東北大学 大学院理学研究科・理学部

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二重ベータ崩壊を使ったニュートリノ研究で 宇宙物質優勢の謎に挑む−準縮退型のマヨラナニュートリノ質量を大きく排除−

概要


 国立大学法人東北大学ニュートリノ科学研究センターが東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) などの国内外の研究機関と連携する国際共同実験グループ「カムランド禅コラボレーション(※1)」は、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊を探索する「カムランド禅」実験(※2)における最新の観測結果を公表し、キセノンの同位体(キセノン136, 136Xe)の半減期測定において以前の競合実験よりも10倍厳しい制限を達成しました。これまでニュートリノ質量型について3つの可能性が許されていましたが、カムランド禅においてマヨラナニュートリノ質量を世界最高感度で検証したことにより、その内の1つである準縮退型が大きく排除されました。今回カムランド禅の実験手法の優位性を示したことで、本年10月開始予定の次期計画「カムランド禅800」、さらに検出器を高性能化する将来計画「カムランド2禅」においてニュートリノの質量階層構造を検証する感度が期待されます。
 この成果は、平成28年8月11日(米国東部時間)付けで米国物理学会誌 Physical Review Lettersに掲載される予定です。また、Editor's suggestionに選定されました。



□ 東北大学プレスリリース本文


論文情報


<論文著者> カムランド禅コラボレーション
A. Gando1, Y. Gando1, T. Hachiya1, A. Hayashi1, S. Hayashida1, H. Ikeda1, K. Inoue1,2, K. Ishidoshiro1, Y. Karino1, M. Koga1,2, S. Matsuda1, T. Mitsui1, K. Nakamura1,2, S. Obara1, T. Oura1, H. Ozaki1, I. Shimizu1, Y. Shirahata1, J. Shirai1, A. Suzuki1, T. Takai1, K. Tamae1, Y. Teraoka1, K. Ueshima1, H. Watanabe1, A. Kozlov2, Y. Takemoto2, S. Yoshida3, K. Fushimi4, T.I. Banks5, B.E. Berger2,5, B.K. Fujikawa2,5, T. O'Donnell5, L.A. Winslow6, Y. Efremenko2,7, H.J. Karwowski8, D.M. Markoff8, W. Tornow2,8, J.A. Detwiler2,9, S. Enomoto2,9 and M.P. Decowski2,10

1Research Center for Neutrino Science, Tohoku University, Sendai 980-8578, Japan.
2Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), The University of Tokyo Institutes for Advanced Study, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan.
3Graduate School of Science, Osaka University, Toyonaka, Osaka 560-0043, Japan.
4Faculty of Integrated Arts and Science, University of Tokushima, Tokushima, 770-8502, Japan.
5Physics Department, University of California, Berkeley, and Lawrence Berkeley National Laboratory, Berkeley, California 94720, USA.
6Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, Massachusetts 02139, USA.
7Department of Physics and Astronomy, University of Tennessee, Knoxville, Tennessee 37996, USA.
8Triangle Universities Nuclear Laboratory, Durham, North Carolina 27708, USA and Physics Departments at Duke University, North Carolina Central University, and the University of North Carolina at Chapel Hill.
9Center for Experimental Nuclear Physics and Astrophysics, University of Washington, Seattle, Washington 98195, USA.
10Nikhef and the University of Amsterdam, Science Park, Amsterdam, the Netherlands.

<タイトル> "Search for Majorana Neutrinos near the Inverted Mass Hierarchy Region with KamLAND-Zen"
「カムランド禅による逆質量階層付近のマヨラナニュートリノの探索」
<掲載誌> Physical Review Letters



