東北大学 大学院理学研究科・理学部

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7ΛHeハイパー原子核の精密測定に成功 ラムダ粒子の糊的役割を実証!

概要


 東北大学大学院理学研究科中村哲教授、後神利志博士(元東北大学大学院生、現大阪大学核物理研究センター特任研究員)、ハンプトン大学リグアン・タン教授、フロリダ国際大学ヨーク・ラインハルト教授らによる国際共同研究グループ(HKSコラボレーション(図1))は米国ジェファーソン国立研究所において電子線を同位体濃縮されたリチウム7(7Li)標的に照射することで、"奇妙さ量子数"注1)を持つラムダ粒子を原子核内に作り出し、7He-thum.pngハイパー核注2)の質量の精密測定に成功しました。
 今回、報告した実験では7He-thum.pngの基底状態および励起状態の観測に成功しました。基底状態のエネルギーは、同HKS国際共同研究グループにより既に2013年に発表されていますが、今回の論文ではより精度の高いデータを与え、核子-ラムダ間の荷電対称性の破れのより深い理解へと繋がると期待されます。
 さらに、今回は高統計のデータを取得することにより、中性子ハロー原子核注3)である6Heの不安定な励起状態とラムダ粒子が結合した7He-thum.pngの励起状態の観測にも初めて成功しました。この状態はエネルギー的に安定であり、核子を放出して即座に崩壊しない事が分かりましたが、これはラムダ粒子が原子核中で「糊」の役割を果たし、原子核の不安定状態を安定化する現象を確認することに成功したことを意味します。
 本研究の結果は、速報性の高い論文ということで通常の記事ではなく、速報論文(Rapid Communications)として平成28年8月12日に米国の物理専門誌「Physical Review CTM」にオンライン出版されました。


□ 東北大学プレスリリース本文


論文情報


T.Gogami, et al. (HKS (JLab E05-115) Collaboration),
Phys. Rev. C 94, 021302 (R) - Published 12 August 2016
http://journals.aps.org/prc/abstract/10.1103/PhysRevC.94.021302
Published as rapid communications.

背景


 世の中の全ての物質は原子核と電子からできています。そして、原子核は正の電荷を持った陽子と電荷ゼロの中性子から構成されます。原子核というフェムトメートル(10-15メートル;10億分の1メートルのさらに100万分の1)の大きさの世界では陽子間には電磁相互作用であるクーロン力により大きな反発力が働いていますがバラバラになることなく、核力によって固く結びつけられています。しかし、核力の性質は未だ充分に理解されているわけではなく、現在も様々な手法を用いて理解を深める努力が続いています。陽子と陽子の間に働く核力と中性子と中性子の間に働く核力はほぼ同じであることが広く知られており核力の「荷電対称性」と呼ばれています。このため、原子核を議論する際には陽子と中性子は区別せず、まとめて核子と呼ぶこともしばしばあります。核力は現在では強い力と呼ばれるより一般的な相互作用として理解が進んでおり、核子とは似ているが違う別粒子(核子とあわせてバリオンとよばれます)を作り出し、それらの粒子間の力を研究することで核力の理解を深めることができます。
 なかでも"奇妙さ量子数"を持つバリオンの中で一番軽いラムダ粒子は原子核内に人工的に作り、束縛させることでハイパー原子核を作ることが可能です。その寿命が原子核物理学における基準では比較的長い(200ピコ秒程度、100億分の2秒程度)ため、精密な質量の測定、つまりエネルギー分光が可能です。
 60年以上前に原子核乾板技術を使い、宇宙線が作り出したラムダハイパー核が発見されて以来、世界各地の粒子加速器を使ってK中間子やパイ中間子ビームを使ったラムダハイパー核分光実験が展開されバリオン間の強い力の理解が進んできました。中でも、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の陽子シンクロトロン等で展開されたパイ中間子ビームを用いて生成されたK+中間子を測定するハイパー核分光法は数多くのラムダハイパー核の束縛エネルギーという重要な情報を提供してきました。

