東北大学 大学院理学研究科の遊佐剛准教授、ジョン・ニコラス・ムーア博士課程後期学生、国立研究開発法人物質・材料研究機構(以下NIMS)の間野高明主幹研究員、野田武司グループリーダーの研究グループは、強磁場、極低温環境で動作する走査型偏光選択蛍光分光顕微鏡(注1)と核磁気共鳴(NMR)を組み合わせ、半導体を構成する原子核のもつスピン(核スピン)(注2)の偏極状態や緩和時間を高い空間分解能で撮像することに成功しました。本成果は、電子の特殊な状態である分数量子ホール液体と核スピンの相互作用を解明する重要な成果です。
本研究成果は、専門誌Physics Review Letters誌(オンライン版)に2017年2月17日(米国東部時間)掲載されました(DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.118.076802)。また、同誌のEditors' Suggestion(注目論文)にも選ばれました。
本研究の成果は、東北大学とNIMSの共同研究によって得られました。また、三菱財団自然科学研究助成「ナノスケールイメージング法の物性物理への応用」、文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究(A)「半導体ナノ構造のおける集団量子情報処理の実証」、丸文財団交流研究助成、東北大学国際高等研究教育機構研究教育院生制度などの補助によって得られました。
□ 東北大学プレスリリース本文
核磁気共鳴(NMR)とは、磁場中に置かれた原子核(核スピン)がラジオ波帯(注3)の電磁波と相互作用する現象です。原子核から放出される電磁波を測定するNMR分光法(注4)は、物質の分析や分子構造を特定する手法として物理、化学、生物など幅広い科学の分野で用いられています。また、このNMRを基本原理とする磁気イメージング法(MRI)は、対象となる試料を破壊せずに内部の三次元画像を取得することができるため、病院などの医療現場で病巣の撮像に利用されています。通常のMRIは一般的に感度が低く、ミリメートル以下の微小領域を撮像するのは不向きなため、今回の研究対象となっている半導体ナノ構造(注5)の核スピンを探索するための手法として、通常のMRIと異なる原理を用いてマイクロメートル、ナノメートルスケールの撮像を可能にする磁気イメージング法が、さまざまな研究機関で研究されています。
今回、研究グループは走査型偏光選択蛍光分光顕微鏡とNMR技術を組み合わせ、光の波長限界程度(1マイクロメートル程度)の空間分解能をもつ光検出磁気イメージング法(光検出MRI)(図1)を中心とする複数の核スピン測定技術を開発しました(図2)。この光検出MRIは、測定対象となる半導体の試料(半導体ナノ構造)に光を照射した際に試料から放出される蛍光(発光(注6))の強度が、核スピンの状態によってわずかに変化することを利用し、その発光のわずかな変化の空間的な違いを可視化するものです。
この測定技術を使って今回観察したのは高純度半導体のナノ構造試料です。半導体中の電子は通常、気体中の分子のようにそれぞれが自由に動き回ることができますが、電子が動き回ることができる空間を二次元の平面内に制限して垂直に磁場をかけ、極低温に冷やすと分数量子ホール液体(注7)として振る舞うことが知られています。日常の電子部品で使われている半導体の中を流れる電子も、この分数量子ホール状態にある電子も、核スピンと相互作用することは通常はほとんどありません。しかし、分数量子ホール状態の中でも、分数量子ホール状態にある電子が完全強磁性相と非磁性相(注8)の間で相転移を起こす状態にある電子は核スピンと強く相互作用することが知られていましたが、メカニズムについては20年もの間、解明されていませんでした。
今回光検出NMRやその派生技術を駆使することで、完全強磁性相と非磁性相という2つの異なる分数量子ホール液体が縞状の空間パターン(磁区構造)を形成し、その境界で核スピンと強く相互作用をすることを見いだしました(図3)。
今回用いた光検出MRIは核スピンの向きを含めた偏極度、核スピンの縦緩和時間、スピン拡散距離等も1マイクロメートル程度の空間分解能で計測が可能なため、核スピンに関連する半導体スピントロニクスや量子デバイスの分野の研究で利用することが可能です。将来的には紫外から赤外領域の広い波長範囲で、半導体以外の材料系を対象とした光検出MRIなどへの応用に展開していく予定です。
なお、本研究における役割分担は以下の通りです。
(1) 実験装置の開発、測定解析
東北大学大学院理学研究科 遊佐剛 准教授、ジョン・ニコラス・ムーア 博士課程後期学生、早川純一朗 博士課程後期
(2) 高純度半導体ウエハの作製、評価
NIMS 野田武司 グループリーダー、間野高明 主幹研究員
(図1) 光検出磁気イメージング(OD-MRI)
