東北大学 大学院理学研究科・理学部

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【研究成果】世界初、死海で動く微生物モーターの仕組みを解明

概要



 学習院大学 理学部 西坂崇之教授の研究グループは、東北大学の内田就也博士と共同で、「アーキア」と呼ばれる微生物の運動メカニズムの全容を世界で初めて明らかにしました。

 「アーキア」は、地球の3大生物区分である、真核生物・バクテリアと並ぶ分類上の大きなグループの1つです。極限的な環境や低栄養の環境に適応して進化した微生物であると考えられています。顕微鏡下でアーキアを観察すると、水中を自在に泳ぎ回ることが知られていましたが、その仕組みはこれまでにほとんど調べられていませんでした。

 学習院大学 生命科学専攻 博士後期課程3年生の木下佳昭さんらは、死海から見つかったアーキアの一種である「ハロバクテリウム・サリナラム」の動きを詳細にわたって観察しました。西坂研究室で独自に開発した新しい顕微鏡を駆使することで、アーキアが細長い「毛」のような突起構造を1 秒間に20-30 回転させながら水中で泳ぐ映像を撮影することに成功しました。さらに一連の顕微計測により、運動に関する10 種類以上の全てのパラメーターを取得でき、コンピューター上で遊泳運動を再現することも可能となりました。エネルギーは人間のモーターと同じ「アデノシン3リン酸 (ATP)」であり、そのエネルギー変換効率は 10% ほどであることが見積もられました。

 アーキアの運動モーターの仕組みを解明したことは、生物が動くメカニズムを考える上で画期的です。アーキアの運動モーターは、バクテリアや真核生物といった他の2種類の生物で見られる運動モーターとはまったく異なるため、地球上の生命体が発達させた3つ目のモーターであり、新しい生体ナノマシンと言えます。この作動原理を徹底的に解明することは、アーキアの進化や環境応答といった基礎科学としての面白さのみならず、極限環境下でも性能を発揮する新しい生体マシンを創出することにもつながることが期待されます。この研究内容は、英科学誌「ネイチャー・マイクロバイオロジー」において、原著論文として発表されました(日本時間 2016 年8月27 日(土) 午前0時)。





1.背景 〜生命が発達させた3つ目の運動装置〜



 地球上のありとあらゆる生命体は、3つの種類に分類することができます。1つ目が植物や人間のような「真核生物」、2つ目が大腸菌などの「バクテリア」、3つ目が「アーキア」です。アーキアは、形態的にはバクテリアと類似していますが、火山や温泉や死海のような極限的な環境や低栄養の環境に適応して進化した微生物であると考えられています(図1)。

 さて、生物が動く仕組みに注目すると、上記の3つはそれぞれ異なることが知られています。例えば真核生物は、ミオシンやダイニンといった「分子モーター」が「アデノシン3リン酸(ATP)」を使って細胞骨格の上を動くことで、筋肉の収縮や細胞内輸送を行っています。それに対してバクテリアは、このモーターを持たず、代わりに「べん毛」と呼ばれる繊維構造を「イオンの流れ」を使って回転させることで水中を泳いでいます。これら2つの運動装置は、遺伝学、分子生物学、生物物理学などによって、その詳細が何十年にわたり調べられてきました。一方、アーキアの運動は、真核生物やバクテリアと比べるとその詳細な仕組みはほとんど明らかになっていませんでした。

 これまでの研究から、アーキアの細胞の端からは、アーキアべん毛(Archaellum)と呼ばれる繊維状の構造物が生えており、その根元には推進力を生み出すモーターが存在することが知られていました(図2)。形態的な類似性から、バクテリアべん毛と同様に、この繊維構造を回転させることで水中を泳ぐということが広く考えられてきました。しかし、アーキアべん毛の構成タンパク質や運動のエネルギー源は、バクテリアのそれとは全く異なっており、類似性はありません。

 では、アーキアはどのように運動するのでしょうか。





2.実験の成果 〜アーキアべん毛の性能〜



 アーキアべん毛の機能を調べる最も単純な方法は、その動きを直接映像としてとらえることです。しかし、アーキアのべん毛は、10ナノメートル(1ミリの10万分の1)と細く、通常の観察では見ることができません。学習院大学 西坂研究室に在籍する木下佳昭さん(現・博士後期課程3年)は、この問題点を克服し、アーキアべん毛の光学顕微鏡下での可視化、および、動態計測に成功しました。

 「ハロバクテリウム・サリナラム」という種類のアーキアを特殊な試薬で処理すると、アーキアべん毛に蛍光色素や、量子ドットと呼ばれる微小な半導体素子を目印として付着させられることを見出しました(図3)。これにより、細胞が遊泳する際にアーキアべん毛がぐるぐると回転する様子をはっきりと画像化することが可能となりました。その結果、アーキアが毎秒3ミクロンの速さで運動する際、右巻きらせん形状のべん毛を時計回りに毎秒20から30回転させると同時に、細胞本体はゆっくりとすりこぎ運動をしながら推進することが明らかになったのです。

 興味深い発見の1つは、アーキアべん毛のらせん構造です。バクテリアでは、運動を制御する際、べん毛回転方向が変化すると、べん毛のらせん構造も変化します。ところが、アーキアべん毛では、べん毛の回転方向が変化しても、右巻きのらせんしかとらないことが分かりました。このことから、1本1本のべん毛につながった複数のモーターが同期して回転することで、べん毛がからまることなく、前進・後退という秩序だった動きをすることが予想されます。

