● 鉄系超伝導体(注1)の一つである鉄カルコゲナイド超伝導体(注2)の温度組成相図で最大の謎の起源を明らかにしました。
● 構造相転移が存在する領域では、超伝導転移温度が強く抑制されることから、超伝導(注3)と構造相転移(注4)とは競合関係にあることが示唆されます。
● 2種類の基板材料に相分離のない薄膜試料を作製したことが、成功のカギとなっています。
東北大学大学院理学研究科物理学専攻の今井良宗講師と東京大学大学院総合文化研究科の前田京剛教授、鍋島冬樹助教の研究グループは、鉄カルコゲナイド超伝導体の薄膜の超伝導と構造相転移との競合関係を直接的に明らかにすることに成功しました。本研究成果は英国nature publishing groupのオープンアクセス科学雑誌「Scientific Reports」にて平成29年4月21日(英国時間)付けで公開されました。
図:アルミン酸ランタン(LaAlO3をLAOと略記)とフッ化カルシウム(CaF2)基板上に作製した鉄カルコゲナイド超伝導体FeSe1-xTex薄膜の温度-組成相図。Tsは構造相転移温度、Tcは超伝導転移温度(上付き文字のBulkは、バルク試料を意味している。バルク試料ではテルル量が0.1-0.4の領域は相分離のために、試料を作製することができない)。東北大学大学院理学研究科物理学専攻の今井良宗講師と東京大学大学院総合文化研究科の前田京剛教授、鍋島冬樹助教の研究グループは、鉄カルコゲナイド超伝導体の超伝導と構造相転移との競合関係を明らかにすることに成功しました。
鉄系超伝導体は、2008年に東京工業大の細野秀雄教授らのグループにより報告された新しい超伝導体で、国内外を問わず、物質開発、超伝導機構の解明、また、応用化に向けた研究が盛んに行われています。中でも、鉄カルコゲナイド超伝導体は、鉄系超伝導体の物質群の中で、最も単純な結晶構造をとることから、同物質群の超伝導機構を解明する上で、極めて重要な物質として注目されています。ところが、この物質には、特定の組成領域において相分離(注5)が存在するために組成を連続的に制御することはできないと考えられており、研究の大きな障害となってきました。しかし、2015年に、薄膜作製(注6)の手法を用いることで、相分離を抑制することが可能であり、全組成領域の試料を作製することができることが明らかとなりました。その超伝導転移温度相図(注7)には、他の鉄系超伝導体には見られない、不連続な飛びが見られ、その振舞いは鉄カルコゲナイド超伝導体の超伝導を理解する鍵になるものとして、起源が注目されていました。
本研究では、アルミン酸ランタンとフッ化カルシウムの2種類の基板上にFeSe1-xTex薄膜を作製した結果、最も高い超伝導転移温度が得られるテルル量(x)が基板によって異なること、そして、その最適なテルル量付近で共通して超伝導転移温度に不連続な飛びが存在することを見出しました。電気抵抗率の温度依存性を精密に測定した結果、ちょうど最適なテルル量付近では、構造相転移が消失していることも明らかとなりました。この結果は、超伝導転移温度相図において最大の謎とされてきた不連続な飛びの起源が構造相転移にあることを明確に示すもので、超伝導と構造相転移とが競合関係にあることを初めて明らかにしました。
今回の成果は、鉄系超伝導体の超伝導メカニズム解明の鍵を握る物質である鉄カルコゲナイド超伝導体の超伝導転移温度相図の最大の謎の起源を明らかにした画期的な成果であり、鉄カルコゲナイド超伝導体、そして、鉄系超伝導体のメカニズム解明に繋がることが大いに期待されます。
本研究は、JSPS科研費 15K17697、14J09315 の助成を受けておこなわれたもので、また、本研究の一部は、文部科学省委託事業ナノテクノロジープラットフォーム(プロジェクト番号12024046)の支援を受けて、実施されました。
雑誌名: Scientific Report
論文タイトル:Control of structural transition in FeSe1-xTex thin films by changing substrate materials
著者:Yoshinori Imai, Yuichi Sawada, Fuyuki Nabeshima, Daisuke Asami, Masataka Kawai, Atsutaka Maeda
DOI番号:10.1038/srep46653
(注1)鉄系超伝導体
鉄系超伝導体とは、2008年東京工業大学の細野秀雄教授のグループで発見された、新しい超伝導体LaFeAs(O,F)と同種の結晶構造を持つ一連の超伝導体の総称です。鉄系超伝導体は、鉄とニクトゲン(砒素、燐)あるいはカルコゲン(セレン、 テルル)の四面体からなる伝導層とさまざまなブロック層とが交互に積相した層状の結晶構造をとります。 超伝導現象にとって天敵である磁性の象徴ともいえる元素の鉄が、伝導面を構成しているにもかかわらず、50ケルビン(摂氏マイナス223度)を超える高い温度で超伝導現象を示すことから、世界中の多くの超伝導研究者に驚きを与えました。現在では、数多くの鉄系超伝導体が発見されており、臨界温度は最高で55ケルビン(摂氏マイナス218度)にまで達しています。
