東北大学 大学院理学研究科・理学部

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量子ホール系における核スピン偏極の相反性を発見~量子ホール系における核スピン偏極の基本的な特性の解明~

 東北大学大学院理学研究科の平山祥郎教授、長瀬勝美助手、中国吉林大学のHongwu Liu 教授、Kaifeng Yang研究員、アメリカオクラホマ大学のM. B. Santos教授、T. D. Mishima研究員のグループは、量子ホールの端状態が存在する構造と存在しない構造で核スピンの偏極特性を比較することで、量子ホール効果(※1)のもとになる試料端における方向の決まった電子の流れが核スピン(※2)偏極やそれをもとにした抵抗で検出する核磁気共鳴(NMR)(※3)に与える影響をはじめて明確にしました。量子ホール系における核スピン偏極の基本的な特性が解明されたことで、半導体構造での電子スピン(※2)と核スピンの相互作用の研究が大きく前進することが期待されます。また、試料端での一方通行のキャリアの流れが重要な役割を果たす新規材料で、抵抗で検出するNMRにつながる可能性もあり、多くの量子構造における核スピンを用いた実験に貢献することが期待されます。
 この成果は、2017年4月20日18:00(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン速報版で公開されました。
 なお、本成果は、独立行政法人科学技術振興機構(JST、本部:埼玉県川口市、理事長:濱口道成)ERATO核スピンエレクトロニクスならびにその特別重点期間(代表:平山祥郎、2007-2015)の研究活動として東北大学で測定された実験結果をもとに、吉林大学、東北大学でその解釈に検討を加えて最終的な結論に至ったものであり、文部科学省新学術領域"ハイブリッド量子科学"、基盤研究B"InSb量子構造のゲート制御伝導特性の研究"、東北大学材料科学高等研究所、東北大学スピントロニクス学術連携研究教育センター、スピントロニクス国際共同大学院の支援を受けて得られたものです。


□ 東北大学プレスリリース本文


研究の背景


 抵抗で検出するタイプのNMRは半導体量子構造に閉じ込められた電子のスピン状態などを計測したり、将来の量子情報処理に向けて核スピンの量子状態を制御したりすることに用いられてきましたが、核スピン偏極が量子ホール効果の基本的な特性とどのように結びつくかにはまだ多くの疑問が残っています。量子ホール状態で核スピンを偏極するには異なるスピン状態が島構造を作る状況を利用して、島から島に電子が移るときに、電子スピンが反転すると同時に核スピンが反転する現象(フリップフロップ・プロセスと呼ぶ)を利用します。我々はインジウム・アンチモン(InSb)の二次元構造を用いると、この島構造が最も基本的な整数量子ホール効果で実現でき、しかも核スピン偏極ならびに抵抗で検出するNMRが実現できることを2010年に見出していましたが、この性質を発展させて今回の成果に結びつけました。



