東北大学 大学院理学研究科・理学部

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磁性半導体(Ga,Mn)Asが強磁性をしめす メカニズムを解明 -20年来続く論争に終止符-

概要


 東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR、機構長 小谷元子)の相馬清吾准教授、高橋隆教授(兼務 理学研究科)、松倉文礼教授、Tomasz Dietl教授、大野英男教授 (兼務 電気通信研究所、省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター)、同理学研究科の佐藤宇史准教授らの研究グループは、磁性半導体(Ga,Mn)Asの強磁性発現機構の解明に成功しました。(Ga,Mn)Asは、よく知られた半導体であるGaAsに高濃度でMnを注入することで得られる物質です。半導体と磁性体の特質を併せもち、電気による磁性の制御を実現したこの物質は、スピントロニクス注1)の発展に大きな貢献をしてきました。しかし、発見から20年経った現在においても、(Ga,Mn)Asがなぜ強磁性を示すのかについては大きな論争があり、スピントロニクス素子の動作を理解するための基盤が不確かな状況が続いていました。今回、研究グループは、(Ga,Mn)Asにおける電子の状態を光電子分光注2)という手法で直接観測することに成功し、Asの結合軌道に注入されたホールキャリア注3)が強磁性に重要な役割を果たすことを見出しました。この成果により、磁性半導体材料の開発や電子スピン注4)の制御機構の理解が進むことが期待されます。
 本研究は、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)、および文部科学省・日本学術振興会科学研究補助金の支援を受けて行われました。本成果は、平成28年6月6日(英国時間)付けで、英国Nature Publishing Group (NPG)発行の科学雑誌Scientific Reportsのオンライン速報版に掲載されました。



□ 東北大学プレスリリース本文


研究の背景


 現代のエレクトロニクスは、半導体による電子回路と、磁性体による記憶媒体によって成立しています。半導体では結晶内の電子がもつ電荷の流れを利用するのに対し、磁性体では電子のスピンという性質を利用します。スピンは最小の磁石とみなせる電子の性質で、これが物質内で自発的に揃うことで磁化が発生し、物質そのものが磁石になります。この電子スピンをエレクトロニクスに活用して、革新的な高機能素子の実現を目指すのがスピントロニクスです。例えば、磁性体で記憶素子を作製して集積回路に組み込むことができれば、待機電力ゼロのコンピュターを作ることができます。そこで重要となるのが、素子単位での磁性体の電気的な制御です。素子を構成する半導体自体は電子スピンをもちますが、スピンの間に協調的に働く相互作用がないために、通常の半導体は磁化が発生せず、磁石になりません。
 その常識を覆した物質が、20年前に報告された磁性半導体(Ga,Mn)Asです。この物質は、代表的な半導体であるGaAsにおいて、Ga原子の位置に磁性不純物であるMn(マンガン)を高濃度で注入することで得られます(図1)。(Ga,Mn)Asの最大の特徴は、Mn注入によって結晶内にホールキャリア (電子の不足状態)も発生し、このキャリア濃度を高めるとMnの電子スピンが自発的に揃う点にあります。結晶の母体がGaAs半導体であるため、(Ga,Mn)Asは既存の素子と親和性が高く、電子の流れを制御するエレクトロニクスと、磁性の元となる電子スピンを高度に融合した現象が次々と発見されてきました。この物質で実証された多くの電子スピン現象は、スピントロニクス素子の高速化・高集積化・省エネルギー化などの基盤技術の構築に大きく貢献しています。
 このように、(Ga,Mn)Asはスピントロニクスにおいて重要な高機能モデル物質と考えられています。ところが、この物質の動作原理、すなわち「なぜ半導体が強磁性を示すのか」という基本的な物理については、全く異なる二つの見解があり、研究者の間で大きな論争となってきました。その一つは「p-dツェナーモデル」と呼ばれるもので、As結合軌道(図1)に注入されたホールが、Mnの電子スピンの間に強磁性相互作用を誘発するというものです。もう一つのモデルは「不純物モデル」と呼ばれ、Mn(図1)の周りに分布したホールが、隣り合う不純物Mnの強磁性を媒介すると考えます。どちらのモデルも、ホールキャリアの媒介でMnの電子スピンの自発的な整列が促されるという点は共通ですが、ホールの性質が異なるため、強磁性のタイプが全く異なります。このような二つの相容れないモデルの対立は、素子の根本的な動作原理を不確かにし、(Ga,Mn)Asをベースにしたスピントロニクスの発展を妨げるもので、その問題の解決が強く望まれていました。



研究の内容


 今回、東北大学の研究グループは、外部光電効果注5)を利用した光電子分光という手法を用いて、(Ga,Mn)Asの電子状態を高精度で決定することで、電子の不足状態であるホールキャリアが、As結合軌道とMn不純物軌道のどちらにあるのかを調べました。この実験では、(Ga,Mn)As試料の汚染を避けるため、薄膜試料を作製する分子線エピタキシー注6)装置から試料を一度も大気に出さずに常に超高真空環境で高分解能光電子分光装置に移送することで、(Ga,Mn)As本来の電子状態の観測に初めて成功しました。実験の結果、図3aに示すように、ホールキャリアの存在を示すフェルミ準位注7)の位置が、As結合軌道内にあることが明らかになりました。その一方で、今回の実験結果は、As結合軌道が不純物帯注8)の下に位置する不純物モデル(図3b)では説明できないことがわかりました。今回の研究によって(Ga,Mn)Asの電子状態が明らかになり、その強磁性発現機構が確立したと言えます。



