.aps.org/prc/abstract/10.1103/PhysRevC.93.034314
Selected as "editor's suggestion".


□ 東北大学プレスリリース本文

詳細な説明


1.背景
 世の中の全ての物質は原子核と電子からできています。そして、原子核は正の電荷を持った陽子と電荷ゼロの中性子から構成されます。原子核というフェムトメートル(10-15メートル;10億分の1メートルのさらに100万分の1)の大きさの世界では陽子間には電磁相互作用であるクーロン力により大きな反発力が働いていますがバラバラになることなく、核力によって固く結びつけられています。しかし、核力の性質は未だ充分に理解されているわけではなく、現在も様々な手法を用いて理解を深める努力が続いています。陽子と陽子の間に働く核力と中性子と中性子の間に働く核力はほぼ同じであることが広く知られており核力の「荷電対称性」と呼ばれています。このため、原子核を議論する際には陽子と中性子は区別せず、まとめて核子と呼ぶこともしばしばあります。核力は現在では強い力と呼ばれるより一般的な相互作用として理解が進んでおり、核子とは似ているが違う別粒子(核子とあわせて重粒子とよばれます)を作り出し、それらの粒子間の力を研究することで核力の理解を深めることができます。
 なかでも"奇妙さ量子数"を持つ重粒子の中で一番軽いラムダ粒子は原子核内に人工的に作り、束縛させることでハイパー原子核を作ることが可能です。その寿命が原子核物理学における基準では比較的長い(200ピコ秒程度、100億分の2秒程度)ため、精密な質量の測定、つまりエネルギー分光が可能です。
 60年以上前に原子核乾板技術を使い、宇宙線が作り出したラムダハイパー核が発見されて以来、世界各地の粒子加速器を使ってK中間子やパイ中間子ビームを使ったラムダハイパー核分光実験が展開され重粒子間の強い力の理解が進んできました。中でも、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の陽子シンクロトロン等で展開されたパイ中間子ビームを用いて生成されたK+中間子を測定するハイパー核分光法は数多くのラムダハイパー核の束縛エネルギーという重要な情報を提供してきました。

2.研究手法と成果
 東北大学を中心とする国際共同研究グループ(HKS コラボレーション、図1)は中間子ビームを用いた分光法とは別の手法として米国ジェファーソン研究所(JLab)にある連続電子線加速器研究施設(CEBAF)において電子線を用いたラムダハイパー核分光法の開発を進めてきました。この手法と国内で設計、製作し米国に設置した二台の大型磁気分光器HKS, HES(図2)を用いて実施した JLab E05-115実験(東北大学、ハンプトン大学、フロリダ国際大学を始めとする21研究機関、76人による国際共同実験)で10B-thum.pngeハイパー核の精密分光に成功しました(図3)。

 核力の重要な特徴である「荷電対称性」が、ラムダ粒子に関しては成り立たず「荷電対称性が破れている」ことが、近年の東北大学を中心とする国際共同研究グループによりドイツマインツ大学で実施された水素4ハイパー核(4H-thum.png)の実験とJ-PARCハドロン実験施設において実施されたヘリウム4ハイパー核(4H-thum.pnge)といった軽い(4個の重粒子からなる)ハイパー原子核の研究により明らかになっていました注4
 今回、精密分光に成功した10B-thum.pngeハイパー核の結果から、これら軽いハイパー原子核では大きく破れている荷電対称性が、すこし重い(10個の重粒子からなる)ラムダハイパー核ではあまり破れていないことが分かりました。この結果は未だ理解されていないラムダ粒子-核子間の荷電対称性の破れの根本的な原因の解明や、ラムダ粒子、陽子、中性子等の重粒子間力の理解に繋がり、我々の核力の理解を深める手がかりになる重要な成果です。
 また、本研究のラムダハイパー核精密分光法は陽子をラムダ粒子に変換することでハイパー原子核を作り出すため、陽子標的とラムダ粒子、中性シグマ粒子の正確に知られた質量を使うことでエネルギー絶対値の校正が可能という特徴があります。中性子をラムダ粒子に変換するパイ中間子ビームを使う分光法では中性子標的が存在しないためこの手法を使うことができず、1960年代に原子核乾板技術で測定された6個の12C-thum.pngハイパー核のデータを基準としてエネルギーを校正しています。このため、この基準に誤りがあるとパイ中間子ビームを用いて測定された多くのラムダハイパー核の束縛エネルギーが影響を受けます。今回測定した結果と過去のデータを注意深く比較することで、12C-thum.pngハイパー核のデータで校正されたラムダハイパー核分光実験で測定された全てのラムダ粒子束縛エネルギーに0.5 MeV注5程度の修正が必要であろうという極めて重要な情報が得られました。