研究の説明


 InSb 二次元構造に閉じ込められた電子は磁場を印加した時に異なるスピン状態のエネルギー分離がGaAsなどに比べて極めて大きくなる特徴があるため、図1に示したように試料を実験室で実現できる磁場中で傾けるだけで量子ホール効果の特徴であるランダウ準位(※4)を交差させることができます。交差点ではスピン↑↓の状態と↑↑の状態が島模様を作り、ここで電流を流し電子が島から島に移ると電子スピンが反転し、その時に核スピンも反転します。異なるスピン状態の島模様は核スピン偏極に良く用いられますが、ここで実現されているのは一番基本的な量子ホール系である整数量子ホール状態を使ったものです。
 このような状態を同心円状の電極を持ち試料の端がどこにもない構造(図2、コルビノ構造と呼ぶ)と、魚の骨のような形をしており、試料の端がある構造(図3、ホールバー構造と呼ぶ)で実現し、それぞれの系で核スピン偏極に伴う信号を測定しました。図2のコルビノ構造では信号は電流の向き(電流の正負)を変えても同じであり、測定温度2Kで消失することが確認されました。一方、ホールバー構造で測定された図3の信号は、電流の向きにより特性が変化し、さらに6Kの高温まで出現すること、高温の方が電流の向きによる変化が大きくなることがわかりました。これは、低温では試料内での核スピン偏極が支配的であるのに対し、高温では試料端の存在が重要な役割を果たすことを示しています。試料端では量子ホール端の特徴として、一方通行の道路のように電流が決まった方向にしか流れられない特徴があります。温度が上がり、試料端以外では熱により電子が島の間を行ったり来たりする状況でも、量子ホール端では電子が必ずひとつの方向に流れることで、異なる方向の核スピン偏極が打ち消しあうことなく高温まで核スピンの偏極が観測されるものと考えることができます。
 この量子ホール端を一方通行する電子の流れの影響をより明確に確認するために、試料端しか信号に効かなくなる3Kの温度を選んで、電流の向き、磁場の向きを変える実験を行いました。結果が図4です。磁場と電流の向きを同時に入れ替えると同じ端(図中ではレーンと呼んでいる)が核スピン偏極に寄与するため同じ信号が得られますが、電流だけ、あるいは磁場だけを反転させると信号が変化することが見事に確認されました。この核スピンに由来する信号の相反性の発見は、量子ホール端が量子ホール系における核スピン偏極に重要な役割を果たしていることをはじめて明確に示したもので、量子ホール系における電子スピンと核スピンの相互作用のメカニズムの解明ならびに量子ホール端状態を利用した核スピン偏極とそれを用いた抵抗で検出するNMRに大きく貢献するものです。



今後の展開


 今回の成果は、InSb 二次元系の量子ホール状態において量子ホール効果の基本特性と核スピン偏極の関係を明らかにしたものですが、InSbはSiの次の高速デバイス、さらにはマヨラナフェルミオン(※5)など新しい物理の舞台としても期待されており、今後より次元の低い量子細線などで今回得られた知見が行かされることが期待できます。また、試料端におけるキャリアの一方通行の重要性を確認した今回の実験は、これらの特徴ある試料端の特性で存在感を増しているトポロジカル絶縁体(※6)などの新規材料での抵抗を用いたNMRの進展にも貢献することが期待でされます。



論文情報


雑誌名:Nature Communications (論文番号#NCOMMS-16-12552C)
論文タイトル:Role of chiral quantum Hall edge states in nuclear spin polarization
著者:K.F. Yang, K. Nagase, Y. Hirayama, T.D. Mishima, M.B. Santos and H.W. Liu
DOI番号:10.1038/NCOMMS15084



参考図


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図1 量子ホール効果の基本である整数量子ホール効果において、スピン分離したランダウ準位の磁場中での試料傾斜による交差。右図は垂直磁場を一定に保ちながら全磁場を増加した時のランダウ準位の変化です。試料を傾けると1番目のランダウ準位(n=0)の下向きスピン状態と2番目のランダウ準位の上向きスピン状態が交差することがわかります。スピン分離したランダウ準位が2つ詰まった状態(充填率2と言う)を考えると、1番下には常にn=0の上向きスピンが存在するので、電子スピンの↑↓の状態と↑↑の状態が交差することになります。交差点では2つの状態の島模様が形成されます。InSb 二次元系はGaAsなどの半導体と異なり、この状況が実験室で作れる磁場で容易に実現できる特徴があり、本成果はその特性を利用しています。

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図2 試料に端のないコルビノ構造で得られた核スピン偏極に伴う信号。信号はもともとの抵抗が何%変化したかで示されており、115Inの核スピンに対応した特徴的な周波数で信号が出現しています。なお、信号に存在する微細構造は115Inのスピン数が9/2であり、その準位が+9/2,+7/2,---,7/2,9/2の10個の準位に分裂することに由来します(用語解説*電子スピン、核スピン(※2)参照)。コルビノ構造での信号の特徴として、電流の向きにより特性が変化しないこと、試料温度を2Kにすると信号が消失することがあげられます。

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図3 試料に端のあるホールバー構造で得られた核スピン偏極に伴う信号。115Inの核スピンに対応した特徴的な周波数で信号が出現しています。ホールバー構造での信号の特徴として、信号が6Kでも観測されること、電流の向きにより特性が変化し、その変化は高温ほど顕著になることがあげられます。

