東北大学 大学院理学研究科・理学部

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【研究成果】巨大ブラックホール近辺を探る〜人工衛星で捉えるX線の強度変化とスペクトル〜

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図1. X線天文衛星「ひとみ」のイメージ図。 (©JAXA)


概要


 銀河の中心には、太陽の1億倍の質量を持つ巨大ブラックホール(以下、BH(注1))が潜んでいます。BHが大量の物質を吸い込むと、X線や可視光などの強い放射が生じるとともに、一部の物質が吹き飛ばされ、噴出流が形成されます。しかし、放射や噴出流の起源であるBH近辺の物質の構造や状態、噴出流が周辺の環境に及ぼす影響などは未だに良く分かっていません。東北大学の野田博文助教を中心とする研究グループは、X線天文衛星「すざく」と日本各地の地上望遠鏡を用いてNGC 3516銀河からのX線と可視光を長期モニタし、両者の強度変化の比較から、BH近辺の物質の空間構造を明らかにしました。また、野田助教が所属する国際共同研究チームは、X線天文衛星「ひとみ」を用いて、ペルセウス座銀河団からのX線スペクトルを精密に測定し、BH周辺からの噴出流が激しくぶつかっているにも関わらず、銀河団内の物質の乱れた運動が非常に小さいことを突き止めました。これらは、X線天文衛星を駆使して、BH近辺の構造や状態、BHと周囲の関係に迫る画期的な成果となりました。



研究内容


 宇宙には星が1千億個ほど集まってできた銀河が数多く存在し、ほぼ全ての銀河の中心には、太陽の1億倍もの質量を持つ超巨大ブラックホール(以下、BH)が1個ずつ潜んでいます。BHが大量の物質を吸い込むと、それらの物質の重力エネルギーが解放され、銀河全体を超える明るさで様々な波長の光が放射されます。さらに、吸い込まれる物質の一部が外側に向けて高速で吹き飛ばされ、強い噴出流が形成されることもあります。これらの天体現象は活動銀河核と呼ばれ、その膨大なエネルギーで銀河や銀河団(注2)などの宇宙の大規模な構造にも影響を及ぼしうることから、盛んに研究されています。しかし、BHやその近辺は、見かけのサイズが小さすぎて現在の技術では解像できないこともあり、物質がどのような状態や構造を持ちながらBHに吸い込まれるのか、強い放射や噴出流は周囲の環境にどう影響するかなどの重要な問題が未だに解決されていません。
 物質がBHの近くまで落下すると、より高い重力エネルギーが解放されて、高温(数千万℃以上)のプラズマとなり、可視光や紫外光よりもエネルギーが高く目に見えないX線が生成されます。言い換えると、X線を捉えることができれば、BHの近辺を探ることができます。しかし、X線は地球の大気で吸収されてしまうので、地上からの観測はできません。そこで我々は、JAXA、NASA、企業などと協力し、X線検出器を人工衛星に搭載してロケットで打ち上げ、宇宙から観測を行いました。今回は、X線衛星を駆使した最新の研究を2つご紹介します。
 1つ目は、BH近辺からのX線が示す激しい強度変化(注3)を利用して、BH周囲の物質の構造に迫る研究です。野田助教を中心とする研究グループは、X線天文衛星「すざく」(注4)と日本各地の地上望遠鏡 (北海道大学「ピリカ」望遠鏡、東京大学木曽シュミット望遠鏡、東京工業大学MITSuME望遠鏡、兵庫県立大学「なゆた」望遠鏡、広島大学「かなた」望遠鏡) を組み合わせて、活動銀河核NGC 3516のBH周辺からのX線と可視光を同時に1年にわたりモニタしました。その結果、X線と可視光の強度が足並みを揃えて1桁以上も変化する時間帯を捉えることに成功しました(図2)。両者の振る舞いを詳細に比較したところ、X線の方が先に変化し、2日ほど遅れて可視光が追従することが分かりました。X線は高温物質から放射される一方、可視光は比較的低温(およそ数千℃)の物質から生じるので、我々の観測結果は、BH近辺の高温物質からのX線が、およそ2光日 (=1010キロメートル) 離れた低温物質を明るく照らして温度を上昇させ、可視光を連動させた様子を示します。このことから、NGC 3516では、BHからおよそ2光日の地点で低温物質が途切れて高温物質へ状態が変わり、高温のままBHに吸い込まれていく様子(図2)が見えてきました。X線の強度変化を利用することで、解像できないBH近辺の物質の構造に迫る画期的な成果となりました(発表雑誌(1))。
 2つ目は、X線のスペクトル(注5)に着目した研究です。野田助教が所属する国際共同研究チームは、X線のエネルギーを精密に分解して強度を測定することができる「精密軟X線分光装置」を開発し、X線天文衛星「ひとみ」(図1; (注6))に搭載しました。X線を放射する物質が運動している場合、ドップラー効果によってX線のエネルギーが変化するので、エネルギーを細かく分解すれば、高温物質の運動を詳細に調べることができます。我々は「ひとみ」衛星を用いて、活動銀河核NGC 1275とその周囲のペルセウス座銀河団からのX線を観測しました。その結果、中心のBH周辺から強い噴出流が生じ、銀河団内の物質とぶつかって押しのけているにも関わらず、銀河団物質の乱れた運動が意外なほど小さいことが初めて明らかになりました(図3)。BHの活動が周囲に与える影響を紐解くための大きな一歩です(発表雑誌(2))。残念ながら、「すざく」衛星も「ひとみ」衛星もすでに運用が終了されましたが、BH近辺の構造や、BHが周囲に与える影響をさらに詳しく理解するため、今後もX線天文衛星の開発を続け、活動銀河核の観測を行っていきます。
 野田博文助教は、今年2月に打ち上げた「ひとみ」衛星の開発に大学院生の時から携わり、筑波や種子島にあるJAXA宇宙センターにおいて、打ち上げの瞬間まで昼夜を問わずに試験に明け暮れたり、前衛機である「すざく」衛星の運用のため、鹿児島の内之浦宇宙空間観測所に何度も赴き、衛星のオペレーションを注意深く行ってきました。ご自身が関わる人工衛星が宇宙に昇っていく姿や、狙うBHを観測できた瞬間の感動は忘れられない、と述べています。



