東北大学 大学院理学研究科・理学部

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「良し悪し」の学習に関わる脳のメカニズム

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図1:報酬(左)と罰(右)を伝達するドーパミンニューロン群


概要


 私たちは物事の「良し悪し」といった価値判断を通して物事を学習し、その記憶に応じて行動を決定します。これはどのような脳のメカニズムによって実現されているのでしょう?谷本研究室ではショウジョウバエをモデルとして用い、過去10年に渡ってこの疑問に取り組んできました。これまでにドーパミンという神経伝達物質が価値判断のプロセスに重要であることを明らかにしてきました。今回、「良い」と「悪い」の両者の価値を伝達することができる、ユニークなドーパミン放出神経を発見しました。相反する価値の伝達は、このドーパミン神経の興奮と抑制によって決まることが明らかとなりました。



研究内容


 われわれは、報酬をうけるような状況が好きになり、不快になるような条件を避けます。このことはヒト以外の動物でも同じです。私たちの研究室では、ハエに匂いを与えているのですが、その際、ショ糖報酬または電気ショック罰を同時に与え、匂いの価値を学習させています。こうした訓練を受けたハエは、匂いに対して誘因と忌避という、相反する反応を示します。つまり報酬と罰は、この学習における「価値判断」を司っているとも捉えられ、私たちの研究室では、報酬と罰の細胞基盤を理解することを目標としています。このため、脳細胞数が比較的少なく、遺伝子工学によって脳細胞の機能操作が容易であるショウジョウバエを使っています。

 ショウジョウバエの脳では、ドーパミンという神経伝達物質が報酬と罰の両方のプロセスに重要であることをこれまでに明らかにしてきました。ショウジョウバエの脳内には数百のドーパミン神経が存在しますが、それぞれ役割が異なり、報酬と罰の伝達は別のドーパミン神経によって行っていることがわかってきました(図1)。谷本研究室の山方助教らは国際チームを組織し、報酬を伝達するドーパミン神経にも様々な細胞種が存在し、短期記憶と長期記憶が異なる報酬細胞によって形成されることを明らかにしました(Yamagata et al. 2015(論1))。


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図2:(A)PAM-γ3ニューロンの形態(B)カルシウムイメージング法によるPAM-γ3ニューロンの神経活動の可視化。自発活動によるPAM-γ3の"定常レベル"の活動(上)がショ糖によって抑制される(下)。

 さらに最近、単一の細胞種ながら、報酬と罰の両者を伝達することができる、ユニークなドーパミン神経を発見しました(Yamagata et al. 2016(論2))。山方らは、相反する価値の伝達が、このドーパミン神経の興奮と抑制によって決まることを突き止めました。PAM-γ3と呼ばれるこのドーパミン神経は、細胞の自発活動(注)を一時的に停止することによって報酬を伝達していることがわかったのです(図2)。この自発活動は、アラトスタチンと呼ばれる脳内の満腹シグナルの影響を受けます。つまり、ショ糖の摂取によって放出されたアラトスタチンが、直接PAM-γ3の活動を抑制し、これが報酬となることがわかりました。さらに興味深いことに、逆にPAM-γ3の興奮は、罰となることも見出しました。すなわち、一つの細胞からのドーパミン放出量の増減によって、相反する価値が生み出されるのでしょう。哺乳類の脳内においても同様の報告があり、ハエと我々の脳とに進化的な保存性が認められることが示唆されたのです。



発表論文


(論1) Yamagata N, Ichinose T, Aso Y, Placais PY, Friedrich AB, Sima SJ, Preat T, Rubin GM, Tanimoto H.
Distinct dopamine neurons mediate reward signals for short- and long-term memories.
Proc Natl Acad Sci U S A 2015;112:578-83.

(論2) Yamagata N, Hiroi M, Kondo S, Abe A, Tanimoto H.
Suppression of Dopamine Neurons Mediates Reward.
PLoS Biol. 2016 Dec 20;14(12):e1002586. doi: 10.1371/journal.pbio.1002586.



用語解説


(注)自発活動
ニューロンは細胞へのイオンの流出入によって電気的に活動している。特にニューロン膜上に存在するチャネルやイオンポンプ、または近傍の他のニューロンとの接続によって、外界から特に刺激を与えずとも示す電気活動のこと。



問い合わせ先


東北大学理学部生物学科/大学院生命科学研究科生命機能科学専攻
教授 谷本拓 (たにもとひろむ)
助教 山方恒宏(やまがたのぶひろ)
電話:022-217-6224



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