東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の奧村哲平特任研究員と日影千秋特任助教、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻の戸谷友則 (とたに・とものり) 教授を中心に、東北大学大学院理学研究科天文学専攻の秋山正幸(あきやま・まさゆき)准教授及び京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻の岩室史英 (いわむろ・ふみひで) 准教授、太田耕司 (おおた・こうじ) 教授らから成る国際研究グループは、すばる望遠鏡を用いたFastSound (ファストサウンド) という銀河サーベイにより、平均して130 億光年もの遠距離にある約3000個もの銀河までの距離に基づく宇宙3次元地図を完成させました。
さらに地図中での銀河の運動を詳しく調べ、重力によって大規模構造が成長していく速度の測定に初めて成功しました。そして、そのような遠方宇宙でも構造形成速度がアインシュタインの一般相対性理論の予想と一致することを確かめました。今回の結果は、一般相対性理論は正しく、アインシュタインが導入した宇宙定数により宇宙の加速膨張が起きているという説をさらに支持するものです。
本研究成果は日本天文学会の発行するPublications of the Astronomical Society of Japan (欧文研究報告) のオンライン版に2016 年4月26日付で掲載されました。
発表内容
宇宙はビッグバンで誕生して以来、膨張を続けています。単純な理論予想では、その膨張は減速していくはずですが、近年の詳細な宇宙の観測から、逆に加速膨張していることがわかっています。その原因は謎に包まれており、ダークエネルギーと呼ばれる謎のエネルギーが宇宙を満たしているか、あるいは、宇宙論が基礎に仮定している一般相対性理論が破綻しているのか、という二つの可能性が考えられ、精力的に研究が続けられています。一般相対性理論は約100年前にアインシュタインによって確立した重力の理論です。太陽系以下のスケールでは高い精度で実験的に検証されていますが、100億光年を超えるような宇宙論的なスケールでも成り立つかどうかはわかりません。
そこで、宇宙論的なスケールで重力が一般相対性理論に従っているかどうかの検証が必要となります。そのために最も有力な観測の一つは、銀河のサーベイ観測によって多数の銀河までの距離を測定し、宇宙における銀河の3次元分布、いわゆる宇宙大規模構造を調べることです。宇宙の大規模構造に沿って個々の銀河がどのくらいの速度で運動しているかを調べると、大規模構造の成長速度がわかります。この速度が、一般相対性理論の予想とあっているかどうかを調べることで、一般相対性理論の検証ができます。
しかし、これまでの大規模構造成長速度の測定は、赤方偏移 (注1) の値が1、共動距離 (注2) にして 約100 億光年までの比較的近傍の宇宙に限られてきました。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の奥村哲平特任研究員と日影千秋特任助教、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻の戸谷友則教授を中心に、東北大学大学院理学研究科天文学専攻の秋山正幸准教授及び京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻の岩室史英准教授、太田耕司教授らからなる研究グループは、FastSound (ファストサウンド; FMOS Ankoku Sekai Tansa (暗黒世界探査) Subaru Observation Understanding Nature of Dark energy) という銀河サーベイを遂行し、赤方偏移の値が1を超える宇宙での重力理論の検証を行いました。FastSound は、ハワイ島マウナケア山のすばる望遠鏡に、京都大学とオックスフォード大学が主導し開発したFMOS (Fiber Multi-Object Spectrograph 注3) という分光器を取り付けて、赤方偏移の値が1.2 から1.5 すなわち、共動距離で約124億光年から147 億光年の宇宙における銀河までの距離を測定する銀河サーベイです。2012年から2014年にかけて観測が行われ、昨年、約3000個もの銀河からなる宇宙の3次元大規模構造マップが完成しました (図1)。奥村研究員らは、その中での個々の銀河の運動を調べ、大規模構造の成長速度の測定に成功しました。測定の統計的有意度は99.997% で、100億光年を超える遠方宇宙でこれだけの有意度で成長速度を測定できたのは世界で初めてのことです。その測定値を一般相対性理論の予想値と比較したところ、測定誤差の範囲で一致していることがわかりました (図2)。
アインシュタインはかつて、自らが信じる「静止した宇宙」を可能とするため、一般相対性理論の基礎方程式である「アインシュタイン方程式」に「宇宙定数」と呼ばれるものを追加しました。のちにハッブルによって宇宙の膨張が発見され、宇宙定数の導入を「生涯最大の過ち」として撤回したことは有名です。しかし、現在の加速する膨張宇宙は、一般相対性理論にこの宇宙定数を加えることで説明できることが知られています。今回の観測結果は、この宇宙モデルにさらなる支持を与えるものです。
しかし、宇宙定数の物理的な起源は依然として謎に包まれています。また、今回の測定誤差の範囲内で、わずかに重力が一般相対性理論からずれている可能性もまだ否定できません。Kavli IPMU が主導して開発が進むすばる望遠鏡の新観測装置、PFS (Prime Focus Spectrograph 注4) はFastSound よりもさらに大規模な銀河サーベイを可能にします。FastSound によって得られた今回の結果はPFS による観測へと発展し、宇宙論研究で世界的な結果を出していく重要なステップと位置付けることができます。
本研究の中心となった奧村哲平 (おくむら・てっぺい) 特任研究員は成果について「宇宙の三次元マップを作るための本格的な銀河サーベイを日本が主導して行ったのは初めてのことで、それによって一般相対性理論誕生から100年という節目に、史上最遠方の一般相対論の検証結果を発表できて、感慨無量です」と述べています。
本研究は、日本天文学会の発行するPublications of the Astronomical Society of Japan (欧文研究報告) のオンライン版に2016 年4月26日付で掲載されました。
