東北大学 大学院理学研究科・理学部

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既知医薬資源から新たな高血圧治療薬シーズを発見 糖を外すと作用が変わる?

発表のポイント

● 古くから知られる強心配糖体(注1)をもとに、新たな作用をもつ物質を発見。

● 高血圧などの現代病に対し、既知の合成医薬品に見られる脂肪肝誘導などの副作用を示さない治療薬開発に繋がる。

● 天然に多く存在する配糖体分子は、創薬資源として再利用できるかもしれない。



概要

 東北大学大学院理学研究科化学専攻の上田実教授、田村理講師(現岩手医科大学薬学部准教授)、東京工科大学応用生物学部の岡田麻衣子助教らの研究グループは、古くから知られる強心配糖体から容易に得られる化合物ウアバゲニンが、副作用の少ない新たな医薬資源となることを明らかにしました。
 このウアバゲニンは、核内受容体のひとつ肝X受容体(LXR)に選択的に結合しますが、既知の類似薬物に見られる脂肪肝誘導などの副作用を示さないユニークな作用を持ちます。ウアバゲニンは、医薬品を開発する上で有望なシーズであり、高血圧などの治療薬シーズとしても期待されます。
 本研究成果は、平成30年2月2日10時(英国時間)英国科学雑誌「サイエンティフィック・リポーツ」に掲載されました。

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□ 東北大学ウェブサイト



詳細な説明


 大村智教授のノーベル生理学医学賞受賞に見られるように、これまで多くの研究者により多数の生物由来の生理活性天然有機化合物が単離・構造決定されてきました。これらは、医薬品開発候補となる化合物や生命現象の解明に役立つ試薬として医学・生物科学の発展に大きく貢献しました。しかし近年、新規生理活性天然物を発見することが年々難しくなっており、新しい切り口による医薬資源の探索が課題となっています。

 分子内に糖を有する配糖体と呼ばれる化合物は、天然に多く存在しています。配糖体は、複雑な化学構造をもつ「アグリコン」に糖分子が結合した構造をもち、この「アグリコン」が排泄あるいは貯蔵のために生体内で不活化された化合物と考えられていました。

 上田教授らは強心配糖体ウアバインとそのアグリコンであるウアバゲニンに注目しました。ウアバインはキョウチクトウ科植物に含まれる強心配糖体であり、欧米では古くから医療現場で使われてきました。一方、ウアバインのアグリコンであるウアバゲニンについてはほとんど研究例がありません。

 ウアバゲニンの異常ステロイド骨格に着目し、そのステロイドホルモン類似作用を探索したところ、ウアバゲニンはステロイドホルモン受容体と同じ核内受容体に属する肝X受容体(LXR)群に作用することが明らかになりました。

 LXRは、コレステロール排泄、脂質代謝、グルコース代謝、免疫応答など生体内の恒常性維持を担う核内受容体です。また、近年ではLXRに作用する薬剤が抗がん作用や降圧作用をもつことが明らかになりつつあります。このため、新たなLXRリガンド(注2)の発見は動脈硬化や糖尿病、がんなど、現代社会で罹患率の高い疾患の有用な分子標的薬開発の基盤となることが期待されています。

 一方で、既存のLXRに作用する合成リガンドは、重篤な副作用として脂肪肝を引き起こすことが創薬展開の大きな障壁となっています。興味深いことに、ウアバゲニンは脂肪肝を惹起せず、既知合成リガンドより毒性が低いことも確認できました。このウアバゲニンのユニークな作用は、LXRβサブタイプ選択的な作用機構に基づくことが、マウス肝癌由来Hepa1-6細胞株、マウス個体のいずれにおいても示されました。LXRにはLXRαとLXRβの二つのサブタイプが存在するが、LXRβが生体内で普遍的に発現する一方で、LXRαの発現は主に肝臓や小腸、脂肪組織など組織特異性を示し、合成リガンドによる脂質代謝遺伝子群の誘導が脂肪肝の主要因となります。従って、サブタイプ特異的に制御可能なLXRリガンドの発見は、創薬開発のブレイクスルーとなります。

 またLXRリガンドは、集合尿細管細胞上の上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)の発現を抑制するため、降圧作用が期待されます。尿細管細胞においてENaCは原尿からのナトリウムイオン取り込みを担っており、体内水分や塩分の恒常性維持ひいては血圧の安定に欠かせません。ENaCの発現量低下はナトリウムの再吸収抑制につながり、体内の水分貯留を低減させて血圧低下を促します。上田教授らは、ウアバゲニンがマウス腎臓のENaCの発現を抑制することを確認しました。ウアバゲニンは、脂肪肝だけでなく既存の合成LXRリガンドの副作用も示さず、そのENaC抑制作用から、高血圧治療薬の選択肢を拡げる医薬品シーズとして有望です。

 今回、ウアバインを例として配糖体とアグリコンの双方が異なる生物活性を示す例を発見しました。過去に生物活性を示さないとされた配糖体アグリコンに、意外な生物活性が潜んでいる可能性は少なくなく、天然に多く存在する配糖体のアグリコンが新たな生物活性分子の探索資源として有用であることを指摘できたと考えています。



参考図


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用語解説


(注1)強心配糖体
ある種の植物や動物に含まれるステロイド配糖体(ステロイドに糖が結合した化合物)の総称。ジギタリスの成分ジギトキシンやキョウチクトウ科植物のウアバインなどは古くから強心剤、心不全や不整脈の治療薬として用いられています。


(注2)リガンド
生体内で受容体タンパク質に結合する物質の総称。LXRリガンドは、核内LXR受容体に結合する物質のことを表す。



掲載論文


雑誌名: Scientific Reports
論文タイトル:Ouabagenin is a naturally occurring LXR ligand without causing hepatic steatosis as a side effect
著者:Satoru TAMURA, Maiko OKADA, Shigeaki KATO, Yasuharu SHINODA, Norifumi SHIODA, Kohji FUKUNAGA, Kumiko UI-TEI and Minoru UEDA
DOI番号:10.1038/s41598-018-20663-z
URL:http://www.nature.com/articles/s41598-018-20663-z



問い合わせ先


<研究に関すること>
東北大学大学院理学研究科化学専攻
教授 上田 実(うえだ みのる)
電話:022-795-6553
E-mail:ueda[at]m.tohoku.ac.jp

<報道に関すること>
東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022−795−5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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