発表雑誌


(1) 本研究は、東北大学の野田博文助教を中心とする26名からなる研究グループにより行われました。研究成果は、2016年9月6日にアメリカの天文学・天体物理学論文誌「アストロフィジカルジャーナル」828号に掲載されました。(Noda, H., Minezaki, T., Watababe, M. et al. "X-ray and Optical Correlation of Type I Seyfert NGC 3516 Studied with Suzaku and Japanese Ground-Based Telescopes", The Astrophysical Journal, Volume 828, Issue 2, article id. 78, 15 pp. 2016)
(2) 本研究は、「ひとみ」プロジェクトメンバーである約250名の研究者からなる国際共同研究チームにより行われました。研究成果は、2016年7月7日にイギリスの科学雑誌「ネイチャー」535号に掲載されました。(The Hitomi Collaboration, "The Quiet Intracluster Medium in the Core of the Perseus Cluster", Nature, Volume 535, Issue 7610, pp. 117-121 2016)
これら2つの研究は、JSPS科研費(26800095)「若手研究(B)」の助成を受けたものです。



参考図

20161213_20.png 図2. 左のパネルは「すざく」衛星と地上望遠鏡で得られた、X線と可視光の強度変化。X線の強度変化は、「すざく」衛星の観測データ点を結んだ赤の実線で示している。X線と可視光の強度が2ヶ月にわたり足並みを揃えて時間変化し、X線の方が可視光より2日ほど先行することを示している。右のパネルは、X線と可視光の強度変化の比較から推測されるBH周辺の高温プラズマと低温物質の分布。BHに吸い込まれる物質は、BHからおよそ2光日の地点で、低温から高温へと状態が変わると考えられる。
20161213_30.png 図3. 「ひとみ」衛星搭載の精密軟X線分光装置(黒)と従来のX線検出器(赤)によるペルセウス座銀河団からのX線スペクトル。「ひとみ」衛星によって、細かいスペクトル構造まで分解できていることが分かる。右上のパネルは、NASAのX線天文衛星「チャンドラ」によるペルセウス座銀河団のX線画像。(スペクトルと画像:©JAXA/NASA/ESAより。)

用語解説


(注1)ブラックホール(BH)
光すらも脱出することができない領域である「事象の地平線」よりもサイズが小さくなってしまった天体。その近くでは極めて強い重力に支配され、一般相対性理論の効果が発現する。現在、太陽の10倍ほどの質量を持つ恒星質量ブラックホールと、太陽の1億倍もの質量を持つ超巨大ブラックホールの存在が確認されている。

(注2)銀河団
数百個から数千個の銀河が集まってできた宇宙最大規模の天体。質量は太陽の100兆倍にも及ぶが、そのほとんどが正体不明の重力源である「暗黒物質」によるものである。銀河団内で重力的に加熱されて高温になった物質がX線を放射する。

(注3)X線強度の時間変化
銀河団などの宇宙の大規模な構造からのX線強度は時間変化しないが、ブラックホールなどのコンパクトな天体の周囲では、物質の構造や状態が短い時間で変化すると考えられ、X線放射が激しい強度変化を示す。

(注4)X線天文衛星「すざく」
2005年7月10日にJAXAが打ち上げ、2015年までフライトを続けた日本で5番目のX線天文衛星。ブラックホール、中性子星、超新星残骸といった宇宙における高エネルギー現象の研究で、数多くの成果を残した。

(注5)X線スペクトル
X線の強さをエネルギー成分ごとに分けた強度分布。

(注6)X線天文衛星「ひとみ」
2016年2月17日にJAXAが打ち上げた日本で6番目のX線天文衛星。0.4〜12キロ電子ボルト帯域のX線をこれまでの装置よりも精密に分光観測できる。同時に、0.3~600キロ電子ボルトという広いエネルギー帯域を同時に高い感度で観測できる。ブラックホールや銀河団を観測し、宇宙の構造や進化を調べることを目的としていたが、2016年3月26日に衛星の姿勢異常による通信不能に陥り、その後、運用が終了された。



お問い合わせ先


東北大学大学院理学研究科 天文学専攻
助教 野田 博文(のだ ひろふみ)
電話:022-795-6607
E-mail:hirofumi.noda[at]astr.tohoku.ac.jp

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