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図4 ホールバー構造おいて、試料端しか信号に効かなくなる3Kの温度を選んで、電流の向き、磁場の向き(12.3Tあるいは-12.3T)を変える実験を行ったときの核スピン偏極に伴う信号。量子ホール端を一方通行する電子の流れの影響が明確に出ています。すなわち、磁場と電流の向きを同時に入れ替えると同じ端(図中ではレーンと呼んでいる)が核スピン偏極に寄与するため同じ信号が得られますが、電流だけ、あるいは磁場だけを反転させると信号が変化することが確認されています。この実験が本成果の最も重要な結果になります。なお、黒線と赤線はそれぞれ一方通行する↑スピン、↓スピンの流れを概略的に示したものであり、太線は主に核スピン偏極に寄与する流れを示しています。



用語解説


※1 量子ホール効果
半導体の薄膜など、二次元構造に閉じ込められた電子に垂直に磁場をかけて冷却すると、電流方向の電気抵抗がゼロになり、それに直行する方向の電気抵抗(ホール抵抗)が量子化する現象を量子ホール効果といいます。量子ホール効果はホール抵抗の量子化値が整数になる整数量子ホール効果とより複雑な分数量子ホール効果があります。電子間の相互作用によって生じる多体効果である分数量子ホール効果に対して、磁場中での一体の電子の量子化によって生じる整数量子ホール効果はより単純で量子ホール系の基本です。


※2 電子スピン、核スピン
電子スピンは電子の量子力学的な性質から来る内部自由度で、この自由度を電子の自転に例えてスピンと呼びます。電子スピンは電子がもつ磁気モーメントの起源であり、強磁性体が磁力をもつのは、電子のスピンの向きが揃っていることによります。電子スピンはスピン数が1/2であり、磁場中ではスピンの回転軸が磁場の方向を向いた状態(上向きスピン+1/2)と逆方向を向いた状態(下向きスピン-1/2)にエネルギー準位が分裂します。
核スピンは原子核を構成する陽子と中性子がもつ自由度から来るもので、原子核の種類によって固有の値をもちます。核スピンは原子核がもつ磁気モーメントの起源であり、次で説明するNMRは磁場中で分裂した核スピンのエネルギー準位間の遷移を利用しています。核スピンは原子核の種類によりスピン数が異なり、今回の測定に用いたInSbを構成する115Inはスピン数が9/2であり、その準位は+9/2,+7/2,---,7/2,9/2の10個の準位に分裂します。


※3 核磁気共鳴(NMR)と抵抗で検出するNMR
磁場中で原子核が固有の周波数で電磁波を共鳴吸収する現象。原子核の化学結合や周囲の電子の状態によって共鳴周波数がわずかに変化するため、分析や物性測定に広く使われています。最近では半導体量子構造における電子スピンと核スピンの相互作用をうまく利用して、核スピンの状態を抵抗で検出する抵抗検出NMRが実現されています。


※4 ランダウ準位
二次元系を磁場中におくと電子のサイクロトロン運動と量子効果の影響で特定の準位にしか電子が存在できなくなります。この準位をランダウ準位と呼びます。磁場中ではそれぞれのランダウ準位が2つのスピン状態に分裂します。


※5 マヨラナフェルミオン
エットーレ・マヨラナが1937年に提唱した、反粒子が粒子と同じになる奇妙なフェルミオンです。その性質として、生成と消滅の区別がつかないため、通常の統計とは異なる特殊な統計に従うため、雑音に強い量子計算などへの応用が期待されています。このマヨラナフェルミオンが固体中に存在することを示唆する実験がInSbナノ細線に超伝導金属を接触させることで得られています。


※6 トポロジカル絶縁体
内部は電流が流れない絶縁体である一方、表面はトポロジーが生み出す特殊な金属的状態により電流が流れる物質で、最近急速に研究が進展しています。表面状態を流れる電流は一方通行であり、その向きがキャリアのスピンと関連する面白い特徴があります。



お問い合わせ先


<研究について>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
教授 平山 祥郎(ひらやま よしろう)
電話:022-795-3880
E-mail:hirayama[at]m.tohoku.ac.jp


<報道について>
東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022-795-5572、022-795-6708
E-mail: sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp

*[at]を@に置き換えてください



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