東北大学 大学院理学研究科・理学部

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超音波振動で信号増幅をおこなう新しいメカニカル素子を実現 ~フォノニック結晶を用いて信号波形の圧縮に成功~

日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦博夫、以下 NTT)と国立大学法人東北大学(宮城県仙台市、総長:大野英男、以下 東北大)は、フォノニック結晶と呼ばれる、超音波振動の「流れ」を操ることができる音波の人工結晶を用いて、波形圧縮による信号の増幅動作を実証しました。

本技術は、携帯電話をはじめとする移動体通信システムに用いられる高周波フィルタ等の信号処理デバイスに応用できるため、波形圧縮や増幅効果による低消費電力化に加え、小型・集積化、さらには高機能化に繋がることが期待されます。

この成果は、2018年4月6日(英国時間)に英国科学雑誌「ネイチャー・コミュニケーションズ(Nature Communications)」のオンライン版に公開されました。

なお、本研究の一部は文部科学省新学術領域『"ハイブリッド量子科学"』ならびに東北大学『マルチディメンジョン物質理工学リーダー養成プログラム』の一環として行われました。

□ 東北大学ウェブサイト



研究の背景


音叉をたたくと、その構造によってきまる特定の周波数の音が発生することはよく知られています。同じようにMEMS(マイクロ電気機械システム)※1と呼ばれる微小な構造を振動させると、超音波という人間の耳では聞こえない高い周波数の振動が引き起こされます。最新の移動体通信システムでは、この現象を利用した表面弾性波フィルタ※2や発振素子などのMEMS振動子が、送受信した高周波信号の処理に応用されています。NTT物性科学基礎研究所の研究チームでは、このMEMS振動子の作製技術をベースにしたフォノニック結晶※3と呼ばれる新しい「音の人工結晶」を作製し、それをプラットフォームに使用した超音波振動※4の伝搬を制御する技術の研究を進めてきました。フォノニック結晶を使うことで、超音波の分散※5制御が可能となり、これにより既存のMEMSで困難であった超音波振動の進む速さや波長の制御が実現できます。



研究の成果


本研究で使用したフォノニック結晶は、図1に示すように、太鼓の膜を一方向に伸ばしたような微小な振動を伝える路(導波路)から構成されています。導波路端に設置した電極に電圧を加えることで、圧電効果※6を介して、局所的に超音波振動を誘起することができます。この振動の伝搬を測定することにより、フォノニック結晶が有する群速度※7の周波数依存性、いわゆる分散が実験的に明らかになりました(図2)。この群速度分散によって、異なる周波数の波が異なる速度でフォノニック結晶中を伝搬するようになります。そして、導波路端から周波数変調を加えた振動を入力することで、この分散による波形の拡大と圧縮に初めて成功しました(図3)。本技術を用いる事で、振動波形の圧縮比や、その場所やタイミングを精確に制御できるようになり、MEMSを用いた信号処理の小型化や集積化に繋がることが期待されます。



今後の展開


今回はフォノニック結晶の分散効果を利用して振動の波形圧縮を実現しました。今後は、素子の非線形効果を取り入れて、ソリトン※8をはじめとするより高度な波形制御の実証に取り組んでいきます。さらに、素子の微細化を進めていき、ギガヘルツ(GHz)の高周波数の超音波振動で動作するフォノニック結晶素子の作製も進めていきます。その上で、MEMS信号処理システムにおける増幅器や演算素子としての利用可能性を探っていきます。この技術を利用することにより、信号処理の低消費電力化をはじめ、小型化や集積化、さらには高機能化へと繋がることが期待されます。



技術のポイント


(1)MEMS技術により作製したフォノニック結晶
フォノニック結晶は、異なる弾性体の周期構造から構成された音響人工結晶です。周期構造をエンジニアリングすることにより、バンド構造や振動の群速度分散特性を自在に設計することが可能になります。NTT物性科学基礎研究所では、MEMS技術をベースにして、周期的な孔を有する薄膜構造から構成される独自のフォノニック結晶導波路を作製しました(図1)。その結果、導波路端に設置した電極に電圧を加えるだけで、効率的に超音波振動をオンチップで誘起できるようになります。この励振技術を介して振動の伝搬特性を調べて、素子が有する群速度分散特性を評価することができます(図2)。


