東北大学 大学院理学研究科・理学部

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【研究成果】新たな触媒が拓く新たな有機合成 〜"最強"の不斉有機塩基触媒による反応開発〜

20160525_10.png図1.『Angewandte Chemie International Edition』54巻52号表紙より。強力な塩基触媒を強い鷹に見たて、「触媒が基質からプロトンを引き抜き、生成物に与える」過程を、「鷹が水中(基質)から魚(プロトン)を力強く取り、巣(目的地=生成物)に運ぶ」絵で表現しています。


初めに


 現代の社会において、新たな医薬品や機能性有機材料の開発が強く求められています。その実現には、元となる化合物群の自在な合成を可能にする有機合成反応の開発が必要不可欠です。特にキラル(注1)な化合物の片方のエナンチオマー(鏡像異性体)を選択的に合成すること(不斉合成)は精密な有機合成を行う上で極めて重要です。エナンチオマー間では化学的、物理的な性質はほとんど同じです。その一方で、生体内での作用の仕方は異なることが多く、片方のエナンチオマーが薬で他方が毒であるということもあります(例えば、サリドマイド:図2)。したがって、望みの片方のエナンチオマーのみを選択的に合成することができれば、このような問題を回避することができます。
 不斉合成の方法の一つとして、ラセミ体(注2)またはアキラル(注3)な出発物質からエナンチオ選択的な反応により不斉合成する方法があります。そして高効率かつ高選択的な不斉合成を目指し、不斉触媒反応の開発研究が近年盛んに行われています。新たな不斉触媒反応の開発の鍵となるのは、反応に用いる不斉触媒です。これまでに金属触媒を中心とした様々な不斉触媒が開発され、それらを用いた数多くの分子変換反応が開発されてきました。また最近では、それらの触媒に加え、不斉有機分子触媒(注4)が環境調和型の不斉触媒として注目を集めています。


研究内容


 寺田眞浩教授の研究グループでは「従来の触媒とは一線を画す高い性能を持った不斉有機分子触媒の開発」と「これまでにない高度な分子変換反応の開発」を目指し、研究を行っています。そして最近、非常に高い塩基性を持つ不斉有機塩基触媒として「キラルビス(グアニジノ)イミノホスホラン触媒1」(図3)を開発しました。今回、この触媒の類まれな高い塩基性(おそらくこれまでに報告されている不斉有機塩基触媒の中で最も高い塩基性)を活用した高度な分子変換反応の開発を目指し、研究を行いました。その結果、ジチアン化合物2のイミン3へのエナンチオ選択的な付加反応の開発に成功しました(図4)。ジチアン化合物は有用なビルディングブロック(注5)として古くから有機合成に頻繁に用いられてきた化合物です。しかし、これまでにこの化合物を不斉触媒反応に用いた例はほとんど報告されていません。これは、ジチアン化合物の酸性度(注6)の低さに起因します。一般に塩基触媒反応は、触媒による基質(今回の付加反応ではジチアン化合物2)の脱プロトン化によってアニオン中間体(A)が生成し、求電子剤(今回の付加反応ではイミン3)と反応することで進行します(図5)。しかし、従来の不斉有機塩基触媒は塩基性が低く、比較的酸性度が低いジチアン化合物を基質として用いた場合に効率よく脱プロトン化が進行しません。そのため、これまでジチアン化合物を不斉触媒反応に用いることができませんでした。これに対し、キラルビス(グアニジノ)イミノホスホラン触媒1はジチアン化合物2を脱プロトン化するのに十分な塩基性を持っています。加えて、イミン3への付加における高い立体制御能(R体を与えるかS体を与えるかの制御能)を有しており、その結果、今回のエナンチオ選択的な付加反応の実現に至りました。この反応により得られる化合物(S)-4はさらなる分子変換が可能であり、キラルビルディングブロックとして有機合成への利用が期待されます。
 今回の研究成果は、不斉有機塩基触媒の塩基性を高めることで「従来の触媒では実現できない不斉触媒反応」の実現が可能であることを示した重要な成果です。ジチアン化合物3のように、酸性度の低さに起因してこれまで不斉触媒反応の基質として用いることのできなかった化合物は数多くあります。それらの化合物をターゲットとしたさらなる高度な分子変換反応の開発を目指し、今後研究を展開していきます。


発表雑誌


 この研究は東北大学の近藤梓助教、寺田眞浩教授(研究代表者)らの研究グループにより行われました。研究成果は2015年12月21日にWiley-VCH社の一般化学雑誌である『Angewandte Chemie International Edition』54巻52号に掲載されました。(A. Kondoh, M. Terada et al. "Enantioselective Addition of a 2-Alkoxycarbonyl-1,3-dithiane to Imines Catalyzed by a Bis(guanidino)iminophosphorane Organosuperbase" Angew. Chem. Int. Ed., 2016, 54 (52), 15836)。
 この研究は科学研究費補助金のサポートを受けています。


参考図

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図2.エナンチオマーの関係について


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図3.キラルビス(グアニジノ)イミノホスホラン触媒1


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図4.ジチアン化合物2のイミン3へのエナンチオ選択的付加反応


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図5.不斉塩基触媒反応のメカニズム


用語解説


(注1) キラル
自らの鏡像と重ね合わせることができない分子をキラルであるといいます。右手と左手の関係。

(注2) ラセミ体
キラルな化合物の両エナンチオマーの等量混合物のことを指します。

(注3) アキラル
キラルでないことをアキラルであるといいます。

(注4) 有機分子触媒
金属元素を含まず、炭素・水素・酸素・窒素・リン・硫黄などの元素から成る低分子有機化合物による触媒を指します。

(注5)ビルディングブロック
様々な分子変換が可能で有機合成に利用できる小分子のことをビルディングブロックと呼びます。

(注6)酸性度
酸としての強さの程度のことを酸性度といいます。通常指標として酸解離定数の負の常用対数(pKa)で表します。


お問い合わせ先


東北大学大学院理学研究科附属
巨大分子解析研究センター
助教 近藤 梓(こんどう あずさ)
電話:022-795-3898
E-mail:kondoha[at]m.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください


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