非共鳴ラジオ波照射下の信号(PL強度)から共鳴ラジオ波照射下の信号を差し引いた信号が光検出磁気イメージング(OD-MRI)像である。強磁性相と非磁性相に相当する領域では、OD-MRI信号の符号が異なっていることが分かった。
(図2) 光検出マイクロ核磁気共鳴(NMR)
(a)ラジオ波の周波数を変化させながら、直径約1ミクロン程度の領域からの発光を観測すると、ヒ素の同位体(75As)に共鳴する信号が観測される。非磁性領域と強磁性領域では光検出マイクロNMRの極性が逆になっており、電子スピンの影響によるナイトシフトも観測される。(b)同様に直径約1ミクロン程度の領域からの発光強度の時間変化を測定することで、核スピン緩和時間の空間依存性を測定することができる。
(図3) 強磁性相、非磁性相の縞系構造
ランダウ占有率~2/3で起こる強磁性-非磁性のスピン相転移付近で、試料に強い電流を印可した非平衡状態の分数量子ホール状態では、強磁性相と非磁性相の縞系構造が形成されることが分かった。
(注1)走査型偏光選択蛍光分光顕微鏡
共焦点顕微鏡のように、試料からの発光を集光する際、対物レンズを使って光の回折限界まで集光スポットを絞り、集光スポットを空間的に走査することで発光強度を画像化する。今回の測定では、光の偏光を選択的に取得し、さらに分光することで、ある特定の波長範囲(今回の波長範囲は約800 nm付近の幅0.2 nm、エネルギーとしては0.41 meV)のみの光の強度を可視化している。
(注2)原子核と核スピン
原子核は通常中性子と陽子からなる正の電気を帯びた塊で、原子の中心に位置し、負の電荷を持つ電子とともに原子を構成している。核スピンは中性子と陽子がそれぞれ持つスピンの合計である。
(注3)ラジオ波
一般的なNMRで用いられる磁場中での共鳴周波数(ラーモア周波数)は、数10~数100MHz程度で、ラジオなどの無線通信の搬送波として使われている周波数領域にあたる。
(注4)NMR分光法
NMRの共鳴周波数は、原子の化学結合や周囲の電子の状態によって共鳴周波数がわずかに変化するため、物質の分析、分子構造の測定など科学の幅広い分野で用いられている。通常のNMR分光法では、パルス状のラジオ波を照射し、その際原子が放出するラジオ波帯の電磁波を直接アンテナなどで計測し、分光する。
(注5)半導体ナノ構造
半導体に10ナノメートル(1ナノメートルは10−9 m)程度の構造を作り込むと、量子力学的な現象が顕著に表れ、従来にはなかった新規なデバイス特性が現れる。
(注6)発光
半導体に適切な波長の光を照射すると、マイナスの電荷を持った電子とプラスの電荷を持ったホールが生成され、それらが再結合して消滅する際に生ずるエネルギーを光として放出する。この現象を応用したものが発光ダイオードやレーザーである。今回は特にトリオンと呼ばれるホールが1個、電子が2個からなる荷電励起子からの発光を測定している。
(注7)分数量子ホール液体
半導体の界面など、二次元構造に閉じ込められた電子に垂直に磁場をかけて冷却すると、電流方向の電気抵抗がゼロになり、それに直行する方向の電気抵抗(ホール抵抗)が量子化する現象を量子ホール効果という。ホール抵抗の量子化値によって整数量子ホール効果と分数量子ホール効果があり、それぞれ1985年と1998年のノーベル物理学賞の対象になっている。また昨年2016年には量子ホール効果とトポロジーを結びつける理論がノーベル物理学賞の対象になった。前者が電子のエネルギーの量子化によって生じる一体効果であるのに対し、後者は電子間の相互作用によって生じる多体効果であり、分数電荷をもつ励起など新規な物性を示す。こういった特徴は量子ホール状態の非圧縮性から生じるので、この状態を量子ホール液体という。
(注8)完全強磁性と非磁性
鉄やコバルトのように電子スピンが揃った状態で整列し、全体として磁化が発生する状態が強磁性、逆にスピンが打ち消し合って磁化がない状態が非磁性。今回の実験では、分数量子ホール液体が、すべてのスピンが完全に整列して完全強磁性相と、完全に打ち消し合った完全非磁性相の間で相転移を起こしている。
<研究について>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
准教授 遊佐 剛(ゆさ ごう)
E-mail:yusa[at]tohoku.ac.jp
<報道について>
東北大学大学院理学研究科特任助教
高橋亮(たかはし りょう)
E-mail: sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
TEL: 022-795-5572、022-795-6708
物質・材料研究機構経営企画部門広報室
Tel:029−859−2026
E-mail:pressrelease[at]ml.nims.go.jp
*[at]を@に置き換えてください