今後の展望


 今回の研究は、物質の発見から20年間不明であった (Ga,Mn)Asの強磁性の仕組みを実験的に解明したものです。これを契機にして、(Ga,Mn)Asを用いて実証されてきた数多くのスピン現象やデバイス機能について、物性物理学に立脚した理解が急速に進展するものと考えられます。また今回の成果は、さらに高機能な磁性半導体材料の設計指針を与えるとともに、新たなスピントロニクス素子の開発を加速させるものです。



用語解説


1. スピントロニクス
電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子を実現する技術分野のことです。電子スピンは応答が早く、情報の保持に電力を要しないので、これを利用したスピントロニクスは、超高速・超低消費電力の次世代集積回路の最有力候補とされています。

2.光電子分光
結晶に紫外線やX線を照射すると物質の表面から電子が放出されます。放出された電子は光電子と呼ばれ、その光電子のエネルギーや運動量(角度)を測定すると、その電子が元々いた物質中の電子の状態、つまり物質の電子状態が分かります。

3.ホールキャリア
半導体の価電子帯において電子が不足した状態をホール(正孔)と呼び、さらに電気伝導を担う状態にある場合にホールキャリアと呼びます。本来電子が埋まっている軌道に「穴」が開くため、ホールは正の電荷を帯びた粒子のように結晶内を運動します。三価のGaイオンが二価のMnイオンと置換すると、Mnにつき1個分の電子が不足して、結晶内にホールが生成されます。

4.スピン
電子が持つ、自転に由来した磁石の性質のことです。自転軸の方向に対応して、上向きと下向きの2種類の状態があります。この自転軸は物質中の電磁気相互作用によって様々な方向を向きます。通常の金属や半導体では、上向きスピンと下向きスピンの電子は同じエネルギー状態をとっており(エネルギー縮退)、上向きと下向きの数が同数となるため、スピンの発生する磁化はキャンセルしてゼロになります。一方、強磁性体(磁石)ではスピンの縮退が解けて、片方の向きのスピンの電子の数が多くなるため、強い磁化が発生します。

5. 外部光電効果
物質に紫外線やX線を入射すると電子が物質の表面から放出される現象です。物質外に放出された電子は光電子とも呼ばれます。この現象は、1905年に、アインシュタインの光量子仮説によって理論的に説明されました。アインシュタインは、この業績でノーベル賞を受賞しています。

6. 分子線エピタキシー
高品質な単結晶薄膜を作製することができる手法のひとつです。超高真空槽内に設置したいくつかの蒸着源(材料)を加熱等により蒸発させ、対向した単結晶基板上に堆積させることで、原子レベルで制御された高品質単結晶薄膜を作製できます。自然界にはない物質を人工的に成長させることが可能で、(Ga,Mn)Asの高品質薄膜は、主にこの手法を用いて作製されます。

7. フェルミ準位
物質が静的な平衡状態(厳密には絶対零度)にあるときに、電子のとる最高のエネルギー準位のことです。電子のもつ量子力学的統計性により、物質内のすべての電子はフェルミ準位より下のエネルギーを完全に占有します。純粋な半導体や絶縁体では、フェルミ準位は価電子帯(結合軌道)と伝導帯(反結合軌道)の間の禁制帯(バンドギャップ)の中に位置しています。半導体にアクセプターを注入すると、フェルミ準位は価電子帯の中に位置するため、それより上のエネルギーに電子の不足領域(ホール)が発生します。

8. 不純物帯
半導体や絶縁体において、異種物質の添加や格子欠陥の生成により、価電子帯(結合軌道)と伝導帯(反結合軌道)の間の、禁制帯(バンドギャップ)のエネルギー領域内に発生するエネルギー帯のことです。不純物帯にある電子(もしくはホール)は、その準位を形成する異種原子や格子欠陥の周りに分布します。不純物の濃度が増して、かつ不純物帯が価電子帯や伝導帯から十分に離れているとき、電子は不純物の間を自由に飛び移り伝導を担うことができます。



論文情報


<著者>S. Souma, L. Chen, R. Oszwałdowski, T. Sato, F. Matsukura, T. Ditel, H. Ohno, and T. Takahashi
<タイトル>"Fermi level position, Coulomb gap, and Dresselhaus splitting in (Ga,Mn)As"
<掲載誌>Scientific Reports 6, 27266 (2016)
<DOI> doi:10.1038/srep27266



発表雑誌


Scientific Reports オンライン速報版、2016年6月6日公開(英国時間)


参考図

20160602_10.png 図1:(Ga,Mn)Asの結晶構造。母体のGaAsは閃亜鉛構造という立方晶の結晶構造をとります。灰色の線はAsの共有結合を示しています。磁性不純物であるMnがGaと置換すると、Mnの電子スピン(矢印)が同じ方向に揃って自発的な磁化を示します。

20160602_20.png 図2:角度分解光電子分光の概念図。物質に高輝度紫外線を照射し、放出された光電子のエネルギーと運動量を精密に測定することで、物質の電子状態を決定できます。

20160602_30.png 図3:(Ga,Mn)Asの強磁性モデル。(a)p-dツェナーモデルでは、電子のフェルミ準位がAs結合軌道の中に位置することで、強磁性を媒介するホールキャリア(電子の不足領域)がAs軌道(図1の灰色の線のまわり)に形成されます。一方、(b)不純物モデルでは、As結合軌道は完全に占有され、それより上に位置するMn不純物帯にホールキャリアが形成されます。今回の実験の結果、(a)のp-dツェナーモデルが強磁性機構をよく説明することがわかりました。


お問い合わせ先


<研究に関すること>
相馬 清吾 准教授
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
Tel:022-217-6169/022-795-6477
E-mail:s.souma[at]arpes.phys.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
皆川 麻利江
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)
広報・アウトリーチオフィス
Tel:022-217-6146
E-mail:aimr-outreach[at]grp.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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