研究手法と成果


 東北大学を中心とする国際共同研究グループ(HKS コラボレーション)は中間子ビームを用いた分光法とは別の手法として米国ジェファーソン研究所(JLab)にある連続電子線加速器研究施設(CEBAF)において電子線を用いたラムダハイパー核分光法の開発を進めてきました。この手法と国内で設計、製作し米国に設置した二台の大型磁気分光器HKS、HES(図2)を用いて実施した JLab E05-115実験(東北大学、ハンプトン大学、フロリダ国際大学を始めとする21研究機関、76人による国際共同実験)で7He-thum.pngハイパー核の精密分光に成功しました(図3)。
 近年の東北大学を中心とする国際共同研究グループは、ドイツマインツ大学で実施された水素4ハイパー核(4H-thum.png)の実験とJ-PARCハドロン実験施設で実施されたヘリウム4ハイパー核(4H-thum.png)の実験により、ラムダ粒子に関しては、核力の重要な特徴である荷電対称性が破れていることを明らかにしました注4)
 これらのハイパー核では大きく破れている荷電対称性が、今回、精密分光に成功した7He-thum.pngハイパー核の結果から7体系のラムダハイパー核では、あまり破れていないことが分かりました注5)。この結果は未だ理解されていないラムダ粒子-核子間の荷電対称性の破れの根本的な原因の解明や、ラムダ粒子、陽子、中性子等のバリオン間力の理解に繋がり、我々の核力の理解を深める手がかりになる重要な成果です。
 また、7He-thum.pngは中性子ハロー核である6Heを芯核として、それにラムダ粒子が束縛されたハイパー原子核です。6Heには安定な基底状態(図3一番右、0+)に加え、瞬時にアルファ粒子+中性子2つに崩壊してしまう励起状態(図3一番右、2+)が存在することが知られています。今回、測定された7He-thum.pngの2つの状態は6Heの基底状態および励起状態にそれぞれラムダ粒子が束縛した状態に対応します。ラムダ粒子が「糊的役割」を果たすことにより芯核の不安定な状態が安定な状態になる、ということは理論的に予想されていましたが、今回、初めて測定に成功した7He-thum.pngの励起エネルギーは理論予想とも良く一致しており、ラムダ粒子の「糊的役割」を実験的に確認しました。

今後の展望


 通常、不安定な原子核の短寿命励起状態は不確定性原理より、幅の広いエネルギー準位としてしか観測できませんが、ラムダ粒子を束縛させ「糊」として使うことにより細い束縛状態として精密に測定可能であることが今回の実験により証明されました。今後、ラムダ粒子を「糊」として使うことにより、不安定な原子核の励起状態を系統的に調べることが可能になると期待できます。
 また、天然のハイパー核は地球上には存在しませんが、中性子星と呼ばれる星全体が半径10キロメートルほどの巨大な原子核になった星の中心には"奇妙さ量子数"を持ったバリオンが天然に存在する可能性が指摘されています。直接観測することができないこのような極限状況における物質の振る舞いを理解するためには、地球上におけるより重いハイパー核、さらには中性子の数が陽子数より多い中性子過剰ハイパー核の系統的な精密分光が必須といえます。7He-thum.pngハイパー核は中性子過剰ハイパー核ですが、中性子星の振る舞いを議論するハイパー核としては軽すぎます。今回の7He-thum.pngハイパー核束縛エネルギー精密測定の成功によりハイパー核電磁生成分光という本手法の有用性が証明されたため、今後はより研究の対象を広げ、40K-thum.png48K-thum.pngといったより重いハイパー核の分光を行うことで核力、バリオン間力の理解を深めることができます。
 本研究は科学研究費(12002001、15684005、16GS0201)、日米共同研究事業、先端拠点形成事業(21002)、頭脳循環を加速する若手研究者海外派遣プログラム(R2201)、米国エネルギー省のサポートのもと行われました。