研究の背景


 宇宙誕生直後に無から等しく生成される粒子と反粒子は宇宙進化の過程で対になって消滅するはずですが、現在の宇宙には粒子が作る物質だけが残されています。このことは「宇宙物質優勢の謎」と呼ばれる宇宙・素粒子の大問題の1つですが、ニュートリノの性質がその謎を解決する鍵と考えられています。電荷を持たないニュートリノは、粒子と反粒子が同一のいわゆるマヨラナ粒子の候補です。このマヨラナニュートリノのアイデアは、卓越した理論物理学者であるエットーレ・マヨラナによって1937年に考案されましたが、未だ実験的実証は出来ていません。しかし、昨年のノーベル賞でも話題を集めたニュートリノ質量の発見によって、質量の起源に関わるマヨラナニュートリノの実証は決定的に重要な意味を持つことになりました。ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の観測はマヨラナニュートリノを証明する最も有力な実験的手法で、現在世界中で激しい競争が繰り広げられています。
 ニュートリノ検出器として既に極低放射線環境を実現していたカムランドでは、その環境を最大限活用し液体シンチレータ中にキセノンガスを溶かし込むことで、2011年にニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊探索プロジェクト「カムランド禅」を迅速に開始し、世界のトップグループに加わりました。2013年には世界最高感度での探索で、マヨラナニュートリノ質量0.3電子ボルトを示唆していた先行実験の主張を否定しています。さらに小さな質量領域の探索ではマヨラナニュートリノの発見だけでなくニュートリノ質量の階層構造を決定する可能性もあるため、さらなる研究の進展に注目が集まっていました。



研究成果


 カムランド禅では液体シンチレータとキセノンの純化によって放射性不純物からのバックグラウンドを10分の1以下に低減し、大幅な感度向上を実現しました。前データに純化後の約1年半のデータを加えた解析を行い、136Xeにおけるニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の半減期として90%の信頼度で1.07×1026年以上という制限(自身の感度を約6倍更新)を得ました。これは電子型のマヨラナニュートリノ質量の上限0.061〜0.165 電子ボルト(幅は原子核理論の不定性による)に換算でき、3種類のニュートリノが同程度の質量を持つ準縮退型のマヨラナニュートリノ質量の可能性を世界最高感度で探査したことになります。
 仮に、今後宇宙観測などが示すニュートリノ質量が矛盾する結果となる場合には、マヨラナニュートリノの可能性が否定され大統一理論に修正を迫る重大な成果となります。また、さらなる感度向上によってニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊が発見できた場合には、マヨラナニュートリノの証明となり、素粒子の理論に重いニュートリノを自然に導入することができます。宇宙最初期には存在できた重いニュートリノの崩壊は、物質優勢の宇宙を作り出すことができる(レプトジェネシス機構)ばかりか、ニュートリノだけが軽いことも説明できます(シーソー機構)。さらには宇宙の暗黒物質生成の起源となった可能性もあり、宇宙・素粒子の大きな謎の究明を大きく進展させます。今回の成果によってカムランド禅が競合実験を大きくリードしたことで、次世代さらには次々世代の装置開発が方向修正をしさらに活発化すると予想されます。



今後の展開


 カムランド禅ではニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の初検出に向けて、現在の381 kgから約750 kgへのキセノン増量と徹底的なクリーン環境下での極低放射能ナイロンバルーンの再製作によって、大型化・低放射能化を実現した次期計画「カムランド禅800」を本年10月に開始予定です。この計画ではついに未検証の逆階層型に切り込む感度を実現するため、発見の期待が高まります。カムランド禅ではニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊探索において引き続き世界をリードするため、観測と並行して汎用的かつ革新的な技術開発を進めています。さらに将来には大型化・高感度化によって逆階層型をカバーする感度を実現する「カムランド2禅」も計画されており、これによってニュートリノの性質について多くの重要な知見が得られると期待されます。



用語説明


(※1) カムランド禅コラボレーション
 国立大学法人東北大学ニュートリノ科学研究センター、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) などの国内外の研究機関と連携する国際共同実験グループ。メンバーは論文著者である A. Gando1, Y. Gando1, T. Hachiya1, A. Hayashi1, S. Hayashida1, H. Ikeda1, K. Inoue1,2, K. Ishidoshiro1, Y. Karino1, M. Koga1,2, S. Matsuda1, T. Mitsui1, K. Nakamura1,2, S. Obara1, T. Oura1, H. Ozaki1, I. Shimizu1, Y. Shirahata1, J. Shirai1, A. Suzuki1, T. Takai1, K. Tamae1, Y. Teraoka1, K. Ueshima1, H. Watanabe1, A. Kozlov2, Y. Takemoto2, S. Yoshida3, K. Fushimi4, T.I. Banks5, B.E. Berger2,5, B.K. Fujikawa2,5, T. O'Donnell5, L.A. Winslow6, Y. Efremenko2,7, H.J. Karwowski8, D.M. Markoff8, W. Tornow2,8, J.A. Detwiler2,9, S. Enomoto2,9 and M.P. Decowski2,10