3.今後の展望
 重いラムダハイパー核の束縛エネルギーは、そのほとんどがパイ中間子ビームを用いて測定されており、今回の結果が示唆する修正が必要であろうと考えられます。重粒子間に働く力を表すモデルやハイパー核質量を計算する理論はこれらのデータを使って構築されているため、今後、修正されたデータを使ってモデル、理論を改良する必要があります。また、重粒子が4個の軽いハイパー核で大きく破れている荷電対称性がなぜ、重粒子が10個で構成されるハイパー核ではあまり破れていないのかを理解することが核力、そして強い相互作用のより深い理解へと繋がると期待できます。
 また、天然のハイパー核は地球上には存在しませんが、中性子星と呼ばれる星全体が半径10キロメートルほどの巨大な原子核になった星の中心には"奇妙さ量子数"を持った重粒子が天然に存在する可能性が指摘されています。直接観測することができないこのような極限状況における物質の振る舞いを理解するためには、地球上におけるより重いハイパー核、さらには中性子の数が陽子数より多い中性子過剰ハイパー核の系統的な精密分光が必須といえます
 今回の10B-thum.pngeハイパー核束縛エネルギー精密測定の成功によりエネルギーを他実験のデータに依存せず校正できる本手法の有用性が証明されたため、今後はより研究の対象を広げ様々なハイパー核の分光を行うことで核力、重粒子間力の理解を深めることができます。

 本研究は科学研究費(12002001, 15684005, 16GS0201),日米共同研究事業,先端拠点形成事業(21002)、頭脳循環を加速する若手研究者海外派遣プログラム(R2201)、米国エネルギー省のサポートのもと行われました。


用語解説および注釈


注1 "奇妙さ量子数"
 通常の原子核は陽子と中性子から構成されます。さらに陽子や中性子はクォークと呼ばれる素粒子3つから作られています。具体的には陽子は2個のアップクォークと1個のダウンクォーク、中性子は1個のアップクォークと2個のダウンクォークから作られています。クォークにはアップ、ダウンの他にチャーム、ストレンジ、トップ、ボトムの6種類がありますが、この中でアップ、ダウンクォークと比べてかけ離れて重くないのはストレンジクォークだけです。このためストレンジクォークを含む3つのクォークから作られる粒子は陽子、中性子の仲間として議論されることがしばしばあります。ストレンジクォークを幾つ含むかを"奇妙さ量子数"(ストレンジネス)で表します。 例えばストレンジクォークを1個含むラムダ粒子(アップ、ダウン、ストレンジクォークを1個ずつ)やシグマ粒子は奇妙さ量子数-1を持ち、陽子や中性子の奇妙さ量子数はゼロになります。

注2 重粒子
 陽子や中性子、ラムダ粒子のようにクォーク3つから構成される粒子を重粒子(バリオン)と呼びます。一方、湯川博士の予言したパイ粒子や"奇妙さ量子数"を持つK粒子はクォークとその反粒子である反クォークの2つから構成されており中間子(メソン)、そして電子やニュートリノの仲間はそれ自体が素粒子でクォークを含んでおらず軽粒子(レプトン)と呼ばれます。

注3 ラムダ粒子束縛エネルギー
 ラムダ粒子が原子核中に束縛されラムダハイパー核が作られるとその質量(m(ΛZ))はラムダ粒子単体の質量mΛとそれ以外の部分の質量(M)の和よりも軽くなります。この軽くなった質量(mΛ+M- m(ΛZ))はハイパー核を束縛するためのエネルギーに変換されたと考えられラムダ粒子束縛エネルギー(BΛ)と呼ばれます。アインシュタイン博士の特殊相対論によれば光速 c を使いBΛ={mΛ+M- m(ΛZ)}c2 と束縛エネルギーを求めることができます。

注4 昨年、東北大学を中心とする2つの国際共同研究チームが軽いラムダハイパー核の荷電対称性に関する成果を報告しています。

ドイツマインツ大学で実施された水素4ハイパー核(4H-thum.png)の実験に関しては
A.Esser, S.Nagao, et al., Physical Review Letters 114, 232501 (2015).
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2015/06/award20150625-01.html

J-PARCハドロン実験施設において実施されたヘリウム4ハイパー核(4H-thum.pnge)の実験に関しては
T.O.Yamamoto, et al. Physical Review Letters 115, 222501 (2015).
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2015/11/press20151125-02.html
をご参照ください。

注5 MeVは百万電子ボルト。1ボルトの電圧で電子を加速したとき受け取るエネルギーが1電子ボルトに相当します。0.5 MeV は500,000ボルトで加速された電子が受け取るエネルギーと等しくなります。


参考図

20160322_10.png 図1:スペクトロメータ組み立て中に集合したHKS コラボレーションメンバー(一部)およびジェファーソン研究所技師らと撮影したグループ写真。

20160322_20.png 図2: 測定に使用した大型磁気分光器HKS(高分解能K中間子スペクトロメータ、右)とHES(高分解能電子スペクトロメータ、左)。両スペクトロメータの主なパーツである大型電磁石(HKS磁石は200トン以上の重さ)は全て日本において設計、製作、テストの上、米国へ輸出、組み立てました。右側に見える作業中の技師と比べれば装置の大きさが分かります。

20160322_30.png 図3: 測定された10B-thum.pngeハイパー核のラムダ粒子束縛エネルギースペクトラム。偶発同時計数による背景雑音の上にハイパー原子核のピークが見えます。図中右側にはラムダ粒子が生成されたものの原子核に束縛はされずに逃げた準自由生成反応に起因する盛り上がりが見えます。


お問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院 理学研究科物 理学専攻
教授 中村 哲(なかむら さとし)
電話:022-795-6453
E-mail:satoshi.nakamura.a7[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院 理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022-795-5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください

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