(2)分散効果を用いた波形制御
フォノニック結晶が有する群速度分散を利用する事で、波形の拡大や圧縮を実現しました。入力信号の周波数変調パラメーターと分散のそれぞれの符号や値の組み合わせを調整することで、狙った位置やタイミングで、振動波形の圧縮を実現できるようになります。特に、実験では、エネルギー換算で一桁もの振動強度の増幅が確認されました(図3)。また今回は、測定装置の性能限界のため、これより強い波形圧縮は実現できておりませんが、今後これを改善することで、より強い圧縮と大きな増幅が観測されることが期待されます。また、フォノニック結晶中での波形の変化は、非線形シュレディンガー方程式で記述される理論式と非常によい一致を示しており、本技術を用いることで、波形の精確な制御が可能であることもわかります。
さらに、実験では、異なる周波数をもつ振動間の相互作用を調べることにより、素子の非線形特性を評価することにも成功しており、ソリトンなどの非線形フォノニクス現象の生成に将来繋がることが期待されます。



参考図


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図1 フォノニック結晶導波路
フォノニック結晶導波路の模式図です。ガリウム砒素(GaAs)の多層構造から作製されています。導波路端の電極(黄色)に電圧を加えて、超音波振動の生成ができます。その超音波は薄膜(水色)が太鼓の膜のように上下に振動することで導波路を伝わっていきます。(下の挿入図)。また、薄膜の周期孔の間隔を調整することで、振動の分散特性の制御が可能になります(上の挿入図)。


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図2 フォノニック結晶の群速度分散
フォノニック結晶の群速度の周波数依存性(群速度分散)の実験結果(丸)と理論による計算結果(実線)を示します。正と負、大小さまざまな分散を有していることがわかります。


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図3 超音波振動波形の拡大と圧縮
(a) 周波数5.8 MHzにおける振動波形幅の伝搬距離依存性のグラフです。点が実験結果、実線は理論結果となります。C > 0 (C < 0)では、波の先頭から後方に向かって、周波数が増加(減少)するように入力信号に変調を加えています。また、Cの絶対値が大きいほど、周波数の変調幅が大きいことを示します。(b)C = 9.7のときの波形の時間領域応答の結果です。波形の強い圧縮が起きている様子が確認できます。



論文掲載情報


M. Kurosu, D. Hatanaka, K. Onomitsu and H. Yamaguchi
"On-chip temporal focusing of elastic waves in a phononic crystal waveguide"
Nature Communications (2018).



用語解説


※1 MEMS
Microelectromechanical systems (マイクロ電気機械システム) の略。半導体微細加工技術を利用し作製する数ミリメートルから数マクロメートルサイズの微小な立体機械構造を有するデバイスを指します。近年では、微細化をさらに進めたナノメートルサイズのNEMS (Nanoelectromechanical systems) も、盛んに研究されています。

※2 表面弾性波デバイス
SAW (Surface Acoustic Wave) デバイスとも呼ばれます。圧電物質上に設置したIDT (Inter-digit Transducer) という櫛型の電極に交流電圧を加えることで、物質の表面を伝わる振動を誘起することができます。櫛型電極の間隔で決まる特定の周波数成分のSAWのみを生成・検出できるため、移動通信端末などのフィルタとして広く用いられています。

※3 フォノニック結晶
異なる弾性体が弾性振動 (音響フォノン) の波長オーダーの長さで周期的に配列した構造。通常、半導体微細加工技術を用いて弾性体に周期的な孔を開けることにより作製されています。

※4 超音波振動
音響フォノンの一種で、広義には人間の可聴域以上の周波数の振動を示しますが、狭義には、10 kHzから100 MHzまでの振動のことを指します。超音波検査やソナー、MEMSセンサー、モーターなど様々な分野で使われています。

※5 分散
本稿では、波の伝搬速度が周波数に依存する、という意味で使用します。分散の値が正の場合は、高い周波数の波は低い周波数のそれと比べて、遅く進みます。分散が負の場合は、その逆となります。

※6 圧電効果
物体に電圧を加えると膨張・収縮する現象。この膨張・収縮によって物体の振動を電気的に引き起こすことができます。

※7 群速度
振動の波形の進む速さです。この群速度が振動周波数に依存して変化する場合を、群速度分散がある、と表現します。

※8 ソリトン
一般的には、伝搬の過程においてもその波形が乱れない孤立波を意味します。一方で、波形が周期的に圧縮と拡大を繰り返すソリトンも存在します。その場合、特に前者を基本ソリトン、後者を高次ソリトンと呼びます。ソリトンの生成には、群速度分散と非線形の両効果を精密に制御する必要があります。



問い合わせ先


日本電信電話株式会社
先端技術総合研究所 広報担当
science_coretech-pr-ml[at]hco.ntt.co.jp
℡046-240-5157

東北大学大学院理学研究科
特任助教 高橋 亮(たかはし りょう)
電話:022−795−5572、022-795-6708
E-mail:sci-pr[at]mail.sci.tohoku.ac.jp
*[at]を@に置き換えてください



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