(※2) 「カムランド禅」実験
 神岡鉱山の地下1,000 mに設置された世界最大の液体シンチレータを用いたニュートリノ検出装置「カムランド」の極低放射能環境を活用し、高感度なキセノンの二重ベータ崩壊実験を実現しました。2011年に観測を開始し、ニュートリノを伴う通常の二重ベータ崩壊における半減期の精密な測定、さらにニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊によるマヨラナニュートリノの高感度探索を行い、先行実験の検出主張を否定することに成功しました。検出器の外側では液体シンチレータ中で起こる反ニュートリノ反応の観測を継続し、原子炉停止中の地球ニュートリノ測定による「ニュートリノ地球物理」のさらなる発展が期待されています。


参考図


kam10.jpg 図1 カムランド禅実験装置


kam20.jpg 図2 ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊とマヨラナニュートリノ質量
通常の二重ベータ崩壊では2個の中性子が陽子に変化するときに2つの電子と同時に2つの反ニュートリノが原子核から放出されます。一方、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊では反ニュートリノは原子核内部で対消滅し、2つの電子のみが放出されます。マヨラナニュートリノ質量が重いほど、反ニュートリノからニュートリノに反転して対消滅が起こりやすくなります。カムランド禅においてニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊が観測されなかったことから、準縮退型の重いマヨラナニュートリノがほぼ否定されたことになります。


kam30.jpg 図3 キセノンの同位体(キセノン136, 136Xe)における二重ベータ崩壊の反応式と崩壊図
136Xeはエネルギー保存によってベータ崩壊は禁止されますが、通常の二重ベータ崩壊は許されます。2つの電子と2つの反ニュートリノで崩壊のエネルギーを分け合います。一方、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊では2つの反ニュートリノは対消滅し、2つの電子で崩壊のエネルギーを分け合うため、電子の合計エネルギーは一定になります。
136Xe : 陽子と中性子の数の合計(質量数)が136のキセノンの同位体。
自然存在比は8.9%と小さいが、カムランド禅では91%に高められた同位体濃縮キセノンを使用
ve.png : 反電子ニュートリノ
MeV : エネルギーの単位で100万電子ボルト。100万ボルトで加速した電子が得るエネルギー


kam40.jpg 図4 通常の二重ベータ崩壊とニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の識別方法
通常の二重ベータ崩壊とニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊は、2つの電子の合計エネルギーの違いを利用して区別することができます。136Xeにおけるニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の有意な信号は検出されず、半減期に対して以前の競合実験よりも約10倍厳しい制限を達成しました。


kam50.jpg 図5 ニュートリノ質量に対する制限
ニュートリノ有効質量(マヨラナニュートリノ質量)と最小ニュートリノ質量の許される範囲(左図)。カムランド禅のニュートリノ有効質量に対する上限値から、準縮退型の質量の大部分が排除できたことが分かります。将来さらに二重ベータ崩壊観測の実験精度を高めて約0.02電子ボルトまでの探索が実現すると、逆階層型のマヨラナニュートリノを検証することができます。今回の結果で136Xeを用いたカムランド禅は、他の二重ベータ崩壊核を用いた競合実験を大きくリードしています(右図)。


お問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学ニュートリノ科学研究センター
センター長 教授 井上 邦雄(いのうえ くにお)
電話:022-795-6722
E-mail:inoue[at]awa.tohoku.ac.jp
ホームページURL:http://www.awa.tohoku.ac.jp/kamland/

東北大学ニュートリノ科学研究センター
准教授 清水 格(しみず いたる)
電話:022-795-6724
E-mail:shimizu[at]awa.tohoku.ac.jp
ホームページURL:http://www.awa.tohoku.ac.jp/kamland/

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022−795−5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp

東京大学国際高等研究所
カブリ数物連携宇宙研究機構
広報担当 小森 真里奈(こもり まりな)
電話:04-7136-5977
E-mail:press[at]ipmu.jp

*[at]を@に置き換えてください。



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