 さらに「モーター本来の動き」を観察することにも成功しました。100万分の1ミリメートルの動きを正確に追いかける顕微鏡の上で、モーターの回転を高速カメラで撮影しました。驚くべきことに、べん毛の根元にあるモーターは、まるで時計の針のように、正確な角度とリズムを刻みながら回転することが分かったのです(図4)。これまでに様々な分子モーターがステップを刻むことが報告されてきましたが、これほどはっきりした運動をするモーターは初めてです。

 以上の数々の発見は、西坂教授の率いる研究グループで開発してきた新しい技術 -特に、3次元の動きを明らかにする顕微鏡と、全反射型蛍光顕微鏡- を駆使することで、初めて明らかになった成果なのです。





3.理論の成果 〜コンピューターの中で泳ぐアーキア〜



 上記の成果によって、アーキアの動きの詳細が分かりました。では、この動きを計算によって再現することは可能なのでしょうか?

 水中で物体が動こうとすると、物体は、その動きに応じた抵抗を水から受けます。大きさが千分の数ミリしかないアーキアのような生物は、ヒトや魚のように水の流れる勢い(慣性)を使って泳ぐことができません。アーキアにおいては、べん毛をスクリューのように回し続けることで、水から受ける抵抗を推進力に変換しています。べん毛の生み出す推進力と、細胞本体が受ける抵抗のつりあいから、アーキアの泳ぐ速度が求められます。その理論的なモデルの作成を、東北大学の内田就也博士が行ないました。このモデルでは、べん毛や細胞本体の形を表す多くの変数が必要になり、わずかな数値の違いが計算結果を大きく変えてしまいます。今回の内田博士と西坂グループの共同研究は、精密に見積もられた確かな測定結果に基づいて、アーキアが水中で泳ぐ様子を理論的に再現しました(図5)。アーキアの運動の特徴であるすりこぎ運動も再現され、右巻きらせんのべん毛によってこの特別な生き物が前進することが示されました。また、運動に必要なエネルギーの大きさや、ATPを利用した際のエネルギー変換効率が10%であると見積もることができました。





4.展望 〜極限環境の低効率モーター〜



 人類が出会った生体運動ナノマシンは、これまでにたった2つしかありません。(1) 真核生物がもつATP で直線的に駆動する分子モーターか、(2) バクテリアがもつイオンの流れで回転駆動するべん毛モーター、のどちらかです。ところが、アーキアのべん毛モーターは、これら2つのどちらとも全く異なります。「ATPで駆動する回転モーター」なのです。

 なぜ、アーキアは独自のナノマシンを発達させたのでしょうか。今回観察できたアーキアのべん毛は、そのらせん構造や回転モーターによって回るという点では、バクテリアのべん毛とよく似ています。ところが、エネルギー変換効率という点ではバクテリアに比べはるかに劣っており、たった10%しかありませんでした。このような一見すると低効率のモーターは、もしかすると、極限的な環境や低栄養の環境に適応して進化した特殊なナノマシンの性質を表しているのかもしれません。

 なぜ、生物はドメインごとに異なる運動様式を発達させたのでしょうか。アーキアとバクテリアは形態的に類似しているにも関わらず、なぜ異なるナノマシンを発達させたのでしょうか。極限環境にいるアーキアは、このような低効率のモーターで何のために運動をしているのでしょうか。アーキアモーターの研究はまさに今、始まったばかりです。





論文情報



Yoshiaki Kinosita, Nariya Uchida, Daisuke Nakane & Takayuki Nishizaka,

Direct observation of rotation and steps of the archaellum in the

swimming halophilic archaeon Halobacterium salinarum,

Nature Microbiology 1, Article number: 16148 (2016).

URL: http://www.nature.com/articles/nmicrobiol2016148

DOI: 10.1038/nmicrobiol.2016.148




参考図

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図1. 生物の系統樹。3つに大きく分類されるうちの1つがアーキア。図はWikipedia より転載。



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図2. 電子顕微鏡で撮影したアーキアの運動装置。細胞の端から数本の繊維状構造が生えている。学習院大学 木下氏が撮影。



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図3. アーキアべん毛に蛍光色素を付着させ、光学顕微鏡下で観察した。



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図4. アーキアモーターの回転の軌跡(左)と、時間と回転数の関係の一例。べん毛をガラスにくっつけ、細胞本体の回転から位置を計測した。時計の針のように、正確に角度を刻む。



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図5. 計算によって再現されたアーキアの運動。モデルの限界から、遊泳速度と回転速度に誤差はあるものの、運動におけるエネルギー変換効率が見積もられた。





お問い合わせ先



<研究に関すること>

東北大学大学院理学研究科

物理学専攻

助教 内田 就也(うちだ なりや)

電話:022-795-7756

E-mail:uchida[at]cmpt.phys.tohoku.ac.jp



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学校法人学習院 総合企画部広報課

担当 円谷・松井・久保

電話:03-5992-1008

E-mail:koho-off[at]gakushuin.ac.jp



東北大学大学院理学研究科

特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)

電話:022-795-5572、022-795-6708

E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp



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