東北大学 大学院理学研究科・理学部

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2011年東北地方太平洋沖地震後の海底地殻変動場を解明

 東北大学災害科学国際研究所の木戸元之教授、同大学院理学研究科の日野亮太教授、太田雄策准教授、同大学院生の富田史章、国立研究開発法人海洋研究開発機構の飯沼卓史研究員らの研究グループは、2011年東北地方太平洋沖地震(東北沖地震)の震源となった日本海溝沿いの海域において行った約4年間の海底地殻変動観測により、東北沖地震後に進行している地殻変動の空間変化の特徴を明らかにしました。東北沖地震後の地殻変動の詳細が明らかになったことにより、6年前の東北沖地震発生のメカニズムの理解が一層すすむとともに、東北地方におけるこれからの地震活動を予測する上で重要な手がかりが得られました。

 この研究成果は、2017年7月19日(日本時間7月20日)に米国の科学雑誌「Science」のオープンアクセスジャーナルである「Science Advances」電子版に掲載されました。

概要


 海溝型巨大地震の発生後には、余効変動と呼ばれる特徴的な地殻変動が観測されます。こうした変動の空間変化と時間発展とを正確に把握することは、巨大地震の震源となったプレート境界の振る舞いを知り、震源周辺で起こりうる次の大地震の規模の予測や発生可能性を評価する上で極めて重要です。本研究では、2011年東北地方太平洋沖地震(東北沖地震)後に日本海溝沿いに新たに設置した広域の海底地殻変動観測網で約4年間にわたって観測を行うことにより、海溝型巨大地震の震源近くでの余効変動の実態を捉えることに成功しました。観測された余効変動の特徴は、日本海溝に沿って大きくその様相が異なります。2011年の地震時に巨大な断層すべりが生じた宮城県沖では、観測点が西向きに動き続けているのに対して、それより南側の福島県沖では正反対の東向きの動きが観測されました。宮城県沖での動きは巨大な地震時すべりが引き起こした「粘弾性緩和」によって、福島県沖での動きは2011年以後にプレート境界がゆっくりとすべり続ける「余効すべり」によって説明され、東北沖の海底下で異種の変形メカニズムが同時に進行していることが示されました。一方で、北側の岩手県沖の海溝近傍でも、宮城県沖に似た西向きの動きが観測されることから、粘弾性緩和の原因となる地震時の断層すべりは、宮城県沖にとどまらず岩手県沖の一部にまで及んでいた可能性を示唆します。

 このように本研究の観測成果は、東北沖地震後に進行する大規模な変動現象の原動力の解明を促すとともに、未解決の課題が残る東北沖地震の発生メカニズムの研究にも有用であり、こうした研究の進展を通して今後東北沖で発生する海溝型大地震の発生予測の精度向上に貢献するものと期待されます。


□ 東北大学ウェブサイト



背景


 海溝型巨大地震後には、地震波を伴わないゆっくりとした地殻変動(余効変動)が継続して進行することが知られています。このような巨大地震後の地殻変動は複数の異なる物理的なメカニズムによって引き起こされています。そのなかでも、プレート境界でのすべりが地震後もゆっくりと継続する「余効すべり」と、逆に地震時に剥がれた断層が地震前の固着した状態を取りもどす「プレート間固着」、そして地震時断層すべりによって生じた応力変化が、地下深部が粘性流動することによって時間をかけて解消される「粘弾性緩和」、の3つが主要なものとして知られています(Wang et al., Nature, 2012)。これらの異なるメカニズムの影響を実際の地殻変動から見積もることは、地下の粘弾性構造とプレート境界上での摩擦特性を推定するために有効であるとともに、将来の海溝型巨大地震の発生に向かって進行していると考えられる歪みの蓄積の進捗を見積もる上でも必要です。しかし、巨大地震発生後の地殻変動の観測から、その背景にある物理メカニズムの寄与割合を定量的に推定するためには、巨大地震の震源とその周囲で地殻変動の状態(地殻変動場)がどのように時間的・空間的に変化しているのかを捉えなくてはなりません。

 2011年東北沖地震後の地殻変動場は、主に陸上のGPS観測網と少数の海底地殻変動観測点によって捉えられてきましたが、本震時に巨大な断層すべりを発生させた日本海溝近傍における海底地殻変動観測点は数が少なく、その広域での空間変化の特性は明らかにされていませんでした。本研究では、より詳細な地震後の海底地殻変動場を明らかにするために、東北沖地震発生後の2012年9月に新たに設置した20点の海底地殻変動観測点を用い、2016年5月までに継続的に観測を実施してきました。

方法


 陸上の地殻変動観測にはカーナビゲーションなどにも用いられるGPSなどの衛星システムを用いた測位技術が用いられますが、衛星からの電波が届かない海底では利用できません。東北大学は、海底にある基準点の位置を音波によって測量するとともに、観測に用いる船(またはブイ)の位置をGPS測位によって決定することで、海底基準点の位置を精密に決定する技術(GPS−音響結合方式海底地殻変動観測)を開発してきました(図1)。この技術を用い、東北沖の海底に設置した海底基準点において、東北海洋生態系調査研究船「新青丸」や深海潜水調査船支援母船「よこすか」などの船舶を用いた繰り返し観測を実施することで、各基準点での変位速度を推定しました。

内容


 2012年9月から2016年5月にかけて各基準点で3〜7回の観測を実施し、得られたデータを解析することで該当期間における平均変位速度を推定しました(図2)。その結果、地震時に大きな断層すべりが生じた宮城県沖では年間10cm以上の顕著な西向きの変動、その北側では年間5cm以下の小さな変動、南側では年間10cmに及ぶ東向きの変動がそれぞれ得られました。このように日本海溝に沿って空間的に大きく異なる地震後地殻変動が生じていることは、日本海溝に直交する方向の変位速度の海溝に沿ったプロファイル(図3)を取ることでより明瞭になります。