発表雑誌
雑誌名:「Publications of the Astronomical Society of Japan (欧文研究報告)」Vol. 00 (2016) No. 0
論文タイトル: The Subaru FMOS galaxy redshift survey (FastSound). IV. New constraint on gravity theory from redshift space distortions at z ~1.4
著者: Teppei Okumura (1), Chiaki Hikage (1), Tomonori Totani (2), Motonari Tonegawa (2), Hiroyuki Okada (2), Karl Glazebrook (3), Chris Blake (3), Pedro G. Ferreira (4), Surhud More (1), Atsushi Taruya (1,5), Shinji Tsujikawa (6), Masayuki Akiyama (7), Gavin Dalton (8,9), Tomotsugu Goto (10), Takashi Ishikawa (11), Fumihide Iwamuro (11), Takahiko Matsubara (12,13), Takahiro Nishimichi (1,14), Kouji Ohta (11), Ikkoh Shimizu (15), Ryuichi Takahashi (16), Naruhisa Takato (17), Naoyuki Tamura (1), Kiyoto Yabe (1), and Naoki Yoshida (1,14,18),
著者所属:
1 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), The University of Tokyo Institutes for Advanced Study, The University of Tokyo, 5-1-5 Kashiwanoha, Kashiwa 277-8583, Japan
2 Department of Astronomy, School of Science, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan
3 Centre for Astrophysics & Supercomputing, Swinburne University of Technology, P.O. Box 218, Hawthorn, VIC 3122, Australia
4 Department of Physics, University of Oxford, Denys Wilkinson Building, Keble Road, Oxford, OX13RH, United Kingdom
5 Yukawa Institute for Theoretical Physics, Kyoto University, Kyoto 606-8502, Japan
6 Department of Physics, Faculty of Science, Tokyo University of Science, 1-3 Kagurazaka, Shinjuku-ku, Tokyo 162-8601, Japan
7 Astronomical Institute, Faculty of Science, Tohoku University, 6-3 Aramaki, Aoba-ku, Sendai, Miyagi 980-8578, Japan
8 Astrophysics, Department of Physics, Denys Wilkinson Building, Keble Road, Oxford OX1 3RH, U.K.
9 RALSpace, STFC Rutherford Appleton Laboratory, HSIC, Oxford OX11 0QX, UK
10 Institute of Astronomy, National Tsing Hua University, No. 101, Section 2, Kuang-Fu Road, Hsinchu, Taiwan 30013
11 Department of Astronomy, Kyoto University, Kitashirakawa-Oiwake-cho, Sakyo-ku, Kyoto 606-8502, Japan
12 Department of Physics, Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8602, Japan
13 Kobayashi-Maskawa Institute for the Origin of Particles and the Universe (KMI), Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya 464-8602, Japan
14 CREST, JST, 4-1-8 Honcho, Kawaguchi, Saitama, 332-0012, Japan
15 Department of Earth & Space Science, Graduate School of Science, Osaka University, 1-1 Machikaneyama, Toyonaka, Osaka 560-0043, Japan
16 Faculty of Science and Technology, Hirosaki University, 3 Bunkyo-cho, Hirosaki, Aomori 036-8561, Japan
17 Subaru Telescope, National Astronomical Observatory of Japan, 650 North A'ohoku Pl., Hilo, HI 96720, USA
18 Department of Physics, School of Science, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo, Tokyo 113-0033, Japan