用語解説および注釈


注1) "奇妙さ量子数"
 通常の原子核は陽子と中性子から構成されます。さらに陽子や中性子はクォークと呼ばれる素粒子3つから作られています。具体的には陽子は2個のアップクォークと1個のダウンクォーク、中性子は1個のアップクォークと2個のダウンクォークから作られています。クォークにはアップ、ダウンの他にチャーム、ストレンジ、トップ、ボトムの6種類がありますが、この中でアップ、ダウンクォークと比べてかけ離れて重くないのはストレンジクォークだけです。このためストレンジクォークを含む3つのクォークから作られる粒子は陽子、中性子の仲間として議論されることがしばしばあります。ストレンジクォークを幾つ含むかを"奇妙さ量子数"(ストレンジネス)で表します。  例えばストレンジクォークを1個含むラムダ粒子(アップ、ダウン、ストレンジクォークを1個ずつ)やシグマ粒子は奇妙さ量子数-1を持ち、陽子や中性子の奇妙さ量子数はゼロになります。

注2) 7He-thum.pngハイパー核
 陽子が2つ、中性子が4つ、ラムダ粒子が1つの合計7個のバリオンからなる原子核。バリオン(重粒子)とは、陽子や中性子、ラムダ粒子のようにクォーク3つから構成される粒子のこと。一方、湯川博士の予言したパイ粒子や"奇妙さ量子数"を持つK粒子はクォークとその反粒子である反クォークの2つから構成されておりメソン(中間子)、そして電子やニュートリノの仲間はそれ自体が素粒子でクォークを含んでおらずレプトン(軽粒子)と呼ばれます。

注3) 中性子ハロー原子核
 6He原子核は安定なアルファ粒子(4He)の外に2個の中性子が雲のように薄く広がった構造をした特異な中性子過剰原子核です。このように過剰な中性子が芯核の外に後光(ハロー)のように広がった原子核は中性子ハロー原子核と呼ばれています。

注4) 昨年、東北大学を中心とする2つの国際共同研究チームが軽いラムダハイパー核の荷電対称性に関する成果を報告しました。

ドイツマインツ大学で実施された水素4ハイパー核(4H-thum.png)の実験に関しては
A.Esser, S.Nagao, et al., Physical Review Letters 114, 232501 (2015).
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2015/06/award20150625-01.html

J-PARCハドロン実験施設において実施されたヘリウム4ハイパー核(4H-thum.pnge)の実験に関しては
T.O.Yamamoto, et al. Physical Review Letters 115, 222501 (2015).
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2015/11/press20151125-02.html
をご参照ください。

注5) 我々は、本年3月に10B-thum.pngハイパー核の精密測定の成功を報告しています。この系でも荷電対称性は大きくは破れてはいません。詳しくは
T.Gogami, et al. (HKS (JLab E05-115) Collaboration), Phys. Rev. C 93, 034314 (2016).
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2016/03/press20160322-01.html
をご参照ください。


参考図

20160322_10.png 図1:スペクトロメータ組み立て中に集合したHKS コラボレーションメンバー(一部)およびジェファーソン研究所技師らと撮影したグループ写真。

20160322_20.png 図2: 測定に使用した大型磁気分光器HKS(高分解能K中間子スペクトロメータ、右)とHES(高分解能電子スペクトロメータ、左)。両スペクトロメータの主なパーツである大型電磁石(HKS磁石は200トン以上の重さ)は全て日本において設計、製作、テストの上、米国へ輸出、組み立てました。右側に見える作業中の技師と比べれば装置の大きさが分かります。

f48a6d5d76a8ae686b2f54c72df432001f6b6e23.png 図3: 測定された7He-thum.pngハイパー核のラムダ粒子束縛エネルギースペクトラムと観測された基底状態(赤線)、励起状態(緑線)のエネルギー準位を示します。本研究により測定されたラムダ粒子束縛エネルギーの隣に2種類の理論予想と芯核である6Heのエネルギー準位を示しました。6Heにラムダ粒子を付け加え7He-thum.pngハイパー核とすることでラムダ粒子の「糊的役割」が働き、より深く束縛していることが分かります。

お問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院 理学研究科物 理学専攻
教授 中村 哲(なかむら さとし)
電話:022-795-6453
E-mail:satoshi.nakamura.a7[at]tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院 理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022-795-5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください


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