 観測結果と既存の粘弾性緩和モデル(Sun et al., Nature, 2014)の予測値との比較(図3)から、宮城県沖の顕著な西向きの変動は粘弾性緩和が支配的である一方、福島県沖の東向きの変動は粘弾性緩和モデルでは説明できず、プレート境界浅部での余効すべりの影響が支配的であることが示唆されます。また、岩手県沖の海溝近傍の観測結果(図3B)は西向きの変動を示しているが、これは粘弾性緩和モデルから期待される変動よりも有意に大きく、プレート間固着の影響を踏まえてもなお説明できない変動量でした。このことは、この領域での粘弾性緩和の影響が既存のモデルでは局所的に小さく見積もられていることを意味し、本研究の観測成果により粘弾性緩和モデルの改善、特に粘弾性緩和を生じさせる地震時の断層すべりのモデルに再検討の余地があることを示しました。また、岩手県沖よりも北部の観測点の変動(図3A)がプレート境界浅部を完全に固着させたモデルでは説明できないことから、この領域は少なくとも完全に固着している状態にはなく、部分固着あるいは固着率が低い状態にある可能性が考えられます。

本研究の意義・今後の展開


 将来発生しうる海溝型大地震の規模や発生場所を事前に予測する上で、プレート境界面が固着しているか、すべりが生じているのか、を知ることは非常に重要です。しかし、プレート境界面の状態を直接調査することは極めて難しく、地震時すべりと余効すべりのような非地震性すべりが生じているところ、そして断層が固着しているところの分布とその時間変化を地震・測地観測から推定することで、プレート境界面での特性が間接的に推定できると考えられています。本研究の成果は、東北沖地震後の海底地殻変動観測結果から、東北沖地震後の非地震性すべりと固着の大局的な分布範囲を明らかにするとともに、6年前の地震時のすべりの分布の推定精度を、地震後の地殻変動場の解析から改善できる可能性を示したものであり、いずれも海溝型大地震発生の予測精度を向上させる重要な成果であるといえます。また、未踏の沖合・深海底で地殻変動の観測データを得ることにより、日本列島の粘弾性変形をモデル化する上でも重要な制約を与えるものであり、継続した観測を通して、地震発生や沈み込み帯の発達進化に関する研究の発展に貢献するものと期待されます。

研究助成資金


▪ 科学技術試験研究委託事業「海底地殻変動観測技術の高度化」(文部科学省)

▪ 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「レジリエントな防災・減災機能の強化」(内閣府(管理法人: 国立研究開発法人科学技術振興機構)

▪ 科学研究費補助金(JSPS 2600002)

掲載論文名


著者:Fumiaki Tomita1, Motoyuki Kido2, Yusaku Ohta1, Takeshi Iinuma3, Ryota Hino1
1: 東北大学大学院理学研究科,2: 東北大学災害科学国際研究所,3: 海洋研究開発機構
論文題目:Along-trench variation in seafloor displacements after the 2011 Tohoku earthquake
掲載雑誌:Science Advances


20170718_10.png 図1
GPS-音響結合方式による海底地殻変動観測の方法。観測船(またはブイ)におけるGPS測位と、海中音響測距を組み合わせることで、海底基準点の動きを測定することができる。

20170718_20.png 図2
2012年9月から2016年5月にかけての地震後平均変位速度(黒矢印,単位:年間あたりの変位)。緑矢印は先行研究によって求められた2012年9月から2014年1月にかけての地震後平均変位速度(Watanabe et al., GRL, 2014)、灰色矢印は陸上のGPS観測点(GEONET観測点)における2012年9月から2016年5月にかけての地震後平均変位速度。変位速度はいずれも北米プレート基準である。橙色と赤色の等値線は、2011年東北地方太平洋沖地震の地震時すべり(Iinuma et al., JGR, 2012)モデルにおける20 mと50 mのすべり量をそれぞれ示す。

20170718_30.png 図3
(A)2011年東北地方太平洋沖地震後の変位速度場。黒色矢印は観測値、青色矢印は粘弾性緩和モデルによる予測値(Sun et al., 2014)、赤色矢印は観測値をより説明するように粘性係数を調整した粘弾性緩和モデルによる予測値、緑色矢印は粘弾性緩和モデルの予測値とプレート境界全体を一様完全固着させたプレート間固着モデルの予測値の足しあわせをそれぞれ示す。
(B)日本海溝に沿った地震後変位速度のプロファイル。黒四角は観測値を示す。青線、赤破線、緑破線は、粘弾性緩和モデルによる予測値、観測値をより説明するように粘性係数を調整した粘弾性緩和モデルによる予測値、粘弾性緩和モデルの予測値とプレート境界全体を一様完全固着させた固着モデルの予測値の足しあわせをそれぞれ示す。橙色線は、地震時すべりが大きかった領域(すべり量が20 m以上)の範囲を示す。

問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学災害科学国際研究所 教授  木戸 元之 
TEL:022-752-2063 Eメール:kido[at]irides.tohoku.ac.jp

東北大学大学院理学研究科 教授  日野 亮太
TEL:022-225-1950 Eメール:hino[at]m.tohoku.ac.jp

国立研究開発法人海洋研究開発機構 地震津波海域観測研究開発センター 
地震津波予測研究グループ 研究員 飯沼 卓史 
TEL:045-778-5822 Eメール:iinuma[at]jamstec.go.jp

<報道に関すること>
海洋研究開発機構 広報部 報道課長 野口 剛 TEL: 046-867-9198
東北大学災害科学国際研究所 広報室 中鉢奈津子・鈴木通江 TEL: 022-752-2049

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