(注2)鉄カルコゲナイド超伝導体
鉄カルコゲナイド超伝導体FeSe1-xTexは、鉄系超伝導体を構成する物質の一つです。この物質の超伝導転移温度は、FeSeの場合には約8 ケルビン(摂氏マイナス265度)、テルルの組成量が 0.5-0.6の場合には約15 ケルビン(摂氏マイナス258度)であるため、他の鉄系超伝導体と比べてそれほど高くはありません。しかし、その結晶構造は、鉄とセレン(テルル)からなる四面体だけが積層した非常に単純な結晶構造をとる(図1)ことから、鉄系超伝導体の超伝導発現機構を明らかにする上で、この物質の特性を明らかとすることは極めて重要であると考えられています。
(注3)超伝導
ある物質を低温に冷却すると、電気抵抗が突然ゼロになり、それと同時に外部から加えられた磁場が完全に排除される、完全反磁性と呼ばれる特性を示すことがあります。この現象は「超伝導」と呼ばれ、1911年にオランダのカメリン・オネスにより初めて発見されたものです。この超伝導を示す物質を超伝導体、そして、超伝導状態に転移する臨界温度を超伝導転移温度と呼びます。超伝導の発見以来、半世紀以上が経過しても、超伝導転移温度は30 ケルビン(摂氏マイナス243度)以下にとどまっていたため、超伝導現象は極低温でのみ起こると信じられてきました。ところが、1986年のベドノルツとミュラーによる銅酸化物高温超伝導体の発見によって、その状況は一変しました。官民問わず、世界中で精力的に銅酸化物高温超伝導体に関する研究がなされ、現在では臨界温度は最高で150 ケルビン(摂氏マイナス123度)まで上昇することが報告されています。臨界温度の上昇は、冷却に必要となるエネルギーを低減できることを意味しており、臨界温度の高い超伝導体は、電力輸送など多方面への応用が期待されています。
(注4)構造相転移
物質の結晶構造が、温度や圧力などの外的な条件の変化によって、別の構造に変化すること。鉄カルコゲナイド超伝導体FeSeでは、90ケルビン付近で正方晶系から直方晶系へと構造が変化します。この構造相転移はこの物質の超伝導発現機構と深く関連していると考えられています。
(注5)相分離
相分離とは、多元系の物質を合成するときに、物質全体にわたって均一な固相(固溶体)を形成することなく、複数の組成を持つ相が形成される現象です。鉄カルコゲナイドの場合、テルルの組成量が0.2の試料を作製しようとしても、他の組成が交じり合った相(たとえば、テルルの組成量が0.1と0.4の物質が交じり合った状態)が形成されてしまうため、テルルの組成量が0.2の試料を作製することができません。したがって、この物質では、さまざまな物理量の組成依存性を詳細に検討することができず、そのことが同物質の研究の足枷となっていました。
(注6)薄膜作製
薄膜とは、文字通り、ある材料の薄い膜のことですが、どのくらいの厚さものを薄膜と定義するかは、研究分野によって異なります。本研究では数十ナノメートルの厚さの薄膜試料を、パルスレーザー堆積法という方法で作製しました。この方法は、薄膜の材料となる多結晶ターゲットに高出力パルスレーザーを照射して、プラズマ化し、基板上で再び固体に変化させて堆積させることによって、薄膜を作製します(図2)。薄膜では通常の合成方法では作製することができない材料を合成することができる場合があり、今回の研究のキーポイントとなっています。
(注7)超伝導転移温度相図
超伝導転移温度を組成(今回の場合はテルル量)に対して、まとめた図のことです。超伝導転移温度がテルルを置換することによって、どのように変化しているか、一目で理解することができます。
<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科物理学専攻
講師 今井 良宗(いまい よしのり)
電話:022-795-5570
E-mail:imai[at]tohoku.ac.jp
東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻
教授 前田 京剛(まえだ あつたか)
電話:03-5454-6747
Email: cmaeda[at]mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
HP: http://maeda3.c.u-tokyo.ac.jp
<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋亮(たかはし りょう)
電話:022-795-5572、022-795-6708
E-mail: sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください